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smart EuropeがAmazon Bedrockでカスタマーサポート業務を変革した方法
本記事は 2025 年 12 月 10 日に公開されたHow smart Europe Revolutionized Automotive Customer Support with Amazon Bedrockを翻訳したものです。
自動車メーカーにとって、新型車のリリース、無線通信 (OTA) によるソフトウェアアップデート、コネクテッドサービスの開始は、新鮮な顧客体験を生み出します。これらのイノベーションは運転体験の向上に役立つ一方で、自動車所有者から車両の機能、充電機能、メンテナンス手順、デジタルサービスに関する多数の問い合わせを生み出します。
自動車メーカーが現代の自動車業界で競争力を維持するためには、絶え間ないイノベーションサイクルが不可欠です。一方で、イノベーションのスピードは、新しい技術を迅速に習得し、増え続ける車両の機能やサービスを利用する顧客に専門的な案内を提供しなければならないカスタマーエンゲージメントセンターの担当者にますます負荷をかけています。
特に、smart Europeのカスタマーエンゲージメントチームは次のような課題に直面していました。
- サポート問い合わせの急激な増加: 製品の発売や機能の更新が頻繁に行われていたため、担当者が対応する問い合わせの量が多く、顧客の待ち時間にボトルネックが生じていました。人手に頼ったプロセスで大量の問い合わせを処理するためにsmart Europeの担当者を増やす必要が生じ、運用コストが大幅に増加しました。
- 解決に要する時間の増加: 時間がかかる人手に頼ったプロセスであったため、問い合わせの前さばき、優先順位づけ、分類、解決という一連のプロセスを経て、顧客の待ち時間を長引かせることとなりました。
- 必要な知識の増大と一貫性のないサービス品質: 基本的な車両操作から高度なコネクテッドカー機能まで、自動車についてのあらゆるテーマについて専門的な案内を行う必要が生じ、サポート担当者に大きな負荷がかかりました。その結果、サポート担当者や分野によって、サービスの質にばらつきが生じていました。
根本的な効率の問題に対処することなく、担当者の拡充やサポート時間を延長する従来の業務拡大アプローチをとった場合、コストが大幅に増加していたと考えられます。
これらの課題の解決を支援するために、AWS は smart Europe と協力し、 smart.AI Case Handler という新しいサポートツールを開発しました。このツールは、問い合わせに関するインサイトとカスタマイズされた対応を提案することで、 smart Europe のサポート担当者の効率を高めます。このブログ記事では、 smart Europe の smart.AI Case Handler の実装について詳しく説明します。
smart Europe について
シュトゥットガルトのラインフェルデン=エヒターディンゲンに本社を置く smart Europe GmbH は、電動モビリティの未来を開拓しています。2020 年以降、 smart は自動車企業として初めて 100% 電気自動車に切り替えました。これにより、アーバンプレミアムモビリティ、電気自動車、コネクテッドモビリティソリューションの先駆者としての地位を確立しました。
自動車業界は急速に進化しています。電気自動車技術、自動運転機能、コネクテッドカーサービスは自動車業界を変革しています。 smart Europe は、変化する消費者の要求と規制要件を満たすために常に新製品と高度な機能を導入しています。しかし、このイノベーションサイクルは予期せぬ課題を生み、カスタマーサポートの複雑さと量は急激に増大しました。
解決策
smart Europe は、自動車企業のカスタマーサポート特有の課題を解決する自動化されたインテリジェントでスケーラブルなサポートソリューションの必要としていました。この目的のために、 smart Europe は AWS と協力して smart.AI Case Handler と呼ばれる包括的な生成 AI ソリューションを実装しました。 smart.AI Case Handler は、過去の問い合わせ履歴とガイドラインを含む smart Europe のナレッジベースに基づき、各問い合わせのインサイトとカスタマイズされた対応を提案するサポート担当者向けの支援ツールです。ユーザーエクスペリエンスの観点では、サポート担当者が Salesforce(smart Europe の CRM システム)で問い合わせ内容を開くと、システムは AI が生成した問い合わせの概要を表示し、内容確認後に顧客への対応に活用できる回答を担当者に提案します。
堅牢でスケーラブルなソリューションを構築するために、 smart Europe は複数の AWS サービスを使用するサーバーレスアーキテクチャを実装しました。これらのサーバーレスサービスは、トラフィックや使用量の変化に応じて自動的にスケーリングされるため、コストを節約し、アプリのパフォーマンスに影響を与えることなくトラフィックの急激な急増にも対応できます。
smart.AI Case Handler は 2 つの補完的な自動ワークフローによって動作し、これらが連携して AI を活用した包括的なサポートを提供します。
ワークフロー 1: 問い合わせケースのタグ付け — 新しい問い合わせケースが作成された瞬間に自動的に分類して優先順位を付け、各分野の専門家に適切に転送できるようにします。
ワークフロー 2: インサイト生成 — AI が生成した分析、類似問い合わせケース、および問い合わせケース対応の進展に応じて動的に更新される対応案を提供します。
これらの2つのワークフローを用いたアプローチにより、問い合わせケースは作成段階から適切に分類されるとともに、ライフサイクル全体を通じて関連するインサイトが継続的に拡充されます。次のセクションでは、各ワークフローの仕組みについて詳しく説明します。
ワークフロー 1: 問い合わせケースのタグ付け
smart.AI Case Handler の重要な部分は、各顧客の問い合わせケースにタグを付けることです。
- 受信した問い合わせケースは分類され、それぞれの専門家が優先的に引き受けます。
- smart.AI Case Handler は、タグ付けされた問い合わせケースに基づいて正確なインサイトを生成できます。
図 1 のアーキテクチャ図は、問い合わせケースのタグ付けワークフローがどのように実装されているかを示しています。
問い合わせケースタグ付け ワークフローでは、次の手順に従うイベント駆動型ワークフローにより、新規の顧客問い合わせケースを迅速に分類できます。
- 問い合わせケース作成: Salesforce CRM で新しい問い合わせケースが作成されます。
- イベント公開: Salesforce EventBus が問い合わせケース作成イベントを送信します。
- イベントキャプチャ: Amazon EventBridge はイベントを受信し、Amazon Simple Queue Service に転送します。
- バッファリング: Amazon SQS はイベントをキューに入れて同時実行を管理し、 Amazon Bedrock のクォータ制限を超えないようにします。
- 処理トリガー: Amazon SQS は AWS Lambda 関数の“Step Function Scheduler“ をトリガーします。
- オーケストレーション: Lambda 関数は 生成AI ベースのマルチステップ処理用の AWS Step Functions ワークフローを開始します。一連の AWS Lambda 関数が Amazon Bedrock エンドポイントを利用して新しい問い合わせケースのタグを生成します。
- 結果の統合: ワークフローが完了すると、結果は Salesforce API 経由で返送されます。
この自動タグ付けにより作成の瞬間から問い合わせケースが適切に分類されるため、手作業による介入なしでより効率的な転送と優先順位付けが可能になります。
ワークフロー 2: インサイト生成
インサイト生成ワークフローは以下を提供します。
- いくつかの段落にまとめられた問い合わせケースの説明、進捗ステップ、お客様の過去の活動
- 過去に解決された同様の問い合わせケース
- 資料への参照 URL を含むナレッジベースの抜粋
- サポート担当者への顧客対応案。
図 2 の下の図は、このワークフローがどのように実装されたかを示しています。
インサイト生成ワークフローは、問い合わせケースの作成と更新の両方において、 AI が生成した分析と回答案をサポート担当者に提供します。以下のステップで実行されます。
- 問い合わせケースは新しい情報 (コメント、通話履歴、社内投稿、メールなど) で更新されます。
- Salesforce EventBus が問い合わせケース更新イベントを送信します。
- Amazon EventBridge はイベントを受信し、 Amazon SQS に転送します。
- Amazon SQS はイベントをキューに入れて同時実行を管理し、 Amazon Bedrock のクォータ制限を超えないようにします。
- Amazon SQS は、リソースが使用可能になると AWS Lambda 関数をトリガーします。
- AWS Lambda 関数は AWS ステップ関数ワークフローを開始して包括的な分析を行います。
- AWS Step Functions ワークフローは、生成 AI モデルのエンドポイントと Amazon Bedrock ナレッジベースを活用した一連のステップを通じてインサイトを生成します (インサイト生成ロジックの詳細を参照)。
- 生成されたインサイトは、暗号化された Amazon S3 バケットに (キャッシュされた結果として) 保存されます。
- サポート担当者が Salesforce で [インサイトを生成] をクリックすると、 Amazon API Gateway は Amazon S3 から事前に生成されたインサイトを取得し、すぐにアクセスできるようにします。
この先回りしたアプローチにより、担当者が必要とする前にインサイトを準備できるため、質の高い AI 支援を維持しながら待ち時間をなくすことができます。
インサイト生成ロジックの詳細
インサイト生成のビジネスロジックを実装するために、 smart Europe の AI チームは、以下の図 3 に示す AWS Step Functions ワークフローを実装しました。
AWS Step Functions ワークフローは、複数の AI オペレーションを取りまとめ、サポート担当者のレビューに役立つ包括的なインサイトを生成します。
- 問い合わせケースの読み込み: 問い合わせの詳細や顧客の過去の問い合わせを含む、すべての関連データを Salesforce から抽出します。
- 問題の要約: Amazon Bedrock の LLM を使用して、お客様の問題の構造化された概要を作成します。
- 並列ナレッジ検索: Amazon Aurora (pg_vector 利用) で作成された Amazon Bedrock ナレッジベースの複数のデータソースを 同時に検索すると、以下が可能になります。
- ナレッジ記事ステップ: ナレッジベースから関連ドキュメントを取得
- 類似事例ステップ: 意味的に類似した過去の事例を特定します。
- ソリューションの要約: 問題の概要、ナレッジ記事、および類似事例を統合して、ソリューションを提案します。
- 並列でのインサイト生成:
- 問い合わせケースの要約: 簡潔な問い合わせケース概要を作成します。
- 回答を生成: 担当者がカスタマイズして送信できるように、回答の下書きを作成します。
技術的課題の克服
このアーキテクチャを実装するにあたり、 smart Europe は3つの固有の課題を解決する必要がありました。
課題 1: 担当者の待ち時間が長い
初期のイテレーションでは、サポート担当者が [インサイトを生成] をクリックしたときに、問い合わせケースのタグ付けと応答の生成が開始されていました。そのため、担当者は AWS Step Functions のワークフローが完了するまで 1 ~ 2 分待つ必要があり、ユーザーエクスペリエンスが許容できないものになっていました。
解決策:
担当者が要求する前にインサイトを生成してキャッシュする先回りした処理を実装しました。これにより、ユーザーエクスペリエンスは待ち時間の長い処理から即時のインサイト提供へと変わりました。
課題 2: API スロットリングとレート制限
Amazon Bedrock には、モデルごとに異なる推論レート制限があります。ピーク時には、問い合わせケースの同時更新による負荷がこれらの制限を超え、その結果、スロットリングが発生していました。
解決策:
アプリケーションは Amazon SQS を使用してリクエストをバッファし、同時実行数の制限が予約された AWS Lambda 関数である“Step Function Scheduler“ を利用して 生成 AI エンドポイントへの推論リクエストのペースを制御します。このメカニズムは、並行して実行されている AWS Step Functions によって開始される 生成 AI 推論が Amazon Bedrock のランタイムクォータを超えないようにし、 Amazon Bedrock エンドポイントのスロットリングを防ぐのに役立ちます (パターンの詳細については、このブログ投稿の図 4 を参照してください)。さらに、 AWS Step Functions 内ではエクスポネンシャルバックオフとジッターが適用され、アプリケーションの耐障害性が高まります。
課題 3: 過剰な更新トリガー
新しい AI インサイトが必要ない場合でも、アプリケーションは問い合わせケース更新のたびに処理していたため、不必要な負荷とコストが発生していました。
解決策:
smart Europe は、変更タイプ、コンテンツの重要性、ビジネスルールに基づいて関連する更新のみを選択的に処理するフィルタリング機構を AWS Lambda 関数で開発しました。
変革をもたらす結果
Amazon Bedrock を利用した自動化の影響は、大きな変革をもたらしました。わずか 4 人の開発者 (1 人の AI エンジニア、1 人のクラウドアーキテクト、2 人 の CRM エンジニア) で構成された小規模なチームが 3 か月でソリューションを設計して提供した結果、smart Europe は以下を達成しました。
- 問い合わせ解決時間を 40% 短縮: サポート担当者は AI の活用により、顧客からの問い合わせをはるかに迅速に解決できます。
- ファーストコンタクトによる解決が 20% 増加: フォローアップのやり取りを必要とせずに解決できる顧客の問題が増えています。
- 10,000 件を超える問い合わせケースを処理: このソリューションは、すでに現実世界での多くの実績を積み上げています
- 2025 年の当初計画予算から 30% の節約見込み: 効率性の向上と処理時間の短縮により、投資収益率が大幅に向上します。
今後、smart Europeの AI チームは、製品の複雑さが増すにつれて、エージェント機能でソリューションを充実させることを計画しています。
結論: 自動車業界の顧客体験の向上
smart Europe の実装は、現代の自動車企業が日々直面している特有の課題を生成 AI と AWS のクラウド技術がどのように解決できるかを示しています。 smart Europe の AI チームは、自動化と人間の専門知識を組み合わせることで、コストを節約して顧客満足度を向上させながら、イノベーション・サイクルとともに成長するスケーラブルなソリューションを構築しました。
smart Europe の成果に限らず、この実装は急速な技術進化を遂げている業界全体で AI を活用したカスタマーサポートがもたらす変革のポテンシャルを示しました。自動車企業が高度なコネクテッドサービスと自律的機能を統合し続ける中、 smart.AI Case Handler のようなソリューションは、サポート効率を劇的に向上させながら、優れた顧客体験を大規模に維持する実証済みの事例となっています。
サポート量の増加、解決時間の増大、チーム全体での知識の横展開など、同様の課題に直面している場合、 Amazon Bedrock は独自のインテリジェントなサポートソリューションの構築を支援します。Amazon Bedrock を始めて、カスタマーサポート業務の変革に向けた第一歩を踏み出しましょう。


