Amazon Web Services ブログ
モータースポーツを加速させる:NASCAR は、放送局、レーシングチーム、ファンにリアルタイムのレーシングデータをどのように配信しているか
本ブログ記事は、NASCAR の Event & Media Technology 担当 Managing Director である Chris Wolford と共同執筆しました。
はじめに
National Association for Stock Car Auto Racing(NASCAR)は、1940 年代後半まで遡る、豊かな歴史を有します。時を経て、NASCAR は世界で最も人気のあるモータースポーツ組織の1つとなり、スーパースピードウェイ、オーバルトラック、ロードコース、ストリートサーキットを巡る、ホイールツーホイールレースの接戦をファンに届けています。何百万人もの視聴者が観戦する NASCAR 最高峰の NASCAR カップシリーズでは、40 台のレースカーが、時速 200 マイルを超える最高速度で競い合います。
レースの最中、クルーチーフ、スポッター、ピットクルー、エンジニア、その他のチームメンバーから成る各チームは、それぞれの協力のもと、さまざまなデータポイントを分析してリアルタイムの意思決定を行います。しかし、データはラップごとに絶えず変化していきます。たとえば、タイヤの摩耗状況は戦略を組み立てるうえで、チームにとって重要な要素となる場合があります。チームは、いつピットストップを行うか、またレース中に何回行うべきか決めなければなりません。ところが、タイヤの摩耗に関するデータはラップごとに異なる可能性があるため、データ分析を行い、全体的なレース戦略を実行に移すうえで、ドライバーやエンジニアと連携を図り、クルーの専門知識を活かすことは極めて重要となります。そこで、データ分析やその適用を効率化するクラウドベースのサービスとソリューションを提供しているのが Amazon Web Services(AWS)です。
NASCAR のデータパイプラインは、チーム内にとどまるものではありません。NASCAR はリアルタイムのレーシングデータを放送局やファンと共有し、比類なきファン体験を提供しています。「NASCAR は、単一のレースから他のどこよりも圧倒的に多くのコンテンツ、データ、ビデオを生み出しています。」と NASCAR の Operations and Technical Production 担当 VP である Steve Stum は述べています。「トラック上でより多くのコンテンツをクラウドへと移行を進めるに伴い、私たちは AWS の限界を押し広げてきました。そして、AWS のエンジニアは、そのデータをファンやレーシングチームのデバイスに取り込めるよう、優れたソリューションをいくつも提案してくれました。」
それでは、NASCAR が AWS を活用して、レーシングチーム、放送局、そしてファンにリアルタイムのデータをどのように提供しているかを探っていきましょう。
レースの未来:NASCAR の NextGen car (次世代車両)
2022年にデビューした NextGen car は、チームの競争力を高め、安全性を向上させ、コスト削減を図るために開発されました。新しい設計には、独立したリアサスペンションや、シングルラグナットを使用する新しい 18 インチホイールなど、前世代から多くの空気力学的および機械的な変更が加えられました。これらの機械的な設計変更以外にも、NextGen car にはテクノロジーの変更やアップグレードが施されました。この NextGen car により、競技中のパフォーマンスに関するインサイトがより多く提供されるようになり、NASCAR は、以前までは不可能だった、データポイントの追加を将来的には実現できるようになりました。
レース中、40 台の NextGen car に装備された多数のセンサーが、エンジン回転数からブレーキ圧に至るまで、合計 60 を超えるデータポイントであらゆるデータをキャプチャします。これらのデータポイントはすべて、各車両で毎秒数百回サンプリングされ、その結果、レース中には毎秒 612,000 件を超えるメッセージが送られます。メッセージあたりのサイズが 0.15 KB であることを踏まえると、NASCAR は、レース中に(時には最大 4 時間にわたって)約 92 MB/秒のデータ取り込みに対応できるシステムを必要としていました。いったん取り込んだデータは、競技チームや他の NASCAR パートナーにリアルタイムでストリーミングする必要がありました。さらに複雑なことに、この種のデータ収集は、レースシーズン中、全米の複数のレーストラックで利用可能でなければなりませんでした。
これを実現するために、NASCAR は AWS プロフェッショナルサービスと協業し、Event Racing Data Platform(ERDP)と呼ばれる、車両のテレメトリーデータを取り込み、ストリーミングするプラットフォームを構築しました。
NextGen car からデータをキャプチャする
NextGen car- のテレメトリーデータが辿るジャーニーの第一歩は、車両そのものから始まります。レースカーには 60 種類以上のセンサーが装備されており、エンジン、タイヤ、エクステリアなどからデータが収集されています。これらのデータはいずれも、各車両に搭載された電子制御ユニット(ECU)によって収集、集約されます。この集約されたデータパケットは、40 台の車両のそれぞれから極超短波(UHF)の電波を介して、各トラックの中継局に 10 ミリ秒ごとに送信されます。次にこの中継局は、このデータパケットを、トラックの内部ネットワーク上の UDP 経由で、NASCAR のモバイルデータセンター(MDC)に転送し、各レーストラックへとジャーニーは進みます。
超低レイテンシーでエッジからクラウドへと境界を押し広げる
ジャーニーにおける現段階では、集約されたデータはトラック上の MDC に到達し、取り込みサーバーによってデコードおよびデアグリゲートされます。ここで、データメッセージはトレーラー車内のデータパブリッシュ用クラスターで利用できるようになります。その後、これらのデータメッセージは、MDC 内の Kubernetes クラスター上で稼働している NATS と呼ばれるオープンソースの pub/sub メッセージングシステムによって処理されます。このクラスターは、受信データのコピーをローカルに保持することに加え、クラウドで稼働している受信側の NATS クラスターにメッセージを伝播することを目的としています。車両を離れてからメッセージが利用可能になるまでの総経過時間は、ローカルのトラックでは 40 ミリ秒未満、クラウドでは 200 ミリ秒未満です。
トラック上の MDC と AWS 間の超低レイテンシー通信を実現するために、NASCAR は AWS Direct Connect(DX)接続を利用しています。Direct Connect を利用することは、このソリューションを全国のすべてのトラックで再現可能とするための非常に重要な要素となっています。各トラックには Direct Connect へのルーティングを備えたプライベートネットワークがあるため、トラックからクラウドへのデータ転送には常に AWS バックボーンネットワークが使用されています。これにより、パブリックインターネットをバイパスし、ソリューションに必要な超低レイテンシーを実現することができます。また、クラウドインフラストラクチャを単一の AWS リージョンに配置し、レースが物理的にどこで行われていても、同じパフォーマンスを提供することができます。
テレメトリーデータは、NATS クラスターから DX 接続を介して、NASCAR の AWS アカウントに配置されている、Amazon Elastic Load BalancingのNetwork Load Balancer (NLB)に送信されます。NLB は、受信トラフィックのレイヤー 4 ロードバランサーとして機能するため、NLB を使用することで非常に高いスループットを得ることができます。送信先は受信側の NATS クラスターです。このクラスターは、同様に Kubernetes 上で稼働しており、Amazon Elastic Kubernetes Service (EKS) で管理されています。これで、テレメトリーデータの準備が整い、ダウンストリームで消費可能となります。
データが車両を離れてからトラック上のサブスクライバーに届くまでの総経過時間は 40 ミリ秒弱であり、これがクラウド経由でアクセスできるサブスクライバーの場合、インターネットレイテンシーにもよりますが、200 ミリ秒弱となります。
NASCAR、レースチーム、自動車メーカーがどのようにデータを活用しているか
NASCAR の AWS アカウントで利用可能なレーシングテレメトリーデータは、ダウンストリームでの活用方法や消費方法に従って、3 つの異なる送信先があります。
何よりもまず、NASCAR はこのレーシングテレメトリーデータを信頼できる唯一の情報源として、安全かつ永続的に保存する必要があります。これを実現するために、テレメトリーデータはAmazon Kinesis Data Firehose ストリームにストリーミングされます。Firehose は、AWS や他の HTTP のエンドポイントにあるダウンストリームの送信先にデータをリアルタイムでストリーミングするためのツールです。ここでは、Amazon S3 バケットはレーシングテレメトリーデータの送信先として使用されています。業界をリードする耐久性、データの可用性、セキュリティ、パフォーマンスを備えた Amazon S3 は、NASCAR によって公式のレーシングデータのストレージサービスとして選定されました。
NASCAR が公式利用するためにこのテレメトリーをキャプチャする以外に、レーシングテレメトリーは、サブスクライバーが独自に利用できるようになっています。このサブスクライバーには、レースチーム、自動車メーカー、およびレースに関わるその他の第三者が含まれています。可能な限りリアルタイムに近いデータへのアクセスは、これら多くのサブスクライバーにとって必要不可欠です。どのレーシングチームもトラックでこのデータに直接アクセスできますが、現在では多くのチームに、リモートエンジニアやアナリティクスチームが組み入れられ、彼らが提供し得るインサイトや戦略の決定事項がレースの流れを変え、ドライバーにアドバンテージをもたらします。
レーシングテレメトリーデータをリアルタイムで取り込むために、サブスクライバーはパブリック向け NLB 経由で EKS クラスターに接続することができます。クラウドへのデータ取り込みと同様に、NLB は低レイテンシーのレイヤー 4 ルーティングを提供しているため、EKS 内のデータへの高速アクセスが可能です。実際にはこれにインターネットレイテンシーが加わり、車両外に配信されてから合計約 200 ミリ秒で、レーシングチームはレーシングテレメトリーデータにリモートアクセスすることができます。
この設計に組み込まれた NATS の重要な特徴の 1 つは、異なるサブスクライバー間でデータを分離している点が挙げられます。特定のレーシングチームが、そのチーム車両のテレメトリーデータを受け取る唯一の受信者であることを保証することは、競技の健全性を確保するうえで必要不可欠です。したがって、ERDP に接続してライブテレメトリーデータを受信するチームは、そのチームに適切なデータセットにのみ、リアルタイムでアクセスすることができます。
リアルタイムでの消費に加えて、多くのサブスクライバー向けに、レース後の分析や車両のテレメトリーデータの利用に関するユースケースもあります。これをサポートするために、NASCAR の S3 バケットの公式レーシングデータを、お客様向けの他の S3 バケットにコピーする、データ同期サービスが提供されています。このデータ同期は、AWS Lambda 関数を使用して実行されます。どのデータをどのチームと共有すべきかについての情報は、設定ファイルとして、これも S3 に保存されています。Lambda はこれらの設定を読み取り、未加工データを変換せずにお客様向けバケットにレーシングデータをコピーします。
データ用に個別の Amazon S3 バケットを用意することや、データ変換を行わないことなどの設計上の決定は、意図的に行われています。第一に、変更されていないデータを提供することで、サブスクライバーは提供されたテレメトリーやレーシングデータが、NASCAR 自身が管理する公式のレーシングデータ(信頼できる情報源)と一致していることを確認できます。第二に、メインとなる NASCAR のバケットをお客様向けバケットから切り離すことで、データセキュリティおよび耐障害性が向上します。レーシングテレメトリーデータとのやり取りを行うダウンストリームサービスは、公式の NASCAR のバケットと直接やり取りすることはありません。さらに、データの取り込みで問題が発生した場合、提供準備が整っていないデータ、または破損している可能性のあるデータはダウンストリームのサブスクライバーには提供されません。
まとめ
NASCAR のテクノロジーへの投資は、より公平な競技の場、より接戦となる競争、そしてより魅力的なファン体験をもたらしています。AWS Direct Connect、ELB、EKS、および Kinesis Firehose は、NASCAR に超低レイテンシーのデータストリーミング機能を提供し、スポーツをモダナイズしています。Amazon S3 の業界をリードするスケーラビリティ、データの可用性、セキュリティ、およびパフォーマンスにより、NASCAR は有用なデータをダウンストリームに提供することができます。NASCAR のデータジャーニーストーリーから得た教訓は、たとえ時速 200 マイルで走行する必要のないビジネスであったとしても、より良いビジネス成果を上げるために、データ活用を推進しているあらゆるビジネスに応用できます。
参考リンク
AWS Media Services
AWS Media & Entertainment Blog (日本語)
AWS Media & Entertainment Blog (英語)
AWS のメディアチームの問い合わせ先: awsmedia@amazon.co.jp
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翻訳は BD 山口が担当しました。原文はこちらをご覧ください。