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AWS でグラフと生成 AI を活用した製造デジタルスレッドを構築

この記事は Raja GT, Shing Poon, Vedanth Srinivasan により作成された「Building a Manufacturing Digital Thread using Graph and Generative AI on AWS」を翻訳した内容です。

製造業の大多数の組織がデジタルトランスフォーメーションの取り組みを受け入れる中、戦略的資産としてのデータの役割がますます重要になってきています。製品ライフサイクル全体を通じてデータを効果的に活用することで、製造業は全体的なコスト削減、製品品質の向上、サプライチェーンの合理化、そして顧客への差別化されたソリューションの提供につながる重要な洞察を引き出すことができます。しかし、データ駆動型の変革を実践に移すことは容易ではありません。アクセンチュアの調査によると、経営幹部の 73% が、レガシーデータ、資産、および業務からデータに基づく洞察を得ることができないと報告しています。

ほとんどの製造業組織において、製品ライフサイクルデータは通常、製品ライフサイクル管理 (PLM) 、企業資源計画 (ERP) 、製造実行システム (MES) 、顧客関係管理 (CRM) 、およびその他の企業アプリケーションといった企業システムに保存されています。企業インフラが分断されていることにより、生成されたデータは多くの場合断片化し、使用されないままとなっています。Seagate の委託を受け、IDC が実施した調査によると、企業が生成するデータの 68% が活用されていないことが明らかになりました。また、この報告書はデータの提供者と利用者の間のデータがつながっていないことを指摘しています。

製品ライフサイクルの様々な段階にわたるデータを活用し、製造業の関係者がより良い意思決定を行うことができるよう支援することが、ビジネス変革の必須事項となっています。しかし、製品ライフサイクル全体でのデータ管理とコンテキスト化は、データの表現方法や使用パターンが、それを扱う特定の担当者のペルソナに応じて変化するため、困難が伴います。製造業の企業がデータを統合しコンテキスト化するために用いる一つのアプローチが、デジタルスレッド (Digital Thread) の構築です。これにより、製品のライフサイクル全体を通じて生成される信頼できるデータ (要件、製品情報、製品コスト、文書、サプライチェーン、品質、欠陥、保守など) のシームレスで相互接続された流れを確立します。製品が構想から設計、製造、現場運用に至る複数のライフサイクル段階を経る中で、デジタルスレッドは多様なデータソースを接続し、ある時点での製品性能を分析し、データ駆動型のビジネス成果を推進する筋道を確立します。

デジタルスレッドのためのナレッジグラフと生成 AI

異種の企業システム間の統合を確立するには、データソース間のポイントツーポイント統合など、いくつかのアプローチがありますが、デジタルスレッドを確立するための実用的な方法の一つは、ナレッジグラフ (知識グラフ) を使用して製造データとその関係性を表現することです。

ナレッジグラフを用いることで、様々なデータソースからの接続されたデータの繋がりを作成し、オブジェクト間の非常に複雑な関係性を表現することができます。ナレッジグラフは、複雑な関係性を効率的に保存、検索、可視化することでデータを整理できるように設計されています。さらに、データを関係者にとって利用しやすくし、より良い意思決定を行うための知識獲得を支援します。

製品の企画から廃棄までのライフサイクル全体にわたってデータを接続するデジタルスレッドは、依存関係を追跡し、エンドツーエンドの追跡可能性を確保する能力を必要とします。ナレッジグラフは、分散したデータを接続することでこれらのセマンティックレイヤーを実現し、企業全体でシームレスなデータ接続性を可能にします。

図 1: 製造デジタルスレッド – ナレッジグラフ

図 1 に示すグラフでは、企画、製品データ、生産指示書などのエンティティがノード (頂点) として表現され、それらの間のセマンティックな接続がエッジ (辺) として表現されています。このデジタルスレッドグラフにより、相互に接続された製造企業のデータをシームレスにナビゲートすることができ、複雑な関係性を容易に理解することができます。例えば、部門横断チームや意思決定者が部品と関連する欠陥や要件との関係を理解するのに役立ち、品質の向上や設計プロセスの改善につながります。ナレッジグラフのクエリは、企業内の様々な関係者の意思決定プロセスに不可欠な、コンテキスト固有の視点や関連情報の抽出を容易にします。

ナレッジグラフはデジタルスレッドの開発に理想的ですが、グラフクエリの自動化や自然言語テキストの生成には課題が生じる可能性があります。ユーザー体験を向上させるために、大規模言語モデル (LLM) を活用して複雑なグラフデータを解釈し、関係性を分析してクエリを生成し、デジタルスレッドグラフに基づいて自然言語で結果を提供することができます。

このブログでは、Amazon NeptuneAmazon Bedrock の機能を組み合わせて、製造業のデジタルスレッドアプリケーションを作成する方法について説明します。グラフと生成 AI テクノロジーを組み合わせることで、ビジネス関係者が会話形式で素早く洞察を得ることができるようになります。

デジタルスレッドソリューションフレームワーク

様々な製品ライフサイクルプロセス (Design, Manufacture, Operation) から得られるデータが、このデジタルスレッドソリューションフレームワークの基盤を形成しています。次の層は、PLM、ERP、MES などの中核的な企業システムを包含しており、これらは企業内の人、プロセス、エンジニアリング、製造データなどの特定の側面を管理します。その次の層はナレッジグラフで構成されます。ナレッジグラフがこれらのシステムからのデータを接続して関係性を確立し、洞察を導き出し、相互に接続された製造企業データの包括的な理解を促進します。最後に、大規模言語モデルがナレッジグラフと統合され、高度なグラフクエリの作成と自然言語機能を可能にします。

図 2: 製造デジタルスレッドソリューションフレームワーク

図 2 に示すように、このソリューションは、様々なシステムからのデータをシームレスに接続し、製造業のデジタルスレッドフレームワークを通じて洞察を得られるようにすることで、イノベーションを加速することを目指しています。このフレームワークは、データが相互に接続されたインテリジェントな構造を確立し、製造業の関係者の意思決定プロセスを強化します。

ソリューションアーキテクチャ

製造業のデジタルスレッドソリューションアーキテクチャは、フルマネージド型のグラフデータベースサービスである Amazon Neptune と、フルマネージド型の生成 AI サービスである Amazon Bedrock を必須要素として統合することで実装されています。さらに、これらのコンポーネントは様々な AWS サービスによって強化され、デジタルスレッドのための包括的なソリューションを構築しています。

図 3: 製造デジタルスレッドソリューションアーキテクチャ

図 3 に示すように、このソリューションは 15 を超える AWS サービスを活用し、デジタルスレッド機能の開発をサポートするための 10 の重要な機能を提供します。

1. 製造組織における主要な関係者を特定する
デジタルスレッドの取り組みを開始するには、製造組織内の主要な関係者を特定することが不可欠です。例えば、システムエンジニアリング、設計エンジニアリング、製造エンジニアリング、サプライチェーン、運用、品質チームが含まれます。彼らの固有のビジネス上の関心事やユースケースを理解することにより、デジタルスレッドの基盤の構築が可能となります。

2. デジタルスレッドを構築するためのデータソースを特定する
包括的なデジタルスレッドを構築するために必要なデータソースを特定します。これらには、PLM、ERP、CRM、MES/MOM、およびその他の社内企業アプリケーションが含まれる場合があります。主要なビジネス上の課題、提供元システム、およびデータを特定することで、企業は業務の全体的な視点を得るために不可欠なデータを確実に取り込むことができます。

3. データ統合
特定されたデータソースを AWS Data Migration Service (DMS) や、大規模なデータセットの移動には AWS DataSync を使用して AWS クラウドに取り込みます。

4. S3 にデータをアップロード
データの取り込みが成功したら、そのデータを Amazon Simple Storage Service (Amazon S3) にロードします。

5. バルクローダーを使用して Amazon Neptune グラフデータベースにデータをロード
Amazon Neptune のバルクローダー機能を活用して、Amazon S3 に保存されたデータを Amazon Neptune に取り込みます。Amazon Neptune で作成されたグラフのエッジとノードが、グラフベースのクエリの基礎となります。

6. 生成 AI モデルを使用
Amazon Bedrock から基盤モデルを選択します。Amazon Bedrock は、単一の API を通じて主要 AI 企業と Amazon の高性能な基盤モデルの選択肢を提供する、フルマネージド型サービスです。また、生成 AI アプリケーションを構築するための幅広い機能セットも備えています。

7. ナレッジグラフと LLM の接続を確立し、LangChain を使用して統合
Amazon Bedrock (Claude 3.5 Sonnet) と Amazon Neptune の間のリンクを確立し、LangChain を使用してそれらをシームレスに統合します。これにより、基盤モデルからクエリを生成し、ナレッジグラフに対してクエリを実行し、結果を自然言語でユーザーに返すプロセスを調整します。

8. アプリケーションレイヤーの作成
以下の要素を組み合わせてアプリケーション層を作成します:

AWS Copilot CLI を通じてデプロイされるこのセットアップは、デジタルスレッドデータとの関係者のシームレスな対話のための、スケーラブルで安全なユーザーインターフェースを確保します。

9. セキュリティ
Amazon VPC を活用して、デジタルスレッドアプリケーションを安全かつ隔離されたネットワークで運用します。AWS Identity and Access Management (IAM) によってアクセス制御を強化し、AWS Certificate Manager (ACM) で証明書を管理し、AWS WAF で Web アプリケーションのセキュリティを確保します。

10. 管理とガバナンス
AWS CloudTrail を活用してアクティビティを追跡し透明性を高め、Amazon CloudWatch でリソースを監視し、AWS CloudFormation でデジタルスレッドアプリケーションのリソースデプロイメントを自動化します。

詳細については、GitHub リポジトリで提供されているガイダンスワークショップ、サンプルコードを参照してください。

図 4: 製造デジタルスレッドアドバイザー

図 4 は、PLM、MES、ERP、CRM システムからの企業データを組み合わせ、自然言語による問い合わせを通じてインテリジェントな洞察を提供する、対話型デジタルスレッドアドバイザーを示しています。

デジタルスレッドのユースケース

ナレッジグラフと生成 AI に基づく製造業のデジタルスレッドを使用することで、組織はシームレスなデータ統合を通じて効率性とイノベーションを引き出すことができます。主要なユースケースには以下が含まれます:

要件から品質へのトレーサビリティ: 製品要件と品質の間のトレーサビリティの維持が難しい課題となる場合があります。製造業のデジタルスレッドを活用することで、組織は初期要件が最終製品の品質にどのように影響するかについてはっきりと見ることができます。このアプローチにより、関係者は重大な問題を引き起こす前に、積極的に課題を特定し、対策を提案することが可能になります。

製品開発におけるサプライヤーコラボレーションの効率化: 複数のサプライヤーとの協力や設計仕様の管理は、製品開発プロセスを複雑にする可能性があります。ナレッジグラフと生成 AI を活用することで、組織は製品とサプライヤーの情報をシームレスに接続できます。この統合により、サプライヤーの選択が最終製品にどのように影響するかについてリアルタイムの洞察が得られ、より多くの情報を基に意思決定が可能になり、開発プロセス全体が効率化されます。

サステナビリティのためのサプライチェーンの最適化: サプライチェーンにおけるサステナビリティの実現は、現代の製造業にとって重要な目標です。デジタルスレッドを活用することで、組織は製品、サプライヤーから物流に至るまで、サプライチェーンのあらゆる観点を接続することができます。総合的な視点を持つことで、カーボンフットプリントやその他のサステナビリティ指標に関する洞察が得られ、組織は炭素排出量を削減するための戦略を策定することが可能になります。

文脈を踏まえた洞察による顧客サポートの強化: 効果的な顧客サポートを提供するには、製品の全体的なジャーニーを深く理解する必要があります。設計、製造、顧客フィードバックを含む接続されたデジタルスレッドを活用することで、サポートチームは大局的な視点から洞察を得ることができるようになります。これにより、問題をより迅速かつ正確に解決することが可能となり、最終的に顧客満足度とロイヤルティの向上につながります。

さらに、グラフと生成 AI を使用した製造業のデジタルスレッド機能は、上記で言及したユースケースを超えて、製品ライフサイクル全体および産業全体にわたって業務を変革する機会を提供します。

まとめ

この投稿では、AWS でナレッジグラフと生成 AI を使用してデジタルスレッドを構築する方法について検討しました。ナレッジグラフと LLM は、接続された製造業のデジタルスレッドを作成する上で不可欠です。グラフは複雑な製造プロセスをナビゲートするために必要なデータの接続性と追跡可能性を提供し、一方で LLM はグラフから価値ある洞察を抽出し、それらを自然言語で提示します。ナレッジグラフと生成 AI の力を活用することで、製造業の組織はデータのアクセシビリティや、コラボレーション、追跡可能性、効率性を向上させ、より迅速なデータ駆動型の意思決定プロセスを実現します。

この記事はソリューションアーキテクトの村松 謙が翻訳しました。原文はこちら

Raja GT

Raja GT

Raja GT は、アマゾンウェブサービスのワールドワイドシニアパートナーソリューションアーキテクトです。製造パートナーと緊密に連携して、技術戦略を策定し、戦略的パートナーが AWS で業界ソリューションを構築して拡大できるよう支援しています。航空宇宙、自動車、ヘルスケア、エネルギー業界で 20 年以上の経験を持ち、製品ライフサイクル管理、サプライチェーン、スマートマニュファクチャリング、革新的なクラウドソリューションの構築を専門としています。

Shing Poon

Shing Poon

Sing Poonは、メルボルンのアマゾンウェブサービスのシニアテクニカルアカウントマネージャーで、小売およびサプライチェーン業界を専門としています。2022 年にソリューションアーキテクトとして AWS に入社して以来、データと AI に関する専門知識を活かして、顧客との複雑なビジネス課題を解決してきました。Shingは、公益事業、グローバルサプライチェーン、製造部門にわたる豊富な経験を持ち、安全で信頼性が高くスケーラブルなソリューションを通じてデジタル変革を推進しています。テクノロジー以外にも、彼は熱心なコーヒー醸造家であり、2人の息子のために専任のTAMを務めています。

Vedanth Srinivasan

Vedanth Srinivasan

Vedanth Srinivasan は、アマゾンウェブサービスのエンジニアリング&デザインおよび市場開拓 (GTM) 向けソリューションの責任者です。業界横断型ソリューションに重点を置いているのは、ハイパフォーマンスコンピューティング (HPC) や製品ライフサイクル管理 (PLM) などのコンピュータ支援エンジニアリング (CAE)、製品ライフサイクル管理 (PLM) のほか、モデルベースシステムエンジニアリング (MBSE)、デジタルスレッド、デジタルツインソリューションなどの高次ワークロードです。自動車、航空宇宙、防衛、石油・ガス、ヘルスケア業界にわたる高度なエンジニアリング・ワークフローの開発と展開において 20 年以上の経験があります。