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マルチAIエージェントが創る新しい店舗体験 〜Amazon Bedrock AgentCoreによる販売支援〜
はじめに
小売業界では、顧客の購買行動が多様化し、実店舗にもオンラインのようなパーソナライズ体験が求められるようになっています。顧客は自分に最適な提案を受け、迷うことなくスムーズに買い物できる体験を期待するようになりました。こうした背景のもと、AWS は Amazon Bedrock AgentCore を活用し、PROTO 社のサイネージデバイスと連携したマルチ AI エージェントによる新しい販売支援アプローチを提案しています。本記事では、その全体構成と技術の仕組み、そして店頭に導入された際の顧客側・店舗側それぞれの活用方法について紹介します。
図1. マルチ AI エージェントによる店舗での販売支援ソリューション概要
全体構成
このソリューションの特徴は、複数の AI エージェントがそれぞれの役割を担い、連携して一貫した顧客体験を実現する点にあります。顧客とのコミュニケーションを担う「アバターエージェント」、商品情報を扱う「商品情報エージェント」、店舗運営を支援する「店舗支援エージェント」、そして全体を統制する「オーケストレーターエージェント」が協調して動作します。
これらのエージェントは、Amazon Bedrock AgentCore を中核としたアーキテクチャ上に構築されています。実行基盤にはAmazon ECS、連携制御には AgentCore Gateway、ステート管理には AgentCore Memory を利用しています。さらに、商品情報は Amazon S3 Vector にベクトルデータとして格納され、顧客との会話データは Amazon DynamoDB に保存されます。AWS Lambda を用いて外部 API 連携や処理フローを柔軟に実装することで、企業ごとの業務要件に合わせた高度な拡張性を実現しています。
図2. ソリューションデモアーキテクチャ
共有スペース/来店前 アバター店員側の仕組み
アバターエージェントは、来店前後を通じて顧客の購買体験を支える重要な存在です。来店前には、Web やスマートフォン経由で顧客の希望カテゴリや用途を音声やチャットでヒアリングし、その情報を店舗と共有します。これにより、顧客が入店した瞬間から、AI が最適な売場や商品を案内できる状態が整います。
店頭では、アバターが自然な対話を通じて商品やフロアを案内します。案内には、Amazon Transcribe を活用して多言語対応にしています。また、必要に応じて商品比較のポイントやおすすめの組み合わせを Amazon Personalize を用いて提示します。例えば「シンプルなデザインの長袖と華やかなデザインのものを比べて試してみてください」といった会話が自動生成され、顧客の好みに合わせて提案されます。また、多言語理解と音声出力を組み合わせることで、海外からの来店者にも対応可能です。これらの対話内容は AgentCore Memory に蓄積され、顧客体験の改善に役立てられます。
最後に QR コードが払い出され、ユーザーはスマートファンなどで QR コードをかざすと、商品の情報や店舗までの地図が表示されます。さらにその QR コードは店舗側のスタッフに掲示するような流れを作っています。
画像1. PROTO デバイス Type M
動画1. エージェントログによる振る舞いの参考可視化とPROTO デバイスでの表示内容
動画2. モバイル側のデモ
店舗側の仕組み
店舗スタッフにとっても AI エージェントは強力なサポートツールです。AI が事前に顧客の来店目的や希望商品を整理して共有するため、スタッフは来店時点で顧客に最適な提案をスムーズに行えます。店舗スタッフは、事前にユーザーがアバター店員側で取得した QR コードを店員にタブレット端末でスキャンをしてもらいます。タブレット端末には、エージェントAI が事前に生成したセールストークや説明文が提示され、それを基に均質かつ効果的な接客が実現されます。
さらに、顧客がどの商品に興味を示したか、どのような会話がされたかといった情報が掲示され、購買心理に基づく販売支援が可能になります。店舗は AI を通じて常にナレッジを蓄積し、接客の品質を可視化・標準化することができます。AI による支援で人員不足の課題も解消され、スタッフはより創造的な顧客サービスに注力できるようになります。
画像2. AI エージェントが出力した店員が使うタブレットの表示内容
技術アーキテクチャ
Amazon Bedrock AgentCore は、AI エージェントを本番運用レベルで安全かつ拡張性高く稼働させるための統合プラットフォームです。その特徴は、AI エージェントの「思考(推論)」「記憶(メモリ)」「行動(ツール実行)」を分離して最適化する設計思想にあります。この仕組みにより、企業は複雑な統合作業を行うことなく、柔軟にエージェント群を構築・拡張できます。
図3.Bedrock Agent Core の機能群
AgentCore Runtime による安全な AI エージェント運用
AgentCore Runtime は、AWSのサーバーレス基盤上で動作するエージェント専用の実行環境です。任意の AI フレームワークで構築したエージェントを「Bedrock AgentCore App」としてコンテナ化し、Amazon ECS または Lambda 経由でスケーラブルに稼働させます。長時間のタスク(最大8時間)や非同期実行をネイティブにサポートしており、たとえば店舗内のアバター案内のような持続的インタラクションにも適しています。また、Runtime はマルチエージェント間の通信チャネルを MCP(Model Communication Protocol)で統一しているため、異なる言語モデルやバックエンドでも相互協調が可能です。
AgentCore Gateway による多様な外部サービス連携
AgentCore Gatewayは、外部のAPI・Lambda 関数・社内システムをエージェント互換ツールとして自動登録・接続する中枢です。開発者は既存の API 仕様( OpenAPI や Smithy など)をそのまま用いて、MCP 互換ツールとして登録できます。これにより、POS システムや在庫 DB などを AI エージェントがアクセスできるようになります。さらに、Gateway にはツール検索用のセマンティックディスカバリー機構が組み込まれており、複数エージェント間で動的に最適なツールを呼び出せます。店舗支援エージェントが在庫を確認し、アバターエージェントに結果を返すような非同期連携を実現する中核がこの Gateway です。
AgentCore Memory による顧客体験の蓄積と進化
AgentCore Memory は、エージェントが顧客との過去の対話を知識として再利用するための永続記憶レイヤーです。短期記憶は直前の会話コンテキストを保持し、長期記憶は複数セッションにまたがる行動履歴や嗜好情報を蓄積します。単なるテキスト保存ではなく、発話内容の意味抽出・統合・重複排除を行うAI 駆動の「知識整理プロセス」が特徴的です。たとえば、顧客が「昨年は青いシャツが好み」と発言した情報を参照し、翌年の来店時に「今年は同系色の新作をおすすめします」と提案するような連続的な体験を提供できます。この構造により、AI エージェントは「覚えている」だけでなく、「理解して進化する」存在へと近づいています。
AgentCore IdentityとObservability による運用セキュリティと可視化
企業利用を前提とした統合認証基盤も、AgentCore の大きな強みです。AgentCore Identity は、IAM および Cognito を活用してマルチサービス間の権限とユーザー認証を統一管理します。これにより、どのエージェントがどのツールにアクセスできるかを厳密に制御できます。Observability コンポーネントでは、CloudWatch・OpenTelemetry 連携を通してエージェントの挙動や消費コスト、エラー発生率を可視化し、運用チームがプロアクティブに調整可能です。特に、企業規模でマルチ AI エージェントを運用する際のトレーサビリティと説明責任を確保するうえで、この仕組みは欠かせません。
AgentCore Browser による Web 連携自動化
AgentCore Browser は、AI エージェントにヘッドレス環境でウェブページの自動操作能力を提供します。画面を表示せず、裏側で Web サイトの閲覧や情報抽出、フォーム入力などを安全かつサンドボックス内で行えるため、店舗スタッフが価格調査や在庫確認を依頼するだけで、AI が Web 上の必要な業務を迅速に自動化します。現場の効率化と幅広い外部情報連携が可能となり、店舗 DX の中核技術として注目されています。
AgentCore Code Interpreter による店舗業務の自動化と高度分析
AgentCore Code Interpreter はエージェントによるコード実行・データ分析・レポート生成を可能にしたサンドボックス型のマネージド実行環境です。会話から生まれた業務要望があった際、エージェントはブラウザ操作や外部データ取得に加え、リアルタイムの集計・グラフ化・予測解析まで一貫して自律的に実施できます。たとえば「店舗ごとの売上データを集計し、週ごとの増減をグラフ化して、Excel 形式で提出」「最新の販売結果から、次回発注数量を Python で計算」など、これまで人手と複雑なシステム連携が必要だった分析業務が、自然言語指示のみで完結します。大容量データ処理や複雑な条件分岐も、Code Interpreter のセキュアサンドボックス内で実行され、API 連携や IAM 統合によって権限管理も万全です。店頭とクラウドが一体化した展開により、業務フローの高度化と省力化を両立できる土台となります。
エージェント連携設計の核心
こうした構成の中で、重要なのは「各エージェントが独立しながらも共有知を持つ」という設計です。販売支援の現場では、アバター、商品推薦、店舗オペレーションという異なる領域のAIが、共通メモリを介してスムーズに協調します。AgentCore はこの協調制御(Orchestration)をネイティブサポートし、オーケストレーターエージェントが会話ログ・ツール呼び出し・状態管理を一元的に制御します。この仕組みによって、個々の応答だけでなく「一貫した店舗全体体験」をAIが提供できます。
今後の展望
今後は、顧客行動ログと売上データを統合し、AI が販売戦略を自律的に最適化するフェーズへと発展していくことが期待されます。また、Amazon Bedrock の進化に伴い、エージェント間の協調精度や自然対話能力が高まることで、より人間らしい接客体験の実現が可能になるでしょう。AWS は、こうした次世代店舗モデルの実現に向けて、企業と共にリアルな価値創造を支援し続けます。
おわりに
AI が店舗運営を支える時代は、すでに目の前にあります。マルチ AI エージェントによる販売支援は、単なる自動化ではなく、「顧客と人のあいだにある理想的な接客体験」を形にするものです。Amazon Bedrock AgentCore を活用することで、企業は短期間で柔軟な AI 接客システムを立ち上げ、顧客満足と業務効率を両立させることができます。これからも AWS は、小売業をはじめとする多様な業種において、AI が創り出す新たなビジネス体験をともに実現していきます。