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AWS の生成 AI を活用してリテールインサイトを変革する

この記事は 「Harnessing Generative AI on AWS to Transform Retail Insights」(記事公開日: 2025 年 1 月 31 日)の翻訳記事です。

Tapestry は、グローバルな高級ファッションブランドを扱う会社で、Coach、Kate Spade New York、Stuart Weitzman といった著名なブランドを傘下に持っています。世界中に 1,400 を超える小売店舗を展開し、18,000 人を超える従業員を抱える Tapestry は、顧客体験の改善やオペレーションの最適化に役立てることができる豊富な情報を保有しているものの、それを十分に活用できているとは言えませんでした。同社は、この知見を効果的に活用するためのシステムが必要で、生成人工知能 (AI) が有望なソリューションとして浮上しました。

「Tapestry では、常にテクノロジーがビジネスを推進させるものであることを理解しています」と、Tapestry のグローバルデータエンジニアリング部門長である Muhammad Chaudhry は述べています。「私たちはデータ駆動型の企業であり、生成 AI は新しい技術です。私たちはそれを検分し、『生成 AI は我々のビジネスの推進役となるのだろうか? 従業員の生活を改善し、ビジネスの成長に役立つのだろうか?』と自問してみました。検討の結果、生成 AI は、明らかに私たちのビジネス上の主要な課題を解決するのに役立つはずと結論付けました」。

リテールにおける AI の必要性を実感

効果的な技術ソリューションを実装するための第一歩は、解決すべき問題を明確に定義し、それに最適なアプローチをお客様視点から見出すことです。Tapestry の場合、既存の顧客フィードバック収集方法は断片的で、大規模な小売ネットワーク全体にわたって拡張することができませんでした。本社チームによる店舗訪問でも、部分的な情報しか得られず、体系的に分析したり、効果的な改善につなげることができませんでした。このため、顧客動向や従業員ニーズの把握が不完全なものとなり、在庫管理や店舗の雰囲気など、あらゆる面で影響が出ていました。

「生成 AI を使えば、自然言語処理を使って従業員のフィードバックを収集し、まとめることができると明らかになりました」と、Tapestry のオムニイノベーション & プロダクトマネジメントのシニアディレクターである Deepak Chandak は述べています。「すべての従業員からのフィードバックを手作業で収集するのは人力的に不可能で、まして要約や分析することなど無理な注文です。しかし、生成型 AI ならばこれが実現できます」。

Tapestry の社内エンジニアリングチームは、この機会に AWS で直近ニーズに対応するだけでなく、将来に向けて AI 駆動型イノベーションを実現するための生成 AI エンジンを構築できると考えました。高性能な基盤モデルを選択できるフルマネージドサービスである Amazon Bedrock のようなサービスを活用することで、大規模なインフラ管理やモデルトレーニングをすることなく、強力な AI の能力を手に入れることができるのです。

堅牢な生成 AI エンジンの構築

Tapestry の生成 AI エンジンは、Amazon Bedrock をコアとする約 20 の AWS サービスを基盤として構築されています。Amazon Bedrock には Anthropic の Claude モデルなどの大規模言語モデル (LLM) がホストされ、これらの AI 機能を支えています。Amazon Simple Storage Service (Amazon S3) は、どこからでも任意の量のデータを検索できるよう構築されており、Tapestry が収集する膨大なデータの中心的なリポジトリとなっています。同社は、この生成 AI エンジンを活用して、店舗従業員からのフィードバックを収集・分析するアプリケーション「Tell Rexy」と「Ask Rexy」を構築しました。

フィードバック収集アプリの「Tell Rexy」は、タブレットや POS システムなどの店舗デバイスに展開されています。フルマネージド型の音声認識サービスである Amazon Transcribe を使用して、従業員の音声フィードバックをテキスト化し、入力の手間を省いています。ニューラル機械翻訳サービスである Amazon Translate も Tell Rexy に組み込まれており、英語以外の言語のフィードバックを自動的に英語に変換し、一元的な処理を可能にしています。

収集したフィードバックは処理されて Amazon S3 に保存され、Amazon Athena のサーバーレスなインタラクティブ分析サービスを使ってクエリ可能なテーブルを作成し、社員がすぐにアクセスして分析できるようにしています。Tell Rexy は、Amazon Comprehend を使ってドキュメントから貴重なインサイトを引き出し、センチメント分析を行います。これにより、従業員の意欲や満足度を把握できます。また、BERTopic のニューラルトピックモデリング手法を使って、類似したフィードバックをグループ化しています。Amazon S3 バケットの通知をトリガーとして、新しいフィードバックからセンチメントスコアリングとトピッククラスタリングが毎日ワークフローで処理されて、Amazon Athena のテーブルを更新しています。

分析チャットボットの「Ask Rexy」は、(RAG) とテキストから SQL への変換機能を組み合わせて、収集されたフィードバックに関する企業アナリストからの質問に答えます。Amazon Kendra の高度なビジネス用検索サービスにより、ユーザーの質問と保存されているコンテンツの意味的な類似性に基づいて、Amazon S3 に格納されたドキュメントから関連した引用部分を引き出します。センチメントやトピックといった特定のキーワードが含まれる場合、LLM が質問を Amazon Athena SQL クエリの文法に合わせて変換し、関連のフィードバックを引き出します。

Tapestry のブランドとチーム全体での AI アプリケーションの拡張

「Tell Rexy」は、現在アメリカの Tapestry のほとんどの Coach 店舗に導入されています。この 1 年間で数千人の従業員が約 30,000 件のフィードバックを提供しており、この大量のデータから、店舗オペレーション、在庫管理、顧客嗜好に関する前例のないインサイトが得られています。今後、この機能を Kate Spade ブランドにも展開していく予定です。

この生成 AI エンジンの開発により、Tapestry は新しい AI 駆動アプリケーションの構築を大幅に加速できるようになりました。エンジンの再利用可能なコンポーネントと拡張性のあるアーキテクチャのおかげで、新しいアプリケーションを 10 倍早く立ち上げられるようになったと同社は報告しています。この効率性の向上により、Tapestry は自社のブランドや企業機能全体においてさらなるユースケースを作成することが可能になっています。既に、コーポレートコミュニケーションや IR 部門などの他の事業部からも、生成 AI エンジンの活用に対する関心が寄せられています。

「社内でシステムを構築する際は、スケーラビリティ、柔軟性、拡張性の 3 つの原則に従っています」と Chaudhry は述べています。「Tell Rexy と Ask Rexy を構築する際にもこれらの原則を実践しました。生成 AI アプリケーションを立ち上げたり、プロビジョニングしたりする際に、よりスムーズに対応できる生成 AI エンジンを構築しました」。

Tapestry と AWS とがコラボレーションし、イノベーションとパーソナライゼーションを業界にもたらした取り組みの詳細は以下からご覧になれます。

Tapestry Collects Feedback from Thousands of Store Associates Using AWS
Tapestry Builds a Scalable IaC Platform for Modernized Workloads Infrastructure Provisioning with Built-In Governance and Security
Tapestry Gains 360-Degree View of Customers by Powering Data and Analytics on AWS

著者について

Aditya Pendyala

Aditya は、ニューヨークオフィスに所属する AWS のプリンシパルソリューションアーキテクトです。クラウドベースのアプリケーションのアーキテクチャ設計に豊富な経験を持っています。現在は大企業と協力し、高度なスケーラビリティ、柔軟性、耐性を持つクラウドアーキテクチャの構築を支援しており、クラウドに関するあらゆる件についてガイダンスを提供しています。Shippensburg 大学でコンピュータサイエンスの修士号を取得しており、「学び続けないものは成長しない」という信念を抱いています。

Deepak Chandak

Deepak Chandak は、価値あるブランドである Coach、Kate Spade、Stuart Weitzman を扱うTapestry 社のオムニイニシアチブおよびプロダクトマネジメントのシニアディレクターを務めています。消費者小売セクターでの製品管理における豊富な経験を持ち、顧客の課題を特定し革新的なソリューションを創出することで事業成長を牽引することで知られています。Deepak は学び続けることに意欲的で、組織の強さは人々にあると信じています。社内外の信頼できるパートナーシップを育み、組織横断型チームを構築することで、持続可能な事業価値を提供し続けています。従業員のエンゲージメントと生産性の向上に尽力し、Tapestry の成功と小売業全体への貢献を続けています。

Fabio Luzzi

Fabio Luzzi はニューヨークを拠点とする Tapestry の技術エグゼクティブです。データ、機械学習、AI を活用してエンドツーエンドのデジタルおよびデータ変革戦略を実行するチームを構築し、その活動を先導した経験が豊富にあります。テクノロジー、決済サービス、エンターテイメント、広告、小売など、さまざまな業界で企業の収益成長をもたらした実績を持っています。ローマの La Sapienza 大学で統計学と経済学の修士号を取得し、イタリア、英国、米国での グローバルな経験を積んでいます。Fabio は「労働は全てを克服する」との信念を抱いています。

Frank Rosalia

Frank Rosalia はニューヨーク近郊に拠点を置く Tapestry の応用 AI エンジニアリングマネージャーです。Tapestry での在職期間中、AWS を活用したさまざまな新規プロジェクトに取り組んできました。Tapestry ではエンタープライズ AI アプリケーション開発の最前線にいたため。彼は最新のソリューションを今も継続的に統合し続けています。最近では、ユーザーが自身の個人的な知識ベースを 20 分以内という条件で活用できる RAG チャットボットプラットフォームの開発に取り組みました。London School of Economics でデータサイエンスの修士号、Colombia 大学で数学と統計の学士号を取得しています。

Muhammad Chaudhry

Muhammad Chaudhry は 15 年以上にわたり、先端技術を使用したソリューションとデータプラットフォームの設計・構築に携わってきた技術者です。クラウドネイティブ、ハイブリッド、オンプレミスのデータソリューションを構築し、ビジネスの戦略的ニーズに応えてきた豊富な経験があります。ハンズオンのデータエンジニアから始まり、ソリューションアーキテクチャ、価値指向のシステム提供、IT とビジネスの戦略的アライメントに焦点を当てた IT リーダーへとキャリアを発展させてきました。Pittsburgh 大学 (ペンシルベニア州) でグローバルビジネス経営の MBA 学位を取得し、現在はニューヨークを拠点とする Tapestry のデータエンジニアリンググループを統括しています。

本ブログは CI PMO の村田が翻訳しました。原文はこちら