AI による金属破壊の原因特定分析に
Amazon SageMaker とオンプレミスのハイブリッド環境を活用し、
産学官連携の取り組みを推進

2021

AI を活用して、金属破断面の画像解析にかかわる新たな技術獲得を目指す産学官のコンソーシアム FraD は、破断面の画像をディープラーニングで処理するオンプレミス側のシステムで生成されたモデルをベースに、会員に対して推論サービスを提供する仕組みを、アマゾン ウェブ サービス(AWS)が提供する Amazon SageMaker で構築。熟練者のスキルを代替することで、産業界が抱える人材不足の課題解消に向けて取り組んでいます。

AWS導入事例:フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム(FraD)

電子顕微鏡で見た破断面の写真
(縞模様が金属疲労の特徴を表す)

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金属製品の破壊に起因する事故のリスクは社会のあらゆる場面に存在します。Amazon SageMaker の活用により、迅速に破断面画像を解析してデータを蓄積し、さまざまな分野に役立てていきたいと思っています

山際 謙太 氏
フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム(FraD)

金属破壊検査のための人材が不足

AI の活用で課題解消を目指す

「フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム(FraD)」は、金属破断によって引き起こされるさまざまな事故の防止を念頭に、AI を活用した破断面の画像解析にかかわる新たな技術の獲得を目指して設立された組織です。運営の中心を担う横浜国立大学 先端科学高等研究院 リスク共生社会創造センターに加え、厚生労働省所管の独立行政法人 労働者健康安全機構の労働安全衛生総合研究所といった公的機関、および製造業を中心とした民間企業が同コンソーシアムに参画。産学官の連携体制のもと取り組みが進められています。例えば、プラントの操業中に配管や圧力容器など金属製設備の破壊は、深刻な人的、物的被害をもたらし、プラントを運営する企業にとっては事業継続上のリスクにもつながります。もちろん、プラントに限らず、金属製品の破壊に起因する事故のリスクは社会のあらゆる場面に存在します。そうした事故を防止するには、走査型電子顕微鏡などを利用して金属の破断面の画像を綿密に観察し、原因を特定して対策を講じる必要がありますが、このような判断には、きわめて高度な専門性が求められます。そして現在、そうした専門性を有する人材の不足が深刻な問題として浮上しています。

「そこで着目したのが、今日、さまざまな領域に適用され成果が向上している AI、特にディープラーニングの技術です。その活用によって、熟練解析者のノウハウをシステムで代替し、解析技術の伝承にも役立つのではないかと考えました」と語るのは、FraD の活動において中心的役割を務める労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 上席研究員の山際謙太氏です。

AI を活用した取り組みにおいては、いかに多くのデータ量を収集できるかが重要となります。そこで考案されたのが、コンソーシアムの会員から提供された破断面画像を解析して、どういう破壊が起こったかをいくつかの分類によって会員にフィードバックする「推論サービス」の提供です。こうした仕組みにより、積極的に破断面画像を収集でき、提供者にも業務上有用なサービスによる価値の還元が可能になります。

クラウドのトップブランドの選択でシステム要件をトータルに満たす

FraD では、2020 年のはじめ頃からそうしたスキームを実現するためのシステム構築に向けて検討してきました。検討を重ねた結果、コンソーシアム会員から受け付けた破断面の画像に対し、ディープラーニングを駆使して分析・学習処理を行うプロセスを労働安全衛生総合研究所のオンプレミス環境で実行。そこで作成した学習済みモデルをクラウド側に格納して、コンソーシアム会員にフィードバックする推論サービスを Web 経由で提供することを決定しました。

「オンプレミスのシステムで推論サービスを提供するという方法も考えられますが、そうなると労働安全衛生総合研究所としては、インターネットへシステムを公開することに対し、構築・運用コストの問題と、セキュリティ上の懸念がありました」と山際氏は説明します。そこで、処理プロセスによってオンプレミスとクラウドを使い分けるハイブリッドモデルによる環境が採用されました。

オンプレミスの環境には、労働安全衛生総合研究所があらかじめ保有していた GPU ベースのシステムを用いる一方、クラウド環境には AWS を採用。推論処理には機械学習サービスである Amazon SageMaker を活用することにしました。

AWS の採用について山際氏は、「システムの計画段階では、どういう規模でデータが集まり、どれくらいの処理が走ることになるのか想定できなかったため、まずは運用を開始して、必要に応じて拡張 / 増強をしていくというアプローチで臨むことにしました。そうしたスケーラビリティ要件のほか、性能や可用性、セキュリティ面の観点からも、クラウドサービスとして圧倒的なブランドである AWS の選定はいわば必然でした」と説明します。

今回のオンプレミスとクラウドの間の連携は、学術情報ネットワークである SINET*経由で行うことが要件となっていましたが、AWS なら学術・研究機関での活用において SINET との接続による運用実績も豊富であることもポイントとなりました。

*SINET(学術情報ネットワーク)は、日本全国の大学、研究機関等の学術情報基盤として、国立情報学研究所(NII)が構築、運用している情報通信ネットワーク。大学、研究機関等に対して先進的なネットワークを提供するとともに、多くの海外研究ネットワークと相互接続している。

サービスの圧倒的処理性能など会員から高い評価が寄せられる

FraD では、アプリケーションの開発やオンプレミス、クラウド両環境の整備、実装を経て 2020 年 6 月にシステム構築を完了。コンソーシアム会員に向けた推論サービスの提供がスタートしました。

「クラウド側の構築には、ウェブ攻撃に対する保護を提供する AWS WAF(Web Application Firewall)や負荷増大に対応するためのロードバランサーの仕組みなど、AWS に多種多様なサービスが豊富に用意されています。それらを適宜組み合わせるかたちで、我々が目指すシステムを速やかに構築することができました」(山際氏)

現在、すでに企業十数社ならびに公共団体や大学などを含む 20 以上の会員がコンソーシアムの提供する推論サービスを活用。まだ業務活用に向けた試行段階ではあるものの、サービス自体に対しては高く評価する声が寄せられているとのことです。

「特に Amazon SageMaker での推論処理の性能には目をみはるものがあります。例えば、我々が自前の環境で実行していたときに 1 分程度かかっていた処理も、30 秒程度で結果が戻ってくるようになりました」(山際氏)

また、さまざまなイベント等において、この推論サービスを活用した自社の取り組みについて発表している会員も多く、Amazon SageMaker に対する期待がますます高まっていることがうかがえます。

今後、FraD では、サービスの本格活用が進む中で発生するさまざまなニーズに応えるべく、今回構築したシステムを順次ブラッシュアップしていくことになります。加えて、システムにかかわる次なるステップのビジョンも描かれています。

例えば、官庁など公共領域でもクラウド活用が進みつつあるという現状を踏まえ、今後、コンソーシアム会員間のクラウド利用にかかわる意識が熟成され、合意形成がなされたあかつきには、現在、オンプレミス側で運用しているディープラーニングの仕組みについても AWS 上に移行していくという方向性も検討しています。

「現行のサービスは提供された破断面の画像を解析して、発生した破壊の種類を明らかにするというもので、それはあくまでも人による業務を置換するものであるのに対し、例えば鋳造品のように壊れ方によって破断面の見え方はほとんど変化がないようなケースなど、本来熟練者の目でも捉えるのが困難な事象を的確に識別し、判断できるようなシステムに進化させていければと考えています。今後は金属のみならず樹脂をはじめ、さまざまな材料の破壊原因の推定に応用していければという構想も持っています」と語る山際氏。このような取り組みを支える Amazon SageMaker のさらなる進化にも、大きな期待が寄せられています。

独立行政法人 労働者健康安全機構
労働安全衛生総合研究所 上席研究員
山際 謙太 氏


カスタマープロフィール:フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム(FraD)

  • 設立:2019 年 7 月
  • 会員数:民間企業、公的機関、大学など 20 以上
  • 活動趣旨:金属破断による事故防止に向けた、AI の活用による革新的な破断面画像解析技術の獲得

AWS 導入後の効果と今後の展開

  • Amazon SageMaker により高度な推論レスポンスを実現
  • AWS の多様なサービスを組み合わせて速やかにシステムを構築
  • オンプレミス側のディープラーニングの仕組みの AWS への移行を検討
  • より高度な AI 活用に向けた環境整備

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