九州発の技術屋集団スタートアップが挑む宇宙産業ビジネス
小型衛星からのリアルタイムデータ収集、運用、分析の基盤に AWS を採用

2020

九州大学発のスタートアップ企業である株式会社 QPS 研究所は、地元企業の協力のもと小型・軽量・低コストの SAR(合成開口レーダー)衛星を開発し、これから約 4 年かけて 36 機の衛星による準リアルタイム地球観測の本格運用を計画しています。厳しい法規制をクリアした上で観測データの取得や保管、衛星の制御を行うシステムにアマゾン ウェブ サービス(AWS)を採用。1 年数ヶ月という驚異的なスピードで衛星の開発とシステム構築を実現し、2019 年 12 月に 1 機目の小型 SAR 衛星を打ち上げ、試験運用を開始しました。

AWS 導入事例  | ニフティ株式会社
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限られたリソースで、1 年数ヶ月のうちに、段階的に規模を拡大できる柔軟性と、機密データを扱うためのセキュリティを実現するには AWS のクラウド以外ありませんでした

大西 俊輔 氏
株式会社 QPS 研究所
代表取締役社長 CEO

小型のレーダー衛星による準リアルタイム地球観測の実現へ

従来の宇宙開発には重厚長大な国家プロジェクトのイメージがありましたが、近年はスタートアップ企業の参入も目立っています。九州大学で培われた 20 年以上の小型衛星研究から発展した QPS 研究所(以下、iQPS)もその 1 つで、同社が目指すのは小型衛星による地球の準リアルタイム観測です。

光学式カメラを使用する従来の衛星の場合、十分な光量がない夜間や雨雲に遮られるタイミングには撮影ができません。一方 iQPS が開発した衛星は、SAR(合成開口レーダー)により電波を送受信することで撮影するため、天候に左右されずに地表の状況を捉えることができ、それに加えて折りたたみ式のパラボラアンテナを開発したことで、より小型で軽量、省コストを実現しました。100kg の衛星は世界でも非常に珍しく、例えば JAXA の陸域観測技術衛星『だいち』は重さ 2,000kg で開発コストは 1 機 400 億円と言われますが、同社の衛星の開発コストは 1 機で数億円と、およそ 100 分の 1 です。

また、現在運用されている観測衛星では機数が少ないためリアルタイムの観測は困難ですが、SAR 衛星を増やしていくことでこの課題も解消されます。「2016 年の熊本地震では衛星からも被害状況を確認しようという動きがありましたが、日本上空を撮影できたのは 1 日後でした。当社は 2024 年までに SAR 衛星 36 機を打ち上げることで地球上のほぼどこでも、選んだ場所を 10 分に 1 回の頻度で状況を更新できる観測環境を整え、防災、交通、環境調査などに貢献したいと考えています」と語るのは、代表取締役社長 CEO の大西俊輔氏です。

衛星による準リアルタイム観測は、鉄道や電力などのインフラ系企業、保険会社、大規模の施設を保持している企業などから特に注目されています。災害対応や事業継続の観点から地形や道路、線路、建物の状態をリアルタイムに把握したいというニーズが高いためです。「継続的な定点観測を行うと些細な変化も見つけやすく、予知保全にも活用できます」(大西氏)

膨大な観測データの保管/運用と法令遵守を考慮し、AWS を選択

衛星の観測データは容量が膨大になるため、iQPS はまずデータの保存場所を自社で構築するか、クラウドにするかを検討しました。衛星で高い解像度のデータを取得するには『衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律(衛星リモセン法)』に基づいて内閣府から認可を得られるよう、セキュリティを担保した管理が求められます。

同社では 2017 年後半からシステム環境の検討を始めて AWS の採用を決定し、2018 年 1 月から開発を始めました。「社内のエンジニアは当時 10 名程度で、衛星開発プロジェクトの傍らシステムをゼロから構築しなければならない状況でした。AWS の APN パートナーは福岡にも複数おられますし、さまざまな知見や事例のある AWS なら迅速に環境を構築できると考えました。導入に際しては、米国でリモートセンシングを行っている企業の事例なども参考にしました」と、プロジェクトマネージャーの上津原正彦氏は振り返ります。

およそ 1 年を経て、2019 年の春にシステムが完成しました。衛星から地上のアンテナに送られたデータは Amazon EC2 インスタンスを経て Amazon S3 に保存されます。別の EC2 インスタンスでは衛星の動きを制御したり、衛星の状態のデータを受け取ったりする管制システムも構築しています。また、衛星の温度や発電状況などは AWS IoT Core を経て Amazon Elasticsearch Service で分析を行います。

「限られたリソースで、このスピードでの実現は AWS でなければ不可能だったでしょう。観測を重ねるに従ってデータ量は増えていくため、オンプレミスで構築するなら、将来のデータ使用量を見越して大容量のインフラを用意しなければなりません。AWS によってコストを大幅に抑えられました」(大西氏)

衛星リモセン法の認可を得て試験観測を開始し、人員も増強

iQPS は 2019 年 7 月、衛星リモートセンシング法をクリアして衛星リモートセンシング装置の使用許諾を取得。システムが確かなセキュリティのもとで運用されていることを示すため、組織内でのデータの管理権限などを明確化したといいます。「誰がどんなデータを管理するかといったアクセス権や管理区分、権限ごとのアクセス経路の設計など、ものづくりと認可のための申請の両面で AWS と APN パートナーの知見に大変助けられ、承認を得ることができました」(上津原氏)

2019 年 12 年には 1 機目の衛星『イザナギ』の打ち上げに成功し、現在は機能検証が行われています。イザナギは約 90~100 分で地球を一周し、現在は試験運用として 1 回およそ 1 分程度の観測を行い、数十 GB のデータを取得しています。「都市や海、山など、環境によってレーダーの反射の仕方が異なります。36 機になったらさらにさまざまな場所を観測しますので、現在はその基礎となるデータを蓄積している段階です」(大西氏)

「2020 年に打ち上げ予定の 2 号機まで試験観測を行い、そこから得られた知見で本格稼働向けの 3 号機を開発し、36 機まで増やしていく計画です。イザナギ打ち上げ時の弊社のスタッフは 13 名でしたが、2020 年の春には役員含め合計 24 名まで増強し、本格稼働に向けた体勢が整いました。AWS のシステム運用に関わるスタッフも 2 名から 6 名に増員しています。」とこれからの展開に向けて大西氏は語ります。

さまざまな分野での活用に備え省コスト/迅速なデータ管理へ

本格稼働に向けたシステム面での課題は、膨大なデータの取り扱いです。取得したデータは適切に保管しておき、ニーズに応じて迅速に提供できることが重要です。「36 機の衛星が 1 日に観測するデータ量は数百 TB に上ります。大もとの生データがすぐに欲しい場合もあれば、ある地点の蓄積された画像データを欲しいという場合もあります。保管コストを抑えながら、あらゆるニーズに即座に応えられるようにしていきます」(大西氏)

システムの効率化のために、衛星データを扱う地上ステーションサービス AWS Ground Station の利用も検討されています。「地上アンテナの部分から AWS のサービスを一貫して利用できると、システム効率はアップするでしょう。36 機の運用を自動化できるような、機械学習のサービスにもチャレンジしてみたいです」(上津原氏)

iQPS では、衛星による観測データの取得・蓄積を強みとし、SAR データ解析については各分野の分析に精通したパートナーからの協力を得ることで、データを提供することにフォーカスしていく方針です。

さまざまな災害、感染症などによる混乱が生じている今日だからこそ、衛星からの観測データを活用することが必要だと大西氏は語ります。「人の動きが制限される事態であればなおさら、宇宙から取得できるデータの重要性は高まります。観測を重ねていくと、災害や環境問題による被害を食い止められるデータや状況の転換点などを特定することも可能です。また、都市計画などにも応用できるでしょう。北部九州には優れた技術を持つ企業が集まっており、協力会社の皆さんはもうやる気満々です。衛星の量産体制の整備も進めており、迅速な開発・運用に向けてさらに加速していきます」

大西 俊輔 氏

上津原 正彦 氏


カスタマープロフィール:株式会社 QPS 研究所

  • 設立年月日:2005 年 6 月
  • 従業員数:20 名
  • 事業内容:人工衛星、人工衛星搭載機器、精密機器、電子機器ならびにソフトウェアの研究開発、設計、製造、販売、技術コンサルティングほか

AWS 導入後の効果と今後の展開

  • わずか 1 年数ヶ月で衛星の開発とシステム構築を実現
  • 衛星リモートセンシング法の認可を取得し、膨大な観測データをセキュアに管理
  • データ運用のさらなる効率化に向け AWS Ground Station の使用を検討中
  • 蓄積した観測データの解析、迅速なデータ提供に向けた仕組みづくり

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