1937 年の創業以来、陸海空のフィールドを網羅した輸送モードと豊富な倉庫拠点を駆使して消費者物流から企業物流までを展開してきた日本通運は、日本全国に 1,000 拠点以上の支店/営業所を構える総合物流事業者です。現在は国内のみならず海外ビジネスも積極的に展開しており、世界を股にかけたグローバルロジスティクス企業として、将来的には売上の 5 割を海外ビジネスにシフトする目標を掲げています。
グローバル事業を拡大していくためには IT のパワーをビジネスに活かすことがより求められるようになります。その重要性を考慮し、2004 年には IT 推進部からの業務委託を受ける事業会社として新たに日通情報システムを設立しました。この動きは、ちょうどメインフレームからオープンシステムへと社内 IT のリプレースを進めていた時期と重なっています。2011 年には IT 推進部が担当していたインフラに関する業務のすべてを日通情報システムに移管しており、クラウド構築にかかわる施策は同社が中心になって推進しています。
当社では 2009 年から仮想環境をベースにしたプライベートクラウド化を進めてきました。基盤となる仮想インフラの構築にはじまり、プール化運用や PDCA サイクルの確立、さらには運用の最適化、自動化とステップを追って移行を進め、2013 年にはほぼ完了しています。
そしてちょうどプライベートクラウドへの移行が落ち着いたころから、パブリッククラウドへの移行を検討するようになりました。その最大の理由は、メインフレームやプライベートクラウドで利用していたシステムが更新時期を迎えることになり、ここで再びハードウェアやソフトウェアといったリソースに投資することが理にかなっているのか、検証する必要が生じたからです。
プライベートクラウドを構築したことで、個別最適化が進んだシステムを共通インフラ環境に統合し、品質改善プロセスを定着させて運用の最適化をかなり実現できるようにはなりました。しかし、物理リソースを所有することから生じるハード/ソフトの調達やシステムの構築にかかる時間・工数、リソースの管理やデータセンターの運用などから逃れることはできません。こうした課題を解決するための手段として IaaS 型クラウドの存在が大きく浮かび上がってきました。
「AWS は第三者機関によるセキュリティの認定も数多く受けています。単なる感覚値に躍らされるのではなく、そうした実績を評価したうえで判断しています。」
- 日本通運 IT推進部 次長 大沼 勇夫 様(写真 中)
- 日通情報システム株式会社 インフラサービス部 クラウドサービス課 課長 下田 よしの 様(写真 右)
- 日通情報システム株式会社 インフラサービス部 クラウドサービス課 主任 澤 亮次 様(写真 左)
IaaS 型クラウドの検討を開始した 2013 年は、エンタープライズでの採用事例も増え始めていた時期ですが、やはりセキュリティや品質に対する漠然とした不安が残っていたことも事実です。そこで当社ではクラウドの実用化に向けて
- コンプライアンス : 法規制の観点で問題はないか
- システム特性 : システム側要件の障壁はないか
- 基盤サービスレベル : 現状の基盤サービスレベル、とくに可用性とセキュリティがクラウドでも満たせるか
という 3 つの観点から実現性検証(机上検証)を実施しました。その結果、一部例外はあるものの、「ほぼ全面的にクラウドへの移行は可能」という判断に至りました。
実現性検証の後、RFI(Request for Information: 情報提供依頼書)の実施、コストシミュレーション、要件定義とベンダ選定というステップでさらに検討を進めました。
まず RFI の段階で 11 社を比較検討し、プライベートクラウド移行の実現性やサンプルモデルに対するコスト/構成案を確認した結果、8 社まで絞り込みました。この時点でのコスト比較では AWS が最も安いという結果でした。次に導入後 5 年間の TCO を想定し、プライベートクラウドを更改した場合と IaaS 型クラウドを活用した場合とで試算したところ、IaaS 型ククラウドを活用したほうが最大 40 % のコスト削減効果が得られることが判明、クラウドの活用度を高めればさらなるコスト効果が期待できることもわかりました。
では最終的にどのクラウドを選ぶべきなのか - 残った 8 社から受け取った RFP(Request for Proposal: 提案依頼書)の回答からコストやグローバル対応といった項目で評価して 4 社まで絞り込み、さらに社内評価基準をもとに最終評価を実施した結果、2013 年 9 月に AWS を含む 2 社を選定ベンダーとしました。
AWS を選定した理由は大きく 3 つあります。まずクラウド業界のリーダー的存在であり、先進性と機能性に優れていること、2 つめは当社のグローバル展開を見据えたとき、全世界で同じサービスを利用できるベンダーは AWS だけであったこと、そして最後のポイントはコストパフォーマンスがすぐれていることでした。
とくにグローバル展開での対応力は重要なポイントでした。海外拠点の拡大をはかる当社にとって、グローバルで共通した環境を拘置していくことはこれから必須になります。そうした意味でクラウドのグローバルスタンダードである AWS は、世界中のユーザーが使える共通基盤としての条件を備えていました。
ベンダーの選定後、約半年をかけて設計を行いました。とくにサービスカタログ(提供サービスメニューの紹介)の作りこみは徹底的に最新化を図りました。ここで、プライベートクラウドを構築していたころにサービスカタログをまとめた資料をきちんと作っていたことが非常に役立ちました。詳細なサービスカタログを用意しておけば、クラウドに不安を抱く業務ユーザーに対しても、論理的な説明を行うことができます。社内に「資料をきちんと整備しておく」という文化が根付いていたことは、クラウド移行の過程においても大きな助けとなりました。
SIer の中には AWS に対して誤解をもっているところも少なくなく、「このアプリケーションは AWS クラウドでは動かない」「クラウドではセキュリティパッチが勝手に発動する」などという誤解もずいぶん聞きました。当時、インフラ部隊ですらクラウドに関しては知識が少ない状態で臨んでいたので、アプリケーション部隊はより混乱しやすく、SIer の言うことに振り回される傾向にあったかもしれません。そうしたときに助けになったのが先のサービスカタログに加え、「AWS プロフェッショナルサービス」の存在でした。AWS のコンサルタントが同席し、クラウドの専門家の立場で行ってくれるアドバイスは非常に的確で、漠然と感じていたクラウドに対する不安を取り除くという意味でとても効果のあるサービスだと思います。
もっとも、現場のちょっとしたいざこざや不安も、最終的には会社の方針として AWS に移行することが決まっている以上はさして大きくなることもなく解決に至っています。やはりこうした大きなプロジェクトを社内で進めていくにはトップダウンであることは絶対に欠かせません。あたりまえのようですが、インフラ主導でできることと、トップダウンでなければできないこと、この認識はしっかりもっておくべきではないでしょうか。
2014 年 4 月より、新規案件および更改システムにおいて AWS クラウドを適宜利用していくフェーズに入りました。導入してまず感じたことは、これまで年中行事だったリソースの調達に奔走しなくてもよくなった点です。たとえば、ハードウェアが増えるたびに運用工数も増える、リソースプールが足りなくなったら工数を増やし、割り当て分を捻出する、それらの問い合わせでインフラ部門の窓口に業務ユーザーからの問い合わせが集中する等、そういった負荷が一気に減りました。
リソース調達にかける時間や窓口対応の人的リソースが減った分を、ほかの作業に振り分けることができるようになったのは、まさに AWS クラウドによる効果です。ハードもソフトも入り乱れていたリソースプールの保守期限から解放されたのはインフラ部隊にとっては本当に大きなメリットです。
セキュリティに関しては、事前に十分に検証していたこともあり、もとから大きな不安は抱いていませんでした。クラウドのセキュリティを不安視する声もよく聞きますが、世の中がこれほど複雑になっている以上、当社のようないち事業会社が自力で対策するセキュリティと、AWS のような専門集団が多額の投資をかけて行うセキュリティとでは、どちらがよりセキュアかは明白でしょう。また AWS は第三者機関によるセキュリティの認定も数多く受けています。単なる感覚値に躍らされるのではなく、そうした実績を評価したうえで判断しています。
現在、当社で採用している主な AWS のサービスは、Amazon EC2、AWS DirectConnect、Amazon EBS、Amazon RDS for Oracle、Amazon Route 53、Amazon S3、AWS CloudTrail、Amazon CloudWatchなどで、インフラの主要サービスはほぼすべて導入しておりますまた、DWH サービスである Amazon Redshift も導入しています。この Amazon Redshift 導入(旧 DWH からの移行)においては、移行自体はうまくいったのですが、受入テスト時に確認できなかった部分について、若干のトラブルが生じました。その際、先にも触れたプロフェッショナルサービスによるサポートを受けています。プロフェッショナルサービスのコンサルが非常に優れている点は、つねに当社の事情にあった現実的な提案をしてくれるところです。クラウドの技術だけに精通しているのではなく、ユーザー企業の現状をしっかり見ながら提案してくれることに強い信頼を寄せています。
今後はアプリケーション部門と連携して PaaS の利用も視野に入ってくるかもしれませんが、まずは全システムのクラウド移行を 2019 年末までに進めていくことを現時点のマイルストーンに掲げています。2016 年 4 月からは、既存システムの本格的なクラウド移行が開始します。これまではほとんどが新規案件でのクラウド採用でしたが、既存システムを移行していく段階では新たなハードルにぶつかることもあると考えています。ですが、だからといってクラウド以前の状態、リソースの調達に苦しんでいたあの時代に戻りたいとは考えられません。会社のカルチャーも個別最適から全体最適へと意識が切り替わっており、クラウドを活用していくための下地は会社として十分に整っています。だからこそ、AWS にはさらに各種のサービスを充実していただくことを期待しています。
当社も AWS のそうしたサービスの充実にあわせてさらに新たなノウハウを蓄積し、日々の運用を進化させていければと考えています。そのためにも運用面で新たに覚えなければならない"AWS のお作法"を理解するためのナレッジやベストプラクティスをどんどん公開してもらえたらと考えています。
- 日本通運 IT推進部 次長 大沼 勇夫 様
- 日通情報システム株式会社 インフラサービス部 クラウドサービス課 課長 下田 よしの 様
- 日通情報システム株式会社 インフラサービス部 クラウドサービス課 主任 澤 亮次 様