1888年(明治21年)創業の住友重機械工業(以下、SHI)は、機械コンポーネント、精密機械、建設機械、産業機械、船舶、環境/プラントの6つのセグメントを主要事業とする総合機械メーカーです。創業以来、ナノテクノロジーのように小さなモノからオイルタンカーのように大きなモノまで、ありとあらゆるモノを「動かし、制御する」技術にこだわり続けています。

長い伝統に培われたモノづくりの精神を踏襲し続ける一方で、時代のニーズに応える製品を適切なタイミングで世界に提供していくためには、外的環境の変化に遅れることなく事業を対応させていく姿勢も重要です。その中でも大きな課題のひとつが、変化のスピードが速いITです。できるだけ効率的なIT環境を整えていくために、SHIでは現在「企画本部 情報戦略グループ」というSHIグループ全体のIT戦略を統括する部門の下で、2010年に設立された子会社の住友重機械ビジネスアソシエイツが現場の業務を遂行するという体制を取っています。

ここ数年、エンタープライズの世界でも"もたないIT"、つまりクラウドへのシフトがことのほか強くなってきていると実感しています。SHIでは5年ほど前から徐々に仮想化によるサーバ統合を進めてきましたが、自社で運営する仮想サーバだけでは十分にニーズを満たせないケースも増えてきました。そうした時流とSHIグループのビジネスの方向性をあわせて検討した結果、我々は新規に導入するSAP ERPシステムについてHANAベースの「SAP Business Suite powered by SAP HANA(以下SoH)」を採用し、SoHを稼働させる基盤としてSAP社が提供するクラウド「SAP HANA Enterprise Cloud(以下、HEC)」を採用する決断を下しました。

SAP ERPのシステムの導入は当然ながら非常に大きなプロジェクトです。弊社にとっては新たな試みであるため、社内の開発者だけでは足りず、パートナー企業の開発者を含めた開発体制を取る必要がありました。しかし何十人もの社外の開発者に対して社内の作業環境を提供すると、コンプライアンスやセキュリティに関するさまざまなハードルにぶつかります。社外開発者の作業用PCの調達や作業場所の確保、ネットワークの敷設、そしてそれらに伴うコストも頭の痛い問題でした。

仮想化やクラウドの普及でサーバの調達は楽になりましたが、開発者の作業環境はいまだに物理PCとプロジェクト専用の物理的なスペースが主流の現状では、社外の開発者をプロジェクトに参加させることは非常に難しくなります。SAPシステム導入プロジェクトと同時期に社内の仮想環境上にCitrixの仮想デスクトップ (VDI: Virtual Desktop Infrastructure)製品を試験的に導入していたため、その一部を利用して本プロジェクトでも検証を行いました。結論から言えば、VDI技術を使えば社外の開発者をリモートから接続させ、プロジェクトに関わるデスクトップ環境をセキュアに共有できることがわかりましたが、オンプレミスのVDI環境ではライセンスやコストの問題は残されたままでした。

悩みながらもSAP導入プロジェクトを進めていた2014年5月ごろ、クラウド型の仮想デスクトップサービスである「Amazon WorkSpaces」の存在を知りました。米国でリリースされてからまだ半年ほどしか経っておらず、日本リージョンでの提供は行われていませんでしたが、クラウドのメリットである「始めたいときに始められて、やめたいときにやめられる」がそのままデスクトップサービスにも適用されるのは大きな魅力でした。

社外の開発者に対して社内の他のリソースにアクセスすることなく、プロジェクトの開発環境を提供するという課題においてもAmazon WorkSpacesでクリアすることができました。仮想デスクトップの設定も短期間で行え、管理/運用の手間を差し引いてもAmazon WorkSpacesがもたらすコスト、セキュリティ、導入効果の面でのメリットは大きかったです。我々は社外の開発者と我々の開発環境をつなぐ"踏み台"のようなテクノロジが欲しかったので、Amazon WorkSpacesは最適なサービスでした。今後はこうした社外の開発者との協業を意識したサービスがますます求められるようになると思います。

Amazon WorkSpacesの利用を正式に開始したのは2014年7月です。この時点ではまだ東京リージョンでの提供が始まっていなかったので、米オレゴンリージョンのAmazon WorkSpacesを利用していました。8月の東京リージョンでのAmazon WorkSpacesサービス提供後は、我々も東京リージョンの利用に切り替えましたが、米オレゴンリージョンに比べてパフォーマンスはかなり改善されたと実感しています。現状では30台前後のAmazon WorkSpaces環境が稼働しており、性能テスト向けに一時的に20台のAmazon WorkSpacesを数日だけ追加する様な使い方もしています。また”WorkSpaces image”と”WorkSpaces bundle”が提供された事で、環境の複製が非常に簡単になり使い易くなりました。

実はAWSの利用はAmazon WorkSpacesが初めてではありません。2013年からファイルサーバのアーカイブ先としてクラウドストレージサービスの「Amazon Glacier」を利用しています。過去に使った解析のデータなど、当面使う予定はないが保管しておく必要のある、100テラバイトを超す膨大なデータを格納するには、オンプレミスの外付けストレージではもはや限界でした。安価に大容量ストレージを提供できるサービスはAmazon Glacierのほかに見当たらないと思います。また、SAP導入プロジェクトではHEC以外にも自社サンドボックス環境として「Amazon EC2」上にインスタンスを作成して利用しています。Amazon EC2であればサーバ調達の初期費用を大幅に削減でき、開発後に不要なリソースが残ることもありません。Amazon WorkSpacesは、こうしたAWSのほかのクラウドサービスで受けられるメリットを仮想デスクトップサービスで引き継いでいるという印象です。

冒頭でも申し上げましたが、エンタープライズの世界においても確実に"もたないIT"へとシフトが進んでいると実感しています。この流れはITだけでなく、たとえば時間や場所にとらわれないワークスタイルや、社外の技術者との協業の増加など、世の中全体の潮流とも深く関わっています。エンタープライズは安定志向といわれますが、安定志向であっても、世の主流に乗り遅れすぎず、デファクトスタンダードを選ぶようにしていきたいです。そういう意味ではクラウドは確実に今後のデファクトスタンダードであり、我々SHIでも今後はオンプレミスに対する投資よりも、まずはクラウドによる解決策を最初に検討することになるでしょう。

今回ご紹介した仮想デスクトップ環境では、Amazon WorkSpacesはSAPシステム導入プロジェクトのような一時的な利用として、従量課金の良さを最大限活かすことができます。今後もこのようにクラウドとオンプレミス、あるいは複数のクラウドベンダが提供するサービスを使い分けて利用することが主流となると考えています。

Amazon WorkSpaces は我々が試行錯誤する中で選んだサービスですが、今後はこのように試行錯誤しながらその時点で最適と思われるテクノロジを選んでいく アプローチが増えていくように思います。正直、HEC や Amazon WorkSpaces のような新しいテクノロジを選んだことは SHI にとってはかなり大胆な決断 だったといえます。ですが、今後はそれらの新しいテクノロジを"選ばないリスク"も生じるはずです。そう考えるとクラウドという試行錯誤できる IT は、安定志向に傾きがちだったエンタープライズの世界に、いままでとは違う可能性を見せてくれる存在なのかもしれません。

「クラウドとオンプレミス、あるいは複数のクラウドベンダが提供するサービスの使い分けが主流となると思っています。」

- 住友重機械工業 企画本部 情報戦略グループ 主管 武藤均実様
- 住友重機械ビジネスアソシエイツ 情報システム部 ビジネスプロセス変革G 技師 大越崇之様

- 住友重機械工業 企画本部 情報戦略グループ 主管 武藤均実様
- 住友重機械ビジネスアソシエイツ 情報システム部 ビジネスプロセス変革G 技師 大越崇之様