3 年間で 142 ものシステムの AWS 移行を実現し、オンプレミス時代と比較して IT インフラのコストは 4 割ほど削減されています。システムによっては、それ以上のコスト削減効果がでているものもあります。
AWS があるからこそ、新しいことにもすぐチャレンジできます。その結果、最近ではビジネス部門から上位のコンセプト作りのような相談が IT 部門に来るようになり、IT 部門は安定したインフラを提供する立場から、ビジネスに貢献する立場へと変革しています。
伊藤 肇 氏 AGC株式会社 グローバル IT リーダー 情報システム部長

1907 年に創立した AGC は、世界最大手のガラスメーカーです。建築材料、自動車向けガラスを中心に電子部材やフッ素化学製品、その他の化学関連素材を世界市場に製造、販売しています。AGC を中核とする AGC グループは、世界に 5 万人を超える従業員を擁し 2016 年度のグループ売上高は 1 兆 2,826 億円に達しています。

AGC グループでは 2016 年 2 月に「2025 年のありたい姿」とその実現に向けた長期経営戦略を策定し、長期安定的な収益基盤となる「コア事業」と、モビリティ、エレクトロニクス、ライフサイエンスをターゲットとした高い成長を目指す「戦略事業」を 2 つの柱とし、総合的な素材メーカーへと変化しつつあります。この変革に合わせ 2018 年 7 月には、社名(商号)を旭硝子株式会社から AGC株式会社へと変更しました。

事業変化の中にある AGC では、IT にも変革が求められています。従来のビジネス領域ではより効率的で安定性のある IT の仕組みが、一方、戦略的な事業領域では市場の変化への迅速な対応が必要です。

特に製造業においては、IoT の活用などで製品やサービスに新たな価値を提供する動きが活発化しており、当然 AGC でもこの動きに追随しています。そのために、従来の安定した IT をより効率化して維持しながら、そこで生まれた余裕を積極的に新たな価値を生む領域に投資できるようにしたいと考え、安定した IT と戦略的な ITといった  2つのインフラ環境の両立について模索していました。

また AGC では、BCP(事業継続計画)も課題の1つとなっており、2011 年に発生した東日本大震災をきっかけに、大規模災害に対応する BCP を検討することになりました。

AGC では IT システムの BCP について、データセンターをもう 1 つ持つことを考えました。その方法では設備やハードウェアを二重持ちするので、コストは 2 倍以上になります。新たな候補となったのがクラウドでした。「クラウドなら災害対策の仕組みが手近にくると考えました。」と言うのは、情報システム部 電子・基盤技術グループ マネージャーの大木浩司氏です。2013 年からクラウドの活用を検討し、選ばれたのが AWS でした。

他のクラウドサービスとも比較し、「安定性、実績などの面でほぼ AWS 一択でした。」と情報システム部 デジタル・イノベーショングループ プロフェッショナルの三堀 眞美氏は言います。また AGC ではシステムを日本国内に置きたかったこともあり、東京リージョンの存在も採用の決め手となりました。

情報システム部 デジタル・イノベーショングループ マネージャーの浅沼 勉氏は「安価な BCP の実現、システムライフサイクルの適正化、さらにはガバナンスの確保が可能だと判断したからです。」と言います。当初の目的はコスト削減と災害対策が大きなものでしたが、今ではスピードの速さやクラウドで仕事のやり方を変えることも AWS を利用する目的の上位に位置づけられています。

2014 年、AGC はホストコンピュータで稼働していたシステムを SAP ERP に刷新し、AWS 上で動かすことを決めました。SAP ERP を AWS 移行システムの端緒とすることに慎重な声もありましたが、むしろ堅牢性や信頼性が求められる基幹系システムを AWS 化できれば、災害対策やインフラコスト削減の面でメリットが大きく、他システムへの展開が容易になるとの判断がありました。

AWS 化には当初、ガバナンスやセキュリティ確保で不安もありました。これについてもすでに SAP ERP を AWS で運用している同業他社の事例があり、AWS のユーザーグループ活動の中で移行に関する現実味のある話を聞けたことが安心材料となります。「AWS はセキュリティに関する情報の多くが公開されており、第三者セキュリティ認証も多数取得しています。さらにディスクの暗号化など、自分たちではコスト的になかなか実現できない仕組みも揃っています。そのため、むしろ自分たちのデータセンターより AWS のほうが安全だと言えます。」(三堀氏)

AGC では AWS への移行にあたり、内部統制に使用しているリスクコントロールマトリクスも確認しています。その結果、規定されていた内部統制項目のうち一部については管理主体が AWS に移るものの、管理要件を見直す必要は一切ないことが確認されました。

2014 年から始まった SAP ERP の AWS への移行プロジェクトは、7 系統すべての移行を完了しました。AGC では移行に際し AWS プロフェッショナルサービスのサポートのもと IT インフラの標準化を進め、「ALCHEMY」という AWS システムの標準カタログサービスを AGC グループ内で展開しています。これは SAP ERP だけでなく、他のシステムも AWS で動かす依頼が、あっという間に拡がると考えたためです。

予想通り SAP ERP の AWS 移行が始まると同時に AWS を採用したいという要望が殺到し、2018 年 11 月現在、トータル 142 のシステムが AWS の上で稼働しています。AGC では AWS に移行するシステムのアーキテクチャを個別には設計せず、事前に作成した標準構成パターンから選択してもらうというアプローチを採用しています。この結果、これだけ多くのシステムの短期間移行を実現することができたのです。

ALCHEMY では必要なセキュリティとガバナンスを確保した上で、要件に応じた最適構成を迅速に提供可能となっています。

AGC が主に標準化としている構成では、Amazon EC2 、EBS、S3 をベースに、データベースには Amazon RDS を、データのアーカイブには Amazon Glacier を利用しています。また標準化構成を動かす環境としては、AWS Direct Connect と Amazon VPC を用いプライベートネットワーク空間を確保しています。さらにロードバランサーには Elastic Load Balancingを活用し Amazon CloudWatch を使った監視も標準サービスとして組み入れています。このように利用する AWS サービスを基幹系システムが最低限必要なものに限定し、その範囲において徹底的に検討・設計することで、基幹システムが要求する高いセキュリティ性やガバナンスの確保、そして迅速な基盤環境のデリバリを実現しています。

「オンプレミス時代と比較して、AWS 化で IT インフラのコストは概ね 4 割ほど削減されています。システムによっては、それ以上のコスト削減効果がでているものもあります。」と言うのは、グローバル IT リーダー 情報システム部長の伊藤 肇氏です。

このコスト削減の実現には AWS の安価な費用だけでなく、必要な時だけインスタンスを稼働するといった運用上の工夫も要因となっています。それらに加え、およそ 5 年ごとに発生していたハードウェア更改の作業がなくなったことが、効率化や TCO 削減にも大きく寄与しています。ハードウェア更改には多くの人的リソースが必要とされるため、その間にビジネス部門から新たな要望があっても、実現に時間がかかってしまうことが課題となっていました。「以前はビジネス変化のサイクルとハードウェア更改のタイミングが合わず苦労していましたが、AWS によってそこから解放されることで、IT 部門のワークロードは平準化され、新しいことにチャレンジする自由度も上がりました。」(大木氏)

現在 AGC では、新規システムの IT インフラでも AWS を利用しています。たとえば、買収した会社のために新たなシステムインフラを用意する際には、買収が決定した段階でシステム構築のリクエストが上がるといったスケジュールとなり、オンプレミスの場合サーバーの調達だけでもそこから 2 ヶ月以上の時間が必要でした。それが AWS では、数日でサーバー環境が用意できます。

AGC では社内の技術者に求めるスキルセットにも変化が起こっています。これまでの技術者は、ネットワークやハードウェアなど専門分野が分かれていました。しかし、AWS を利用するようになり、フルスタックなスキルセットをもつ技術者のニーズが急速に高まりつつあります。AWSを使えば一人の技術者がインフラ環境を一式すべて準備できるので、それを使いこなすためのフルスタックの知識が必要になっているのです。また、クラウドの良さであるスピードの速さ、柔軟性の高さを十分に発揮するべく内部である程度のことができるよう、AGC では AWS を使いこなせる技術者育成にも力を入れています。

またこれだけ多くのシステムを AWS で動かすようになり、逆にベンダーロックインされるのではとの懸念も出てきます。とはいえロックインされるのではなく AWS をロックオンし、クラウドを使い倒すと AGC では考えています。「ハードウェアをなるべく統一するなど、これまでもインフラで採用するベンダーは絞ってきました。その上のアプリケーションは自由に選べるようにしてきたのです。AWS になってもそれは変わりません。」と言うのは、情報システム部 電子・基盤技術グループリーダーの大橋 数也氏です。

製造業のデジタル化が急速に進む中、IT 部門は率先してそれを推進する立場となっており、AGC では 数年後の未来を見据えたデジタル化戦略の策定と、今最先端の技術を迅速に採用し試行錯誤を繰り返すアプローチを同時並行的に進めています。そして、後者には AWS Lambda や AWS IoT、Amazon Machine Learning をはじめとした AWS サービスの導入や、AWS Glue を利用したデータレイクやビッグデータの活用を視野に入れています。

AGC では、社員に対し失敗を恐れずチャレンジすることを奨励しています。とはいえそのハードルが高ければチャレンジできません。「AWS があるからこそ、新しいことにもすぐチャレンジできます。IT 部門では今、やりたいことがあればどんどん相談して欲しいと間口を広く開け待っていられるようになりました。その結果、最近ではビジネス部門から上位のコンセプト作りのような相談が IT 部門に来るようになり、IT 部門は安定したインフラを提供する立場から、ビジネスに貢献する立場へと変革しています。」(伊藤氏)

左から、
- AGC株式会社  情報システム部 デジタル・イノベーショングループ マネージャー 浅沼 勉 氏
- AGC株式会社  情報システム部 デジタル・イノベーショングループ プロフェッショナル 三堀 眞美 氏
- AGC株式会社  グローバル IT リーダー 情報システム部長 伊藤 肇氏
- AGC株式会社  情報システム部 電子・基盤技術グループリーダー 大橋 数也 氏
- AGC株式会社  情報システム部 電子・基盤技術グループ マネージャー 大木 浩司 氏

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