Amazon Monitron で産業機械の予知保全
~ 機械振動の測定と評価規格「ISO 20816」とは ?
Author : 松下 享平 (AWS IoT HERO)
こんにちは、松下 (ニックネーム:Max) です。
IoT プラットフォームを提供している 株式会社ソラコム で、日夜 IoT の普及に尽力しています。AWS のユーザーグループ「JAWS-UG」では IoT 専門支部 に所属しており、先日は IoT 向け無線ネットワーク技術とAWS アーキテクチャの接続方法 を builders.flash で紹介しました。
今回は、産業機械を「後付けで」予知保全ができるようになる AWS のサービス「Amazon Monitron (モニトロン)」と、そのサービスで利用されている ISO 規格「ISO 20816」について、ご紹介します。
産業界における「予知保全」の重要性と課題
産業界では、設備制御に多くのFA (ファクトリー・オートメーション) 等の産業機械が関わっており、現代社会には欠かせません。例えば自動ドアの開閉や、生産ラインの稼働、空調の制御等があります。
その重要性は年々増しており、安全で信頼性が高い稼働が求められています。そのためには点検やメンテナンスが不可欠ですが、ダウンタイムへの厳しい要求や、膨大な設備数が背景となり、定期的なメンテナンスが難しくなっているのも事実です。そこで、センサーを用いて日々の点検を省力化しつつ、データを基に普段とは異なる状態を検出し、能動的なメンテナンスを施していく「予知保全」が注目されています。
昨今では最初からセンサーを標準装備した産業機械もあり、予知保全が現実的になってきた一方で、こういった仕組みが無い既存機械は、取り残されてしまう課題があります。
Amazon Monitron と ISO 20816 の関係
Amazon Monitronは産業機械の予知保全を実現する、AWS のサービスです。クラウドだけでなく、センサー、ゲートウェイ (中継器) といったハードウェア、そして現場での管理用スマホアプリが一度に揃います。
加速度を内蔵しているセンサー (上図/右下) によって振動を計測し、機械振動に関する国際規格「ISO 20816」のルールと機械学習モデルで評価することで異常を検出、データを基にしたメンテナンス業務の能動化・効率化ができます。特徴の 1 つとして「センサーを後付けできる」点にあり、新規だけでなく既存の産業機械を対象にした予知保全ができるわけです。
機械学習モデルはセンサーの値を基に学習・推論して評価します。では ISO 20816 とはなんでしょうか ? 少し掘り下げてみましょう。
ISO 20816 とは ?
ISO 20816 とは、機械振動の測定と評価に関する国際規格です。機械の動作時に発する振動を基に、機械の状態を評価する測定方法と値を定めています。
機械は稼働時間が経過すると部品が摩耗し、これまでとは異なる振動パターンが発生します。例えばモーターであれば、軸受け部分がすり減り、支える部分が弱くなって振動が大きくなります。ISO 20816 では振動変位、振動速度、振動加速度の測定、その値を評価して機械の状態を定義します。
補足として、ISO 規格は定期の見直しがされており、ISO 20816 の前身は ISO 7919 (軸振動) や ISO 10816 (軸受台振動) であることが Life cycle でわかります。ISO 規格は購入することで閲覧できます。購入前にはパートを確認しましょう。また、ISO 規格の規格番号の読み方は国立国会図書館ホームページ「リサーチ・ナビ」が参考になります。
ISO 20816 の「対象機械」と「評価ゾーン」
ISO 20816 での評価は、対象機械の分類と評価ゾーンを突き合わせることで、状態の評価を行います。
まず対象機械の分類ですが、いくつかに分かれています。現状、私の方で判明している ISO 20816 のパートをご紹介すると以下の通りです。
機械の状態は「評価ゾーン (Evaluation zones ※3)」で行います。評価ゾーンには 4 つの定義があります。
- ゾーン A : 新規稼働
- ゾーン B : 長期運転に問題なし
- ゾーン C : 長期運転に不適当
- ゾーン D : 機械の損傷が見込まれる
ご覧の通り、ゾーンAとBが安全圏です。
対象機械の分類と評価ゾーンに対する値は、 規格中に定義があります。例えば、非回転部品においてゾーン A/B は振動速度が 0.71 mm/s ~ 4.50 mm/s、ゾーン B/C は 1.80 mm/s ~ 9.30 mm/s、ゾーン C/D は 4.50 mm/s ~ 14.7 mm/s といった形です (※4)。対象機械の Group 1 や Group 2 にも同様に定義があります。
一言でまとめるなら「大きく振動している機械ほど問題あり」となっています。ちなみに、数値に重なりがあるのは、評価幅を持たせるためとのことです。
※1 : ISO 20816-1:2016 - Annex C
※2 : ISO 20816-3:2022 - Annex A
※3 : ISO 20816-1:2016 - 6.3.2.3 Evaluation zones
※4 : ISO 20816-1:2016 - Annex C
Amazon Monitron での評価と ISO 20816
Amazon Monitron では対象機械は「機械クラス」、評価ゾーンは「ISO の警告とアラーム」として、ISO 20816 のマッピングをしています。機械のクラスさえ設定できれば、評価ゾーンはアプリ側で設定してくれるため、細かい数値まで知る必要がない手軽さがあります。
機械クラスは、ISO 10816-1:1995 (ISO 20816 の前身) に定義されている 4 つのクラスから選びます。具体的には、Amazon Monitron アプリでのセンサー設定時に以下のように表示されます。
クラス Ⅰ
エンジンおよび機械の個々の部品。特殊な運転条件のないマシンに取り付けられたもの (例 : 最大 15kW の電気モーター)。
クラスⅡ
特別な基礎を持たない中型機械 (典型的には、15 kW ~ 75 kW の出力の電気モーター)、特別な基礎の上に堅固に取り付けられた最大 300kW のエンジンまたは機械。
クラスⅢ
堅固で重く、振動の方向で相対的に堅い基礎の上に取り付けられた、回転質量をもつ大型の原動機やその他の大型機械。
クラスⅣ
堅固で重いが、振動測定の方向では相対的に柔らかい基礎の上に取り付けられた、回転質量をもつ大型の原動機やその他の大型機械 (例 : 出力が 10MW を超えるタービン発電機セットやガスタービン)。
この選択により、評価ゾーンに相当する “ISO の警告” と “ISO アラーム” の設定がされます。警告はゾーン C、アラームはゾーン D 相当です。
Amazon Monitron アプリでの表示例は次の通りです。クラス I として設定したデータを示しています。
ISO の警告が 1.80 mm/s に、アラームは少々わかりづらいですが 4.50 mm/s に設定されています。
機械のクラスは何を選べばよいのか ?
機械クラスは基本的に定格出力で選ぶことになります。仕様から読み取れない場合は、他の機械と比較して設定することになります。例えば、50 cc 排気量区分の電動バイクは、最大 0.6 kW 定格出力でクラス I に分類 されます。クラス II (ISO 20816 なら Group 2) に該当する定格出力 20 kW は、電動バイクなら大型自動二輪が必要な出力です。
仕様と異なる設定をしても、警告 / アラートのしきい値が異なるだけで、計測や運用に大きな支障を与えるわけではありません。運用開始後にクラスの変更もできるので、実測を基に調整できます。そのため、定格出力が不明であれば、まずはクラス I を設定するというのも方法の 1 つです。
どの機械クラスでも共通しているのが、センサーの取り付けの堅牢さです。Amazon Monitron のドキュメントには、ISO 20816 に準拠した センサーの取り付け位置 や 設置方法 が解説されています。これは正確な振動を得るためなので、適切に取り付けましょう。
おわりに
Amazon Monitron は開始直後から ISO 20816 での評価ができ、すぐに始められるという利点があります。一方で産業機械、とりわけ既存機械では個体毎の稼働実績や設置状況により、測定値が大きく変わることがあります。そのため、すぐに警告やアラームが発生しても、まずはこれまでのメンテナンス記録と照らし合わせたうえで判断するのが良いでしょう。また、機械学習による推論が始まれば、より状況に合わせた精度の高い評価が得られます。
後付けセンサーによる計測値の記録と予知保全は、オペレーション変革の可能性があります。ぜひ Amazon Monitron をお試しください。
筆者プロフィール
松下 享平 (まつした こうへい)
株式会社ソラコム テクノロジー・エバンジェリスト / AWS Community Hero
IoT の活用事例やデモを通じて、IoT を世に広める講演や執筆を行う。登壇回数は延べ 500 以上、共著に『IoT エンジニア養成読本』(技術評論社) 等。1978 年生まれ、静岡育ち。座右の銘は「論よりコード」。JAWS-UG IoT 専門支部所属、AWS ヒーロー (2020 年受賞)