博報堂DYホールディングスが描く、ARCloud を使った新しい世界

2020-11-02
インタビュー

目黒 慎吾 氏 (マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員)
大森 和斗 氏 (マーケティング・テクノロジー・センター 研究員)
清水 啓太郎 氏 (マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員)

博報堂DYホールディングスといえば、多くの方がマーケティングテクノロジーに強みを持つ広告会社というイメージを持つのではないでしょうか。今、博報堂DYホールディングスでは高度な分析ノウハウが活かされるメール配信やバナー広告といったソリューションに留まらず、AR/VR, AI といった新しいテクノロジーを活用したソリューションの可能性に挑戦しています。今回は博報堂DYホールディングスの目黒氏、大森氏、清水氏にお話を伺いました。


ブランドと生活者の新たなタッチポイントとなりえる XR

御社が XR 領域の研究開発を始めようと思ったきっかけやビジョンを伺わせてください。

目黒氏
我々の課題として以前からあったのが、提供しているソリューションがマーケティングテクノロジーに閉じてしまっていることでした。しかし、そこからもう少し出口を広げて、我々の本来の強みであるクリエイティブも生かすソリューションを考えることが出来ないか ? と研究部門では考えていました。AR や VR、AI といった先端技術は近い将来、生活者との新たなタッチポイントを生みうる技術です。既にチャットボットが問い合わせ窓口として生活者とブランドとの接点になりだしていますが、それが今後ますます AI の進化によって高度化していくといった話や、ロボティクスの技術が進化していけばそのロボット一台一台が生活者との新たなタッチポイントになってくる未来もすぐ来るかもしれません。
そういった先端技術に、我々の持ち合わせるデータ基盤に関わる様々な技術を組み合わせれば、生活者との接点においてもっと力を発揮できるのではないかと考えたのがきっかけでした。

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現実とサイバーの融合による人間中心の新しいユーザー体験

現実空間とサイバーを融合させるという話についてもう少し詳しく聞かせてください。

目黒氏
内閣府が掲げている Society 5.0 というビジョンを思い浮かべて頂くのが良いかも知れないのですが、インターネットに代表されるような情報通信革命によって我々の生活は飛躍的に便利になったものの、同時にサイバー世界にある情報とフィジカルなモノとが乖離していったことにより、人によっては難しさを感じる瞬間が生まれるようにもなったという話があります。例えば、高齢者の方が電子化された券売機で切符の買い方がわからず困っているシーンを見たことはないでしょうか?その方も昔は現金の手渡しで電車の乗車券を簡単に買えていたはずです。あるいは、グルメサイトでレストランを検索してお店に行くシーンでは、スマホを開いてアプリを開いて地図を開いて、その 2D の地図と現実の 3D の街とを見比べながら、こっちかな ? あっちかな ? と結局は迷ってしまうということもあるのではないかと思います。

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もし、現実の空間とサイバーの情報を融合することができれば、行きたいお店が現実の街にハイライトされていたり、方角が AR の矢印によって示されていたり、見ればわかるというような日常の生活体験が直感的なものに立ち戻り、システム的な視点で言えば、ユーザー体験が人間中心のものになっていきます。我々は、フィジカル空間とサイバー空間が融合することによって生まれるサイバーフィジカル空間が新たなコミュニケーション界面となり、その上に新しい産業が立ち上がってくるだろうと考えています。しかもそれは既存の産業領域に閉じられたものではなく、今ある産業の垣根をまたいだサービスとなって発生することさえ考えられます。我々は XR の研究を通じてそうした未来社会への洞察を深め、来る社会変革に向けて必要となるケイパビリティを備えることで、クライアントの皆様の課題に対して応えていくだけでなく、そのような変化を先導できる存在になれればと考えています。


現実とサイバー空間が融合した世界を共有する ARCloud

お話しいただいたビジョンから、現在御社では ARCloud というソリューションを開発されているそうですが、どのようなものなのでしょうか。 

大森氏
ARCloud というのは "現実のリアル空間とサイバー空間を融合した空間" というイメージです。先ほどの例だとグルメサイトを見てお店を探すときに道案内の矢印などが AR グラスなど越しに見えると思うのですが、そのようなサイバー空間を複数人で共有するというイメージですね。複数人ユーザーがいたら複数人が同じ仮想物体を共有しながら体験できるというのが ARCloud のコンセプトです。

なるほど、例えば私と大森さんが同じ場所に向けてスマホのカメラをかざしたらおなじ仮想物体が見えるというイメージで合っていますか ?

大森氏
そうですね、知らない人同士でも見られるオープンな空間も作れますし、僕と僕の友達だけが見られるクローズドな空間を作ることも可能です。

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なるほど。では、ARCloud といった概念に向けてどのような開発をされているのですか ?

大森氏
ARCloud を実現するうえでまず一番必要なコアコンポーネントとなる自己位置推定のシステムを開発しています。自己位置推定というのは自分がどこにいるのか、どこを向いているのか、などを認識するシステムです。先ほどの仮想物体の場合、自分の目で見た場合はどこから見て、どこにいるのか、というのは認識できますが、AR グラスやスマートフォンなどのエッジデバイスは、どこから見て、どこにいるのか、という高精度な認識をすることはそのままだとできません。ARCloud 実現のためには AR グラスやスマートフォンなどのコンピュータに今どこを見ているのか、どこにいるのかを教えてあげる必要があります。それを解決するために使っている技術が V-SLAM (ビジュアルスラム) で、ロボットの自律的な移動や、自動車の自動運転などで使われています。自分の位置を認識しながら、自分自身がどれくらい動いたかを判断することなどで利用されているのですが、僕たちはそれを ARCloud のためチューニングして開発、利用しています。

V-SLAM と言いますと自己位置推定のために色々な場所で写真、動画を撮っていくイメージですよね ?

大森氏
そうですね、V-SLAM で自分の位置を認識するためには、事前の準備として認識する空間を知っておく必要があります。例えば、バラエティの番組で芸人さんがいきなり目隠しされて知らない場所に連れていかれて「ここどこー ?」ということがあると思うのですが、連れて行かれた場所を事前に知らないから「ここどこー ?」となるわけですよね。あらかじめそこに来たことがあって、事前知識として知っている場所であれば目隠しを外されても、どこかわからない様な状態にはならないはずです。事前知識としてその空間の情報を与えてあげてその空間に対してカメラを向けたときに、今ここだよね、というのを与えてあげるのが ARCloud のイメージです。
 

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御社が ARCloud に向かって動き出したのはどういった理由なのでしょうか ?

目黒氏
ARCloud が新たな社会プラットフォームとして定着すると、生活者一人ひとりの日常におけるコミュニケーションや、我々が今まで進めてきたマーケティング・コミュニケーションの形も大きく変わってくるだろうと考えています。そうした未来においてどういったサービスやコミュニケーションが生まれうるかについて、まず研究を進めていきたいと考えています。

ARCloud が出来上がった世界の中でどのようなものが立ち上がってくるかを調査したい、未来を見たい、ということですね。

目黒氏
そもそも、全世界規模の ARCloud を我々一社で作ることは不可能です。全世界規模の ARCloud 構築に関われるチャンスがもし仮にあればそれはそれで参加したいとは思いますが、ARCloud を作ること自体は本質的には我々の目的ではなく、ARCloud ができた社会において始まる新しいサービス、新しいコミュニケーション、新たな生活様式、そういったものに対してあらかじめ準備をし、ナレッジを蓄えておくことを目的としています。我々が得意としてきた表現クリエイティブの領域も大きく変わってくるはずです。従来のように 2D の平面メディアの表現から、空間体験クリエイティブ制作というものの比重が高まってくるかもしれません。そうした領域まで含めて横断的に研究を進めたいと考えています。


ARCloud を構築する V-SLAM とエッジデバイス

どのように ARCloud を開発されているのですか?

清水氏
先ほどお話しした V-SLAM を使ったエンジンを利用して、さらにスマートフォンなどのエッジデバイスで動くフロント部分の両面を開発しています。設計思想としては V-SLAM を使う際処理コストがかかってしまうことや、各端末や OS ヘの最適化コストがかかることを回避するために、サーバー化したいよね、という話を大森としていていました。V-SLAM 部分についてはマイクロサービスとして使えるようにモジュール化してサーバで実装しています。それにあわせて、やりとりする部分を処理してユーザーが使える形でデータ処理し AR 体験を提供するアプリ側の SDK も開発しています。

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AR の表現としてはエッジデバイスが行いつつ、空間認識についてはサーバー側の V-SLAM が行うということですね。開発で難しかった点はありましたか ?

清水氏
様々な V-SLAM を試しているのですが、V-SLAM によって制約条件が違うことですね。例えば、あらかじめ必要なデータをロードしておく必要がある V-SLAM の方式があるのですが、その場合ロード時間が長いなどの理由で AWS Lambda では実装が難しく完全なサーバーレスで開発することができませんでした。なので、コンテナ上であらかじめマップデータロードしておいてスタンバイしておき、リクエストが来たらエッジにデータを返す方法を採用しました。一方で最初からロード時間なしで使える V-SLAM もあったりするので、これらのようなものであればサーバーレスで構築できたりするものもあります。
V-SLAM のエンジンによって必要となる AWS サービスが異なってくるので、そこを V-SLAM ごとに合わせて修正するのは苦労しましたね。

利用する V-SLAM によってサーバー構成や利用する AWS のサービスが大きく変わってしまうということでしょうか ?

清水氏
そうですね、ただ今は、基本的にはコンテナで解決していて、コンテナの中に V-SLAM コアのエンジンを置いています。そのコアのエンジンと API のリクエストを受ける部分は分かれていて、コアが変わってもそれほど影響が出ないように設計しています。現在は API として入り口は統一させて、中のコアだけを変えて実装できるようにしています。


XR で作りたい未来

では最後に ARCloud に関わらず今後 XR でどういった世界を作っていきたいかを教えてください。

大森氏
AR/VR は現実には見えないものが見えるということだと思っていて、僕はそれがすごく面白いと思っていて、クリエイティブの幅が大きく広がると思っています。その中で一つ着目しているのは現地に行かなくても、現地にいるような感覚を持たせられるような体験を作ってみたいと思っています。COVID-19 以降、世の中の常識が変わった後もビデオ会議ツールなどで集合して顔を見ながら話はできますが、本当に対面してコミュニケーションしているような体験を AR/VR で作りたいというのはあります。あと、AR/VR は現在、所謂視覚の拡張の手法だと思うのですが五感の一つしか拡張できていないのではないかと思っていて、例えば聴覚的な AR の考え方とか、他にも五感全体を拡張するようなものは興味がありますね。

清水氏
私はもともとゲームの開発を通して VR 空間構築に携わっていたのですが、そこの世界でできていること、オンラインゲームを通してみんなでコミュニケーションをとったり同じものを作ったりすることに対する可能性をすごく感じたんですね。しかし、ドメインがゲーム領域、エンターテインメントに限られていることに少しもどかしさを感じていました。もっと広い領域で AR/VR の技術を使ってコミュニケーションや協創、みんなで価値を作っていけることが AR/VR の可能性だと感じています。いろんな人を巻き込んで、みんなで何かを作っていける場の基盤的な技術を作っていきたいですね。ARCloud での様々なチャネル上でみんなで作るクリエイティブな場を増やしていけたらなと思っています。

目黒氏
インターネットによって遠くの人とも知恵やアイデアの交換ができるようになったり、ビデオ通話で顔を見ながら話すことができるようになりました。そうした繋がりを得られるようになった一方で、今同時に起きているのは、人が見たいものしか見なくなってきているということです。インターネットの世界で起きているフィルターバブルの問題は、悲観的に考えれば AR 技術によってより加速するとも考えられます。自分が見たくない現実の情報を AR で覆い隠して、自分が見たいものだけを選んで生活していくことも可能になるからです。自分が目にしたくない特定の人を視界から消すようなシーンは既に SF では描かれていますが、そうなってしまうと新たな技術もまた新たなディストピアを生み出すだけ、ということになりかねません。では、その悲観的な未来を避けるためにはどうすればよいのか ? 体験のデザインはどうあるべきか ? そういったことも考えながら、新しいサイバーフィジカル空間の研究を進めていきたいです。
AR は現実の空間体験を拡張する技術で、VR は自宅等から 100% 人工の仮想空間における体験を提供する技術だとすると、今考えているのはその AR と VR の空間を融合させることで人を今よりも深く繋げることができるのではないでしょうか。例えば、現実の渋谷を AR で覗くと、バーチャル渋谷にいる人と出会えるようなことなのですが、物理的な距離が離れている人とも共体験が可能になることで、人と会えない分断されたタイミングにおいても、人と出会う際におけるオルタナティブな選択肢になりうるのではないかと考えています。

見たくない人を見なくする、一種のミュート機能のようなことの影響まで考えられていることに感銘を受けました。

目黒氏
広告会社が XR 領域に取り組んでいるというお話をさせて頂くと、拡張世界、仮想世界もまた広告だらけの世界になってしまうのではないかと危惧されることも多いのですが、我々も何もそんな世界が作りたくてやっているわけではありません。そういった危惧を頂くからこそ尚更なのかもしれませんが、XR 技術によって今よりも便利に、そして一人一人がより幸せになる世界とはどういったものなのか ? を真剣に考えていきたいと思っています。

今日はありがとうございました !


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プロフィール

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目黒 慎吾 氏
博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員

University College London MA in Film Studies を修了後、2007 年に博報堂入社。FMCG 領域におけるデジタルマーケティング業務、グローバル PR 業務に従事。2018 年より現職で、ARCloud や空間コンピューティング技術などを始めとした生活者との新たなタッチポイントやコミュニケーションを生みうる先端技術の研究を行っている。

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大森 和斗 氏
博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 研究員

2019 年に博報堂中途入社。前職では大手通信会社にて、ARCloud に関する研究開発、海外 AR 関連企業とのアライアンスなどを経験。博報堂入社後は、ARCloud、空間コンピューティングに関する研究開発に携わり、新たなコミュニケーション体験の研究開発を進めている。

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清水 啓太郎 氏
博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員

電機メーカーやゲーム業界でのアプリ開発・新規事業開発など経て 2019 年に博報堂入社。ARCloud をテーマとした研究を進めており、主に技術面でのディレクションを行なっている。

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