故郷への U ターンや起業を実現。オプターク丸本氏に学ぶクラウドネイティブなキャリアの作り方

2020-11-02
インタビュー

丸本 健二郎 氏
オプターク合同会社 代表

東京から東広島への U ターンをきっかけに人生が激変したデベロッパーがいます。2018  年の AWS Samurai 認定された丸本健二郎 氏です。丸本氏は SIer、外資系ソフトウェアベンダー、グローバル展開する小売業でキャリアを積む過程で、AWS コミュニティと出会いや大学院進学などを経て、2019 年に起業を果たしました。今回は現在、故郷の東広島を起点に、AWS に特化したクラウドソリューション事業を展開中の丸本氏に、クラウドデベロッパーとしての信念やコミュニティ活動の魅力についてうかがいます。


在阪 SIer から外資系ベンダーを経て、グローバル展開する小売業へ

そもそも IT の世界に入ったきっかけを聞かせてください

丸本氏
大学の情報学部を出て、大阪の SIer に新卒入社したのがこの世界に入ったきっかけです。当初はプログラマーだったのですが、入社から半年ぐらい経ったころ、当時の上司から「今度大型の人事パッケージ導入案件が動くんだけれど、君は喋りも達者だから要件定義側に回ってみない ?」と打診され、やりますと。それで人事パッケージを導入するシステムコンサルタント的な仕事をするようになりました。

実際、導入に立場が変わった感想はいかがでした ?

丸本氏
パッケージやシステムに詳しくない人事部の課長クラスの方々に提案しながら話を煮詰めていくのは新鮮でしたし、楽しかったですね。お客さんの指示通りに動くのではなく、自分の製品知識や技術力、提案力を駆使してまっさらな状況をよりよい状態に変えていく仕事です。新卒 1 年目からほかの同期を差し置いて、ゼロからイチを生み出す面白さを体験できたのはラッキーだったと思います。

その後、外資系のソフトウェアベンダーに転職されましたね。

丸本氏
はい。もっと大きな仕事を経験してみたくて大阪から東京に本社がある日本オラクルに転職しました。当時世界第 2 位のソフトウェアベンダーで、大規模かつデータドリブンな開発を最前線で経験してみたかったんです。実際、人事系パッケージの導入コンサルタントとして各業界のリードする企業の大規模案件を担当できましたし、何よりも刺激的だったのは突出した能力を持つ人たちと一緒に働けたことですね。おかげさまで事象を多面的に捉え、潜在的なリスクを発見することが得意だという自分の強みに気づき、自覚的になれたのは、このときの経験があったからです。

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その後、故郷の東広島に本社を置くユーザー企業に転職されました。どんな心境の変化があったのですか ?

丸本氏
広島の顧客で数年間の大型プロジェクトがあったのですが、実家が広島だったので、ホテル住まいでなく、実家で寝泊まりしてたんです。近場でサイクリングやスキー、釣りが気軽に楽しめますし、道路渋滞や満員電車とも無縁。生活費も安いので生活全般のクオリティが格段に上がりました。これを経験してしまうと広島でのプロジェクトが終わったからといって東京に戻る気にはなれません。それでプロジェクトの終了に合わせてダイソーの情シス部門に転職しました。ダイソーを選んだのは、地元東広島に本社があり、世界各地に店舗を構えるグローバル企業だから。当時の COO 的な方との面接で「常に最先端の IT を意識してほしい」といわれたことが決め手になり入社の意思を固めました。

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自社システムに AWS を採用。これを機にコミュニティに急接近

はじめての事業会社です。当時のお仕事ぶりを聞かせてください

丸本氏
実は転職するにあたって相談していた人材エージェントの担当者から「IT 企業からユーザー企業に転職すると、ヘルプデスク的な役回りをさせられることがあるので、職場環境にギャップを感じるかも」といわれていたんですが、実際にはそんなことはありませんでした。ただ当時は社内システムの開発や保守・運用は当時契約していた SIer に丸投げ状態で、高コストを支払っている割に、新しいことをしようと思ってもなかなか対応してもらえないという難しい状況でした。こうした状況を変えようと、システムの内製化とクラウドネイティブ化を進めていったわけです。ダイソーに在籍した 8 年弱の間に私が取り組んだことを一言で申し上げるなら、新しいテクノロジーを活用して開発・運用コストを下げ、経営陣や管理職、現場も納得するシステムを実現することだったように思います。

当時取り組まれたプロジェクトの成果は AWS の導入事例にも紹介されていますね。

丸本氏
ええ。これ以前にも、AWS を採用した発注システムや Amazon Redshift を用いた自動発注システムの構築を皮切りに、さまざまなシステムを AWS で構築しました。そもそも私が外資のソフトウェアベンダーからユーザー企業に移ったのには、もうひとつ理由があります。特定分野を深掘りするだけでは、優れたシステムは作れないと悟ったからです。

どういうことでしょう ?

丸本氏
ダイソーでのキャリアの最後は、システムの共通基盤作りに注力していたのですが、 SIer やベンダーの立場だと当然ながら自社に発注されたシステム以外には手を出すことはできません。その点、ユーザー企業に入れば当事者として、社内を見渡して似たような開発を避けて共通化したり、効率的な開発体制を組んだりすることもできるでしょう。次のステージは全体最適だ ! と思って、ユーザー企業に転職したんです。

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広島に戻られてから、一貫してクラウドを活用したシステム開発を手掛けていらっしゃいます。 AWS や AWS ユーザーが集うコミュニティとのかかわりを持たれたのはいつごろからですか ?

丸本氏
2016 年の JAWS DAYS で、ユニクロを経営するファーストリテイリングさんの発表を観て感銘を受けたのが JAWS-UG との出会いです。実はそれまで広島支部の存在はおろか、 JAWS-UG の存在すら知りませんでした。

そんな丸本さんがなぜ、コミュニティ活動に参加されるようになったのでしょう ?

丸本氏
先ほど AWS の事例紹介で触れていただいた、自動発注システムの構築に目処が立ったことがきっかけです。

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詳しく聞かせてください

丸本氏
5,000 を越える店舗で 7 万点もの商品在庫を管理し自動発注を実現するには、 1 カ月 30 日換算でおよそ 105 億レコードもの大量なデータを迅速に処理する必要があります。当初は、前職時代に得意としていた RDBMS を前提としたシステムでの運用も検討したのですが、いくらチューニングを施しても性能を出すことができそうにありませんでした。そんなとき Amazon Redshift の存在を知り、テストしてみたところ 100 億レコードをわずか数秒で処理できることがわかり、懸案だった自動発注システムをなんとか完成させることができたんです。その後、たまたま声を掛けていただいて参加した AWS Cloud Roadshow 2017 広島というイベントで、その当時の経験を話したところ、思いのほか評判がよく、これをきっかけに JAWS DAYS や re:Invent など、 AWS 関連のイベントなどに呼ばれるようになりました。その流れで、当時、開店休業状態だった広島支部の運営にもかかわるようになったんです。

コミュニティが成長の糧に。機会を捉え登壇に挑戦してほしい

丸本さんはダイソー時代から大学院にも通われ経営に関しても造詣が深いと聞いています。こうした経験も起業につながったのでしょうか ?

丸本氏
システムの内製化、クラウドシステムを推進するうち、経営者がどんな視点でビジネスを捉えているのか興味が出てきて、県立広島大学大学院経営管理研究科に通うようになりました。 2 年後、 MBA を取得したのを機に会社に願い出て起業したのは、学んだことをビジネスの場で生かしてみたかったからです。当初は、ダイソーでの仕事の合間に友だちの会社を手伝う程度の活動でしたが、ダイソーを退職後は AWS をメインとしたクラウドシステムの開発を手掛けています。

東広島で起業されました。立地を理由にビジネスの受注やエンジニア集めでは苦労されたことはありますか ?

丸本氏
ありがたいことに、 JAWS-UG での活動やウェブ記事などを通じて私のこれまでの活動をご存じの方からお声掛けいただく機会が多く、いまのところ営業や人材集めで苦労したことはありません。おそらく昨今の新型コロナの流行で、テレワークが中心になっていることも関係していると思いますが、いずれにしても地方に会社があることでデメリットは感じることはほとんどないですね。

コミュニティ活動が起業後のビジネスにいい影響を与えているのですね。起業の前後で考え方が変わるようなことはありましたか ?

丸本氏
そうですね。サラリーマン時代は無駄なく合理的なシステムを作ることが自分にとって最大のモチベーションだったように思います。いまは優れたシステムを提供することは当然として、自分がプロジェクトに携わることで、具体的にどれだけ成果を底上げできたか、しっかりと報酬に見合った価値を出せているかを強く意識するようになりました。

かつての丸本さんのように、読者の中にはコミュニティの存在を知らなかったり、興味はあってもコミュニティ活動に及び腰になったりしているデベロッパーもいるはずです。こうしたみなさんにアドバイスをお願いします。

丸本氏
デベロッパーが集まるイベントで登壇するメリットはたくさんあります。たとえば発表資料をまとめるにあたっては、何度も下調べを繰り返すので知識の整理になりますし、作った資料を仕事の場面で生かせることも少なくありません。経験者の立場からすると、機会を見つけてぜひ挑戦してほしいと思うのですが、自分から手を挙げるのはちょっと・・・、というのであれば、まずはイベント後の懇親会に参加してみることをお勧めします。なかなか出会えないカリスマエンジニアとも出会えますし、知り合いが確実に増えます。おそらく何度か参加しているうちに登壇に誘われるはずなので、依頼されたから登壇するんだよって言い訳をしてもらって (笑)、折角のチャンスを逃さず、覚悟を決めて学びの機会に変えてほしいですね。

最後の質問です。丸本さんは SIer 、外資系ソフトウェアベンダー、ユーザー企業を経て起業されました。読者にもさまざまな立場の方がいらっしゃいます。どうすれば自分の強みを見つけられますか ?

丸本氏
エンジニアなら興味の赴くまま新しいテクノロジーに触れたくなるものです。好奇心旺盛なのはいいことですが、仕事にする際には「やらないこと」を決めるのはとても重要です。「何でもできる」を裏返してみたら「どれも中途半端」では目も当てられませんからね。私の場合は、多角的かつ広い視野で最適な解決策を提示できる強みを AWS の活用に生かすと決めたので、当面ほかのことをするつもりはありません。サラリーマンであろうと経営者であろうと、自分の得意不得意を見極めて差別化することが重要です。差別化しうる特長を見つけて最大化するために努力する。それがやがて自分の強みになるんだと思います。

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プロフィール

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丸本健二郎
オプターク合同会社 代表

1980 年、広島県東広島市生まれ。2005 年、大学の情報学部を卒業し大阪の SIer に就職。人事パッケージの導入支援コンサルティングに携わる。2008 年、日本オラクルに移り大手企業を対象とした人事給与システムなどの構築に従事。2011 年、広島の大型プロジェクトをきっかけに帰郷し、翌年、同市に本社を置く大創産業の情報システム部門に転職。入社後はシステムの内製化を推進し、AWS を採用した発注システムやAmazon Redshift を用いた自動発注システムを構築に尽力。その後も AWS のサーバーレス環境により 5,000 店舗 × 7 万アイテムのデータを処理する POS データ集中処理システム構築や BI 環境の整備などを通じて、クラウドシフトに取り組む。AWS Cloud Roadshow 2017 広島での登壇を機に、 JAWS-UG 広島支部の運営にかかわるようになり、2018 年、AWS Samurai に選出される。2019 年、オプターク合同会社を創業。2020 年、県立広島大学大学院経営管理研究科を修了。同年 3 月から専業に。

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