エーザイ創薬研究チームがゲノム解析環境のプロトタイピングを爆速で実現してみた
エーザイ株式会社は、"ヒューマン・ヘルスケア (hhc)" を企業理念に掲げており、医療用医薬品を中心に研究・開発、生産・物流・販売などの事業をグローバルに展開している日本の大手製薬企業です。創薬研究開発の中心的な役割を担う DeepHuman Biology Learning (DHBL) では、データ駆動型創薬を加速するためにゲノム情報、病態生理学的情報、臨床情報などのデータの包括的な解析や AI/ML の活用検討をおこなっており、その研究基盤としてクラウドを活用した一部内製化開発にも積極的に取り組んでいます。
このような経緯の中、エーザイの DHBL ではゲノム創薬に向けた取り組みが進んでおり、新たにゲノム解析プラットフォーム構築を検討されておりました。2022 年 11 月の AWS re:Invent でマルチオミックス解析サービスの Amazon Omics がリリースされたことを皮切りにゲノム解析プラットフォーム構築に向けた本格検討を開始され、限られた時間で検証を行うために AWS のプロトタイピングプログラムを利用し 2 ヶ月でプロトタイピングを実施しました。
AWS ではお客様の課題に対してアーキテクティングやハンズオン等のさまざまな技術支援を実施しておりますが、支援の一つとしてプロトタイピングを提供しています。プロトタイピングは、ユーザー要件を満たす必要最小限の機能を短期間で実装し、素早くビジネスアイデアやサービスのフィジビリティを検証するために用いられる手段です。本日は、エーザイの DHBL とAWS が協業し、Amazon Omics を活用したプロトタイピングにチャレンジした経験を、プロトタイピングに参加いただいた 4 名の方々に語っていただきました。
司会:岡田渚 (アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 ソリューションアーキテクト)
ウェブ UI で操作できるゲノム解析環境の必要性
AWS 岡田「AWS re:Invent での Amazon Omics のリリース後、2023 年の 1 月頃に Amazon Omics のご紹介と併せて AWS のプロトタイピングプログラムを紹介させていただきましたが、プログラムの活用に踏み切られた理由があれば教えてください。リリース直後の新サービスを利用することや御社での実績のないプログラムを活用することにご不安はありませんでしたか ?」
エーザイ 高橋氏「社内には日米の研究現場で、いくつかのゲノムの解析システムは既にあるのですが、システムのアップデートや、個人情報の問題などから、当時、特に国内の研究員向けの新たなゲノム解析システムの検討が始まっていました。
弊社の場合、ゲノム解析の利用者は、バイオインフォマティシャンのような DRY の研究者だけでなく WET の研究員も利用する為、コマンドラインではなく、ウェブの UI で操作できる必要があり、また一方で、ゲノム解析には非常に多くのディスクや CPU などのリソースが必要になる為、できる限りそれらのコストも抑えたいというニーズがあります。
当時、他社の解析サービスを検討していましたが、そんな折に Amazon Omics が発表され、もしかしたらこれは、うちのニーズを満たしてくれるサービスで試してみる価値はあるのではないかと思っていたところに、AWS からプロトタイピングのお話をいただき、是非試してみたいと思いました。
ですので、弊社にとっても渡りに船という感じで実績の有無に関して全く不安はありませんでしたし、AWS には大変申し訳ないですが、プロトタイプを実行してみて、もし期待を大幅に下まわるようであれば、それは次に活かせば良いぐらいの気持ちでした。
プロトタイピングを実施したことで、nf-core に登録されているワークフローをほとんど手間をかけることなく Amazon Omics で利用でき、さらにそれをユーザーが簡単にウェブから利用できることがわかりました。」
サーバーレスサービスを活用したプロトタイピングを短期間で実現
AWS 岡田「御社内ではそのような会話がなされていたのですね。改めてプログラムをご利用くださりありがとうございました。プロトタイピングではどのような開発をおこなったかお聞かせいただけますか ?」
エーザイ 三浦 氏「一言で言えば、プロトタイピングでは、Amazon Omics 用のユーザーフレンドリーなウェブ UI を開発していただいたと思っています。先にお話したように WET の研究員は、ある程度定型的な解析を簡単に実行できるような UI が必要です。もちろん Amazon Omics も AWS マネジメントコンソールからウェブの UI で操作はできますが、WET 研究員にとってはハードルが高いですし、それに加えて、ゲノムという個人情報を扱う上でのアクセス管理や、データ保全、解析ワークフローのメンテナンスなど WET 研究員に直接 AWS マネジメントコンソールでの操作をしてもらうのではなく、Amazon Omics を裏側の解析サービスとして利用し、ユーザーは裏側の仕組みがわからなくても利用可能なウェブシステムを開発いただきました。
このシステムでは、ユーザーは、自分が解析したいサンプルを選択し、あとは最低限、必要なパラメータを指定するだけで解析が実行され、Amazon QuickSight で可視化された結果を閲覧、Amazon S3 上に出力された解析結果のファイルを、ウェブの UI から簡単にダウンロードすることができます。
プロトタイプのフロントエンド画面 (一部抜粋)
また、今回もう一つの狙いとして、サーバーレスアーキテクチャーのキャッチアップという目的もありました。弊社では、解析システムやデータ管理のシステムを内部開発していますが、お恥ずかしながらまだ主流は Amazon EC2 と Amazon RDS を用いたアーキテクチャであり、Vue や FastAPI を用いた SPA には徐々に移行していますが、まだ AWS のサービスをフルに活用したサーバーレスでの実績はありません。今回のプロトタイプでは、Amazon CloudFront + AWS Lambda / AWS Step Functions + Amazon Omics、結果の可視化には Amazon Athena + Amazon QuickSight という形で、AWS のサービスをフル活用したサーバーレスな構成のシステムとなっており、これらを AWS CDK でまとめてデプロイできるようになっています。」
全体アーキテクチャ
AWS 岡田「DHBL の皆様と色々とディスカッションを繰り返しながら、最終的にはご希望に沿うプロトタイプを提供でき AWS 一同安堵しております。それでは、プロトタイピングを行なってみてよかった点や成功の要因を教えていただけますか ?」
エーザイ 赤田 氏「サーバーレスアーキテクチャーでコストを抑えつつ、さらにアクセス管理なども考慮されたシステムを短期間で開発できたのを目の当たりにして、今更ながら AWS の皆様がプロフェッショナル集団であることを認識しました。今後、弊社内のシステム開発においてもサーバーレスを指向していこうと思っていましたので、良いシステムのテンプレートを作ってもらえたと思います。成功の要因はいくつもあると思いますが、AWS の皆様が弊社のニーズを的確に理解いただき、それぞれの専門家が非常にうまくオーケストレーションしてシステムを開発されたことではないかと思います。」
(画面左前段) エーザイ酒寄氏 (左)、エーザイ高橋氏 (右)
(画面左後段) AWS 益子 (左)、AWS 岡田 (右)
(画面右前段) AWS 水木 (左)、AWS 嶺 (右)
(画面右後段) エーザイ三浦氏 (左)、エーザイ赤田氏 (右)
エーザイ 酒寄 氏「ゲノムなどバイオインフォマティクスの専門家が今回のプロトタイプ開発メンバーにおられなかったにもかからず、US の Amazon Omics 開発チームと連携するなどし、Amazon Omics のサービスだけではカバー出来ない部分のツール提供を受けた点など、グローバルでの協力体制が素晴らしいなと思いました。弊社の組織もグローバルな部門ですので、AWS のように日米の連携ができればと思いました。」
国内のゲノム解析環境整備に加え、今後は創薬研究での LLM の活用にも
AWS 岡田「色々とお話を伺わせていただきありがとうございます。それでは最後に、今後の展望や AWS への要望をお聞かせいただけますか ?」
エーザイ 高橋 氏「現在、Amazon Omics は、北米など一部のリージョンでしか利用できず、東京リージョンでの利用ができないので、是非東京リージョンで使えるようになって欲しいと思っています。これは、ゲノムは究極の個人情報と言われており、海外のサーバー利用では、日本人のゲノム解析を行う場合、情報の取り扱いや倫理の面からも、日本国内のサーバーで解析処理を行いたいと考えている為です。
また、AWS の皆さんにはお話しづらいですが、弊社における AWS のコストも年々増加の一方で、そのコストの圧縮も大きな課題の一つとなっています。実際の利用状況を踏まえ、更なるコスト削減方法の提案などしていただけるとありがたいと思っています。
今後の展望としては、今回開発していただいたプロトタイプに関しては、これをベースに国内のゲノムの解析環境を整備していきたいと思っていますし、他にも LLM の創薬における利活用や、AWS のサービスを使って解決したい課題もありますので、それらに関してもご相談させていただき、一緒に課題解決ができればと思っています。」
AWS 岡田「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました ! 御社のビジネスがよりよい方向に進むように AWS 一同引き続きご支援させていただきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
まとめ
エーザイの創薬研究チームと AWS が協業してプロトタイピングを行い、今後エーザイの創薬研究領域での幅広い活用が期待されるゲノム解析プラットフォームを迅速に構築しました。今回のプロトタイプをベースに機能追加・改修した上で本番リリースを行い、研究者の方々に広くご活用いただくことで、画期的な新薬が創出されることを期待しています。
エーザイのプロトタイピングをベースに作成した Amazon Omics を使用したゲノム解析のサンプルアプリ を公開しておりますのでこちらも併せてご参照ください。
プロフィール
高橋 健太郎 氏
エーザイ株式会社
DHBL ディープヒューマンバイオロジーデータエコシステム部 部長
赤田 圭史 氏
エーザイ株式会社
DHBL ディープヒューマンバイオロジーデータエコシステム部 課長
AI / ML、RWD 解析等を担当
三浦 雄治 氏
エーザイ株式会社
DHBL ディープヒューマンバイオロジーデータエコシステム部
各種解析システム開発・データ管理を担当
酒寄 圭佑 氏
エーザイ株式会社
DHBL ディープヒューマンバイオロジーデータエコシステム部
各種解析システム開発・データ管理を担当
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