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RISE with SAP と SAP BTP on AWS のセキュリティ監視自動化アーキテクチャ
このブログは、SAP の Senior Cyber Security Design Specialist である Amos Wendorff と共同で執筆されました。
はじめに:
AWS では、お客様がクラウドサービスを安心して利用できるように、堅牢なセキュリティソリューションを提供することにコミットしています。
この記事では、SAP がお客様向けに AWS 上で実行している、安全で規制を遵守した RISE with SAP および SAP BTP (Business Technology Platform) 環境について説明し、AWS サービスを利用したセキュリティ監視およびアラート通知の自動化ソリューションの実装についても説明します。
RISE with SAP は、企業に ERP システムをトランスフォームしクラウドに移行する道筋を提供する包括的なオファリングです。SAP のインテリジェント エンタープライズ ソフトウェア、クラウド インフラストラクチャ、サービスを組み合わせることで、お客様は IT ランドスケープの簡素化、より速いイノベーション、デジタル トランスフォーメーションの推進が可能になります。RISE with SAP を採用することで、お客様は SAP S/4HANA など SAP アプリケーションのパワーを活用しながら、クラウドのスケーラビリティ、セキュリティ、コスト効率の恩恵も得られます。
背景:
SAP が RISE with SAP と SAP BTP を急速に導入したことにより、SAP が使用する AWS アカウントの数が指数関数的に増加しました。SAP は現在 33 の AWS リージョンで運用しており、このブログ記事の執筆時点で 7,000 を超える AWS アカウントを管理しながら、新しいリージョンの立ち上げとともに展開地域を拡大しています。
これらの多数のアカウントを手動で監視およびセキュアに維持することは大変な課題となります。そこで SAP は、AWS の強力なセキュリティサービスを活用しながら、お客様のニーズに合わせてスケールできる、セキュアで自動化されたソリューションを必要としていました。
技術的な実装:
SAP の Global Security & Cloud Compliance (SGSC) チームは、7,000 を超える AWS アカウントを対象に包括的なセキュリティを確保するため、AWS のサービスとサードパーティ製ツールを組み合わせた堅牢な「セキュアなデフォルト」フレームワークを構築しています。
このアーキテクチャの中核は、Amazon GuardDuty です。
Amazon GuardDuty は、機械学習、異常検知、脅威インテリジェンスを活用して、AWS 環境における悪意のあるまたは不正な活動を継続的に監視し、リアルタイムの脅威検知を実現します。
すべての Amazon GuardDuty の検出結果とセキュリティログは、Amazon S3 に集約されます。
Amazon S3 は、AWS Organization 全体のログの中央リポジトリとして機能します。
このセットアップにより、SAP は膨大なクラウドインフラストラクチャの可視性と管理を維持できます。
大量のデータを処理するために、SAP は Splunk のような先進的な分析と可視化のための宛先へのルーティング前に、ログをフィルタリング、強化、正規化することで Cribl を使用します。これにより、セキュリティチームはデータを効率的に管理し分析して、脅威を迅速に特定し対応できます。さらに SAP は、アカウント所有者とセキュリティ対応者の連絡先情報を含むメタデータを保持する MasterData Cloud Database を維持しています。これにより、セキュリティ問題が検出された際に対象を絞った通知と対応が可能となり、明確な説明責任と迅速な対応能力を維持することが可能になります。
検出と分析に加えて、SAP は特定のセキュリティ上の問題を自動化して修正するための AWS Lambda 関数を利用しています。たとえば、GuardDuty がセキュリティポリシーに違反しているオープンポートを検知した場合、AWS Lambda 関数がトリガーされ、セキュリティグループルールの調整によってその問題を自動的に修正します。この自動化により、手動による介入の必要性を削減し、すべての AWS アカウントにおいてコンプライアンスを確実にします。RISE with SAP や SAP BTP のお客様の環境は SAP が運用しているため、この自動化アーキテクチャにより、クラウドリソースがこれらの厳格なセキュリティコントロールの下で継続的に監視・保護されるため、安心と継続的な運用が可能になります。
SAP のアプローチは、AWS ネイティブのセキュリティ機能を高度なデータ処理ツールと統合することで、AWS 上の SAP アプリケーションのニーズに特化した自動化、スケーラブル、かつセキュアなクラウド環境を実現しています。
セキュリティ制御の概要:
SAP の「デフォルトで安全」な管理の対策には、AWS のネイティブなセキュリティ機能を利用して、安全なクラウド環境を確保するさまざまな対策が含まれています。その中には、すべてのアカウントを AWS の組織に組み入れてポリシーを統一的に適用すること、SAP Active Directory との統合、SAP ドメインユーザ以外のアクセスを防止すること、クラウド管理者に対する強制的な多要素認証の実施などがあります。
集中型のログ管理システムは、全アカウントを対象として、API の利用記録やストレージへのアクセス履歴を常時監視しています。これらのログデータは、セキュリティ分析基盤 (SIEM) に自動的に集約され、リアルタイムでセキュリティ監視と分析が行われる仕組みとなっています。このアプローチは、公開リソースや暗号化されていないデータなど一般的なクラウド設定のミスを防止するだけでなく、AWS の組織ガバナンス機能を活用して、特定のポートをブロックする高度なネットワーク管理や、安全な通信のための TLS 1.2 以上を強制するなどの対策を講じています。
デプロイメントリングを使ったフェーズドロールアウト:
新しい予防統制は、4 つのデプロイメントリングでロールアウトされます。
この段階的なアプローチにより、チームがポリシーをテストし、混乱を最小限に抑えることができます。
アカウントの所有者は、デプロイメントリングでのアカウントの配置を選択でき、ポリシーの施行の少なくとも 2 週間前に通知を受けることができます。
SAP は、潜在的な混乱を考慮し、特定の管理対象に対する例外または遅延を検討して、影響を最小限に抑えています。
通知と修復のプロセス:
自動化されたセキュリティ監視は、検出された管理違反の重大度に基づいて通知プロセスをトリガーします。
重大度の高い警告は、AWS Lambda を利用した SAP の自動化プロセスによって自動的に修復されます。
自動アカウントプロビジョニングとセキュリティ標準:
SAP の自動アカウント プロビジョニング プロセスにより、新しい AWS アカウントはそのはじめから、予め定義されたセキュリティ標準とベストプラクティスを遵守することが保証されます。
これには、必要な IAM ロール、AWS セキュリティツールの実装、および SGSC セキュリティポリシーへの準拠が含まれます。
このプロセスでは、高度な自動販売システムがアカウントのライフサイクルを自動的に管理します。セキュリティの第一層は、特定のアクションとリソースをブロックする Service Control Polices (SCP) によって実装されています。Amazon GuardDuty と AWS CloudTrail を使用して、検出メカニズムが導入されています。Orca Security は、脆弱性、設定ミス、コンプライアンスリスクの自動化されたエージェントレススキャンと修復によって、SAP のクラウドセキュリティポスチャを強化します。
SAP は、SAP AWS 全組織にセキュリティを直接埋め込むことで、ライフサイクルの初期段階でリスクを特定し、軽減するプロアクティブなアプローチを採用しています。この統合により、お客様のワークロードに堅牢なセキュリティ基盤が確保され、攻撃対象領域を最小限に抑え、クラウドネイティブ環境のベストプラクティスに準拠します。
標準的なセキュリティ対策に加えて、SAP は RISE with SAP 環境のアカウントレベルのセキュリティを強化するために、AWS の複数の機能を活用しています:
- RISE with SAP のバックアップ用の EBS Snapshot Lock: クライアントのデータをより良く保護するため、SAP は Amazon Elastic Block Store (Amazon EBS) Snapshot Lock を採用しました。この機能は、1 日から約 100 年の範囲のロック期間を使用し、新規および既存の Amazon EBS Snapshot をロックします。これにより、保存されたデータが意図せず削除されるのを防ぎ、SAP のエンタープライズカスタマにより安心感を与えています。SAP は Amazon Data Lifecycle Manager を使用して、予め定義されたスケジュールと保持ガイドラインに基づいてスナップショットの作成、保持、削除を自動化します。そして、Amazon EBS Snapshot Lock を使って、これらのバックアップを厳格なコンプライアンス管理下に置きます。この機能のコンプライアンスモードでは、スナップショットが承認されたユーザによっても削除できないことを検証します。最大 72 時間のクーリングオフ期間を経た後は、スナップショットやロックはロック期間が切れるまで削除できず、モードも変更できません。SAP のお客様は、数週間から最大 2 年までの範囲で、スナップショットのロック期間をカスタマイズする選択肢もあります。
- RISE with SAP での Bring Your Own Key (BYOK): お客様は、自身の AWS KMS customer master key (CMK) を使用して、RISE with SAP 環境のデータを暗号化することで、セキュリティを強化できます。お客様は同じリージョンで CMK を作成し、RISE with SAP AWS アカウントに権限を付与することで、EFS、データボリューム、バックアップ用の暗号化キーを利用できます。このアプローチでは、データ暗号化に対する制御を高め、キーアクセスの取り消しが可能であり、AWS KMS の 99.999 % の可用性サービスレベル SLA の恩恵を受けながら、暗号化要件を満たすことができます。
- RISE with SAP 向け AWS WAF: AWS WAF (Web Application Firewall) は、RISE with SAP 環境の主要なセキュリティコンポーネントであり、Web アプリケーションと API を一般的な Web 攻撃やジオブロッキングによるリソース乱用から自動的に保護します。環境プロビジョニング時の自動デプロイと設定により、お客様の介入なく一貫した保護が確保されます。この設定により、RISE with SAP 環境の全体的なセキュリティポスチャにおいて、エンタープライズグレードの Web アプリケーションセキュリティが提供されます。
- RISE with SAP 内の AWS ユーザ向け相互 TLS (mTLS) 検証: 相互 TLS (mTLS) 検証は、RISE with SAP 環境内の AWS のお客様向けの高度なセキュリティ機能です。この機能は、ネットワーク通信に対する認証とセキュリティの追加層を提供し、機密性の高いワークロードやアプリケーションに対するセキュリティ強化を図っています。mTLS の主な利点は、従来の TLS よりも強力な認証によるセキュリティ強化、許可されたクライアントのみがサービスに接続できるようクライアント検証、転送中のデータの機密性と整合性の維持による完全性の確保などです。さらに、mTLS は金融やヘルルスケアなどの業界における厳格な規制要件の遵守に役立ち、関連する基準を満たします。mTLS を導入することで、RISE with SAP のお客様は高度に安全で規制に準拠したクラウド環境の恩恵を受け、アプリケーションやワークロードの全体的なセキュリティポスチャを一層高めることができます。
- RISE with SAP 向け SAP BTP Private Link Service: AWS PrivateLink に基づくサービスである SAP BTP Private Link Service は、SAP BTP と RISE with SAP 環境間の安全な プライベートネットワーク接続を確立し、トラフィックを AWS の内部ネットワークを介して送受信することで、パブリックインターネットへの公開を回避しながらも、低レイテンシーで高パフォーマンスな通信を実現します。
自動化ソリューションのメリット:
- 向上したセキュリティポスチャ: セキュリティ違反のリアルタイム検出と警告により、迅速な対処が可能になり、セキュリティインシデントを防ぐことができます。
- スケーラビリティ: 数千の AWS アカウントにわたってセキュリティコントロールをスケーリングし、包括的な対応とセキュリティ保護を実現します。
- 自動化: セキュリティ監視の自動化により、手動での介入が不要になり、SAP のセキュリティ オペレーションの効率が向上します。
同様のアプローチを実装しようとしている企業にとって、重要な出発点は、クラウドネイティブのマインドセットを持ち、AWS 内蔵のセキュリティ機能を十分に活用することです。これには、AWS Organizations を使用して集中管理のためのアカウントを設定し、セキュリティガードレールとしてサービスコントロールポリシー (SCP) を適用することが含まれます。Amazon GuardDuty を利用した脅威検知、AWS CloudTrail を利用した監査ログ記録、AWS Key Management Service (KMS) を利用した安全な鍵管理など、クラウドネイティブツールを使うことで、組織はゼロトラストアーキテクチャを構築し、攻撃対象領域を大幅に削減し、全体的なセキュリティポスチャを強化することができます。暗号化基準を確保し、パスワードポリシーを施行し、すべてのアクセスポイントで多要素認証を有効にすることは実践すべき手順です。これらのセキュリティベストプラクティスの実装に関する包括的なガイダンスについては、組織は AWS Well-Architected Framework のセキュリティの柱の文書 を参照する必要があります。加えて、AWS Security Services と RISE with SAP の活用に関する具体的なガイダンスは、AWS Security Considerations for RISE with SAP に記載されています。
結論:
AWS の堅牢なセキュリティサービス、自動化機能、組織のポリシーエンジンを活用したクラウドネイティブのセキュリティ戦略を採用することで、SAP の「セキュア バイ デフォルト」ソリューションにより、AWS 上の RISE with SAP、SAP BTP、その他の SAP ソリューションを利用するお客様は、確かなセキュリティ態勢のもと、本来のビジネス目標に専念することができます。このアプローチには、ゼロトラストアーキテクチャ (ZTA) の原則が組み込まれており、ユーザーアクセスの継続的な検証、クラウドリソースの厳格な管理、そして AWS ネイティブツールによるコンプライアンスの徹底が最重要とされています。SAP は、リアルタイムの検知、アラート、自動修復を通じてリスクを最小限に抑えています。これにより、SAP のお客様は、AWS 上の包括的でスケーラブルなセキュリティフレームワークによって機密データとワークロードが確実に保護されているという安心感を持ちながら、クラウド投資の価値を最大限に引き出すことができます。
翻訳は Partner SA 松本が担当しました。原文はこちらです。