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業界でポールポジションを獲得: F1 におけるアジリティ

これは、エンタープライズストラテジーチームのチームメイトの 1 人が書いた非常に人気のあるブログです。多くの顧客は、どのようにイノベーションを行うのか、またアジリティがイノベーションをどのようにサポートするのかを尋ねています。このブログは、これらの質問をよりよく理解するのに役立つかもしれません。

多くの大企業では組織が精密機械のようには動くことはかないません。。一方、フォーミュラワン(F1)のピットストップでは、息をのむようなチームワークと、集中力、そして正確な実行力を目にすることができます。デジタル変革に纏わるこのブログ記事では、いちF1ファンの私がF1の世界をご紹介いたします。なぜデジタル変革でF1なのか。それは、表彰台でシャンパンシャワーに興じる裏には、超ハイパフォーマンスで革新的、かつアジャイルに改善を繰り返す、そんなデータ主導型組織が存在するからです。

ピットストップでの対応に注目が集まりがちですが、ピットストップはF1のコラボレーションを示す事例として最適ではありません。ピットストップでは、各々が決まった作業をこなすため、連携やコミュニケーション、創造性といったものは必要とされません。連携が必要になるのは、ある作業が終了し次の作業が始まるまでの間と、マシンをコースに戻し作業の終了を知らせるピットシグナルが発せられるまでです。

では、以降にF1チームが体現するアジリティや、イノベーション、文化についてご紹介いたします。

エモーショナル・エンゲージメント

第一に、F1チームには、熱い情熱を持ってこの業界で働くことを決めた人達が所属しています。レースを愛し、チームの成功を切に願っています。その思い入れの強さは、ドライバーがライバルを抜いた時やクラッシュした時のガレージの反応からも一目瞭然です。わざわざアンケートで従業員のエンゲージメント、つまり貢献への意思を測る必要などないでしょう。このような熱量は、私がエアバス社やカンタス航空のCIOを務めていた時や、特定の人道支援団体などでも見かけはしましたが、かなり稀です。ただ、組織の方向性を従業員が信じていれば、やる気やモチベーション、高いパフォーマンスを発揮する度胸のようなものまでも自然と備わります。まさに、鬼に金棒といったところでしょうか。利益追求よりも、組織の方向性を考え定義するような時間の方が大切です。パーパスは心からそう願うような、有意義で差別化されたものにしましょう。どこにでもあるような漠然としたパーパスでは、従業員が月曜日の朝を鬱々と過ごすことになってしまいます。

成功とは?

目的や方向性が明確になったら、成功を明確に定義して、客観的に測ることができそうか確かめておきましょう。F1チームでは、ドライバーズチャンピオンシップとコンストラクターズタイトルという名前の2つのシンプルなスコアカードを用いて成功を測っています。ドライバーズチャンピオンシップは各ドライバーがシーズン中に獲得したポイント、コンストラクターズタイトルはチーム(同じマシンを操縦する2人のドライバー)毎に獲得したポイントを記録しています。もちろん各チームはドライバーの安全性や予算などの制約を抱えているものの、あくまでもゴールは2つのスコアを上げることにあります。レースが開催される毎週日曜日の昼過ぎには、組織のメンバー全員が所属チームのパフォーマンスの結果がわかる仕組みです。そういう意味では、私が知る限りどの組織も成功を客観的に測れているとは言い難い。メルセデス・ペトロナスの代表 トト・ヴォルフ曰く、「ビジネスでは好きなように言い訳ができる。しかし、F1ではストップウォッチという絶対的な真実が、仕事の良し悪しを決めるのです。」

誰もが必要とされている

目的を明確にし、成功の指標も明確出来れば、組織の成果を定義することができます。強いF1チームでは、ピットクルーからフライトを予約する事務員に至るまで、自分たちの働きがレース当日の成功へどう貢献するか理解しているものです。あなたも自社の社員に、自分の仕事が組織の成功にどう貢献していると思うか尋ねてみてください。そうすることで面白い議論に繋がり、社員自身や社員の視点を学ぶことができます。数年前、私はオフィスに組織図を掲示した後、抜本的な組織改革を行うことを決意しました。というのも、組織図に記載された5分の1以上のチームは、私にとって組織の目的と方向性に必要がどうかがわからなかったからです。

データに基づいた意思決定

目的や方向性が明確で、成功の指標も明確。チームメンバーも自分が組織にどう貢献しているか理解できているとなると、次にどう物事を遂行すべきか考える必要があります。

知は力なり。F1で行われるマシンエンジンやモーターの改良はまさに知の結晶といえるでしょう。F1のマシンには沢山のセンサーが搭載され、取得できた何テラバイトものデータは解析とシミュレーションに利用されます。ピットストップのタイミングからどのタイヤやエンジンを使うか、そしてブレーキのバランスに至るまで、レース中の意思決定でさえ細かなデータに基づいています。設計変更もエンジンの調整も、すべてマシンのパフォーマンスデータに基づいて決定されるのです。政治的な判断やステータスといった類ではなく、データから得た情報だけで決定しています。もちろん、よく大企業の組織で見かける、データを”磨く”ようなこともしません。経営陣を一時的に満足させることができても、日曜日に現実を突きつけられたときの絶望が増すだけです。

データは単に現状を可視化するだけでなく、今後起こりうる状況を(仮想的に)探ることもできます。F1におけるシミュレーションの性能は、驚異的な精度を記録しています。一流ドライバーでさえ、シミュレーターを何時間も利用して、コンマ1秒でも速く走れないかマシンの挙動を分析しています。

組織では、データに基づいた意思決定を前提に今後起こりうることをシミュレーションすることで、バイアスなく将来の構想を練ることができます。意外にも、F1チームはデータをフル活用する一方でその限界も認識しています。何百ものセンサーから得られる厳密な測定値を補完するために、エンジニアはドライバーが運転した時の「感覚」に特に気を配っているのです。データ上では問題なくとも、ドライバーが違和感を抱くことはあります。このように、客観的な計測結果と人間の感覚を組み合わせることで、データだけ活用した場合よりも高い効果を得ることができるのです。ジェフ・ベゾスは、「お客様が話すエピソードとデータが合わない場合、普通お客様のエピソードのほうが正しい」と語っています。データは確かに客観的なものですが、不具合のあるセンサーから得られたデータや、データそのものが不足している場合、更に状況がわかるものが必要なこともあります。

イノベーションを加速させる

高い性能は、たった一回最適化するだけでは得られません。F1チームは、シーズンを通じて何千回も改良し、レース中でさえマシンを改良し続けています。一般的な性能の向上だけでなく、グリッド位置や、路面温度、気温、高度、レース状況など、絶え間なく変化する状況に応じて改良しています。シーズン開幕前、ベストなマシンを設計・製作するための手間と苦労は計り知れませが、それでもスタート地点に立っただけでゴールではありません。大企業の場合、本番稼動初日に向けてリソースを集中させ、それ以降のチューニングや最適化には人材を割かないケースをよく見かけます。しかしそれでは機会損失し続けるばかりです。計画や設計の段階で、全てのニーズや要件、チャンスを見極め特定する方法がない以上、実際に毎日テストするしかないのです。

継続的に改善を続けると、何もわからない状態で取り組むよりリスクを減らすことができます。継続的に改善を続ける過程ではニーズやソリューションの種が見つかり、より良くより速いイノベーションに繋がります。もう1点メリットを挙げるなら、組織のオペレーティングモデルに“変化”を予め含めておくことで、競合他社より将来の不確実性に上手く対応できるかもしれません。私が接する企業のほとんどは、不変であることを前提に最適化され、変化への適用を妨げるメカニズムが働いています。組織の成功と成長を実現するためには、素早く方向転換する術を学ばなければならないのです。

能動的に動ける人材

F1が実現する驚異的なイノベーションと適応のスピードには、チームと従業員自身の裁量権が欠かせません。よくある企業の意思決定と承認のプロセスを、F1マシンの設計変更に当てはめると、すべてチーム外からの承認が必要になります。状況に応じて承認の必要性は変わってくるので、チームを信頼して経営陣の承認を必須とせず、責任感を抱かせましょう。

経営者の皆様は、もしかしたら裁量権を持ったチームは組織全体の統制をかき乱すのではと懸念しているかもしれません。目的や方向性が定まっておらず、成功の指標が不明瞭な組織がそういった懸念を抱くのは当然です。目的と方向性と成功の指標がない限り、裁量権を持ったチームは組織的な成功を実現する方向性がわからないままです。

私は以前CIOとして小規模かつ裁量権のあるチームを導入して成果を上げている部署を視察したことがあります。そのチームは、より高品質かつ低コストを実現すると同時に、従業員の主体性まで引き出していましたが、どの経営陣もそういった取り組みを企業全体で実施することはありませんでした。経営陣が統制をとれなくなるのではと懸念したからです。結局のところ経営陣は、チームを調整するには階層的な組織で監視するしかないと判断したのです。

再びピットストップの話

この記事の冒頭、私はピットストップがF1のイノベーションとアジリティを象徴するものではないと述べました。そこで代わりに、目的や方向性、そして成功の指標、モチベーション、従業員の貢献、データの活用、継続的な改善、裁量権に注目してきました。ただ、極めて標準化されたピットストップは、高い成果をもたらし、レースの勝敗を左右することさえあります。極めて標準化されたとは、空気力学上では機能し得ないはずなのに、ピットストップでは上手く作用しているようなものを指します。ピットストップの例から、高い成果を生み出す組織の特徴は、いつ何に標準化や自動化を行うべきかと、人が解決すべき複雑な課題はいつどこにあるのかを、想像力を持って組み合わせられることだと言えます。組織がお客様のためにイノベーティブでアジャイルになるということは、何もすべての分野やタスクで独創的に再構成し直そうということではありません。寧ろ逆効果です。組織やお客様は、厳密に作りこむような方向性ではなく、継続的な改善や柔軟性に舵をきることで、より大きなメリット享受できます。

 

John Clark

AWS Enterprise Strategist

https://aws.amazon.com/blogs/enterprise-strategy/taking-pole-position-in-your-industry-agility-in-formula-one/

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