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日本における CTO の現在地。そして未来【CTO Night & Day 2021 Online – キーノートスピーチ】

CTO や VPoE など、技術の立場から企業経営に関与するリーダー・マネージャーのための招待制カンファレンスである CTO Night & Day。2021 年 12 月 16 日に行われた本イベントでは「CTO の未来」と題したキーノートスピーチが開催されました。

スピーカーはグリー株式会社 CTO・デジタル庁 CTO の藤本 真樹 氏と米国トレジャーデータ社(Treasure Data, Inc.)CEO の太田 一樹 氏。モデレーターは AWS スタートアップソリューションアーキテクト 塚田 朗弘です。本稿ではその模様をレポートでお届けします。

日本の CTO の現在

塚田:本日はよろしくお願いします。キーノートスピーチの序盤では、藤本さんと太田さんから見て、日本の CTO や CTO コミュニティが、以前と比べて現在はどのような状況にあるかをお伺いしたいです。

太田:欧米的な組織の作り方が、ここ 10 年ほどで日本に輸入されたように思います。たとえば、以前はあまり一般的ではなかった VP of Engineering という概念が日本の IT 企業にもたらされて、「技術のことは CTO が見て、開発組織のことは VP of Engineering が見る」といったように変化しました。

最初に私が藤本さんとお会いしたときには「この人は技術もわかるしマネジメントもできる。藤本さんのように万能のエンジニアでないと、CTO にはなれないのかな」と思っていました。前述のような組織作りの方法の変化により、CTO が何から何まで見る必要がなくなったのは、CTO にとってのキャリアパスという意味で安心できる部分となっています。

藤本:ベイエリアが最も成熟していた 15 年くらい前は、アメリカと比較して日本は 2 周か 3 周遅れている印象を受けていました。現在では、その差が徐々に縮まっています。ただ、今日の CTO Night & Day の会場に「世界で一番すごい CTO」 がいないという時点で、私たちはまだまだ足りてないんですよね。CTO に限らずベイエリアの技術コミュニティに行くと、もっとすごい経験や知見を持つ人がたくさんいますから。

日本の IT 企業が世界で勝ちに行きたくてもノウハウが不足している。世界のコミュニティに入っていけない。CTO Night & Day に参加している人々のトップラインをもっと上げなければ、日本の CTO コミュニティ全体の質は向上しないでしょう。依然としてそこは課題だと思っています。

グリー株式会社 CTO・デジタル庁 CTO 藤本 真樹 氏

世界で戦うか、日本を変えるか

塚田:日本が現在のアメリカを目指すためには、どのような方法を選ぶべきでしょうか。

太田:日本の人口は今後どんどん減っていきますよね。市場がシュリンクするこれからにおいても、事業の売上を継続的に増やしていくには、もっとグローバルに目を向ける必要があります。そうしなければ、国ごと陥没してしまう。

私自身は 20 代の頃からそういった危機感を持っていたため、マーケットとしては日本を諦めてしまいアメリカに渡りました。それでも日本という国がとても好きですから、日本の成長が鈍化していくという課題に対して自分は何ができるのか、日々意識しながら働いています。

藤本:マーケットを広げたほうがビジネスとして理にかなっていますが、国ごとに法制度や文化も違うわけで、簡単な話ではないですね。ただ、もっと多くの企業がグローバルへ挑戦する必要があるのは間違いないです。人口が減っている時点で、国としては基本的に「負け確」なんですよね。国の成長が上向くように私たちが努力するには、今この時代がラストミニッツだと思っています。

太田:デジタル庁の CTO を担ったのは、やはりそういう背景があったのですか。

藤本:そうですね。やはり日本という国には好きなところがたくさんあるので、この国が没落するのを見たくない。この国で幸せな老後を過ごせるならばそれに越したことはないので、より良い未来を実現するためにがんばっています。

太田:このイベントに参加している人たち全員で、目線を上げていきたいですね。技術や事業を、日本だけに閉じて考える必要はないと思います。エンジニアが持っている技術は、世の中全体に影響を与えられるポテンシャルを持っているわけですから。

CTO のトップラインとボトムラインを上げていくには

塚田:目線を上げていくために、何を考えて行動すべきかなどを伺いたいです。藤本さんは今後 5 年でどうなっていたいですか。

藤本:デジタル庁という国の仕事に片足を突っ込んで感じるのは、何をやるにも非常にハードルが高いということですね。今まで知らなかった世界の人たちのこと、たとえば行政官などが、どういう環境でどういうことを考えているかを理解したうえで、最適な施策を選ぶ必要があります。

法律だって知らなければならない。勉強すべきことが多いですよ。思ったことを思ったように実現できるようになるまで、5 年くらいはかかるでしょうね。全く違う業界にチャレンジしているようなものですから。

私個人ではなく CTO コミュニティ全体として直近 5 年で目指すのは、トップラインを上げるのとボトムラインを底上げすること。トップラインの話としては、グローバルで勝負している会社の CTO をどれだけ増やしていくか。それ以外にないと思います。

多くの人たちが効率的に事業成長できるように、トップラインの人たちが培った知見をみんなで共有していく。コミュニティ全体でそういう取り組みをすることで、ボトムラインを底上げするのが基本線でしょう。

太田:ソニーやソフトバンクなどのレベルの企業が、ここ 10 年 20 年は生まれていない気がします。CTO のトップラインを上げることに言及すると、日本の IT コミュニティ全体で、とにかく上を向いてそうした企業を作り出そうという雰囲気になれば、状況は変わってくるのかなと感じます。

それから、海外に目を向けると、サービスをグローバル規模にスケールさせた CTO は何人もいます。現在、評価額 10 億ドル以上のユニコーン企業は世界中に 800 社以上あると言われていますから、日本の IT 関係者たちがそのコミュニティとつながることで、彼らの知見を学べると思います。

米国トレジャーデータ社(Treasure Data, Inc.)CEO 太田 一樹 氏

塚田:AWS としては、CTO Night & Day の運営などを通じて、海外の CTO や CEO と日本の CTO コミュニティをつなぐことに、少しでも貢献していきたいですね。

技術的な知見と経営視点の両方を持つからこその強み

太田:10 年ほど前は、ユニコーン企業が日本から出現すること自体がまず高いハードルでした。現在、ユニコーン企業が複数社出ているのは非常に良いことですよ。この傾向が今後もさらに続いて、みんなの目線が上がっていけばいいですね。

藤本:ユニコーン企業の話が出たので言及しておくと、太田さんくらいお金にこだわる人はなかなかいないと思います。

塚田:藤本さんと太田さんはもともとお知り合いですから、お互いのパーソナリティをよく知っていらっしゃいますよね。

藤本:太田さんは良い意味で、稼ぐことに対する熱量が高いです。

太田:お客さんがサービスにお金を払ってくれるということは、それに価値を感じてくれているということですからね。技術を使って世界を変えていくことは、商業的に成功することとイコールだと私は考えています。

キャリアのなかでその考えを突き詰めるにつれて、「テクノロジーだけではなくて、営業やマーケティング、カスタマーサクセスといったあらゆる職種の取り組みを最適化する必要がある」と思うようになりました。

だからこそ、キャリアのどこかのタイミングで自分は社長をやるだろうと思っていました。米国トレジャーデータ社の CEO に就任したことで、事業のすべてに自分で責任を持てるようになったので、働いていてとても気分が良いです。

藤本:すごく良い話ですね。日本の CTO はもっとお金や経営、会社を大きくすることへの執着や、投資的な考え方を持ったほうがいいと思います。

塚田:エンジニアリングのバックグラウンドを持つ経営者は徐々に増えていますが、おふたりはその状況をどう思われますか。

藤本:確かに、太田さんのように CTO が CEO になるケースが増えていますね。CTO として技術のことを理解しつつ経営視点を身につけた後に、新しいチャレンジとして CEO になるのは自然なことです。そういう人がもっと増えればいいですね。

CTO が「CEO の言ったことをなんとか実現する係」になってしまうと、面白くないしつまらない。同じ C タイトルなのだから、公平な立場であるべきでしょう。そういう風潮が強くなると、日本の CTO コミュニティがより健全に発展するのではないかと思います。

CTO が目指す未来。地球規模でものごとを考える

AWS スタートアップソリューションアーキテクト 塚田 朗弘

塚田:最後に、おふたりのキャリアにフォーカスしたいと思います。CTO としてこれまでやってきたことは何か。そして、今後どこに向かおうとしているかをお話しください。

藤本:基本は、プロとして責任を持って、思い描いたところに会社を成長させるのが、経営者やマネジメント層の仕事だと思います。CTO は技術に軸足を置きつつ、その役割を担う。その仕事をどれだけ上手にできるかが、CTO としての能力です。

うちの会社(グリー)が過去に急成長できたのは、正直なところ実力というよりも 99.99% は運だと思っています。私が CTO として優れていたわけでは決してない。しかしこれからはプロとして、企業として明確な目標を立てたうえで狙ったところに成長させたいです。

その状態を実現するには、CTO という職務そのものをより深く理解しなければならない。そして、CTO 以外の C タイトルの人々が何を考えているかを知り、代わろうと思えばある程度はできるくらいの視座を持っていなければならない。だからこそ、CTO としてより視野を広げて、自分の専門性をきちんと発揮するのが大事だと、最近は特に考えています。

私はグリーに長くいて事業や組織のことをだいぶわかっているので、仕事は正直かなりやりやすいです。しかし、国の仕事という未知の領域では、そうではありません。わからないことのほうがずっと多いです。これまで培った知見を、デジタル庁という場所で活かすことを模索しながら、自分なりの価値を発揮していきたいです。考えることは山ほどあります。日本が、そして日本企業が存続できるように、がんばらなくてはならないです。

塚田:太田さんはいかがでしょうか。

太田:20 歳くらいのときに、立てた目標がありました。「30 歳までに 1 billion 企業を作って、40 歳までに 10 billion 企業を作る」という目標です。30 歳の目標は 4 年遅れくらいですが達成できました。次の 40 歳でも、かつて立てた目標を実現したいと思っています。

そして、遠からぬ将来にやって来る、次なるテクノロジー・サイクルの波をいかに早く捉えられるかも重要だと思っています。これはテクノロジーを事業の柱にしている者としての、大仕事ですね。風向きをずっと見定めておく必要がありますし、仮に風を掴んだとしてもどうやって波に乗るのかを考える必要があります。

時代を経るごとにテクノロジーの潮流の変化のサイクルもどんどん早くなっていますから、経営者はどうすれば再現性のある形で複数の事業を生み出せるのか、方法論を考える必要がある。そういった意味では、技術的なキャリアのバックグラウンドを持つ CTO が、より価値を発揮しやすい時代になっているのかもしれません。

より長いスパンでの目標を述べると、企業としての売上や株価を伸ばしながらも、地球規模でみた場合のサスティナビリティのバランスもとっていく必要があります。会社を経営していると、自分自身がどのような形で人類や地球に貢献すればいいのか、考えさせられるところがありますね。

塚田:非常に学びの多いキーノートスピーチでしたね。おふたりとも、ありがとうございました。