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生成 AI は集中化か分散化か? 答えは「どちらも」

本稿は、2024 年 9 月 4 日に AWS Cloud Enterprise Strategy Blog で公開された “Centralizing or Decentralizing Generative AI? The Answer: Both” を翻訳したものです。

はじめに

ビジネスおよび IT の意思決定者にとって、もはや、生成 AI を採用するかどうかでは問題ではなく、どのようにして最大限の効果と最小限のリスクで実装するかという点です。生成 AI の管理と展開を、集中化するか、分散化するかは、長期的な影響を伴う重要な戦略的決定です。

ブログの記事「集中化か分散化か? 」で強調されているように、企業は生成 AI のような変革技術を導入する際に、集中化と分散化のトレードオフを考慮する必要があります。集中化は全社的なガバナンス、規模の経済、統一されたデータ管理を実現できる一方で、分散化はより迅速なイノベーションとビジネスニーズへのより緊密な対応を可能にするかもしれません。

私たちは、両方の戦略の強みを活用するハイブリッドモデルという、より洗練されたアプローチを推奨します。すなわち、インフラを集中化しながらイノベーションを分散化するというアプローチです。この戦略は、強固なガバナンスと俊敏なデリバリーを組み合わせ、生成 AI のインパクトを最大限に引き出すための体制を整えます。

ビジネスニーズの特定

生成 AI の技術に焦点を当てるのではなく、価値と競争優位性を生み出すことができる、影響力の大きい分野を特定します。

  • カスタマーサービス:AI 搭載のチャットボットでサポートを強化しながらコストを削減。
  • マーケティング:AI を活用して、大規模なパーソナライズされたコンテンツ作成を実現。
  • 製品開発:AI で設計コンセプトとシミュレーションを生成。
  • 製薬:AI で分子構造を探索することで、新薬開発を加速。
  • 金融サービス:リスク評価、不正検出、個別アドバイスに AI を活用。
  • ソフトウェア開発:AI によるコーディングとバグ検出により生産性を向上。
  • サプライチェーン:AI 主導の予測分析と物流計画による最適化。
  • 人事:候補者のスクリーニングとマッチングに AI を活用し、採用プロセスを合理化。

特定するための重要な質問

  1. 生成 AI が対応できる重要なビジネス上の問題や機会とはどのようなものですか?
  2. 生成 AI から最も恩恵を受ける組織の領域や機能は何ですか?
  3. 差別化された AI ソリューションを構築するために、組織が活用できる独自のデータ資産や専門知識は何ですか?

ビジネスニーズとユースケースを明確に定義することで、組織は生成 AI の展開とガバナンスをサポートするのに最も適した組織構造と運用モデルを決定することができます。

ハイブリッドアプローチ:両方の長所を活かす

生成 AI にとって最適な組織構造とはどのようなものでしょうか。私たちは AWS エンタープライズストラテジストとして、財務および人事チームが、まずリソースのインパクトを最大限に高め、次にビジネスニーズに迅速に対応し、最後にガードレールの構築と、一般化された作業の方法を確立できることに感銘を受けています。

これらの領域にベストプラクティスとナレッジをもたらす集中化されたチームを擁しており全社的な業務を行っていますが、誰もが人材と財務の管理もあわせて期待されています。

AI は同様にビジネスのあらゆる側面に浸透していくでしょう。現場レベルではモデルの出力結果の妥当性を評価する能力など、スキルや知識が必要とされるいくでしょう。

インフラレイヤーの集中化

AI インフラストラクチャを集中化することで、企業は規模の経済性を実現しながら、トレーニング、ファインチューニング、独自 AI モデルの開発といった複雑でリソース集約的なプロセスを効率的に管理できるようになります。この統合により、データ管理、分析、モデルのメンテナンスが合理化され、企業全体のコストと複雑性が削減されます。

集中化により、一貫したデータ品質、セキュリティ、コンプライアンス基準が確保され、信頼性の高い生成 AI モデルの開発と展開を成功させる上で重要な要素となります。これらのリソースを統合することで、組織は AI 技術を導入する際に直面する課題をより効果的に乗り越え、その潜在的なメリットを最大限に活用することができます。

通常、専門のデータチームが、この集中管理されたインフラを管理し、組織内の他の部門に対してガイダンス、トレーニング、ツール、ガバナンスを提供します。このチームは高度な AI/ML スキルを持ち、組織の生成 AI を利用する能力が確固たるインフラの上に構築されるようにします。

ビジネス領域全体に AI イノベーションを分散

生成 AI のインフラは集中化の恩恵を受ける一方で、イノベーションは分散化された環境でこそ活気づきます。分散化アプローチは、ビジネス領域全体にわたる AI のユースケースの多様性に対応します。法律文書の要約から、金融データの分析、研究開発における設計、マーケティングコンテンツの作成まで、さまざまなユースケースに対応します。これらのアプリケーションには、異なる基盤モデルだけでなく、カスタマイズ、ファインチューニング、品質管理対策、ユーザーインターフェース設計、既存のアプリケーションやビジネスプロセスとの統合が必要です。

このようなユースケースの多様性と個別性が進むにつれて集中化された環境は効率が悪くなっていきます。各部門の独自のニーズや迅速なイノベーションサイクルに対応することが困難になるためです。しかし、データメッシュ (データを分散化し、AI を分散化するモデル) は、ビジネス部門のニーズにうまく適合できるでしょう。

財務や人事のように、ベストプラクティスを提供する中央集権型のチームは存在しますが、組織の各部門は独自の能力を開発し発揮しています。生成 AI の場合、組織全体にわたるチームに権限を与えることで、モデルの結果を評価し、AI をワークフローに統合し、イノベーションを一から推進することを意味します。

データメッシュにより、各分野や部門の専門チームが AI アプリケーションのオーナーの役割を担います。これらのチームはビジネス上の課題やオポチュニティに最も近い位置にあり、影響力の大きい AI ユースケースを特定し、実装する上で最適な立場にあります。AI ソリューションのプロトタイプを迅速に作成し、テストと改善を行うことで、特定の業務上の文脈や戦略目標との緊密な整合性を確保することができます。これにより、生成 AI ソリューションの開発と展開が加速されるだけでなく、各部門の特定の業務上の文脈や戦略目標との緊密な整合性が確保されます。

分散モデルにおける効果的なガバナンスの維持

分散モデルでは、より迅速なイノベーションと特定のビジネスニーズへのより緊密な適合が実現しますが、組織全体で一貫性、品質、コンプライアンスを確保するための効果的なガバナンスと統制を維持することが重要です。

これを実現するには、いくつかの主要な戦略が必要です。

集中化されたプラットフォームとツール:生成 AI ソリューションを構築し展開する際に、各部門のチームが活用できる標準化されたツール、モデル、API のセットを提供する集中化されたプラットフォームを提供します。これにより、品質、セキュリティ、コンプライアンスのベースラインが確保されます。

共有責任モデル:生成 AI の推進の中心となるデータサイエンスおよびエンジニアリングチームが標準、ガイドライン、ベストプラクティスを設定し、各部門のチームがそれぞれのコンテキストに合わせてカスタマイズして適用する共有責任モデルを確立します。

ガバナンス委員会:中心となるチームと各部門チームの代表者が集まる部門横断的なガバナンス委員会を結成し、生成 AI ソリューションの展開を検討し承認します。これにより、戦略的な整合性と一貫したリスク管理を維持することができます。

集中化されたモニタリングと監査:組織全体における生成 AI アプリケーションのパフォーマンス、利用状況、コンプライアンスを追跡するための集中化されたモニタリングと監査を実施します。

知識の共有とコラボレーション:生成 AI の推進の中心となる各部門のチーム間で知識の共有とコラボレーションの文化を醸成し、洞察、方法論、教訓の交換を促進します。これにより、一貫した品質とベストプラクティスの採用を確保できます。

中央化されたプラットフォームのサポートにより、ビジネス部門のチームは成長する

分散化は孤立を意味するものではありません。各部門のチームは、ガイダンス、トレーニング、ツール、ガバナンスを提供する集中化されデータサイエンスサポートの恩恵を受けます。これにより、統制と統一性を維持しながら、最新の方法論とテクノロジーへのアクセスを確保できます。中央集権型の専門知識は、通常、プラットフォームチームとして独自のモデルのトレーニングを担当するチームから提供されます。

ブログ記事「責任ある AI のベストプラクティス: 責任ある信頼できる AI システムの促進」では、生成 AI のライフサイクル全体にわたって公平性、透明性、説明責任を維持する方法について説明しています。これは、生成 AI ソリューションを分散型かつ部門特化型で展開する際に極めて重要です。これにより、ソリューションが組織の倫理原則に沿ったものとなり、偏見を助長したり、意図しない被害を引き起こしたりすることがなくなります。

おわりに

生成 AI の実装の未来は、集中化と分散化を戦略的にバランスさせることにあります。

集中化されたインフラは、今日の規制環境において不可欠なセキュリティ、スケーラビリティ、コンプライアンスのインフラを提供します。分散化された実行レイヤーは、特定のビジネスニーズに合わせた AI ソリューションを迅速に開発し、展開することを可能にします。このハイブリッドモデルは、組織が俊敏性を高めながらコントロールを維持することを可能にする強力な戦略的優位性を提供します。コアとなるインフラを集中化し、アプリケーション開発を分散化することで、企業は AI 導入の複雑性を乗り越えながら、その変革の可能性を最大限に引き出すことができます。

AI 主導の未来で成功を収めるには、企業はイノベーションの最前線に身を置き、同時に、集中化と分散化の両方の要素を活用する緻密な戦略を今から策定することで、強固なガバナンスと拡張性を確保する必要があるのです。

—Matthias Patzak and Tom Godden

参考になるサイト:

集中化か分散化か? – by Mark Schwartz
Welcome to a New Era of Building in the Cloud with Generative AI on AWS – by Swami Sivasubramanian
Data Lakes vs. Data Mesh: Navigating the Future of Organizational Data Strategies – by Matthias Patzak
How Technology Leaders Can Prepare for Generative AI – by Phil Le-Brun
Your AI is Only as Good as Your Data – by Tom Godden
Navigating the Generative AI Landscape: A Strategic Blueprint for CEOs and CIOs – by Tom Godden
AWS でのデータレイク
データメッシュとは何ですか?

Matthias Patzak

Matthias Patzak

マティアスは、AWS ソリューションアーキテクチャ部門のプリンシパルアドバイザーを経て、2023 年初めにエンタープライズストラテジストチームに加わりました。この役職において、マティアスは、クラウドがイノベーションのスピード、IT の効率性、およびテクノロジーが人、プロセス、テクノロジーの観点から生み出すビジネス価値の向上にどのように役立つかについて、経営陣と共同で取り組んでいます。
AWS 入社前は、マティアスは AutoScout24 の IT 担当副社長、Home Shopping Europe の最高経営責任者を務めていました。両社において、マティアスはリーン・アジャイルの運用モデルを大規模に導入し、クラウドへの移行を成功に導きました。その結果、納期の短縮、ビジネス価値の向上、企業評価の向上を実現しました。

Tom Godden

Tom Godden

トム・ゴッデンは、Amazon Web Services (AWS) のエンタープライズストラテジスト兼エバンジェリストです。AWS 入社前は、Foundation Medicine の最高情報責任者 (CIO) として、FDA の規制下にある世界トップクラスの癌ゲノム診断、研究、患者治療結果のプラットフォームの構築に携わり、治療結果の改善と次世代の精密医療の実現に貢献しました。それ以前は、Alphen aan den Rijn Netherlands にある Wolters Kluwer で複数の上級技術リーダー職を歴任し、ヘルスケアおよび生命科学業界での経験は 17 年以上に及びます。トムはアリゾナ州立大学で学士号を取得しています。