Amazon Web Services ブログ
【開催報告 & 資料公開】 Amazon Braket の使い方とクラウド量子コンピューティング活用事例
本ブログでは、2022 年 10 月 27 日に開催したウェビナー「Amazon Braket の使い方とクラウド量子コンピューティング活用事例」の開催概要を報告いたします。
Amazon Braket は、2019年12月に発表された AWS の量子コンピューティングのマネージドサービスです。サービス開始以来、多くのお客様にクラウドを通して量子コンピュータ技術を活用いただいています。本ウェビナーは、量子コンピュータを使った研究開発に興味をお持ちの方、AWS クラウドを使って量子コンピューティング研究開発を始めたい方、Amazon Braket の活用事例や活用方法について興味をお持ちの方などを対象としたものです。お客様の Amazon Braket 活用事例をご紹介いただき、AWS からはサービスの基本的な使い方と最新機能アップデートを行いました。下記にて、その概要を報告いたします。
AWS の量子コンピュータの取り組みとAmazon Braket
アマゾン ウェブ サービス ジャパン ソリューションアーキテクト 宇都宮 聖子・針原 佳貴
(動画をクリックすると、該当箇所からスタートします)
AWS の量子コンピューティングのマネージドサービス Amazon Braket は、様々な量子ハードウェアと量子回路シミュレータを提供し、従量課金制ですべての開発者が今すぐ量子ソフト開発に着手することができるサービスです。Amazon Braket にて現在利用できる QPU(量子ハードウエア)は、超伝導量子ビット Rigetti (80量子ビット), イオントラップ IonQ (11量子ビット), 超伝導量子ビット OQC (8量子ビット), 量子超越を実現した光量子コンピュータ Xanadu (216量子モード), 中性原子アナログ量子シミュレータ QuEra (256量子ビット) があり、それぞれのハードウエア特性を活かした量子コンピューティング応用に活用されています。また、D-Wave は現在 AWS marketplace を通して利用できるようになっており、AWS 環境を通して、ゲートベース量子コンピュータ、量子アニーリング、量子シミュレーションなど様々な用途で量子コンピューティング技術を活用できます。
講演では、Amazon Braket SDK による量子回路の記述などの基本的な使い方から、PennyLaneを用いた量子微分可能プログラミング、Qiskitなどのオープンソースのプラグイン、Amazon Braket Hybrid Jobs を使ったハイブリッド量子計算、量子古典ハイブリッドアルゴリズムの GPU 実行に最適な NVIDIA cuQuantum を搭載した Amazon Braket Hybrid Jobs Embedded Simulator、パルスレベルの量⼦ビット制御可能な Braket Pulse など、最新の量子ソフトウエア開発の機能ラインナップまで、幅広く紹介しました。また、シミュレータ/QPU の利⽤にかかったコストを Braket SDK でニアリアルタイムにトラッキングできる Amazon Braket Cost Tracker や、日本時間で量子計算を実行しやすいよう Availability Time が拡張されるなど、日本のお客様のフィードバックにより様々な機能がアップデート、拡張されています。
量子コンピュータ×量子化学計算の産業応用に向けた取り組みと Amazon Braket の活用事例
豊田中央研究所 白井 聡一 様
(動画をクリックすると、該当箇所からスタートします)
豊田中央研究所の白井様からは、量子化学計算の産業応用に向けて Amazon Braket を活用した事例についてご紹介いただきました。トヨタグループの研究機関である豊田中央研究所では、幅広い研究を手がけており、材料研究・材料開発も研究テーマの一つとなっています。この分野において理論計算を行うツールとして、量子化学計算、ひいては量子コンピュータに注目し始めました。
量子化学計算を量子コンピュータで行う背景についてもご説明いただきました。分子の基底状態を計算する方法はいくつかありますが、精度の高い配置間相互作用法 (Configuration Interaction, CI) では電子数が多くなるほど、考慮すべき電子配置数は指数関数的に増大します。そこで量子コンピュータを用いると CI に相当する計算を多項式時間で実行できる (位相推定法) ため、量子コンピュータに注目が集まっています。ただし、現状の量子コンピュータ実機はエラー訂正機能を持たない NISQ デバイスであるため、実機で量子化学計算を行う場合のアルゴリズムとして、古典コンピュータと組み合わせた変分量子固有値ソルバー (Variational Quantum Eigensolver) が考案されています。
研究当初、白井様含めた量子応用科学チームメンバーは量子コンピューティングの知見が足りなかったため、大阪大学の量子ソフトウェア研究拠点主催の勉強会に参加することにしました。勉強会後半のグループワークでは参加者が興味のあるテーマを選ぶことができます。当初の課題として、実は Amazon Braket Samples にある VQE サンプルでは、多数の task が発生し、時間と費用がかかってしまうという問題がありました。そこで白井様は、発生する task を削減し、VQE のコスト削減を狙うことをテーマに選びました。半年にわたるグループワークの中で、パラメータの勾配計算の工夫や、分子の対称性を考慮したパラメータの絞り込みを行うなどの改善を続けた結果、task 数が 約1/13に、計算時間が約 1/23 になるなど、大きなコスト改善に成功しました。
また白井様は分子の基底状態を計算する VQE だけではなく、励起状態を計算する Variational Quantum Deflation (VQD) の研究も行なっています。後半は VQD を光触媒モデルへ応用した例も紹介されました。この VQD 計算には後述の Qamuy を使用されているとのことです。
締めくくりとして、量子化学計算の展望についてもお話いただきました。現在はまだシンプルな系しか扱えませんが、量子ハードウェアの発展に伴い、今後計算できる量子系はもっと大きく、複雑になっていくだろうと予想できます。そのため、今から量子コンピュータを触っておくことは非常に意味のあることであり、「クラウド経由で手軽に量子コンピュータを扱える Amazon Braket は、初めの一歩として最適である」との声をいただきました。
量子コンピュータx 量子化学計算と Amazon Braket
大阪大学 量子情報・量子生命研究センター准教授 水上 渉 様
(動画をクリックすると、該当箇所からスタートします)
大阪大学准教授の水上様からは、量子化学計算のためのアルゴリズム・ソフトウェア開発と、そこで Amazon Braket がどう活用されているかのご紹介をしていただきました。古典コンピュータでは、電子状態の量子重ね合わせが強い系は、現実に即したモデルとなっていますが、計算量が多すぎて計算することができません。そのような系でも効率良く計算できる量子コンピュータに注目が集まっています。
また量子化学計算ツールとして、Qamuy をご紹介いただきました。Qamuy は日本発スタートアップであるQunasysが開発を行なっているクラウドサービスであり、バックエンドでは Amazon Braket とも連携することができます。
Amazon Braket を利用している別の例として、VQE のノイズ耐性調査も挙げていただきました。これまで VQE では低エネルギーの電子軌道のみを考慮に入れていましたが、より精度を上げるために必要な高エネルギーの電子軌道も考慮に入れるとどうなるのか、という調査にも Amazon Braket を用いていただいています。
さらに、Amazon Braket の使用量モニタリングツールを大阪大学では作られています。Amazon Braket Monitoring Tools では、QPUに投入される予定のジョブを監視し、設定したショット数や課金額を超えるジョブを投げた場合は、自動でジョブをキャンセルするという仕組みを作り上げています。
産学共同研究での Amazon Braket 活用
日本経済新聞社/日経イノベーション・ラボ 上席研究員 東京大学 共同研究員 博士 (理学) 中島 寛人 様
お茶の水女子大学 理学部情報科学科 准教授 東北大学 大学院情報科学研究科 准教授(クロスアポイントメント) 工藤 和恵 様
(動画をクリックすると、該当箇所からスタートします)
日本経済新聞社 / 日経イノベーション・ラボの中島様、お茶の水女子大学 / 東北大学 准教授の工藤様からは、Amazon Braket を使い、産学連携でサービス開発を行なった事例をご紹介いただきました。発端は、「新聞読者それぞれに合わせて、個別のニュースレターを自動生成できないだろうか?」というアイデアが日本経済新聞社様の中で持ち上がったことでした(現状は編集者が手動で選んでいるそうです)。この中で、記事の選定が組合せ最適化に帰着できるのではないかと考え、工藤様にお声がけしたという経緯になります。
記事の選定を量子アニーリングで扱える形に定式化し、Simulated Annealing(SA) (古典デバイスによるシミュレーション)とD-Wave (量子アニーリング) とでそれぞれ解かせた結果、D-Wave の方が短時間で高いスコアの解を計算できました。
この D-Wave で計算する際に、Amazon Braket を選択していただいたのですが、その理由として、D-Wave社が持つ最新の量子アニーリングマシンである 「D-Wave Advantage」が使える点、従量課金制のため費用をモニタリングしやすい点、専門家のサポートが手厚い点などを挙げていただきました。また、日経電子版システムはAWS上で構築されているため、今後の事業利用を考えた際、連携が容易であることも魅力の一つと感じられたそうです。
まとめ
AWS からは Amazon Braket の概要と最新アップデートをご紹介し、企業/大学のお客様からは Amazon Braket を用いた活用事例をご紹介いただきました。ウェビナーを視聴し、Amazon Braket にご興味をお持ちになった方は、ぜひ AWS にご連絡いただけると幸いです。
(登壇者資料はこちらからダウンロードいただけます)