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日本におけるデジタル人材育成の現状と推進する上での勘所(前編)

皆さん、こんにちは。AWSカスタマーソリューションマネージャー(CSM)の田代です。
AWSにてカスタマーソリューションマネージャーとして活動する中、お客様から最も多く頂く質問の1つとして『デジタル人材をどのように育成、確保していくべきか』というテーマがあります。このブログは前編、後編の2回に渡るブログとなっており、日本におけるデジタル人材を取り巻く環境変化やデジタル人材確保に向けた企業動向に触れた上で、デジタル人材育成を具体的に推進する上で特に重要なポイントについて紹介していきます。

デジタル人材を取り巻く環境変化について

昨今の日本においては、『デジタルトランスフォーメーション』という言葉は聞かない日がないほど浸透しています。経済産業省:デジタルガバナンス・コード2.0において、デジタルトランスフォーメーションは『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』と定義されており、デジタル技術がビジネスにもたらす影響力の大きさが伺い知れます。

少しデジタル技術の歴史を振り返ってみると、デジタル技術の活用というのは3 つの時代で捉えることができます。まずは『リアルをデジタルで置換する効率化の時代』、この時代では紙の電子化、業務のシステム化などそれまで人で対応していたことをデジタルで置き換え、効率化、均質化を実現してきました。そして次に『リアルをデジタルで拡張する利便性の時代』、この時代ではスマートフォンを用いたタクシー配車、手続きのWeb完結など利用者との接点をデジタル技術で高度化し、利便性の高い世界を実現してきました。そして最後が、今私たちがいる『リアルとデジタルが融合した新しい顧客体験の時代』です。この時代では、自動運転やレジなしコンビニエンスストアなど、それまで全くなかった新しい顧客体験を、デジタル技術を活用して実現しようとしています。このように振り返ってみても、ビジネスを補完する存在であったデジタル技術が、今ではビジネスを実現するために必要不可欠な要素となり、まさに表裏一体と言えるほど非常に重要な位置づけになってきていることが分かります。そして、さらに企業を取り巻く環境の不確実性が高まっていく将来においてデジタル技術の重要性は更に増していくことでしょう。

このようなデジタル技術の存在価値の変遷の中、デジタル人材の育成、確保への関心が急速に高まっている一方で、経済産業省:IT人材需給に関する調査日本に必要なデジタル人材、2025 年までに 2,950 万人増と試算 AWS の委託調査で明らかにという記事にもある通り、デジタル活用の加速に伴う需要の増大、生産労働人口減少に伴う供給量の低下が相まって、今後デジタル人材不足は更に深刻化していくと考えられます。このデジタル人材不足の深刻化は、デジタル技術を必要とする案件をタイムリーに推進できなくなるだけでなく、調達コストの高騰や、品質低下、スケジュール遅延のリスク増といったことにも繋がりかねません。

こうした背景もあり、日本の教育現場においても変化が現れています。『情報活用能力の育成』を企図し、2020年度に小学校におけるプログラミング教育が必修化され、中学校、高等学校においても順次プログラミング教育の充実化が図られようとしています。これは、そう遠くない将来に入社するすべての社員が一定のプログラミングに関する教養を身につけていることを意味します。
また、政府では、勤続20年を超えた人を優遇している退職金への所得税の軽減措置の見直しの検討など、労働力の成長分野への移動を促すため年功序列や終身雇用を前提とした日本型雇用慣行の改革に向けた動きも見受けられ、将来、人材の流動化が更に進んでいくのではないかと考えられます。

生産労働人口が減少する中、デジタル技術をより身近なものと感じる人が増え、人材の流動化も高まっていった先には「デジタル人材の売り手市場」が待っており、そうした未来においては、デジタル技術を更に研鑽できる環境を持つ企業に多くの優秀な人材が集まり、そうでない企業の魅力は落ちていくのではないでしょうか。

このようにデジタル人材を取り巻く環境は急速に変化しており、日本においてデジタル人材の育成、確保に向けた取り組みが急加速しているのです。

デジタル人材確保に向けた企業動向

1990年代、日本企業の多くで、ITは本社のコア業務ではないという認識のもと、システム外販の強化、デジタル人材の採用加速、人件費の削減などを企図し、情報システム部門の一部、あるいはすべてを子会社化し、情報システム子会社にデジタル人材を集約配置しました。しかしながら、その後、デジタル技術は大きな革新を遂げ、市場環境や顧客ニーズは大きく変化していき、ビジネスにおけるデジタル技術の重要性も高まり、企業はよりスピード感や俊敏性をもって物事に取り組む態勢が求められるようになりました。そうしたスピードや俊敏性が求められる現在では、会社が分かれたことに伴うコミュニケーションコストの増大や会社間の利害不一致による推進力の鈍化など、デジタル人材を別会社に集約配置したことによる効果よりも、スピードや俊敏性における課題に対して、より危機感を持つ企業が増えてきました。

経済産業省:DXレポート2(中間とりまとめ)においても、企業の目指すべき方向性として『ビジネスにおける価値創出のためにデジタル技術の活用が必須となっている今日、これまで以上の迅速性を持って変革し続ける企業こそがデジタル企業として競争優位を獲得できている』とあり、スピードや俊敏性が企業の競争優位性をもたらす点について言及されており、そのための人材確保に関して『DX は企業が自ら変革を主導することにより達成されるものである。DX を推進するには、構想力を持ち、明確なビジョンを描き、自ら組織をけん引し、また実行することができるような人材が必要となる。このため、DX を推進するために必要となる人材については(外部のベンダー企業に任せるのではなく)企業が自ら確保するべきである』とあり、デジタル人材を企業内に配置する必要性について言及されています。

そうした背景から、『内製化(外部に委託、発注して製造・開発していたものを自社で行うようにすること)』に舵を切る日本企業も少なくなく、デジタル人材の配置という観点でも特徴的な動きが見受けられます。
一つは、情報システム子会社を本社に吸収合併し、スピードや俊敏性を高めようとするアプローチです。このアプローチでは、一つの企業内にデジタル人材と事業部門側の人材を集約することで利害や目的を一意にし、コミュニケーションコストを最小化することでスピードや俊敏性を高めることを狙っています。
そして、もう一つは、情報システム子会社の位置づけをリニューアルするアプローチです。このアプローチは、情報システム子会社の給与水準の見直しやフレキシブルな勤務形態の導入などデジタル人材にとって魅力的な職場環境を整え、外部からの新規採用を促進しつつ、本社メンバーと同等の役割や裁量を持たせて働く環境を整備するというものであり、前者のアプローチ同様、スピードや俊敏性の向上を狙っています。

人材を組織内部で育成するのか、外部から新規に採用するのかは二者択一の選択ではなく、バランスが大切であり、そのバランスの違いがそれぞれのアプローチの違いに表れていると言えるでしょう。人材を組織内部で育成する場合、組織内のカルチャーを維持できる反面、往々にして時間がかかる傾向があります。一方、外部から新規に採用する場合、時間は早いかもしれませんが、既存社員やカルチャーに少なからず影響があります。
特に外部から新規に採用する上で忘れてはいけないことは、既存社員への影響だけではなく、外部人材を快く受け入れる土壌や雰囲気を作り、新しく外部から採用する社員にとって働きやすい環境を確り整えておくことが肝要です。人材を組織内部で育成するのか、外部から新規に採用するのか、という点については、クラウド人材: Buildするか、Buyするか?という記事にも詳しく紹介されているので一読いただくことをお薦めします。

デジタル人材育成を具体的に推進するための勘所

以上のように、デジタル人材育成は日本において非常に重要な課題であるとともに『待ったなし』の喫緊の課題であることを理解いただけたかと思います。
デジタル人材育成を具体的に推進していくためには多種多様な取り組みが必要になってきますが、その中で、著者の経験から意外と疎かになりやすい5つの勘所について具体的に紹介していきます。前編のこのブログでは、マネジメント層の論点である最初の2つをご紹介し、環境整備に関する残りの論点は後編のブログにて紹介していきます。

  • マネジメント層のリーダーシップ
  • 学びを目的とせず、成果を目的とする
  • 様々な学習機会の提供
  • 手を動かしながら自由に体験、実験できる環境の整備
  • 学びを実践する機会提供と適切なサポート

マネジメント層のリーダーシップ

デジタル人材育成は一朝一夕で結果や成果がでるものではなく長期に渡り忍耐強く推し進める必要があります。また、採用や処遇、キャリアパス整備などの人事制度についても変更を入れる必要があるかもしれませんし、学習する機会や学びを実戦する機会を提供する必要もでてくるでしょう。そのような長期に渡り、幅広い取り組みを推進していくためにはマネジメント層のリーダーシップが不可欠です。

また、マネジメントが発揮するリーダーシップのうち、特に重要、かつ疎かになりやすい点として『社員へのキャリア形成支援』、『マネジメント自身の率先垂範』、『失敗を許容する寛容さ』が挙げられます。社員にとっては、学んだ先に自身がどうなっていくかはとても大切な関心事であり、それが不透明な状態では学びに対して意欲的になれない人も少なくないと思います。そして、社員にとっては、企業として学びを推進しているという『認知』より、多くの身近な社員、特に社員が意識する存在である直属のマネジメント層が学びに積極的である『実感』の方が、学ぶ動機になるのではないでしょうか。また、学んだことを実践する際には当然失敗はつきものであり、失敗が許容されない環境下では新しいことへのチャレンジに抵抗感を持つ社員も多いのではないでしょうか。そういった意味で、マネジメントとして『学んだ先にどんな将来が待っているのか』という点について社員と充分なコミュニケーションをとり、社員のキャリア形成を確りと支援していくと共に、自ら模範となる学ぶ姿勢を見せ、社員の失敗に寛容であることが大切なのです。

情報処理推進機構(IPA):デジタル時代のスキル変革等に関する調査(2021年度)においても『キャリア形成意識と、スキル習得への意識やスキルの向上・新たなスキル獲得の実績が相関することから、IT人材が自身のキャリア形成を意識することで、学びに繋がることが示唆される』、『ミドルマネージャーの学びの姿勢が、部下の学びを促し、更には組織のラーニングカルチャー醸成に繋がる可能性がある為、ミドルマネージャー自身が学びに積極的に取り組むことが重要』とあり、『社員へのキャリア形成支援』と『マネジメント自身の率先垂範』の大切さについて言及されています。

一方で、マネジメント層が責任と信念をもってデジタル人材育成を推進する決断をするためには、進め方や成果に対する納得感やマネジメント層の立場で感じる課題感、疑問点の払拭、他社事例などを含む将来の見通しや知見が必要になることも往々にしてあるかと思います。

AWSでは、AWS Executive Briefing Center(EBC)というAWSのエグゼクティブや特定分野の専門家、グローバルチームと個別に具体的な話し合いをする場を提供しています。この中では、大企業の元C-suite and Senior executivesであったAWSエンタープライズストラテジストと議論することもでき、デジタル人材育成の推進に向けた知見や教訓を得ることができます。

学びを目的とせず、成果を目的とする

人材育成は、企業にとって目的ではなく手段のはずです。しかしながら、企業として人材育成を取り組んでいるものの、学びをどう実践するかを社員の主体性に任せている企業も少なくないのではないかと思います。社員の主体性に任せることは決して悪いことではないですが、その場合、一部の知的好奇心の旺盛なモチベーションの高い社員のみ知識やスキルを習得していきます。一人で仕事を完遂できるような場合はそれでも成果に繋がっていくこともありますが、企業としてより大きな成果を繋げていくには個人の主体性に任せるのは限界があると言えます。そういった意味で、企業として、どのような成果につなげていきたいかを、まずは明文化し、社員の共通認識として醸成できるかが重要になってきます。あくまで人材育成は手段であり、目的は成果の達成ということです。期待する成果を定義できれば、どんな社員にどんなスキルを身につけさせる必要があるのか、企業としてどのような実践の機会を与える必要があるのかも見えてきます。また、社員側も漫然と学ぶのではなく成果を見据えて目的意識を持って学ぶことができます。成果を定義する際は、事業計画や事業戦略などから落とし込み、SMART(S: Specific/具体的に、M: Measurable/測定可能な、A: Achievable/達成可能な、R: Related/経営目標に関連した、T: Time-bound/時間制約がある)な成果目標を定義することで、社員がより明確な目的意識や納得感を持つことができるでしょう。また、時間軸については、あまりにも短期的な成果を求め過ぎてしまうと人材育成の推進を阻害してしまうこともあるため数年スパンの中長期的な成果目標を立てることが肝要です。

まとめ

デジタル人材育成は日本において非常に重要な課題であるとともに『待ったなし』の喫緊の課題であることを理解いただけたかと思います。デジタル人材育成を具体的に推進していくためには多種多様な取り組みが必要になってきますが、推進する上で『マネジメントのリーダーシップ』は不可欠であるとともに、『学びを目的とせず、成果を目的にする』ことが非常に重要です。『学んだ先にどんな未来を創っていくのか』、社員全員が共通認識を持って、はじめて人材育成のスタートが切れるのです。

後編のブログでは、環境整備に関する残りの論点について紹介していきます。

  • 様々な学習機会の提供
  • 手を動かしながら自由に体験、実験できる環境の整備
  • 学びを実践する機会提供と適切なサポート

参考リンク

著者プロフィール

田代 靖貴(Yasutaka Tashiro)

シニア カスタマー ソリューション マネージャー
カスタマー ソリューション マネージメント統括本部
アマゾン ウェブ サービス ジャパン 合同会社