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日本におけるデジタル人材育成の現状と推進する上での勘所(後編)

皆さん、こんにちは。AWSカスタマーソリューションマネージャー(CSM)の田代です。
AWSにてカスタマーソリューションマネージャーとして活動する中、お客様から最も多く頂く質問の1つとして『デジタル人材をどのように育成、確保していくべきか』というテーマがあります。このブログは前編、後編の2回に渡るブログとなっており、前編のブログでは日本におけるデジタル人材を取り巻く環境変化やデジタル人材確保に向けた企業動向について触れ、推進する上で『マネジメントのリーダーシップ』が不可欠であるとともに、『学びを目的とせず、成果を目的にする』ことの大切さをご紹介しました。後編のこのブログでは、著者の経験からデジタル人材育成を具体的に推進する上で環境整備に関する勘所についてご紹介していきます。

様々な学習機会の提供

体系的な学習ができるように社員に研修を受講できる枠組みを用意し、特定の社員に研修受講を促すということは、比較的多くの企業が取り組んでいるところかと思います。一方で、意識しなくてはいけないことは、人によって快適な学習方法が異なるという点です。人によっては数日間まとめて集中的に学ぶ事を好む人もいれば、少しずつ自身のペースで学習を推し進めていく事を好む人もいるでしょう。また、ほとんど知識がなく体系的に学びたいという人もいれば、ある程度知識があり特定領域について深く学びたい、あるいは座学よりも手を動かして学ぶことを好む人もいるでしょう。そういったそれぞれの特性や事情、ニーズに合わせ、社員自身にとって快適なタイミング、ペース、手段で自律的に学べる機会を提供することは、長期的に社員の学びに対する考えや姿勢をより良く変えていく上でも大切なことであり、そのために複数の学習機会の選択肢を提供することが肝要です。そして、受動的な学習だけでなく、資格を取得する、学んだことを資料にまとめて誰かに説明する、周りの人とディスカッションする、実際に手を動かし試す(ハンズオン)、といったアウトプットを伴う能動的な学習の機会を提供することも非常に効果的です。能動的な学習機会を提供すべく、社内コミュニティーを立ち上げ、社内勉強会や成果発表会、ハッカソンなどを取り入れ、アウトプットの場を提供すると共に、マネジメント層からの激励や表彰などと合わせて社員の学習への動機づけを図る企業もあります。また、学習方法と定着率の相関を表したラーニングピラミッドにおいては『他の人に教える』ことが最も定着率の高い学習方法とされており、企業内でデジタル人材の裾野を広げるフェーズにおいては外部研修に頼るだけでなく、社員が社員を教える内製教育を進めている企業もあります。内製教育は、受講する側の育成のみならず、講師側の学習を促進し、企業全体の人材育成を底上げし、加速させるために非常に有効な手段と言えます。

AWSでは、代表的なサービスやベーシックなアーキテクチャーなどの基礎コンテンツを数時間で集中的に学習できるAWS Builders Online Seriesを始め、AWSクラウドサービス活用資料集として、初心者向け資料サービス別資料、日本語ハンズオン(初心者向けハンズオンJP Contents Hub)を公開しており、自ら学ぶための資料や動画を多数提供しています。また、短期間で体系的に学びたいという方にはプレゼンテーションやディスカッション、実地の学習を組み合わせてすぐに役立つクラウドのスキルとベストプラクティスを教えるインストラクターによるライブ形式のAWS クラスルームトレーニング、自身の関心事に合わせて自身のペースで学習を進めたい方にはオンライン学習としてAWS Skill Builderを提供しており、クラスルームトレーニングとオンライン学習を組み合わせたブレンド型学習が可能となっています。AWS Skill Builderは、500を超えるデジタルコンテンツや資格取得準備に向けたコース、100以上のガイド付きハンズオン環境(AWS Builder Labs)、AWSサービスを利用して実践的なクラウドスキルを伸ばせるロールプレイゲーム(AWS Cloud Quest)、ヒントを元に問題解決を進める実践トレーニング(AWS JAM)などの学習コンテンツに加え、受講者へのトレーニング割当や進捗管理といった受講者管理機能も備えており、中長期視点で人材育成を可能とする学習基盤となっています(参考記事:AWS Skill Builder サブスクリプションのご案内)。また、学習コンテンツがたくさんあり、何をどのように学んでいけばよいか分からないということもあるかもしれません。AWSでは、ロールやソリューション、業種ごとの学習ロードマップをAWS Ramp-Up Guidesとして公開しています。そして、お客様のチームと直接連携し、組織の要件に合わせたデータ駆動型のトレーニングプランを構築するAWS Learning Needs Analysisというプログラムも提供しています(参考記事:LNAによるギャップ分析を活用した効率的なAWSスキル育成計画の立案)。

他にも、AWSとしては『学ぶ場』も提供しており、毎年数万人が参加する日本最大のAWSを学ぶイベントであるAWS Summit Tokyoや、世界中の AWS ユーザーが集まりベストプラクティスや最新情報を学ぶための年次カンファレンスであるAWS re:Inventを開催しています。また、能動的な社外へのアウトプットの場としては、AWSを利用する人々の集まり(コミュニティ)であるJAWS-UG(Japan AWS User Group)というユーザー会に参加し、一人ではできない学びや交流を通じて情報収集、情報発信をすることも非常に有効です。

手を動かしながら自由に体験、実験できる環境の整備

様々な学習機会を通じて一定の知識、スキルを習得した後に必要となってくるのが自由に体験、実験できる環境です。新しい道具を手にすると使いたくなる、試したくなるという本能的な欲求からくるものかも知れませんが、一定の学習を終えると、自身の関心事や課題感に対してデジタル技術をどのように活用できるのか試してみたくなる人、自身の探究心に従いより深く触りながら調べたくなる人も少なくないと思います。そういった知的好奇心をもった社員にさらなる成長機会を提供すべく、社員が自由に体験、実験できる環境を提供している企業もあります。この自由に体験、実験できる環境は、安全に遊べる公園の砂場に例え『サンドボックス環境』と呼ばれています。

このサンドボックス環境を提供する際に重要となる点として『利用者にとってすぐに利用でき、自由に色々試せること』、『企業、利用者双方にとって安全であること』、『企業にとってコストを管理できること』が挙げられます。例えば、煩雑で時間のかかる手続きが必要となる場合、すぐに試して学びたいという社員のやる気は削がれていくでしょう。また、本番運用システムへの悪影響やセキュリティ事故に繋がりかねない環境であった場合、安心して利用できず心理的に使いづらいと感じてしまうでしょう。一方、企業側から見た場合、社員が自由に触れるが余りに高額な費用に繋がりかねないとしたら、企業としてサンドボックス環境を提供するという判断は容易なことではありません。企業にとって現実的に提供でき、利用者にとって使いたいと思われるサンドボックス環境には前述した3つの要件が必ず必要になってくるのです。

AWSでは、『利用者にとってすぐに利用でき、自由に色々試せること』、『企業、利用者双方にとって安全であること』を満たす環境を用意する助けとなるサービスを多数提供しています。周囲の環境に影響を与えない安全な環境を実現する最もシンプルな方法はAWSアカウントを分離することです。しかしながら、AWSアカウントを分離すると、複数のAWSアカウントを管理し、それぞれのAWSアカウントごとにセキュリティ設定を行い、必要に応じて最低限のリソースを事前に作成する必要がでてきます。このようなマルチアカウント環境の運用を実現する代表的なサービスとしてAWS OrganizationsAWS Control Towerがあります。AWS OrganizationsAWS Control Towerを利用することで、複数のAWSアカウントを一元的に管理すると共に、一定のセキュリティ設定を施した環境を素早く構築でき、効率的にマルチアカウント管理を実現できます(参考記事:AWS Organizations と AWS Control Tower を使ったマルチアカウント管理)。

また、『企業にとってコストを管理できること』についても助けとなるサービスを多数提供しています。前述したAWS Organizationsを利用することで複数アカウントのコストを管理でき、その機能の一つであるサービスコントロールポリシーを利用することで高価なインスタンスを利用できないといった制限をかけることもできます。また、AWS Cost ExplorerAWS Budgetsを利用することでコストを詳細に把握し、予算超過の恐れを通知することも可能です(参考記事:クラウドコストのレポートと監視)。

学びを実践する機会提供と適切なサポート

物事を学び、理解するということと、学んだことを現実世界の中で適用することには大きな隔たりがあります。現実世界では、両立できない関係性を持つ要件や制約事項があり、それぞれの折り合いをつけながら物事を決定していく必要があり、必ずしも一意の正解があるわけではありません。学習フレームワークの1つである経験学習(Experiential learning)においては、『経験』、『内省』、『教訓』、『実践』というサイクルを繰り返すことで人は成長すると考えられています。具体的に経験し、失敗や成功の体験を振り返り、そこからの学びを教訓として昇華させ、その教訓を持ってまた実践することで、人は成長し、学びや教訓が洗練されていくのです。そういった意味で、社員が学びを業務に活かし実践できる機会を、企業として提供をしていくことはとても重要なことです。習得した知識をすぐに試せるように、仮想プロジェクトを立ち上げて現実に近い形で実践する場を提供するといった試みや、事業部の壁を超えて学びを実践できる案件にアサインする、など積極的に実践機会を社員に提供している企業もあります。

とはいえ、一定の学びを終え、実践に向けてその最初の一歩を踏み出す際に、不安や心配から一歩踏み出せない人も少なくないと思います。そうした際に企業として適切にサポートできているかが『一歩を踏み出せるかどうか』の大きな分岐点となります。こういったサポートを社内の有識者が対応できるのが理想的ですが、必ずしも有識者が社内にいない場合もあるかと思います。例えば、クラウドネイティブなアプリケーション開発など会社として未経験の領域に踏み出すような時です。社内に有識者がいない場合には、外部の専門家(AWS プロフェッショナルサービスAWSパートナー)の支援を積極的に受けることも有効です(参考記事:内製化支援推進 AWS パートナーの新規参加、関連セッション、2023 年の取り組みご紹介)。この際、外部の専門家の支援のもと、支援を受ける個人が学び成長するだけでなく、知見や教訓を企業として蓄積していけるかがとても大切になってきます。こうした背景から、クラウドを本格的に推進していく際に、企業としての知見や教訓を蓄積する受け皿として、クラウド推進組織を立ち上げる企業が多くあります。クラウド推進組織は、『CCoE(Cloud Center of Excellence)』とも呼ばれており、現場をサポートするだけでなく、企業としてのクラウド活用のルール作りや、手続きや運用の効率化など企業のクラウド推進の舵取り役を担います(参考記事:今から始める CCoE、3 つの環境条件と 3 つの心構えとは)。

AWSでは、大規模なシステムの移行を実現し、お客様のデジタルトランスフォーメーションをサポートする 「AWS ITトランスフォーメーションパッケージ 2023 ファミリー(ITX 2023)」を提供しており、人材育成も含めた包括的なご支援を行っています。このITX 2023では、お客様社内のAWSコア人材育成のためのトレーニングや、お客様と伴走してパイロットプロジェクトを進めながら、移行手法、組織変革、カルチャーチェンジを進める体験型ワークショップ(Experience-Based Acceleration=EBA)などが含まれています(参考記事:AWS ITトランスフォーメーションパッケージ 2023 ファミリー(ITX 2023)– お客様の大規模なリホスト移行やクラウドネイティブ移行、中小規模のクラウド移行を支援する、新たな包括的クラウド移行支援プログラム)。

最後に

前編、後編の2回に渡るこのブログでは、日本におけるデジタル人材を取り巻く環境変化やデジタル人材確保に向けた企業動向について触れ、著者の経験からデジタル人材育成を具体的に推進する上で意外と疎かになりやすい5つの勘所について紹介しました。

  • マネジメント層のリーダーシップ
  • 学びを目的とせず、成果を目的とする
  • 様々な学習機会の提供
  • 手を動かしながら自由に体験、実験できる環境の整備
  • 学びを実践する機会提供と適切なサポート

どれも当たり前のように感じた方も多かったのではないでしょうか。しかしながら、自社ですべて出来ているかと考えた時、いくつか出来てない、あるいは不十分だと感じた方もいるのではないでしょうか。日本には『千里の道も一歩から』、『雨垂れ石を穿つ』、『凡事徹底』など、一つ一つ積み上げることの大切さを表現したことわざや四字熟語が多数ありますが、これは『当たり前のことを当たり前に行うことの難しさ』を暗に表しているように思います。当たり前のように感じるこれら5つのポイントを確り意識し、企業、社員、双方にとって実りあるデジタル人材育成の推進に向けて本ブログを参考にしていただければ幸いです。

参考リンク

著者プロフィール

田代 靖貴(Yasutaka Tashiro)

シニア カスタマー ソリューション マネージャー
カスタマー ソリューション マネージメント統括本部
アマゾン ウェブ サービス ジャパン 合同会社