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寄稿:大阪ガス株式会社による生成 AI を使ったカーボンクレジット評価システムのご紹介(前半)

本稿は、 大阪ガス株式会社による生成 AI を使ったカーボンクレジット評価システムの取り組みについて、未来価値開発部 カーボンクレジット開発ユニットリーダー 岡田 和也様より寄稿いただきました。前半、後半の 2 回に分けてご紹介いただきます。本稿は、その前半となります。

前半ではカーボンクレジットの評価を生成 AI で行う背景とその結果についてお伝えします。後半では今後 AWS 上でどのような開発を継続するのか、ビジネスにどのような影響があるかをご紹介致します。

後半の記事も公開されておりますので、ぜひご参照ください。
「大阪ガス株式会社による生成 AI を使ったカーボンクレジット評価システムのご紹介(後半)」

1. はじめに

 大阪ガスは、2050 年までにカーボンニュートラルを実現することを目標としています。この目標に向けて、2030 年度までに 1000 万トンの二酸化炭素排出削減に貢献する計画を掲げています。当社は再生可能エネルギーの利用拡大や、エネルギー効率の向上、新技術の導入など、多岐にわたる取り組みを通じて、持続可能な社会の実現を目指しています。加えて、カーボンクレジットの活用も重要な選択肢と位置づけています。カーボンクレジットは、再性可能エネルギー(以下、再エネ)・省エネでは削減しきれない二酸化炭素排出量をオフセット(相殺)する手段として注目されています。当社は国内外のプロジェクトへの投資を通じて、カーボンクレジットの取得と活用を推進しています。これにより、低炭素社会の構築と持続可能な未来の実現に向けた取り組みを強化しています。

図1:当社のカーボンニュートラルビジョン (詳細:https://www.daigasgroup.com/cnv/)

図 1 :当社のカーボンニュートラルビジョン (詳細:https://www.daigasgroup.com/cnv/)

2. カーボンクレジットクレジットとは

カーボンクレジットは、温室効果ガスの削減量を取引可能な形で証明する仕組みです。企業・団体が温室効果ガス排出削減プロジェクトを実施し、その削減量をクレジットとして発行します。これらのクレジットは、削減目標を達成できない企業が購入してオフセットすることができます。カーボンクレジットは法的に認められているもの(*1)もあり、パリ協定の下で広く活用されています。多くの国や地域で公式に運用されており、日本のJ-クレジット制度などもその一例です。グローバルな取引市場が形成され、国際的な排出削減努力を支援しています。これにより、企業は自社の排出削減目標を柔軟に達成でき、地球規模での温暖化対策に貢献することが可能となります。
*1 : 詳細は、我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)第 4 版

3. カーボンクレジットの品質とは

カーボンクレジットの品質には、「追加性」「恒久性」「リーケージ」「地域住民への影響」などの重要な課題があります。

  • 「追加性」は、プロジェクトが既存の規制や通常の経済活動では実現しない追加的な排出削減を行うことを意味します。信頼性と環境効果のためには、新技術・方法を用いた削減の証明が必要です。
  • 「恒久性」は、削減効果が一時的でなく長期に維持されることを指し、継続的なモニタリングとリスク管理が求められます。
  • 「リーケージ」は、特定地域での削減が他地域での排出増加を招く問題で、広域的な視点と地域間連携が重要となります。
  • 「地域住民への影響」は、プロジェクトが地域の生態系や住民の生活環境に与える影響を最小限にすることを指し、住民との協議と意見の反映が必要です。利益還元や環境教育も重要となります。

しかし、これらの担保確認等は高い専門性が求められます。

4. 低品質カーボンクレジットの問題

カーボンクレジットを利用する際、その品質が一定基準を満たさない場合、本当に温室効果ガスの排出削減が達成されているかどうかが不明確になるという重大な問題があります。クレジットの品質が低い場合、実際には削減が達成されていないか、削減効果が一時的であるなどのリスクがあります。
さらに、意図的または無意識に低品質のカーボンクレジットでオフセットを行うことは、「グリーンウォッシュ」と見なされ、企業が環境対策を行っていると装いながら、実際には実効性のある対策を行っていないと認識され、当該企業の信頼性や評判に大きな打撃を与えます。

5. 生成 AI を活用したカーボンクレジット評価システム

カーボンクレジットの品質に関する課題を解決するために、当社は生成 AI を用いたカーボンクレジット評価システムをAWS上に開発しました。本システムは、カーボンクレジットの計画書を生成 AI で解析し、カーボンクレジットの品質評価を行う仕組みです。具体的には生成 AI が、一般公開されているカーボンクレジットの計画書を詳細に読み取り、プロジェクトの「追加性」・「恒久性」・「リーケージ」・「地域住民への影響」など重要な評価基準に基づいてリスクを評価します。

図3:生成AIを活用したカーボンクレジット評価システム

図 3 :生成 AI を活用したカーボンクレジット評価システム

本システムは、カーボンクレジット市場の透明性・信頼性を大幅に向上させることを目的として開発しました。企業・投資家は、本システムを活用することで、品質の高いクレジットを選定し、実効性のある排出削減を実現できます。また、グリーンウォッシュのリスクを回避し、企業の環境パフォーマンスを向上させることができます。最終的には、このような生成 AI 技術の導入により、持続可能な地球規模での温暖化対策が進展することを期待しております。

6. システムアーキテクチャー概要

カーボンクレジットのプロジェクト計画書は、PDF 形式でインターネット上に公開されています。公開されているプロジェクト計画書を光学式文字認識(以下、 OCR )処理し、抽出したテキストデータを Amazon S3 に保存します。Amazon S3 に保存されたテキストデータを 2 種類の生成 AI (*2)を活用してリスク評価を行いました。リスク評価処理では、各プロジェクト計画書が、評価基準をどの程度満たしているかを、前後の文脈やニュアンスを踏まえて、セマンティックに判断します。その際、ハルシネーションを起こしていないかを確認するため、どのテキスト情報から判断を行ったかのエビデンスを確認し、バリデーションを得るようにしました。リスク評価結果などの RAW データは、Amazon S3 に保存し、プロジェクト計画書に変更があった際の差分情報については Amazon Dynamo DB に蓄積し、差分を確認できるようにしました。
*2: Open AI 社の GPT-4o、2024 年 8 月から東京リージョンでも使用可能となった Anthropic 社の Claude 3.5 Sonnet の 2 種類を活用。

2024 年 9 月現在では、Anthropic 社の Claude 3.5 Sonnet、OpenAI 社の GPT-4o、Google 社の Gemini 1.5 Pro などが市場に浸透しています。生成 AI の進化は急速であり、今後も継続的に高品質な基盤モデルがリリースされると予想されます。このような状況下では、基盤モデルとリスク評価処理部分を疎結合にし、最新の基盤モデルに随時更新できる設計にすることが重要です。AWS サービスは柔軟なアーキテクチャ設計が可能で、豊富なマネージドサービスを提供しています。これによりアプリケーション開発に専念できるため、非常に優れたプラットフォームだと考えています。

図4: AWSアーキテクチャ概要

図4: AWS アーキテクチャ概要

7. 本システムの評価結果についての考察

本システムの精度を評価するために、ランダムに抽出したカーボンプロジェクトについて、専門の格付会社に評価を
して頂きました。その評価結果を正と仮定した際に、本システムの予測結果が格付会社の評価とどの程度一致するかを Claude 3.5 Sonnet と GPT-4o にて検証 (*3) を実施しました。
評価方法は、格付会社の評価を正として、各生成 AI がどれだけ格付会社の評価と合致するかを検証することにしました。なお、今回ランダム抽出したプロジェクト計画書には、200 個のリスク評価基準がありました。
*3: 本検証では、基盤モデル毎に最適な結果が出るようプロンプトチューニングを実施した結果となります。

以下、リスク評価結果となります。(+の右側の数字は、一部合致している基準数)

  1. 格付会社
    1. 満たしているクライテリアは 112 個 (108+4)
    2. 満たしていないクライテリアは 88 個 (1+87)

  2. Claude 3.5 Sonnet
    1. 満たしているクライテリアは 109個 (108+1)
    2. 満たしていないクライテリアは 91個 (4+87)
    3. 正解率 97.5%、再現率 96.4%、適合率 99.1%

  3. GPT-4o
    1. 満たしているクライテリアは 112個 (107+22)
    2. 満たしていないクライテリアは 88個 (5+66)
    3. 正解率 86.5%、再現率 95.5%、適合率 82.9%

Claude Sonnet を例にとると、以下の通りです。
正解率は、(108+87)÷(108+4+1+87) = 97.5%
再現率(実際に正の中で正と予測した割合)は、108÷(108+4) = 96.4%
適合率(正と予測した中で正であった割合)は、108÷(108+1) = 99.1%

以下、各生成 AI によるリスク評価結果となります。

図5: 基盤モデルごとのリスク評価検証結果

図5: 基盤モデルごとのリスク評価検証結果

一般的に生成 AI を活用した生成されるアウトプット精度は高くないことが多い中、カーボンクレジット領域のドメイン知識と生成 AI に関する高い専門性を活用することで、今回のように高精度な結果を得ることができました。

8. 終わりに

 今後も本システムの開発を継続的に進めることで、カーボンクレジットの品質評価を一層高度化し、信頼性と透明性を向上させることを計画しています。これにより、企業・投資家は、より正確な情報を基にカーボンクレジットを選定でき、グリーンウォッシュのリスクを回避することに繋がると考えております。また、本システムの技術をカーボンクレジット売買の目利き・ノウハウとして活用することで、市場参加者が適切なカーボンクレジットを迅速かつ確実に評価・取引できるよう支援していきたいと考えております。

 本稿では、当社の生成 AI を使ったカーボンクレジット評価システムについてご紹介しました。後半については、「大阪ガス株式会社による生成 AI を使ったカーボンクレジット評価システムのご紹介(後半)」をご参照ください。


執筆者

Kazuya Okada

岡田 和也 (AWS Solution Architect Associate)
大阪ガス株式会社 未来価値開発部 カーボンクレジット開発ユニットリーダー

シオノギ製薬株式会社にて新規事業の企画開発を実施。島津製作所とのジョイントベンチャーである AdvanSentinel を設立。コロナ等の流行予測サービスの開発と立ち上げを行い、日本オープンイノベーション大賞選考委員会特別賞や健康・医療戦略担当大臣賞を授賞。
その後、デロイトトーマツコンサルティングにてヘルスケア領域のコンサルティングに従事。
2022 年から大阪ガスに入社し、環境分野の新規事業の企画開発を担当。主にカーボンクレジットを中心に検討をリードしており、2024 年 6 月には農林水産省で行われた民間 JCM (二国間クレジット取引)に関する記者会見ではパネリストとして登壇。