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対談記事 – Works Human Intelligence でのプロトタイピングチーム立ち上げの軌跡

左:アマゾン ウェブサービス ジャパン デジタルサービス技術本部 ISV/SaaS ソリューション部 本部長 上原 誠
右:株式会社 Works Human Intelligence Product Div. Advanced Technology Dept. Dept長/VPoT 加藤 文章 氏

AWS には Prototyping Program というお客様のプロジェクトの加速を支援するプログラムがあります。このプログラムでは AWS の Prototyping Engineer が、お客様の課題に合わせたシステムのプロトタイプを開発します。株式会社 Works Human Intelligence (以下、WHI) ではこれまで Prototyping Program を複数回活用しており、プロトタイピングという活動自体に有用性を感じていただき、社内で同様のプロトタイピングチームの立ち上げに取り組まれました。

今回は、WHI へのサポートを行うアマゾン ウェブサービス ジャパン デジタルサービス技術本部 ISV/SaaS ソリューション部 本部長 上原 誠が WHI Product Div. Advanced Technology Dept. Dept長/VPoT 加藤 文章 氏にプロトタイピングチーム立ち上げについてお話を伺いました。

本対談のサマリ

会社の主力製品の改善と保守に専念する開発チームとは別に、新しい技術の導入や新製品の開発を担当するプロトタイピングチームを立ち上げた。このチームでは、新しい技術の検証や新製品のプロトタイプを作成し、製品化の可否を早期に判断することができる。また、若手エンジニアの育成にも役立っている。プロトタイピングチームの活動を通して、技術的負債の解消や新しいビジネスチャンスの獲得が期待できる。今後は各製品チームにもプロトタイピングチームを設置し、全社的に新しい取り組みを推進していく計画である。

プロトタイピングチーム立ち上げのきっかけ

上原:プロトタイピングチーム立ち上げの背景を伺うにあたって、まずは WHI の会社概要などを簡単に教えてください。

加藤:WHI では COMPANY という製品を約 25 年前から作っています。この COMPANY という製品は大手企業向け HR 製品で、人事給与・ワークフロー・勤怠・タレントマネジメント(タレマネ)などのサービスがあります。元々はパッケージ製品で、現在は SaaS 化を進めている状況です。

上原:約 25 年間というとかなり長い年月ですね。アプリケーションもかなり大規模かと思います。アプリケーションの開発状況や今回のプロトタイピングに取り組んだ背景を教えてもらえるでしょうか?

加藤:COMPANY は製品としての歴史が長く幅広い人事領域業務を網羅する大きな製品のため、ソースコードの量も多くなっています。そのため、 開発メンバーはその機能改善や保守を続けていくことに⼤きな⼯数を割いています。特に⼈事給与の領域は法改正対応が毎年入るためそれもかなりの⼯数を取られてる状況です。

一方で、人的資本経営が推進されている中で、HR 製品に対するお客様のニーズが多様化しており、これに応えるために機能追加や改善をしていく必要があります。そこで、生成 AI やブロックチェーンなどの新しい技術をいかに早く取り入れていくかが重要ですが、先ほどお話しした通り、どうしても既存機能の改善や保守には多くの工数がかかってしまうため、機能改善や保守をしつつ新しい技術の導入速度を高めるための取り組みを強化する必要がありました。これに対し、製品の保守をしているチームの外側から、プロトタイピングチームが新技術をどのように製品に取り入れるかの検証を早いサイクルで回していけるため、プロトタイピングチームはこの課題に有効な組織になると考えています。

上原:いわゆるスタートアップのような俊敏性を組織として持つようなイメージですね。

先ほどの背景や課題がプロトタイピングチームの立ち上げを検討するに至った経緯になるかと思いますが、実際に組織立ち上げに踏み切ったきっかけなどはありましたか?

加藤:2023 年はじめに新たな経営戦略とビジョンが発表され、それに対して何か新しいことに取り組むことができないか悩んでいたところ、 WHI と AWS で新しい取り組みをできないか議論する会を AWS の営業さんから設定いただき、その後の懇親会で、上原さんとお話しして、悩みや思いなどに共感いただいたのをきっかけにこの取り組みに繋がりました。

上原:ちょうど 1 年ほど前に目黒の中華屋さんで意気投合して盛り上がって、プロトタイピングをやろうとなりましたね (笑)
トップからのダイレクションがあって、何かしら具現化しないといけないという場面で、そこに AWS が関われたのは有り難かったです。具体的なアクションを共に議論して、組織立ち上げに貢献できたことは AWS としてもエキサイティングで嬉しいことでした。

上原:これまでの話に出てきた部分もありますが、あらためてWHI でのプロトタイピングチームはどのようなものを想定していて、どのようなメリットを期待されていましたか?

加藤:プロトタイピングチーム立ち上げのメリットとして大きく 2 点を考えていました。
まず 1 点目は、多くの開発メンバーは COMPANY の保守開発がメイン業務であり、新しい技術を活用した機能改善にあまり取り組めていないので、そこに対するアプローチとして期待していました。
2 点目はエンジニアの教育に対するメリットです。現状、若手のエンジニアはコードを書く量が少なく、機能追加や不具合修正に対して、どう実装するかの設計やどういう機能を追加していくかなどで既存コードを確認する作業が多くなっています。そこで早いサイクルでコードを書く機会を作っていきたいと考えました。

上原:既存コードの改修も非常に重要なタスクですよね。そのため、相対的に新しい技術に触れたり教育したりする機会が少なくなってしまうのは難しい課題ですね。

立ち上げに向けての取り組み

上原:組織としてプロトタイピングチームを立ち上げることは簡単ではなかったと思います。実際にはどのように実現していったのですか? WHI 社内での交渉など含めて、どのように立ち上げてスタートに至ったのか詳しくお伺いしたいです。

加藤:時期としては構想開始が 2023 年 2 月で、実際にチームが立ち上がったのは 2023 年 7 月なので、約 5 ヶ月間です。
2023 年 1 月から Tech Lead Dept. という部門の部門長を私が引き継いでいたのですが、部門 (Dept.) とその配下のグループ (Grp.) の名称と業務内容やミッションをより合致させていきたいという思いがありました。そこで、7 月に組織を大きく変えることを計画していました。その中で、どのように変えていきたいか、どのようなミッションを持たせたいかを各マネージャーや私の上長と会話していました。加えて、このプロトタイピングの活動もフィットしそうだったため、7 月の組織改変のタイミングで取り込めるように進めていました。

上原:プロトタイピングという新しい取り組みのため、それを理解してもらうことやマインドセットを変えるというのは難しかったと思います。どのようにこの取り組みの理解やマインドセットを整えていったのですか?

加藤:すぐ失敗して取り組むという Fail Fast の考えを持っている適任のマネージャーがおり、ちょうど 5 月からリソースを割ける状況だったため、その方にプロトタイピングチームのマネージャーを依頼しました。そして、Training & Prototyping Grp. というグループ名で設立しました。また、マネージャーに加えてメンバーも 2 名に入ってもらいましたが、両名とも新しいものを取り入れるマインドを持っていて、そういうのが好きなエンジニアで適性があったというのも大きいですね。

上原:なるほど、素養がある方をアサインしたのですね。適正のあるメンバーがいなければ考え方からインプットする必要があるので、そこがクリアできていたのは大きいですね。
今後は、メンバーの拡充などは考えているのですか?

加藤:実は既に 1 名追加しています。中途で新しく入ってきたエンジニアが、適性があり相性が良かったのでこのチームに入ってもらいました。チームを徐々にストレッチさせているところですね。

上原:入社後にまずはプロトタイピングを 1 件こなすというオンボーディングプロセスの一環にしてみるのも面白い考えかもしれませんね。

加藤:そうすると Training & Prototyping Grp. というグループ名にもある通り、育成という目標も相性良く達成できそうです。

実施したプロトタイピングとそこでの反応

上原:具体的に実施されたプロトタイピングの内容を教えてください。

加藤:チーム立ち上げ後の 2023 年 7 月から 2024 年始めまでに完了したプロトタイピングは 2 件で、AWS のソリューションアーキテクト 松岡さんにも支援いただきました。
1 件目はタレントマネジメントシリーズの研修管理製品の連携機能に取り組みました。タレマネチームには若手のエンジニアがいたので、プロトタイピングチームと一緒になって素早く完了させました。7 月末から始まって、9 月には完了しています。タレマネチームに引き継ぎも完了して、Training の役割も果たせていると言えます。

上原:当初の目標であった Training の役割も果たせているのは素晴らしいですね。2 件目はどういったものだったのでしょうか?

加藤:2 件目は職歴・学歴などの経歴情報の信頼性を担保する機能の検証です。結果的に、フレームワークが未成熟だったり、仕様が固まっていなかったりして、すぐに製品化は難しいという意味で失敗にはなりましたが、Fail Fast の考えですぐに失敗できたおかげで、時期を見て再開するという判断材料になりました。

上原:まさにプロトタイピングの考えに基づくものですね。新しい技術を取り入れる際に失敗は必ずあり得ることだと思います。その失敗についてはどう捉えていますか?

加藤:早めに失敗できてよかったです。その技術の採用を決定してから失敗するのは影響が最も大きいので、早めに判断ができてよかったです。

上原:事業部がやると決定してから戻すのは難しいと思うので、プロトタイピングで判断出来たのは大きいですね。

加藤:元々 4 週間ほどで判断する予定だったのですが、実際やってみると多くの調査が必要で長期化してしまいました。
なんとか実現しようとメンバーが尽力してくれた結果、仕様の深い部分の調査などが発生して、そこまで深くやり始めると時間がいくらあっても足りないという状況になりました。実現できるように深い部分の調査をするのは非常に重要ですが、早期に可否の判断を下すこともプロトタイピングの目的であるので、なんらかの区切りを設けてその範囲内でできる限りのことをやるといった工夫が必要だなと感じました。
そういった点で、AWS のプロトタイピングでやられているように、期間を区切るというのはとても重要だと思いました。今後は適切に期間を区切って実施した上で、判断材料にできれば良いなと思っています。

上原:なんらかの区切りは必要ですよね。リソースを無限にかける訳にもいかないですし、どこかで成否を判断しなければいけないので。複数回のプロトタイピングを実施したからこその学びですね。
では、実際にプロトタイピングを実施したメンバーは、どのような反応や感想だったのでしょうか?

加藤:今までこのような取り組みがなく手探りでの挑戦だったのですがメンバーからはポジティブな意見が多かったです。プロトタイピングの依頼を受けて実装し、引き継ぐためにドキュメントをまとめる、といった作業を期間を区切って実施することはメンバーにとって新しい経験で面白かったようです。
また、案件が完了するとその後すぐに別件が入ってくるという点に対して、「自分の特性に合っていて楽しい」というメンバーからの声も上がっています。ビジネスを形にしていくという重要な領域を担っている点にもやりがいを感じているようです。

上原:エンジニアにとって良い刺激にもなっているのは嬉しいです。
今回のプロトタイピングチーム立ち上げに対しての AWS からのご支援はいかがでしたか?

加藤:とても良かったです。
AWS もリーダーシップ・プリンシプルの中で「Customer Obsession」を掲げており、お客様目線を持たれていると思いますが、今回の支援はまさにこちらの課題を聞いてもらって、一緒に解決に向けて伴走してくれていると感じました。
上原さんをはじめ、実際にプロトタイピングを実施した松岡さんと一緒にやれて良い経験になりました。

プロトタイピング実施とチーム立ち上げの成果

上原:プロトタイピングで当初想定していたような成果がありましたか?実際のアウトプットやメンバーの成長など加藤さんにとっての成果を教えてください。

加藤:2 件のプロトタイピングで新機能や新製品の開発の加速に寄与できました。お客様に早く良いものを提供できるようにすることがプロトタイピングで真に実現したい事なので、そこに貢献できたのは成果と言えます。

上原:AWS の Prototyping では Culture of Experimentation というマインドセットがあります。正にこれに通ずる考えだと思いました。AWS には Prototyping Program を提供するプロトタイピングチームがあり、私のチームにも同様のプロトタイピングチームを立ち上げていて、両方のチームで一貫しているのはこの Culture of Experimentation というマインドセットを大事にしている点です。これは、細かい試行を積み重ねることで、結果としてより良いサービスをより早く作ることに繋げるという考えです。

加藤:正に WHI でも重要視している点と同じですね。

上原:別の観点で、新しい技術を取り入れることは技術的負債に対しても重要な要素の1つかと思うのですが、プロトタイピングでの新しい取り組みは技術的負債の解消に繋がっていくものでしょうか?

加藤:現在、プロトタイピングチームには新しい製品を早く作るという役割で動いてもらっていますが、今後は既存の各製品に対してプロトタイピングチームが連携することで、負債の解消に寄与できると思います。コードは書いた瞬間から負債と言われるので完全に解消するとは言いづらいですが、古くなってしまったものを新しく変えていく際にプロトタイピングチームが貢献できると考えています。

上原:既存のコードを置き換えていくのは大変な作業だと思うのですが、理想的には開発プロセスの中で負債がたまらないようにしていくのがベストだと思っています。そのプロセスの中にプロトタイピングをうまくはめ込めると良さそうに感じましたが、プロトタイピングを開発プロセスの中に入れ込めそうですか?

加藤:入れ込めはするのですが、プロトタイピングとは別で技術的負債を解消するプロジェクトが動いており、それらはプロセスに組み込もうとしています。そのプロジェクトで実現が難しい場合にピンポイントでプロトタイピングチームが入って連携するという形の方が有効かなと思います。

上原:プロトタイピングを組織的に取り組んできたことで、様々な気づきや学びがあったことが分かりました。
今回の活動を経て、プロトタイピングがどのようなフェーズの組織にフィットしそうかという感触があれば教えてください。

加藤:WHI のように主力製品を持っていて、その主力製品の改修にリソースを多く割いているが、何か変えなければいけないという課題を抱えている会社にフィットするかなと思います。また、それに対して何かを変えることにトップが積極的な会社だとより良いと思います。

上原:仰る通りですね。トップから「プロトタイピングチームを組成することがメインプロダクトの開発リソースが減る」と見られると難しいですよね。トップも含めて Culture of Experimentation の考えを持っているかが大事そうですね。

WHI は会社の規模が大きく、エンジニアも多いかと思いますが、どのような規模感の組織にフィットしそうでしょうか?

加藤:ある程度成熟したプロダクトを持っている企業が良いのではないかと思います。スタートアップなどの組織は通常の開発業務自体がプロトタイピングのような動きに当たるのでプロトタイピングチームは不要だと思います。
また、余力があることも重要ですね。主力製品で収益が出せているからこそ、プロトタイピングなどにリソースを割くことができると思います。

今後の展望

上原:プロトタイピングチームの今後のプランや展望などはありますか?既に人員増加など進んでいると思うのですが、ビジョンがあれば教えて下さい。

加藤:プロトタイピングチームの考えなどは COMPANY のエンジニアにはまだ広まっていませんが、この考えを全エンジニアに広げて、将来的には各部署にプロトタイピングチームを作って、それを教育機関としていきたいと思っています。

上原:集約ではなく各部門に配置するんですね?

加藤:そうですね。製品群がいくつかある中で、集約して横断的に見る役割を持ったプロトタイピングチームも必要ですが、各製品のアーキテクチャや技術にフォーカスして革新していく際には各組織に閉じてプロトタイピングチームがある方がスピード感を持って早いサイクルで実施できると考えています。

上原:部門ごとの技術スタックや環境に合わせるために、教育機関として各部門に置くのは納得感がありますね。
既存の開発チームとの棲み分けはどのように考えられていますか?

加藤:各製品を開発しているエンジニアは改修や不具合修正に多くの時間を割いており、新しい機能追加や改善をしたい思いはある一方で、そのチームにいるとそこに時間を割く余裕がないというのが実情です。なので、プロトタイピングを行うグループとして、既存コードの改修以外の機能追加など新しいことに取り組める組織を作るのは有効だと考えています。

上原:人気のグループになりそうですね。

加藤:そこに入りたくて頑張るという雰囲気を作れたら嬉しいですね。そして、プロトタイピングのメンバーを固定せず、ローテーションでみんなにやってもらいたいと思っています。

上原:エンジニアのモチベーションに繋がり、教育の役割も果たせると素晴らしいですね。進展ありましたら是非聞かせてください。
本日はお話を伺わせていただきありがとうございました。引き続きご支援・ご連携させてください。

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本ブログの執筆はソリューションアーキテクト 松岡勝也、撮影はソリューションアーキテクト 伊藤威・山崎宏紀が担当しました。