AWS Startup ブログ

ソラコム・Sansan の CTO が、事業を成長させるために取り組んできた全てのこと【CTO Night & Day 2019 Keynote 3 & 4】

CTO や VPoE など、技術の立場から企業経営に関与するリーダー・マネージャーのための招待制オフサイト・カンファレンスである CTO Night & Day。2019年10月9日に行われた Day1 では、国内外の著名 CTO・CEO の方々4名による Keynote が実施されました。本稿では、株式会社ソラコム Co-Founder & CTO 安川 健太 氏と、Sansan株式会社 CTO 藤倉 成太 氏による Keynote の模様をお届けします。

世界中のヒトとモノを繋ぐプラットフォームを創るために取り組んできたこと – 株式会社ソラコム Co-Founder & CTO 安川 健太 氏

IoT通信プラットフォーム事業を展開する株式会社ソラコム(以下、ソラコム)。同社は、2015年9月に初めてのプロダクトローンチを行ってから、2017年8月に KDDI グループに参画するという急成長を成し遂げました。これまで行ってきた数多くの施策や、エンジニア組織についての考え方、通信大手企業のグループに参画する利点などについて、安川 氏が解説しました。

 

Day 1 から、グローバル展開を意識したアーキテクチャを構築

多くのスタートアップ企業がそうであるように、ソラコムは創業の初期フェーズにおいて、少人数でのステルス開発を行っていました。

「当然のことながら、初期の頃は人も時間も非常に限られていました。とはいえ、それを言い訳にしてシステムを雑に開発してしまえば、技術的負債を抱え込むことになりかねません。限られたリソースのなかでも、可能な限り磐石なアーキテクチャを構築していこうと考えていました」

その目標を達成するために、株式会社ソラコムではクラウドのベストプラクティスを積極的に取り込んできたといいます。アーキテクチャの各コンポーネントを、疎結合かつ非同期になるように設計してきたのです。

さらに、「ソラコムでは各コンポーネントの開発を属人化させる方向でまずはスタートしました」と安川 氏は語ります。一般的に「開発の属人化はよくないこと」とされています。ですが、初期フェーズにおいて開発効率の最大化を図るため、各コンポーネントの開発担当者を明確に定めたのです。

順調に開発は進み、2015年9月から NTT ドコモの MVNO(仮想移動体通信事業者)として IoT 向けデータ通信サービスを開始。ローンチ直後から、同社のプロダクトは多くのユーザーからの反響がありました。

2016年からは、グローバル進出のためのプロダクトづくりに奔走します。「ソラコムでは、創業当初から海外進出を視野に入れていました。システムのアーキテクチャも、Day 1 の時点で、グローバル対応を意識したシステム設計がなされていました」と安川 氏は解説します。

例えば、配信するアセットを全て Amazon S3 上に置き、Amazon CloudFront を経由して配信することで物理的な距離の影響を緩和していました。また、アプリのコンソールの他言語対応や、タイムゾーンのUTC化なども初期フェーズで行ったのです。「グローバル展開の際には、こうした取り組みが非常に活きました」と安川 氏はふり返ります。

グローバル展開における残りの課題は「肝心の MVNO 接続が国内のみであること」でした。アメリカやヨーロッパの各国で、使用可能区域拡大のための交渉を続けます。その甲斐あって、2016年の終わりには『SORACOM Air SIM for Global(現 SORACOM IoT  SIM)』をローンチ。世界120か国以上で利用できるプロダクトが生まれました。

「この頃には、エンジニア組織のベースとなる思想も固まってきました」と安川 氏は語ります。同社のエンジニアは、開発を担いつつ、運用も行う、いわゆる DevOps を実施します。それだけではなく “OpsDev”と呼ばれるカテゴリのエンジニアも配置しています。これは、運用業務を中心としながら、開発も担うエンジニア。例えば、監視システムの構築や、デプロイ自動化などの作業を担います。

さらには、ソラコムではカスタマーサポートにもエンジニアのバックグラウンドがあるメンバーをアサインしています。「IoTのトラブルシューティングはエンジニアでなければ難しいから」という理由もありますが、「丁寧なカスタマーサポートそのものが、海外展開において他社との差別化要因になる」とも安川 氏は解説しました。また、同社では DevOps/OpsDev エンジニアも交代制でカスタマーサポートを担っています。「ユーザーは何に困っているのか」をエンジニア自身が理解でき、開発・運用に好影響があるためです。

ソラコムでは「チームの動き方そのものも、疎結合で非同期にすること」を重視しています。リモートワークを中心に、業務が回るような仕組みを構築しているのです。そのため、企業内には複数の国のメンバーが所属しているにもかかわらず、物理的な距離の影響を受けずに、円滑な開発を実現できているといいます。

 

チームを大きくしながら、各メンバーの Agility を維持するために

2017年には KDDI グループへの参画を果たします。なぜソラコムは、大手通信事業者の傘下に入ることを選んだのでしょうか。安川 氏はその理由を以下のように解説します。

「もともと、ソラコムは IoT に特化した MVNO として通信サービス事業を展開していました。しかし、MVNO のみを扱うという業態では、お客さまが増加してくるにつれ、多種多様なニーズに応えられないケースが生じてきたのです。

KDDI とのパートナーシップを結ぶことで、KDDI の各種の通信技術を使わせていただきながら、私たちはクラウドベースのコアネットワークでしかできないことを提供するという、Win-Winの関係を築けるのではないか。そう考えたことが、KDDIグループへの参画につながりました」

2018年からは「世界を変えるサービスがたくさん産まれる場所で、イノベーションを加速するための基盤として SORACOM を根付かせたい」との考えから、拠点をアメリカへと移転。安川 氏も、現在はアメリカでの生活を送っています。

CTO が新規開拓の前線にいる利点として「チームが成長するまでの間、足りない穴を埋められる」「その市場ならではのプロダクトの課題に気づいて開発に活かせる」「会社としてのコミットメントをローカルチームも感じてくれる」などを挙げていました。

最後に、エンジニア組織についての最近の取り組みを安川 氏は解説します。「チームを大きくしながら、それぞれの Agility を維持するにはどうすべきか?」というテーマについて、最適解を探しているのだそうです。一般的には、組織が一定の規模以上になれば多くの企業はマネージャーを配置するでしょう。しかし、ソラコムでは組織運営において「全員がリーダー」という考え方をとっています。

あたかもマイクロサービスアーキテクチャのように「組織を構成する各メンバーが疎結合かつ独立的に動きながらも、それぞれが有機的に影響しあって良いシステムを構成する」という思想なのです。だからこそ、「マネージャーを配置して統制する」というスタイルは、同社の組織運営には適していません。

そこでソラコムがいま取り組んでいるのは、SORACOM Squads と呼ばれる組織体制の構築です。これは、経験が豊富でエンジニアリングスキルも高いメンバーを中心に据え、その周辺を他のメンバーがサポートするような形で、チームを構築するという体制です。

「特に強いリーダーシップを持つメンバーを中心に、各メンバーが自走できる状態をつくることが目標。今後も、より良い組織体制の構築に取り組んでいきたいです」

そう結び、安川 氏のセッションは終了しました。創業当初から、グローバル展開やスケーラビリティを意識したシステム設計・組織構築を行ってきたソラコム。その運営方針は「どのようにして、拡張性の高いシステムや企業を生み出すか」という知見にあふれていました。

 

Sansan のいままでとこれから – Sansan株式会社 CTO 藤倉 成太 氏

 

法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」や、個人向け名刺管理アプリ「Eight」などを提供する Sansan株式会社(以下、Sansan)。同社は創業以来、順調な成長を続け、2019年6月19日にマザーズへの上場を果たしました。その歩みはいかなるものだったのでしょうか。そして、今後の展望とは?

 

ユーザーの“足元の課題”を解決する

2007年、代表取締役社長・CEO の寺田 親弘 氏を中心とする5人のメンバーが、Sansan を創業します。藤倉 氏は「私たちが創業からこれまでやってこれたのは、プロダクトコンセプトがユーザーの足元の課題を解決するものだったことが幸いした」と語ります。

売れるプロダクトとそうでないプロダクトを分かつ要素として、「人々の抱える“生々しい課題”を解決できているか、そうでないか」という軸は非常に重要です。生々しい課題を解決できていないプロダクトは、どれほど美しいビジョンを掲げていても、ユーザーにとって「今はいらないもの」になってしまうのです。

では、Sansan が解決した足元の課題とは何だったのでしょうか。それこそ、「名刺の管理が面倒くさい」という課題だったのだと藤倉 氏はいいます。「日々取り交わされる名刺の情報を、どう管理するか」というテーマに、多くの企業が悩んでいるのです。

その課題を解決するため「名刺が簡単にスキャンできて、他に類を見ないほど正確にデータ化されて、検索できる」というコンセプトをプロダクトへと具現化。法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」が産声をあげました。

初期から中期にかけての「Sansan」では、ユーザーから送られてくる名刺画像をもとに、社内にいるアルバイトのオペレーターが手作業でデータを入力していました。藤倉 氏がジョインしたのは創業から1年半後でしたが、人力でのデータ入力と聞いて、はじめは「テクノロジーを用いて解決した方がいいのでは」と思ったそうです。

しかし、その頃の一般的な OCR の文字認識精度は90%程度でした。もしエンジニアが努力して精度を向上させたとしても、95%程度が良いところでしょう。ユーザーにとって十分な精度には達していません。ゆえに、藤倉 氏は「無理に自動化する必要はない。ユーザーに価値を届けるためならば、人力でのデータ入力でもいい」という考えに変わったのだそうです。

「エンジニアだからといって、技術だけで課題解決をしようと考えても仕方がありません。目標を達成できるのならば、そこに至るための手段は何でもいい。どのような方法を使ったとしても、ユーザーに価値を提供できるのならば勝ち。私たちはそういう考え方をすることが多いです」と、Sansan の持つ哲学について藤倉 氏は解説しました。

藤倉 氏の入社直後から、ある大型プロジェクトが走り出します。データベースのスキーマを大幅に作り変えたのです。前述のとおり、初期の「Sansan」は「名刺を取り込んで、データ化して、検索する」機能しかありませんでした。ですが、ユーザーが本当に欲しいのは、社内の誰が、いつ、どのような経緯で会ったのかという“人脈”の情報です。つまり、「名刺そのものではなく、人脈を中心とする形で」サービスコンセプトを再構築することの必要性が、徐々に判明してきたのです。

しかし、このプロジェクトを推進するには、新規開発を1年間ほどストップし、スキーマ変更に注力する必要がありました。当時の Sansan が創業間もないスタートアップであったことを考えると、英断といえる方針決定でしょう。しかし、「今後のプロダクトの進化のためには、必要な作業だ」というビジネスサイドからの理解も得られ、サービスコンセプトを刷新していきました。

その後、2010年には個人向け名刺管理アプリ「Eight」の開発が始まります。正式ローンチは2012年であったため、約2年ものスクラップ&ビルドをくり返しました。

「創業時から、まずは名刺管理という切り口にフォーカスしてプロダクト開発をすると決めていました。この目標を達成するならば、法人としての人の結びつきと、個人として人の結びつきの両軸を大切にする必要があります。後者を担うのが『Eight』です。

とはいえ、スタートアップは Day 1 の段階から売り上げをつくっていく必要があります。だからこそ、まずは法人向けのプロダクト『Sansan』で売り上げを立てながら、個人向けプロダクト『Eight』に投資するというスキームにしようと考えました」

 

「出会いからイノベーションを生み出す」を、プロダクトで体現する

2011年には「GEES プロジェクト」がスタートします。これは、名刺データ化のフローそのものを刷新するプロジェクトです。

「Sansan」のユーザーは順調に増え続けていましたが、課題もありました、社内にいるデータ入力のアルバイトの人数も増え続け、2011年には約300人に到達していたのです。ユーザーがさらに増えれば、旧来のデータ入力の仕組みのままでは、ビジネスのスケールが難しくなります。その課題を解決するために走り出したのが「GEES プロジェクト」だったのです。

「コンセプトはクラウドワーカーの活用です。世の中に数多く存在するクラウド上のワーキングリソースを、広く活用できるような仕組みにしようと思いました。ですが、個人情報保護の観点から、クラウドワーカーの方々に名刺データを丸々お渡しすることはできません。そこで、名刺の画像データを個人情報として認識できないレベルまで分割し、パーツ単位でお渡しすることにしました」

これが、現在の「Sansan」の名刺データ化プロセスの大きな特徴です。会社名や住所、氏名、電話番号、メールアドレスなどをパーツとして切り出すことはもちろん、氏名を姓名分割する、電話番号をハイフンで3分割するなどのさらなる細分化を行っています。また、複数名による名刺データの入力・突合を行うことで、入力ミスを防止しているのです。

2012年には、いよいよ法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」を、オンプレミスから AWS 上へと移行しました。「その頃には、クラウドサービスの信頼性がかなり高くなっていました。多くのメンバーが、クラウドを利用する利点を理解してくれていた。だからこそ、AWS への移行に踏み切りました」と藤倉 氏は解説します。

その後、Sansan は順調に成長し、現在に至ります。藤倉 氏は「今後、『Sansan』を単なる名刺管理ツールではなく、ビジネスのはじまりを後押しするプラットフォームへと進化させていきたい」と展望を語ります。その未来像を実現するための手段として、「AI名刺管理」「同僚コラボレーション」「顧客データ Hub」といった新機能を挙げました。

また、個人向け名刺管理アプリ「Eight」も、アクティブユーザーが250万人ほどの規模へと成長したため、「いよいよマネタイズを考えるフェーズになってきました」と藤倉氏は解説。「Eight」にはいくつもの新機能が増えました。

個人の「Eight」にある情報を社員間で共有できる「Eight 企業向けプレミアム」、「Eight」内で利用できる人材採用サービス「Eight Career Design」、BtoB商材に最適なターゲティング広告「Eight Ads」、「Eight」のテクノロジーを活用しサービスを買いたい人と売りたい人とをつなぐオフラインビジネスイベント「Meets」などを展開しています。

また、新規事業として、B to B 企業のためのブランド力調査プラットフォーム「BBES」もスタートしています。通常、B to B の商材しか扱っていない企業は、ブランド力の測定がしづらいものです。しかし、「Eight」のデータを活用することで、「特定の企業を知っている人」を効果的にターゲティングできるため、ブランド力測定を容易にしてくれます。

Sansan株式会社のミッションは「出会いからイノベーションを生み出す」こと。だからこそ、「これまで実現できなかったことが、私たちの持っている“出会い”のデータで実現できるようになりました。いわば、『BBES』は Sansan のミッションを体現したプラットフォームなんです」と藤倉 氏は解説します。

創業から現在に至るまでの、Sansan の歴史。その躍進の裏側にあるのは「ユーザーにとって必要なものは何か」を第一に考える姿勢でした。けして技術偏重になるのではなく、「技術をフルに活用しながらも、ユーザーの課題を解決できるのならば、ときに泥臭い手段も厭わない」という姿勢が、同社を大きく成長させてきたのです。