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社内に導入した生成 AI ツールの利用率伸び悩みを打破する : 先行事例に学ぶ 4 つのユースケース

生成 AI の導入は売上高 500 億円、従業員 1,000 名超の大企業では 7~9 割に達し、フェーズが「導入後」へ移行してきている企業も多いと推察します (PwC Japan 2024 年春の調査、また Exa Enterprise AI の調査を参照しています ) 。導入後の主な課題の一つが、「導入した生成 AI ツールが使われない」ことです。まだ十分な統計データを参照できていないものの、各種書籍やレポート等を参照するとチャットツールに代表される生成 AI のインフラ基盤の利用率は、導入後 3 割、以後数か月で 1~2 割に落ち込む傾向があります。2024 年に総務省が発表した情報通信白書では、日本において生成 AI を個人で利用している割合は 9.1% に留まり、比較対象とした中国 (56.3%)、米国(46.3%)、英国(39.8%)、ドイツ(34.6%) と 4~6 倍の差がありました (個人利用の 9.1% は導入が落ち着いた後の 1~2 割に符号しており、妥当な推計と考えています)。生成 AI を使わない理由は「使い方がわからない」「自分の生活に必要ない」が 4 割を超える主要因となっており、使い方は伝えれば済むことから利用促進においては業務への必要性を感じる発見の機会、動機付けの提供が最大の課題といえます。

本記事では、AWS の公開する生成 AI 事例より利用者数の向上に顕著な効果が見られるユースケースを 4 つご紹介します。ぜひ、課題解決に、社内での生成 AI 利用促進に役立てていただければ幸いです。

1. サポートデスク業務での利用 : 30~50% の効率化を実現

マニュアル等に基づき問合せに回答するサポートデスク業務での生成 AI 活用は、30~50% の業務効率化の効果が期待でき、担当者の方に積極的に利用いただける傾向があります。

SBI 生命保険株式会社様では、社内のサービスデスク業務に生成 AI を活用しています。誰もが一度は経験したことがあるであろうアカウントロック解除のプロセスを、 AI オペレーターで自動化されています。これにより対応部門の稼働が 40% ほど効率化されています。

株式会社セゾンテクノロジー様では、HULFT 製品のテクニカルサポートセンターで生成 AI を活用した回答支援システムを RAG (検索拡張生成) で構築、回答作成時間を最大 30% 短縮しています。

電話からの受付、コールセンター業務では文字起こし機能と連携させることでさらに業務を効率化できます。

株式会社 PKSHA Communication 様ではコンタクトセンターの業務効率化ツール「PKSHA Speech Insight」に文字起こしと生成 AI による要約・記録の機能を実装しオペレーターの方の通話後業務の 50% 削減を達成しています。

サポート業務は定常的に一定量の業務があるため、日常的な利用を促進したい場合まず着目したいユースケースです。AWS では、Amazon Bedrock による生成 AI モデルの利用はもちろん、Amazon Transcribe による文字起こしと連携させたり、クラウドベースのコンタクトセンターである Amazon Connect と連携したソリューションを構築できます。Amazon Transcribe による文字起こしとの連携は、AWS がオープンソースで公開している Generative AI Use Cases JP (GenU) ですぐに試すことができます。GenU はコマンドを 3 行実行するだけでデプロイができます。

2. 議事録作成の効率化 : 作成時間を 30%~ 削減

お客様との商談、会議の議事録作成で生成 AI を活用し作成時間の 30%~、また数時間の削減効果が期待できます。会議をしない企業はほぼないと思いますので、日常的な利用増を図るうえで重要なユースケースです。

KDDI アジャイル開発センター株式会社様では、営業日報の作成に Amazon Transcribe による文字起こしと Amazon Bedrock を活用し、作成時間を最大 1 時間削減するとともに「そのまま使えるレベル」と評価を得ています。検索拡張生成を用いた提案商材の検索なども進めており、さらなる効果・利用の向上を図っています。

日本電気株式会社 (NEC) 様でも、議事録作成に生成 AI を活用されています。既存の社内サービスでは基盤モデルの制約上 30 分以上の会議に対応できない課題がありましたが、長いコンテキストを扱うことができる Claude により分割の手間なく一括で要約できるようになり議事録作成にかかる時間を 3 割削減されています。

株式会社明電舎様では、日々の議事録作成業務に課題を感じ GenU を導入、わずか 1 ヵ月で開発を完了しています。導入 2 ヵ月後の段階では 1 日平均 200 名 ( 5% ) が日常的に利用し高いフィードバックを得ています。議事録要約にとどまらず、GenU に収録されている翻訳やチャットなど 11 種類の機能を用い利用の拡大を図られています。

他の事例でも議事録作成の効果の高さを伺うことができます。株式会社 Poetics 様では商談の記録から文字起こし、要約まで一気通貫で行えるサービス「JamRoll」を提供しており、生成 AI 要約機能の導入は成約率 1.5 倍を達成する訴求力のある機能となっています。さらに、エピックベース株式会社様では議事録作成を簡単に行える議事録 SaaS「スマート書記」を提供しており、リアルタイムで文字起こしと基盤モデルによる補正・校正を実施、補正後の文書をドラッグ&ドロップするだけで議事録が作成できるサービスを提供しています (画面イメージはぜひ特集ブログをご参照ください) 。

議事録作成は生成 AI の利用を促すうえで効果的な機能の一つといえ、AWS にて GenU を立ち上げて頂くのはもちろん、 Poetics 様やエピックベース様のような AWS のお客様の SaaS を利用いただくことでも活用を促すことができます。

3. 組織間でのナレッジの共有 : グループ・事業間での生成 AI 利用のスケール

部門内では資料のありかがわかる、 XX さんに聞けばわかる、とナレッジの共有は生成 AI の力を借りるまでもなく果たされているかもしれませんが、壁を隔てた組織間でのナレッジ共有となると一筋縄ではいきません。事業拡大に伴いナレッジの共有がないゆえに増える重複作業、「見えない負債」の返却に生成 AI は活用でき、利用者数全体の拡大に効果的です。

RIZAP グループ様は ( 事例公開時 ) 約 1,500 店舗まで拡大した chocoZAP 事業や約 60 社のグループ企業を包含しており、それらの従業員向け資料や手順書は膨大な量になります。グループ間、店舗間での知識共有を促すため、社内独自の RIZAP のトレーナー、従業員が見るマニュアル(店舗業務、ボディメイク、マシンメンテナンス、商品等、全店通達、福利厚生、研修)など約 3,000 ファイルをナレッジとして蓄積した RAG (検索拡張生成) のシステムを構築し、月あたり約 400 件 (平均対応時間 20 分/件) あった業務ヘルプへの問合せ時間を削減しています (詳細は “RIZAP が生成 AI と AWS で社内知識共有を革新 – AI チャットボットで業務効率と顧客満足度の向上を実現” もご参照ください)。事業 × 業務の数だけ文書が増えていく中、事業をまたいだ業務の知見を共有できる仕組みはグループ全体における “日常使い” につながるユースケースといえます。

鴻池運輸様でも部門間の暗黙知を明らかにし、共有するために生成 AI を活用されています。グループ全体で約 24,000 名の従業員が所属し、国内外に多数の拠点を展開する中、拠点ごとに課題解決のため評価した自動化・省力化機器などの検証結果や費用対効果が散在しており、過去の検証結果を有効に活用できず「見えない負債」が蓄積している課題がありました。ナレッジの共通化の取り組みは進めていたものの、検索に 5 分程度かかり利用も月間で 150 件程度と落ち込んでいました。生成 AI を利用することで非構造化データの扱いが容易になり、社内ナレッジポータルへの月間アクセス数は 10~15 倍に向上しています ( 詳細は “鴻池運輸様におけるAWS生成AI事例:Amazon Bedrockによる社内ナレッジの共通知化” もぜひご参照ください )。

本セクションの最後に、有効なナレッジ共有のヒントとなる事例をご紹介します。

ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社様では RAG (検索拡張生成) のナレッジとして社内の知財ドキュメントだけでなく Slack や社員ブログなどちょっとしたアウトプットも取り込むことで回答精度を 20.5% 向上させています。私たちが日ごろ行うコミュニケーションの中で知識を獲得するように、口頭・ちょっとしたナレッジを蓄積しておくことが効果的であることを示す事例となっています。

情報の共有が有用であるとひとたび理解されれば、単一部門でのナレッジ共有の枠を超え利用者数は大きく拡大するでしょう。

4. 業務文書作成の効率化 : 作業時間を 60~90% 削減

企業では、様々な人が様々な文章を書いています。製品要求仕様書、設計書、テスト仕様書、発注書、見積書、会計報告から広報まで、専門知識を持つ担当者が過去の文章やガイドラインを参照しながら文章を執筆しています。こうした日常的作業の効率化は恒常的な利用増を図るうえで重要なユースケースです。

株式会社 PURPOM MEDIA LAB 様は、ビジネスモデルキャンバスを自動で生成する機能を提供しています。ビジネスモデルキャンバスは名前の通りビジネスモデルを表現するのに役立つフレームワークで、新規ビジネスや事業を企画する際にステークホルダーと考慮すべき観点を議論するのに最適で、自動作成によりコミュニケーションコストの 80% 削減を達成されています ( 詳細は “株式会社 PURPOM MEDIA LAB 様の AWS 生成 AI 活用事例「Amazon Bedrock を活用したビジネスモデルジェネレータ開発」” もご参照ください ) 。

バリューキャンバスの作成、深堀ができる Value Discovery もビジネスアイデアを検証するのに役立つサービスです。AWS は Value Discovery を活用し生成 AI のユースケースを検討するイベントを何度が支援しており、関心ある方は ML Enablement Workshop のページをご参照ください。

テクノブレイブ株式会社様では、画像付きの運用保守マニュアル ( 手順書 ) の作成に生成 AI を活用し、作成時間を最大 98%! も削減しています。実装は約 2 ヵ月、しかも担当は生成 AI 初心者のメンバー 3 名と困難な状況でも短期間でリリースを実現されています ( テクノブレイブ様のブログでは本機能のアーキテクチャを参照できます )。

共同ピーアール株式会社様は国内最大規模の総合 PR 会社で、プレスリリース作成やメディアプロモート等のコンサルティング支援を行っています。プレスリリースは掲載先媒体の論調やテイストに合わせる必要があり、その調査とプレスリリース本体の作成に 10~30 時間を要していました。生成 AI を活用することで、論調分析は 60% 、リリース作成は 33% の工数削減に成功しています。

ビジネスモデル、手順書、プレスリリースと様々な媒体の作成効率化に生成 AI が利用できることを示しました。議事録という一定汎用的な文章から一歩踏み込み、業務独自の文章作成の支援に踏み込むことで日常的かつコア業務での利用につなげることができます。

そして、「ソースコード」は開発者にとって「業務独自文書」の極致であり、もちろんソースコードの開発・テストに生成 AI は役立ちます。

株式会社インサイトテクノロジー様では、データベースからのデータ抽出・更新をするための SQL の修正提案機能を 1 ヵ月でリリースされています。本機能は東京海上日動システムズ株式会社さまがすでに利用し、事例として公開されています

❔ : どれぐらいの精度があればよいのか ?

生成 AI への業務への適用に当たり、セキュリティ、また精度はよく課題としてあげられる点です。セキュリティについては、AWS であれば Amazon Bedrock は生成 AI モデルに入力されるデータは保存されることも学習に使用されることもなく、東京リージョンを利用すれば国内に閉じることも可能です。詳細は公式ドキュメントのほか、 “生成 AI のセキュリティと生産性を両立させる” もご参照ください。

生成 AI による精度は、事例を横断してみる限り 70~90% が多く、人間が回答を補正する前提でこの精度で十分効果を感じられているお客様が多いです。AWS の事例ではないですが、日清様の生成 AI 活用の取り組みレポートでは回答精度が 55% から 70% に上昇しても作業時間の削減は 24% から 32% で精度の伸びにとどまっており、精度と効果は必ずしも同じ割合で増えるわけではないことが推察されます。「精度」の計測方法については RAGAS をはじめとした定量的なメトリクスが提案されていますが、最終的に効果を決めるのは人間です。ファミリーマート様で利用者自身が役に立つかどうかを 5 段階で評価して効果を計測されているように、学術的・定量的メトリクスに拘泥することなく利用者からのフィードバックを得ることも肝要と感じます。もちろん、人出評価を続けるのは大変なため省力化、迅速な改善をするために自動化を図るのは効果的です。

事例の多くは 3 ヵ月以内に本番導入を果たしており、この期間内にできる限り実施し利用をスタートする、と時期を区切るのも効果的なアプローチと感じます。

💡 : 結論

本記事では生成 AI 活用の停滞を打破するユースケースとして 1) サポートデスク 2) 議事録要約 3) 組織間のナレッジ共有 4) 業務文書の作成補助の 4 点が事例から見られる利用を促進するユースケースと紹介しました。これらのユースケースのポイントは、一定数のユーザーが一定頻度で必ず使うユースケースである点です。

  • サポートデスク : サポート問合せが 0 になることはないので、そこで便利に利用できれば使用が継続し、効果が蓄積されます
  • 議事録要約 : 会議が 0 になることは (残念ながら) ないので、そこで便利に利用できればスケジューラーの密度の分だけ効果が蓄積されます
  • 組織間のナレッジ共有 : 事業を継続するほど事業所数、経営が継続するほど事業そのものの数は素朴に増えることが予想されます。そのため、離れた事業所・事業間でのノウハウは事業成長に比例して増大し、効果もその分蓄積されます
  • 業務文書の作成補助 : 業務文書の作成数が 0 になることは (残念ながら) ないので、そこで便利に利用できれば業務時間の数に比例して効果が蓄積されます

毎月一定額を将来のため積立等に回している方は多いと思います。必ず発生する業務に生成 AI が適用されることで、「生成 AI の効果」は定期積立を行っているかのように増えていき、生産性向上によるワークライフバランスの改善、新規事業に割り当てられるリソースの拡大といった副次的効果も伴い長期的目線で見たとき行っているのといないのとでは事業の成長幅に大きな差ができてきます。もちろん、積立額は多い方が効果は高まります。 1 つのユースケースとは言わず、複数のシーン、複数のユースケースで活用することで得られる効果は積み増されます。

本記事が、「将来の事業成長にむけた生成 AI 導入効果の積立」のお役に立てば幸いです!