AWS Startup ブログ

気候テックのスタートアップがどのように生成 AI を活用して気候危機に対処するか

生成人工知能 (AI) は、オリジナルのテキスト、画像、動画、音楽を生成する魔法や賢いコラボレーターのように見えることもあります。驚くべきチャット機能や魅力的な画像作成で世界中の注目を集めています。しかしながら、それはクリエイティブなコラボレーターやチャットボット以上のものになり得ます。AWS では、生成 AI が世界で最も困難な問題のいくつかに対し人や企業がテクノロジーを用いて解決する方法を変革しているのを目の当たりにしています。

気候危機ほど緊急を要する問題はほとんどありません。世界は、気候変動の影響が不可逆となる前に地球温暖化を 2 度に抑えるために、2050 年までにネットゼロカーボンエミッションを達成しようと競い合っています。気候危機への対処はスピードが不可欠です – 生成 AI はまだ新しい分野ですが、気候ソリューションの構築と展開を加速するための重要なツールになりつつあります。

気候危機を食い止めるための最前線に立っているいくつかの気候テックのスタートアップを紹介できることを嬉しく思います。彼らは、生成 AI を活用して、温室効果ガスの排出を削減し世界がゼロカーボン経済に移行できるようにすることで、気候変動と戦っています。

BRAINBOX AI: 生成 AI による建物の脱炭素化の促進

国際エネルギー機関 (IEA) によると、建物は世界のエネルギー消費の 30% 、エネルギー関連排出量の 26% を占めています。建物のエネルギー使用量を削減することは、ネットゼロエミッションを達成する上で重要です。

BrainBox AI は商業ビルの脱炭素化と最適化のための自立 AI を開発しました。それはまた、顧客のエネルギー費用も節約できます。AWS に構築されたクラウドベースの最適化ソリューションは、建物の既存の HVAC (暖房、換気、空調) システムに接続し、排出量とエネルギー消費を最小限に抑えるための制御コマンドをリアルタイムで人の介入無しに自動で送信します。

例えば、天気やエネルギー料金体系といった過去データや外部データセットに基づいて小売店の温度を予測することにより、BrainBox AI は建物所有者が HVAC エネルギー費用を最大 25% 削減し HVAC 関連の温室効果ガス排出量を最大 40% 減らすことを支援しました

BrainBox AI が新しい建物を彼らのシステムに追加する際に、生成 AI を活用して新しい建物への導入時間を短縮しています。以前は、ポンプや空調ユニットといった新しい機器が建物内で見つかる度に、エンジニアが製造元の複雑な技術マニュアルに目を通し、ポンプの定格出力や発生する圧力といった詳細情報を見つけ、そしてそれらの情報を機械判読可能なフォーマットに変換する必要がありました。

Amazon Bedrock を用いて、BrainBox AI は自動でデータを抽出し設定ファイルを生成しています。これらのファイルはその後エンジニアによって仕上げられ修正されます。このプロセスはパワータギングと呼ばれています。Amazon Bedrock のおかげで、BrainBox AI はパワータギングに要する時間を 90% 以上短縮できたと推定しています。その結果、BrainBox AI をより多くの顧客をより迅速に導入することができ、気候危機へより大きく早く影響を与えられるようになっています。

BrainBox AI shows energy optimization of a building

BrainBox AI による建物のエネルギー最適化の表示

Pendulum: 生成 AI によるサプライチェーンの脱炭素化

Pendulum は、組織がより少ないリソースで多くの物を作り出せるかという、世界で最も重要な課題の一つに対処するために AI の力を活用しています。同社のテクノロジーは、商業サプライチェーン、国際保健、国家安全保障といった分野における複雑な問題に対し、持続可能な解決策を提供しています。

炭素排出量の削減にはサプライチェーンの最適化が不可欠です。Accenture は、サプライチェーンが世界の炭素排出量の 60% を占めていると推定しています。米国環境保護庁によると、サプライチェーンは企業の温室効果ガス排出量の 90% 以上を占めている可能性があります。今日のサプライチェーンがどのように機能しているか (又は機能していないか) を見ると、資源と資本の無駄の程度について驚くべき事実が明らかになります。例えば、毎年、過剰在庫損失として 5,620 億ドルが見積もられ、食品の 17%小売り及び消費者向けパッケージ製品の 8% が廃棄されています。

Pendulum の AI 搭載ソリューションにより、組織はオペレーションを賢く管理し、製品の廃棄、収益の損失、余剰な温室効果ガス排出を削減することができます。AWS に構築された Pendulum のソフトウェアは、需要を予測し、供給を計画し、出荷地点を特定することができます。これにより企業は、必要な資源をより正確に購入し、顧客の需要に合わせた適切な量の製品を生産することができます。

Pendulum のプラットフォームでは、企業データへのアクセスは不可欠です。しかし、 データは多くの場合、サイロ化されたシステムや、PDF やプレーンテキストファイルといった非構造化ドキュメントに保持されています。Pendulum のソフトウェアは、基幹業務の意思決定に最も関連性の高いデータソースを活用するように設計されています。同社は生成 AI を導入し、長く複雑なドキュメントに含まれる重要な情報を迅速に解読し、顧客へ価値を提供する時間を短縮させています。

これが効果的に活用されている一例が、精密農業です。Pendulum チームはヒューマン・イン・ザ・ループのアプローチを採用し、Amazon SageMaker を用いて AWS Trainium で大規模言語モデル (LLM) のインストラクションチューニングを行っています。これにより非構造化ファイルから機械判読可能データが生成され、これを用いて顧客の農業機械は農薬、水、その他の製品の使用量を決めることができます。その結果、顧客は物資の過剰使用や過剰発注を抑えられ、コストが節約でき、カーボンフットプリントと環境への影響を減らすことができます。さらに、顧客は植物のニーズ、地域の規制、その他の重要な基準を順守することができるようになります。

Pendulum によると、このソリューションによってこれらのドキュメントの解読に必要な時間が 83% 削減され、品質保証のためにデータを確認するだけで済むようになりました。これにより、コストが削減され、ソフトウェアの大規模展開が加速されます。

Precision agriculture

精密農業

VIA: 生成 AI でビル管理者がエネルギー効率を理解しやすくなる

排出量削減を実現するためには、機関や企業が地域や個人レベルでエネルギーデータを追跡する必要があります。例えば、電気自動車 (EV) に関連する炭素排出量を削減するには、特定の地域や特定の時間に、EV が再生可能エネルギーか化石燃料で発電された電力を使用して充電されているのかを企業が把握することが重要です。エネルギー効率の高い建物には、組織の不動産ポートフォリオ全体にわたる詳細な個別データが不可欠です。皆が全てのデータを透過的に提供すれば、これは問題にはなりません。しかし、プライバシーの問題やセキュリティ上の懸念から、個人レベルのデータにアクセスできないことは多くあります。多くの人々は、車両の充電 / 放電 / エネルギーデータの時間、日付、場所を提供することに消極的です。これがエネルギー管理と温室効果ガス削減を困難にしています。

Via Science, Inc. (VIA) は個人データを非公開で安全に保ちながら、組織が集合的に炭素排出量を削減できるようにしています。同社は米国エネルギー省によって試験及び検証されたゼロ知識証明を用いて持続可能性データを提供しています。これにより、規制やプライバシーの障壁により詳細な情報を共有できない場合でも、組織や企業はデータを追跡し持続可能性の目標を達成することができます。

VIA は当初、厳しいデータプライバシー要件がありビル管理やエネルギー管理チームが必要とする重要データにアクセスできないことが多くある、米国空軍向けのソリューションを開発しました。VIA の分散型ソフトウェアソリューションにより空軍従業員や許可を受けた請負業者はデータを共有することなく生成 AI モデルを利用できます。プライベートデータがモデルのトレーニングに使用されたり、プロンプトでモデルに送信されることはありません。代わりに、「空軍基地 XYZ にある HVAC システムの状態が 60 未満の建物をすべて表示して」のようなプロンプトを入力すると、LLM は「要求内容は理解しました。私はデータにアクセスできないため、ローカルデータベースからデータを取得するための SQL を生成します。また、データを表示するフロントエンドコードも提供します。」と応答します。これらの二つのコードがユーザーに送られ、ツール SLAM AI が自動的にローカルで実行されデータを可視化します。

さらにエネルギーを節約し計算コストを削減するために、VIA は CPU で動作するコンパクトなオープンソース LLM を使用しています。LLM のパフォーマンスは急速に進化しているため、彼らは継続的に新しいモデルを評価しています。Amazon Elastic Kubernetes Service (EKS) を活用することで、より効果的なモデルが利用可能になればシームレスにホットスワップし、統合することができます。

Interface of VIA’s SLAM AI tool

VIA SLAM AI ツールのインターフェース

生成 AI と気候テックの次は何か

BrainBox AI、Pendulum、VIA は AWS 上で 生成 AI を素晴らしい方法で活用し、気候危機に取り組んでいます。彼らは非構造化データから主要な要素を抽出し、新しいコンテンツを生成できる生成 AI の能力を利用しています。これにより、これらの企業はより迅速により多くの顧客にサービスを提供することができ、温室効果ガス排出量の削減を可能にしています。また、これらの企業とその顧客のコスト削減にもつながっています。

気候テックのスタートアップが AWS 上で生成 AI を活用して気候危機に取り組む新しい方法をさらに見つけることを、私たちは期待しています。気候テックにも適用可能と考えられる他の業界での事例をいくつか紹介します。

予測モデルトレーニングのための合成データの生成に生成 AI を活用するデータ拡張

生成 AI は合成データを作成することができます。合成データとは、実世界の直接的な観測からではなく、生成されるデータの一種です。これは、地下の岩盤形成データを入手するのが難しい場所での、地熱や炭素隔離のための地下モデリングに有用な可能性があります。低炭素輸送分野のスタートアップも、新しい車両を試験するシナリオを作成するのに生成 AI を活用できるかもしれません。それはまた気候テック分野のハードウェア製造にも役立つ可能性があります。合成画像データ生成は錆や亀裂のある機器 (コンプレッサー、タービンなど) の画像を作成するために使用できます。これらの画像は予防保全のための視覚ベースの機械学習 (ML) モデルのトレーニングに用いることができ、これはコストの削減と操業停止時間の最小化に重要な役割を果たします。

生成 AI による気候テックの製造効率の向上

機械の使用状況やメンテナンスログなどの履歴データに基づいてトレーニングされたモデルを用いることで、生成 AI は温度、振動、稼働時間などの様々な要因間のパターンや繋がりを特定することができます。これにより、システムは機器の故障の可能性を予測し、そのようなパターンを品質エンジニア、メンテナンスエンジニア、オペレーターなどの適切なステークホルダーに事前に伝えることができます。メンテナンスの必要性を事前につたえることで、ダウンタイムが短縮され、製造の中断が最小限に抑えられます。

生成 AI による持続可能な農業と食料生産のための新しいタンパク質配列の設計と合成

生成 AI は細胞内で特定の機能を果たすことができるタンパク質の折り畳み構造を予測できます。これにより、研究者は機能性タンパク質や様々な分子をガイド付きで生成することができます。さらに、生成 AI により、科学者は既知のタンパク質配列の構造を正確に定義し、分子 / 生物目標を特定することができます。

気候テックスタートアップが生成 AI を活用して地球温暖化に対処する方法は他にも多くあるでしょう。このブログの投稿が気候テックの創業者がアイデアを生み出し生成 AI を新しくエキサイティングな方法で用いるきっかけになれば幸いです。

生成 AI のワークロードは大量のエネルギーとクラウドリソースを消費する可能性があり、すべてのワークロードと同様に、環境への影響を考慮することが不可欠です。この技術を持続可能な形で用いることは、私たちの集団的責任です。Amazon は 2040 年までにネットゼロカーボンを達成することを約束しています。この取り組みの一環として、Amazon は AWS のデータセンターも含め 2025 年までに事業を 100% 再生可能エネルギーで運営することを目指しています。これにより、Amazon は過去 4 年間で世界最大の再生可能エネルギーを購入している企業となっています。AWS は、環境の持続可能性のために企業が生成 AI のワークロードを最適化するのに役立つガイダンスを提供しています。これらの企業が生成 AI の使用による影響と、組織の全体的な持続可能性目標への貢献度を測定することもまた重要です。


Lisbeth Kaufman

Lisbeth Kaufman

Lisbeth Kaufman は AWS の気候テック、スタートアップ、ベンチャーキャピタル部門の責任者です。彼女の使命は、素晴らしい気候テックスタートアップが成功し、世界的な気候危機を逆転させるのを支援することです。彼女のチームには、気候テックスタートアップが障害を克服し規模を拡大するのに役立つ技術的リソース、市場進出支援、人脈があります。Lisbeth は Forbes で「カメラの Airbnb 」と呼ばれたシェアリングエコノミー企業である KitSplit.com の創設者兼 CEO でした。創設者になる前、Lisbeth は米国上院でエネルギー / 環境 / 農業の政策顧問として気候政策に取り組んでいました。そこで彼女は初の試みとなるエネルギー効率改善プログラムを構築し、農家向けのクリーンエネルギー法案を作成し、法制化されました。Lisbeth は Yale 大学の学士号と、学部長奨学生であった NYU Stern で MBA を取得しています。Techstars のメンターであり Entrepreneurs Roundtable Accelerator の EIR として、Lisbeth は気候テック創業者の製品、成長、資金調達や AWS そして Amazon チームとの戦略的繋がりを支援しています。

Benoit de Chateauvieux

Benoit de Chateauvieux

Benoit de Chateauvieux はカナダのモントリオールに拠点を置く AWS のスタートアップソリューションアーキテクトです。元 CTO として、スタートアップがクラウドを活用して素晴らしく持続可能な製品を構築することを支援するのを楽しんでいます。仕事以外では、Benoit がカナダの川を漕ぎ渡るカヌー・キャンプの探検に出かけているのを見かけるでしょう。

この記事は 2024 年 2 月 19 日に Lisbeth Kaufman と Benoit de Chateauvieux によって投稿された「How climate tech startups use generative AI to address the climate crisis」をテクニカルアカウントマネージャー石渡が翻訳したものです。

※本稿は英語版ブログの翻訳となります。翻訳版にご不明な点がある場合は英語版ブログの内容を正としてください。