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Amazon QuickSightのダッシュボードで銀行データを分析する

Amazon QuickSight はAWSが提供するクラウドネイティブの統合型BIサービスです。サーバーレスのため、運用管理の負担が少ないだけでなく、ビジネスユーザーがデータから多くのインサイトを得られる機能を提供しています。このたび銀行業界向けのサンプルダッシュボードをDemoCentral上に公開しましたので、本ブログにて使い方の解説をいたします。
組織内でデータ利活用を推進するためには、各種ツールの使い方に加え、どのような可視化を行えばよりよいインサイトにつながるかについての理解も重要です。本ブログでは、銀行業界に従事する方々がイメージしやすいようATMの配置戦略というテーマをサンプルシナリオとしてとりあげ、どのような観点でグラフや表(以下、ビジュアル)を構成していくとよいかについて解説していきます。ぜひ実際のダッシュボードをブラウザの別タブや別ウィンドウとして開いた状態で見比べながら当ブログを読み進めて頂ければと思います。

ダッシュボード解説

データの可視化において重要なポイントは、得られたインサイトから実際に行動可能なアクションへと繋げることです。そのためダッシュボードを作る際は必ず「意思決定者は誰であり、どのようなアクションが実行可能か」を意識して構築することが肝要です。今回は架空の銀行を例に、チャネル戦略担当マネージャーが、コスト最適化のためにATMの配置最適化や削減を検討するためのダッシュボードという位置付けでサンプルを作成しています。

ATMチャネル分析

当ダッシュボードは3つのタブから構成されており、メインとなるのが一番左のATMチャネル分析タブです。まずATMチャネル分析タブから解説していきます。

上図がATMチャネル分析ダッシュボードの全体像です。ダッシュボードに配置するビジュアルは一般に左上から右下に向かって、概況から詳細へと粒度をブレークダウンしながら配置することがベストプラクティスとされており、当ダッシュボードもそれに従い構成しています。それでは上から順に各ビジュアル要素についてみていきましょう。

自行ATMの取引件数概況を把握する①( ナラティブ)

1つめがナラティブです。この例のように、ナラティブを使って文章のなかに重要な数値情報とそこから得られるインサイトを埋め込むことで、読み手の違いによって発生する解釈の違いや、初めてダッシュボードを参照するユーザーがグラフや表を読み解く手間を軽減することが可能です。このシナリオで担当マネージャーは、自行で運営管理するATM(以下、自行ATM)で採算が取れる閾値として、ATM1台当たり日平均50件以上の取引が行われることを一つの目標として設定していましたが、月次サマリを参照すると残念ながら目標には到達できておらず、何らかのアクションが必要なことが示唆されています。

自行ATMの取引件数概況を把握する②( KPI)

2つ目がKPIです。KPIはその名の通り、重要な業務評価指標をシンプルに数字として示したものとなっており、今回のシナリオでは自行ATMの1台当たり日平均取引件数を設定しています。このビジュアルで得られるインサイトとしては、前述のナラティブと類似していますが、一瞥で概況をつかみやすい点が特徴で、ダッシュボードを参照し慣れた担当マネージャーにとって有用なものとなっています。

自行ATM廃止要否を判断する(コンボグラフ)

3つ目はコンボグラフです。棒グラフと折れ線グラフという2種類のグラフをひとつに統合したビジュアル要素で、X軸(横軸)を時間軸とすることで時系列での傾向を分析できるようにしています。先ほど確認したKPIでは当初設定していた目標を直近割り込んでしまったことが確認できましたが、このコンボグラフを参照することでどのような推移を経て現在に至ったのかを確認することができます。緑色の折れ線グラフがKPIである「自行ATMの1日あたり1台あたりの平均取引件数」の推移を示したものになります。2023年3月付近から顕著に低下している様子が確認できます。棒グラフは、自行ATM以外も含めたATM種別ごとの総取引件数の推移です。キャッシュレス決済の台頭による影響でしょうか、そもそもATMを使った現金取り扱い件数自体が徐々に低下している様子が確認できます。担当マネージャーがこれまで1年間にわたって低稼働ATMの廃止を進めてきているにもかかわらず、KPIである平均取引件数の低下を抑えきれていないことから、ATMを使った取引全体件数低下の勢いがATM廃止措置の効果を上回ってしまっており、採算ラインを維持するためにはさらなる廃止措置が必要かもしれないことを示唆しています。

Tips:ダッシュボード上に表現されていない情報の追加確認(QuickSight Q)

担当マネージャーがこれまでATM台数を削減してきたことはダッシュボード上のビジュアルに表現されていませんが、QuickSight Qという機能を使い自然言語で質問を投げかけることで確認が可能です。QuickSight Qの利用方法については、後述の「QuickSight Qに質問をする(補足1:QuickSight Qサンプル質問集/用語集)」をご参照ください。サンプル質問が複数用意されていますが、例4:ATM台数の前年比較という質問を投げかけることでATM台数が前年比削減されてきていることを確認できます。

Tips:KPI目標の見直し(スライダー)

今回、KPI目標である1日1台あたりの平均取引件数50件を赤色点線にて表示していますが、こちらの目標値は画面右上のスライダーに紐づけることで可変としています。例えばスライダーで目標値を50件→35件に下方修正してみましょう。すると、前述したナラティブ内の記載も変化していることに気づいたでしょうか。QuickSightではこのようにインタラクティブなダッシュボードをコーディングなしに構築することが可能です。

時間帯によるATM種別ごとの取引傾向を把握する(棒グラフ/ヒートマップ)

続けて棒グラフとヒートマップをあわせてみていきましょう。棒グラフについては皆さん普段から使い慣れているかと思いますので説明は割愛します。ヒートマップは2つの軸の関係を1つの指標で比較する際に用いることのできるグラフです。この例では、取引時間帯(0時台~23時台)という軸とATM種別(自行ATM、コンビニATM、その他ATM)という2軸の関係を取引件数という指標で比較しています。まず棒グラフを参照するとATM種別としては自行ATM(無人店、本支店)の取引が大半を占めていることが確認できます。加えてヒートマップを参照することで、特に日中時間帯に自行ATMの利用割合が高いこと、反対に19時台以降は(自行ATMで稼働している端末があるにもかかわらず)コンビニATMの利用割合が高まっていることが確認できます。これを見た担当者はひとつの案として「夜間帯についてはコンビニATM側へ利用者を誘導し、自行ATMとしては稼働時間の短縮を推し進めてコスト削減を図る」というアクションプランを検討することができそうです。

廃止、稼働時間短縮対象のATMを特定する(表)

これまで様々なビジュアルを確認してきた中で担当マネージャーは、平均取引件数が少ないATMの廃止や、夜間時間帯に稼働しているATMの稼働時間短縮を検討したいと考えています。対象明細については一覧表で確認していきます。ここではQuickSightのフィルタ機能を使うことでインタラクティブなダッシュボードを実装しています。低稼働ATM一覧の直上にある稼働時間フィルタでAllと指定することで、自行ATM全体の中で平均取引件数が少ない端末を順にリストアップし、廃止対象のATMを選定することが可能です。次に稼働時間フィルタを7:00-24:00と指定することで夜間時間帯に稼働しているATMに限定してリストアップすることができます。ここでリストアップされた対象ATMについては、まずは稼働時間を短縮してみるというアクションも検討することができそうです。

Tips:前月比の算出方法について

上記一覧表の右端には前月比という計算フィールドを用意しています。こちらは各ATMの日平均取引件数が前月比どの程度増減したかを百分率で表示している項目です。前月比、前年同月比といった計算項目をQuickSight上で追加する方法についてはブログ記事「Amazon QuickSight に比較および累積の日付/時刻計算を追加する」を参照ください。なお一覧表などのビジュアルを作成する際、最新月データに絞って表示させたいという要件はよく見受けられますが、前月比データを出力させたい場合、ビジュアルに対し最新月フィルタを適用してしまうと、前月データを抽出できず前月比の算出ができなくなってしまうため一工夫が必要です。解決方法としてはQuickSight Communityでの過去QAが参考になります(当ダッシュボードでも同じ解決方法で実装しています)。

取引件数の地理的分布から新たなATM設置戦略を検討する(マップ)

最後にご紹介するのがMapです。QuickSightでは郵便番号や住所などの位置情報をもとに、数値データを地図上にマッピングするビジュアルが用意されています。今回は、ATMの設置郵便番号をもとに取引件数を地図上にプロットしています。
こちらを見ると、地図下中央部付近(Kawasaki-Shi, Miyamae-Kuなど)にATMが設置されていない一方で、それを取り囲む領域(Tokyo Ota-Ku, Komae-Shi, Machida-Shiなど)では相応の取引件数が発生していることが確認できます。これまで同行は無人店含め都道府県境を跨ることを避けてATMの設置を進めてきましたが、地図にマッピングすることで、ホワイトスペースの存在に気づき新たなATM設置先を検討する材料にもできそうです。

Amazon Q in QuickSightのData Q&Aを利用する(補足1:Q – サンプル質問)

2024年4月30日に、Generative BI機能であるAmazon Q in QuickSightが一般公開されました。機能の詳細については、このブログにて紹介されています。同じタイミングで、ビジネスユーザーによるData Q&Aを埋め込むことができるようにもなっており、DemoCentralで実装されています。
埋め込みエクスペリエンスとしては、ページの上部に’質問バー’を表示するオプションと、全画面で’フル’表示にてインタラクティブに質問をしていただける2つのオプションがあります。

ページ上部に’質問バー’を表示するオプションでは、一般的にそのデータを使用したダッシュボードの上部に配置し、ダッシュボード上のグラフや表を参照しながら問い合わせをその場で行い、回答を得られるようにします。当ダッシュボード上でも、この質問バーを上部に表示して実装しています。

フル表示については、こちらのリンクからデモ画面に遷移することができます。左上にあるトピックにて”ATM Operation Status – Japanese”を選択することで、同様に質問をしていただけるようになっています。

Data Q&Aの利用については、当ダッシュボードの中央シートにて、質問していただけるサンプル質問を用意しています。

Generative BI機能はまだ日本語を正式サポートしていないため、今回のように日本語データを含む場合も、英語で質問をすることでできるだけ正確な回答を受け取ることができるようになります。当機能を利用するには、トピックというデータセットのコレクション定義をQuickSight上で実施する必要があります。その定義の中で、ビジネスユーザーが質問するデータ項目や、質問の仕方などからフレンドリー名や同義語などを定義することができ、その定義により正確な応答を返すことができるようになります。また、ユーザーが実際にした質問や、そのフィードバックの状況も参照することができ、回答の精度を高めるためにレビューし、設定を追加・修正をし、精度を高めることができます。

Generative BI機能のData Q&Aは、必ずしも具体的に質問する必要はなく、曖昧な質問もサポートしています。また、質問から、その意図を探る質問を提示したり、複数のビジュアルにて応答を返すことができます。その中には、ビジュアルの説明をするナラティブも含まれます。つまり、質問と返答を繰り返することもでき、インサイトを得やすくなります。では、表示されているサンプルの質問より、詳細を紹介します。

「なぜ、2023年の8月に日平均取引数が下がったのでしょうか?」という質問をした結果が上に表示されています。質問の内容が、QuickSightによりどのように解釈されたかが質問バーの直下に表示され、回答の正確性を確認することができます。実施した寄与分析の結果が表示されています。また、その内容を簡単に解説したナラティブが左に表示されており、まずその文章から概要を確認できるようになっています。 キードライバーとしてまずATM番号があり、 ATM番号05151のATMにて日平均取引件数が 30%下がっていると記載されています。全体への寄与率は2%と少ないですが、30%も下がっていることは特徴的です。このATMについてもう少し知りたいので、追加の質問をしてみましょう。

「ATM番号055151について教えてください」と、具体的な質問をするのではなく、曖昧に聞きました。上図のような複数のビジュアルが返ってきており、左のナラティブにマウスをホ-バーすると、説明文がどのビジュアルからきているかを確認できます。地図から、このATMの具体的なロケーションを知ることができます。さらに、その下の表を参照すると、このATMが無人店で7時から24時まで稼働していることや、日平均取引数のレコードを確認することができます。このように、曖昧な質問をしても、複数のビジュアルが返ってくることで、様々なインサイトを入手することができます。

先ほどの寄与分析結果から、設置場所の品川区も貢献しているようだったので、ATM台数とロケーションについて確認してみましょう。

「ATMのユニーク台数とロケーションについて教えてください」と質問すると、その質問バー下の解釈より、データ項目”設置場所(市区町村名漢字)”を利用してビジュアルが生成されたことがわかります。全体で409のATM台数があり、港区には115台設置されており、圧倒的に多いことがわかります。また、左のナラティブから、ATM番号15045で最も多い104の日平均取引件数があり、下のテーブルから、そのATMは港区に設置された無人店であることがわかります。

QuickSightに至るまでのデータの流れを理解する(補足2:全体概要図)

一番右のタブ補足2:全体概要図では、今回のサンプルダッシュボードが一般にどのようなデータソースをもとに、どのような前処理を経由してQuickSightに取り込まれていくかの全体像を示しています。今回のサンプルダッシュボードに限らず、データ可視化をする際は、前処理としてデータの加工集計処理(ETL処理)を施したうえで、可視化ツールへInputする手法をとることがあります。当概要図ではETL処理実装としてAWS Glueを用いるイメージで記載しておりますがあくまで一例であり、他にも選択肢はあります。AWS上でのETL処理の実装についてはAWSで実践!Analytics Modernization ~ETL 編~が参考になります。なお当概要図はあくまで概念的なものを示したものであり、実際のデータソースはさらに細分化され、加工集計処理もより複雑なものとなりうる点は留意してください。

まとめ

本ブログ記事では先日公開された銀行業界向けサンプルダッシュボードが、アクションにつながるInsightを提供するために、どのような考え方に基づき構成されているかを中心に紹介しました。
QuickSight自体の使い方や各ビジュアル要素作成時の操作手順等については説明を割愛しましたが、興味のある方は是非、Amazon QuickSight – Visualization Basics (Japanese)ワークショップをご参照ください。今回のサンプルダッシュボードで利用しているビジュアル含め、QuickSightで取り揃えている様々なビジュアルについて、Step-by-Stepの操作手順付きで作成方法をご案内しています。

また金融業界ではデータ利活用を推進する上で、セキュリティやガバナンスについても特に厳しい基準が求められることがありますが、QuickSightでは行レベル列レベルのアクセス制限、接続元IPアドレスによるアクセス制御操作ログの記録などをサポートしており、各業界でのデータ利活用促進を支援しています。
当ブログでは、QuickSightでのデータ可視化に絞って紹介しましたが、実際に企業内でデータを利活用するためには、そこに至るまでのデータ活用戦略の検討や、分析基盤の構築も必要です。AWSでは金融機関に求められる水準のセキュリティレベルを備えつつ、将来的なニーズの変化や利用規模拡大に柔軟に対応可能で、コスト最適なデータ分析基盤を構築できるリファレンスアーキテクチャを金融リファレンスアーキテクチャ データ分析プラットフォームとして提供しております。是非あわせてご参照ください。

著者プロフィール

中嶋理人(Masahito Nakajima)はAWS Japan のソリューションアーキテクト。普段は地域金融機関のお客様を中心に技術支援を行っています。好きなAWSサービスはAmazon QuickSightとAmazon Connect。
ヴィルキャン坂下和香奈(Wakana Vilquin-Sakashita)は、QuickSight のシニアソリューションアーキテクト。