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日本の製造業が「日本流 DX」を成し遂げるために必要なこと
こんにちは。元自動車メーカー出身で、製造業への思いがとりわけ強い、ソリューションアーキテクトの岩根です。
今回は、日本の製造業がかつての「ものづくり大国」としての良さを保ちつつ、日本流の DX (デジタルトランスフォーメーション)を成し遂げて再び強くなるために必要なことについて、私なりに考察してみました。これが唯一の正解ではないと思いますが、製造業の皆さんが、日本流の DX を成し遂げ競争上の優位性を確立するためのヒントとして、クラウドを活用したスモールスタートを紹介します。
DX とはそもそも何か
総務省のホームページによれば、DX とは以下の定義となります。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること
よく混同されがちなのが、「紙を電子化しました」のような「デジタイゼーション」や、デジタル前提のビジネスモデルを実現する「デジタライゼーション」ですが、上記の定義から、DX とはデジタライゼーションの先にある変革そのものであることがわかります。
日本の製造業がおかれた現状
ここで少し、日本の製造業がおかれている現状を、「ものづくり白書 2023」から読み解いてみましょう。
世界の製造業との比較
ものづくり白書2023の第五章のうち、製造業をめぐる国際的な潮流の変化に関して、「Global Lighthouse(グローバル・ライ トハウス)」認定について触れられています。これは、世界経済フォーラムが世界の工場の中から「お手本」になるような工場を選出するもので、選出された工場の特徴として、「デジタル技術を活用することによる、企業の壁を超えたサプライチェーン全体の最適化を通じて、生産性の向上、市場ニーズをとらえた柔軟な生産」などを挙げています。
この基準での選出数は、首位が米国で 18 社 36 拠点、続いて中国が 14 社 25 拠点、ドイツ8 社 14 拠点となっている一方で、日本からの選出は、2 社 2 拠点にとどまっています。
この要因として私の考察としては、やはりデジタル化の遅れによるものだと考えています。第二章三節では、デジタル技術活用企業でも「デジタル技術の活用による業務効率化」が主な成果となっており、サプライチェーン全体の最適化などには踏み込めていないことがわかります。日本は離職率が低く、技能・ノウハウが引き継がれることを前提にして、常にその時点での最適なプロセスを動的に構築していました。一方、米国や中国では離職率が高いことなどを背景に個々人のジョブを明文化し、プロセスを固定的にしています。非効率であるものの、明文化されたプロセスはシステム化による効果が大きいため投資判断が容易となります。しかしながら日本では、前述したようにシステムを導入しなくても技能によって高度に最適化されており、しかも、複雑で動的なプロセスである事によってシステム化もしづらいため投資が敬遠されてきました。
人材不足
人材不足も深刻です。第二章では、製造業において若年就労者が緩やかに減少傾向にあることと、高齢者の就労数が増加傾向にあることが示されています。製造業においては正社員のなり手が減っている・離職率が高まっていることに加えて、かつては隆盛だった「期間従業員」のなり手が減り、不足の人材を「製造派遣」で補うことが増えてきており、白書の数字はそれを織り込んだものであると思われます。白書での傾向に加えて前述の人材の流動性の高まりにより、工場のオペレーションに必要な「習熟」や「技能・ノウハウの蓄積」なども課題となっていることを見聞きします。そのことが、かつての日本の製造業の強みであった「現場力」の押し下げ要因になっていることは想像に難くありません。
ものづくり大国とはなんだったのか
日本の製造業は、上記の現状を踏まえて、高い競争力を誇っていた80〜90年代の力の源泉がなんであったのかしっかりと過去から学び、それをデジタル技術を使って仕組み化する必要があります。それではその源泉とはなんだったのでしょうか。一言で言うと「アジリティ」であると思います。日本のものづくりは、適切に権限移譲された現場が、自己組織化してオーナーシップを持ち、観測された事実をもとに素早く改善の意思決定を行い、継続的にオペレーションを改善していたところが強さの要因であったと言えます。それを現代流の言葉に置き換えると「アジリティ」と言えるのではないでしょうか。アジリティとスピードの違いについて、最近製造業のお客様に話をするときに必ず使う拙作のスライドがあります(図1)。これを実現していたのが「ものづくり大国」日本であったと私は考えます。
日本の製造業にいま必要なこと
日本流アジリティの再発明
人材不足等、深刻な問題もあるものの、今なお日本の製造現場には、先人たちから伝わるカイゼンマインドが残っていると思います。私が見聞きしてきた範囲で言うと、現場の方達は「やりたいことはたくさんあるけれど、IT やソフトウェアが絡むとやりかたがわからない」という方が驚くほど多いです。しかも、ネットワークやセキュリティなどが障壁となり、ユースケースを語る前に終わってしまうことも多いのも事実です。日本流アジリティの再発明とは、こうした現場から湧き上がるアイディアを仮説検証の地平に乗せ、実現させるための経営からのスポンサーシップと、それに基づく基盤の整備だと思っています。それができれば、かつての日本の製造業がそうであったように、アジリティの高いカイゼンが自然に回り出すのではないでしょうか。
データ基盤を例に取りましょう。VUCA と呼ばれて久しい時代の多様化した消費者のニーズや社会の変化に対応するために、工程レベルやチームレベルにとどまらず、工場レベルや、さらにサプライチェーン、エンジニアリングチェーン全体でアジリティを高めていくべきです。そのために各領域が持つデータを民主化し、必要な情報を必要な部門がすぐに取得でき、データに基づいた意思決定とフィードバックサイクルを可能な限り速くするといったアプローチが考えられます(図2)。
AWS サービスによる実現例で言いますと、Amazon DataZone (Preview)でデータを民主化し、AWS Clean Rooms でサプライヤーや OEM とのデータ連携を果たし、Amazon QuickSight で可視化することで、データによる意思決定を Need to know の原則を保ったまま行うことができます。これらのサービスはマネージドサービスですので、お客様がサーバもアプリも導入や管理の必要はなく、データを準備した上でやりたいことに集中できるのでスモールスタートに適しています。
図2: データメッシュのアーキテクチャ(re:Invent 2022 より)
気をつけるべきこと
経営層や DX 部署が現場と連携して、現場のアイディアを形にすることが日本流のアジリティ再発明だと先に述べましたが、気をつけなければならないことがあります。それが「手段の目的化」と「ビッグバンスタート」です。手段の目的化については言わずもがなですが、DX 部門がともすれば陥りがちな罠です。「まずはデータ基盤を整えよう」「現場発のデータサイエンティストを育てよう」と言った方法論から入ってしまうようなアプローチのことです。結果として、使われないものを整備することに繋がりかねません。まずは何を成し遂げたいのか、解決したい課題は何かから入るのが重要です。関連するものとして「ビッグバンスタート」があります。現場の要望を網羅的に把握して、それに合わせたデータ基盤を大きく整えようと言うわけです。一見悪くなさそうに見えますが、新しいことを始めるときには抵抗感を感じる人が少なくありません。いきなり全ての現場を対象にするのではなく、初めにイノベーター理論(図3)で言うところの、イノベーターやアーリーアダプターを巻き込んで小さく成功を重ね、徐々に味方を増やしていく「スモールスタート」が相性が良いと考えます。
まとめ
今回はデータ基盤を例に日本流 DX についてまとめてみましたが、AI/ML やその他の技術領域においても基本的に同じことが言えると思います。クラウドの利点としては様々なことが挙げられますが、個人的にいちばんの利点は「スモールスタート」できることだと感じています。やりたいことを低リスクで始められて、仮説検証の結果で効果がなければすぐに止められる、その結果、仮説検証のサイクルが早くできるわけです。ぜひ日本の製造業の皆様が、クラウドも活用しつつ、日本流の DX を成し遂げられるよう願っていますし、私たちもその一助となるべく活動していきたいと思います。
著者紹介