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クラウド時代におけるビジネスアジリティの高め方(第1回)

〜 第1回 アジャイルの動向 2023年 〜

このブログでは、クラウドの価値を最大限に活用するための組織のビジネスアジリティの高め方についてご紹介します。第1回では、2023年現在アジャイルの動向がどうなっているのかdigital.aiによる“16th Annual State of Agile Report“を元に考察します。

アジャイルの動向

日本も今年からパンデミックが明け多くの会社ではオフィスに人が戻ってきているかと思います。AWSでもコロナ禍と比べると大分オフィスに人が戻ってきています。しかし、コロナ禍で体験したフルリモートによる働き方も浸透しており、完全に以前の状態に戻っている訳ではなくハイブリッドな状態になっているように感じます。これは世界中のアジャイルチームにおいても同様で、以前ならチームメンバー全員がオフィスの同じ部屋または同じフロアに出勤して物理的に対面で一緒に活動するのが一般的でしたが、現在ではアジャイルチームは完全リモート型チームまたはハイブリッド型チームとして活動するスタイルが増えているようです。また、オンサイト型、完全リモート型、ハイブリッド型などの働き方に関わらず、アジャイルプラクティスの推進によって、チームワークが強化されたり、早い段階で成果が見えることや、それをお互いに称賛することが、従業員の仕事に対する「動機づけ」となり、マーティン セリグマン教授のウェルビーイングにおけるPERMAモデルの5つの領域、

・Positive emotion:ポジティブで明るい感情を抱くこと

・Engagement:物事に積極的に取り組むこと

・Relationship:他者と良好な人間関係を築くこと

・Meaning:人生の意義を自覚すること

・Accomplishment:活動を通して達成感を味わうこと

が促進され、従業員のより良い仕事環境に繋がっていることも分かってきています。皆さんの組織ではいかがでしょうか。

さて、昨今のアジャイルの動向として見られることは、アジャイルを単なるソフトウェア開発チームやITに対するプロセスやデリバリの改善のための手法としてではなく、デジタルトランスフォーメーションの一環として組織全体へのアジャイルプラクティスとして導入していることです。アジャイルプラクティスを組織全体に適用することで、マーケットへの投入期間を早め、迅速に行動して不確実性に対処し、収益要因やコスト要因を改善し、リスクを軽減することでビジネスアジリティを向上させようとしているのです。

アジャイルの要素人々

では、企業がアジャイルプラクティスの推進を成功させる為に必要なことは何でしょうか?それは、アジャイルにおける3つの重要な要素である人々、プロセス、ツールに着目し、これらを変革し継続的に改善することにあります。まず人々に関してですが、組織を跨ったコミュニケーションとコラボレーションを増加させる必要があります。その為には、通常の人事上の階層型組織とは別にバーチャルでクロスファンクショナルな仮想チームによるネットワーク型組織を組織内に構成する必要があります。これは、ジョン・P・コッター教授が提唱している組織変革に必要とされている「デュアル・システム」(図1)に相当します。「デュアル・システム」の解説と、AWSが「デュアルオ・システム」の仕組みをどのように実現しているのかについては次回以降にお伝えしたいと思います。「デュアル・システム」の仕組みが実現すると、人々のコミュニケーションとコラボレーションが活性化され、ビジネスゴールの達成に向けた優先課題に取り組み易くなり、ビジネスの要求に応えやすくなります。大きな組織がベンチャーのスピードで動くには、この仕組みを導入して機能させることが重要です。AWS では「デュアル・システム」の仕組みが機能しており、大企業となった今でも”IT’S STILL DAY ONE“の精神が社員ひとりひとりに浸透していて、創業当時のスピードで動いています。

dual-operating-system

   図1 出典:Accelerate! – Harvard Business Review

アジャイルの要素ツール

次にツールに着目してみましょう。アジャイルプラクティスを採用する上で、カンバンツールによるフローの管理が重要です。実際にアジャイルプラクティスを推進している企業ではどのようなツールが使われているのでしょうか。フローの管理を容易に実現できるツールは色々ありますが、“16th Annual State of Agile Report”によれば、アジャイルプラクティスを推進している企業組織において最も利用されているのはAtlassian/Jira(図2)となっています。また、アジャイルプラクティスにおいて、アジャイルチームは付箋とホワイトボードを良く使いますが、リモートワークが浸透したことで付箋機能付きのホワイトボードツールの利用も増えているようです。その結果として、レポートでは2番目に使われているツールが、Mural/Miro(図2)となっています。一方、Excelが3位になっているのは興味深いです。私の経験では、アジャイルプラクティスを始めたばかりの経験の浅い組織では、使い慣れているExcelを活用しているケースが多いように感じます。折角Jiraのようなツールを導入しても、すぐに使いこなすことが出来ず、Excelに情報を入力し、その後ツールに入力しているのです。これではアジリティが上がるどころか二度手間によって効率が下がってしまいます。ツールを導入したらトレーニング等により使い方を習得し、チームのIT成熟度を高めた上で、ツールの機能を使いこなしましょう。勿論、ひとつのツールで全てが完結する訳ではありません。統計解析や表計算などExcelの機能を活用するシーンはアジャイルプラクティスにおいて、今後も無くなることはないでしょう。Jira

図2 出典:digital.ai 16th Annual State of Agile Report

アジャイルの要素プロセス

次にプロセスに着目します。“16th Annual State of Agile Report”によれば、アジャイルプラクティスのプロセスとして、現場のアジャイルチームに最も採用されているアジャイル手法はScrum(図3)となっています。また、組織に最も採用されているアジャイルフレームワークはScaled Agile Framework (SAFe)(図4)となっています。SAFe®は、元々は大規模アジャイル開発のフレームワークでしたが、2023年4月にAIやクラウドの概念が取り入れられた新しいバージョンとしてSAFe® 6.0がリリースされ、単なる大規模アジャイル開発のフレームワークではなくビジネスアジリティ向上のためのフレームワークへと進化しています。

Scrum図3 出典:digital.ai 16th Annual State of Agile Report

Scaled-Agile-Framework図4 出典:digital.ai 16th Annual State of Agile Report

アジャイルツールとしてJira、現場のアジャイル手法としてScrum、組織のアジャイルフレームワークとしてSAFe®が、それぞれ首位である傾向は過去7年以上変わっていません。ただ、ここでお伝えしたいことは、世の中には様々なツールやフレームワークがあり、それぞれに特徴があるので、それらの特徴を踏まえた上で自分たちの組織に適しているものを選択することが必要だということです。また、必ずしも特定のツールやフレームワークに限定する必要もなく、それらを参考にして自社独自のフレームワークとしても良いでしょう。Amazonでは、特定のフレームワークに依存せず、Two Pizza Teamstwo-way doorsという概念に基づいたアジャイルチームが活動しています。この概念に基づいたモダナイゼーションをお客様に実際に体験頂くプログラムとして、Experience-Based Acceleration (EBA)というものも用意しています。ただ、どのツール、どのフレームワークを採用するにせよ、それらは手段に過ぎないということを忘れないでください。それらを使いこなして、ビジネスアジリティを向上させることこそが重要です。その為には、適切なメトリックを設定して、定期的に計測を続けることも大切です。ツールやフレームワークは、そういったメトリックの記録やグラフ化、計画、定期的な振り返りを効率的に実施するために有効な手段となります。

まとめ

最後に、アジャイルプラクティスがどのような業界に浸透しているのか見てみましょう。“16th Annual State of Agile Report”によれば、もっとも多いのはテクノロジー業界(図5)となっています。アジャイルプラクティスがソフトウェア開発の手法として発展してきたことからすれば、これは容易に理解出来ると思います。一方、2番目に多いのがファイナンシャルサービスというのは意外であり興味深いのではないでしょうか。また、アジャイルのルーツが80年代の日本の製造業であることは周知のとおりですが、現代の製造業におけるアジャイルプラクティスの採用が5%というのは個人的には実に残念でなりません。日本の産業がクラウドジャーニーとアジャイルジャーニーを同時進行してビジネスアジリティを最大化することが出来れば、日本は深い眠りから覚め、かつての輝きを取り戻すに違いありません。

Technology図5 出典:digital.ai 16th Annual State of Agile Report

今回は第1回ということで、昨今のアジャイルの動向について16th Annual Agile Reportを元に考察してみましたが、いかがでしたでしょうか。第2回では「デュアル・システム」の紹介と、AWSが「デュアル・システム」の仕組みをどのように実現しているのかについて解説します。

(注) 英文資料の日本語表記は筆者による参考訳です。

〜 第2回 デュアル・システム 〜

profile-photo_80x80河野洋一郎

カスタマーソリューションズマネージャーとして2020年にAWSに入社して以来、「クラウドジャーニーとアジャイルジャーニーを同時進行してビジネスアジリティを最大化せよ!」をモットーとして、クラウド時代におけるお客様のビジネス価値実現のお手伝いをしています。AWS以前は、CA TechnologiesにてDirector of ITとしてIT組織のアジャイル化を推進していました。