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生成系AIが拓くイノベーション − Part.1 :大規模言語モデル(LLM)を活用した製薬企業の業務改善

イントロダクション

ヘルスケア領域は、生成系AIの活用が最も期待される領域の一つです。今年5月に報告されたボストンコンサルティンググループ(BCG, 2023)の調査では、ヘルスケア領域における生成系AI市場は2027年までに年平均成長率(CAGR)85%で拡大する見通しと報告されています。

この領域の中でも特に、製薬企業の生成系AIに対する関心度は非常に高く、PwCコンサルティングが日本で実施した「生成系AIに関する実態調査2023」では、製薬企業の医療情報担当者(MR)を含む医療系専門職の58%が将来的に生成系AIに業務代替される可能性があると回答しており、今後のビジネスモデルや働き方改革に大きな影響をもたらすことを示唆しています。

生成系 AI のビジネス価値

生成系AIは、そのベースに基盤モデルというAIモデルを活用しています。基盤モデルは、テキスト、メディア(ビデオ、画像、音声)、プログラミングコードなど膨大、かつ、多様なラベルなしの非構造データをもとに訓練された大規模AIモデルです。

生成系AIの特徴は、この基盤モデルを利用し、様々なAIアプリケーションを開発することができることです。生成系AIの一つであるChatGPTは、膨大なテキストデータを学習したLLMであり基盤モデルの応用の一つです。このようなLLMを利用した生成系AIは、分類、編集、要約、質問への回答、新しいコンテンツの下書きなどの作業を行うことができるため、特にビジネス利用での期待が高いと考えられています。この寄稿では3回に分けて、製薬企業でLLMの効果が大きく期待できる業務部門を四つに分け、情報の検索・抽出、チャットボット、SOP(Standard Operating Procedure)ほか各種文書などドラフト作成、社内ガイダンスとの検証といった様々なユースケースについて整理し、AWSが提供する生成系AIサービスと共に解説していきます。

ユースケース#1:臨床開発

膨大な申請資料の作成、検証、データクリーニングを効率化し、文書管理プロセスをモダナイズする

研究開発にかかる長大な期間のうち半分近くは、実際に医薬品を人に投与し、その安全性や効果を検証していく臨床試験のプロセスに割かれています。臨床開発業務は、医薬品医療機器等法に基づき厳密な規制やガイドラインに準じて行われ、常に詳細な情報と正確性が求められています。そのため、試験実施期間中に臨床データについて医師から提供される症例報告書(CRF)は、データの信頼性を担保するため、記載されたデータに誤りや不整合がないかを確かめるデータクリーニングという作業が実施されています。

通常、この作業には1カ月程度の時間が必要とすることが多いのですが、データクリーニング作業にAI・機械学習(ML)を活用することで、作業期間が22時間に短縮されたという事例が報告されています(Pfizer, 2020)臨床試験が終了すると今度は試験の目的、方法、成績等をまとめた治験総括報告書(CSR)など当局申請に用いる大量の文書作成が必要となります。メディカルライティングという業務で文書作成には大変な費用と労力がかかります。

そこで、この作業に生成系AIを活用し、ドラフト初期の段階で文書作成を一定程度、自動生成に任せることで、大幅な作業時間短縮を図る検証が実施されています。海外では既に複数の企業からCSRの作成を生成系AIで支援するサービスが提供されており、メディカルライターの業務時間を60%以上短縮できるという内容も報告されています(Narrative

臨床開発業務のもう一つの特徴は、各種関連法規制において、業務手順などの過程を示した文書の整備が義務付けられていることです。臨床開発部門では、ポリシー、マニュアル、SOP、テンプレートといった文書があるべき文書階層構造(ヒエラルキー)に基づき作成され、管理されています。しかし、近年の製薬業界ではグローバルの規制内容統一に向けた法規改正、パイプライン確保のためのM&A(合併・買収)、自社製造拠点の統廃合や売却、製造工程が複雑なバイオ医薬品の増加など様々な要因から、SOPの新規作成、更新の作業が増えています。さらに、文書作成の前段階となるヒエラルキー内で影響を受ける文書の分析、評価についても多くの負担が発生していることが想像できます。しかし、このような文書業務の多くは、担当者自身のライティング、幾重もの部門内レビュー、チェックを経て完了されています。

これらのアナログな文書作成プロセスに対して生成系AIを利用することで、新規に作成した文書のロジックエラーを自動的に判別し、不整合箇所を解説ガイダンスと共に提示するソリューションを開発することも可能になります。生成系AIを利用した文書アプリケーションを開発することで、社内ガイダンス、文書ヒエラルキーに適合した文書を素早く作成し、大きく業務プロセスを改善できる可能性があります。

ユースケース#2:ファーマコビジランス

AIアプリケーションがSNS上の有害事象を検知する

製薬企業は、自社薬剤の投与結果(特に安全性)に関する情報を日々収集、分析、評価し、当局に速やかに報告することが義務付けられています。加えて、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、患者や医療関係者を含む一般消費者のSNSが利用拡大したことで、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は安全対策を充実するため情報の入手経路の多様化の推進を検討しており、製薬企業もSNS、インターネット情報を医薬品の品質不良、有害事象のモニタリング対象として積極的に考えるようになっています。(PMDA, 2022)このような状況で、製薬企業の報告件数、1件当たりの作業負荷は急激に増加しており、業務を担当するファーマコビジランス部門は、さらなる業務の効率化、コスト管理が求められています。

この課題に対して、AWSを活用する顧客の1社であるノバルティスファーマでは、自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)を使用したプログラムを開発することで有害事象(AE)の検出能力を上げることに取り組んでいます。AI・MLを利用した検知プログラムによってSNS内の潜在的なAEの記載をモニタリングし、AEと疑わしい文章が自動的に検知された場合には、さらに感情分析を用いて内容を評価しています。該当したメッセージ部分にはフラグを付けて分析の結果を表示し、社内での効率的なレビューを可能にしています。

この検知プログラムを用いることで、現在では約1万5000件/週のメッセージを処理することができており、これまで人の手によって確認していたそれよりもはるかに多くのデータを収集し、製薬企業が果たすべきAEモニタリング全体の質を高めています。(AWS, 2021

次号、Part.2では「マーケティング、メディカルアフェアーズ部門」のユースケースについて考察します。

Toshiki Kameda

亀田 俊樹 (Toshiki Kameda) ヘルスケア・ライフサイエンス事業開発部 シニア事業開発マネージャー。 製薬業界で20年以上の経験を持ち、特にメディカルアフェアーズ、コマーシャルと製薬デジタル戦略(DTx含む)を得意としている。慶應義塾大学で医療政策・管理学の博士号を取得し、ポスドク研究員として医療データ分析、アウトカムリサーチを学びました。趣味はドライブとBBQ。