Amazon Web Services ブログ

生成系AIが拓くイノベーション − Part.2 :大規模言語モデル(LLM)を活用した製薬企業の業務改善

本記事は、製薬企業における大規模言語モデル ( LLM ) の効果が大きく期待できる様々なユースケースについて業務部門毎に整理し、AWS が提供する生成系 AI サービスと共に解説する 3 部構成のシリーズの 2 つ目のブログ記事です。パート1 では、臨床開発でのデータクリーニング作業、メディカルライティングを始めとした文書業務の効率化について、ファーマコビジランス部門での AI アプリケーションを利用した SNS 上の有害事象を検知について説明しました。パート 2 では、メディカルアフェアーズ部門での社内レビュー業務の効率改善、マーケティング部門における医療関係者向け、患者さん向けの生成系 AI チャットボットの有用性ついて説明します。

ユースケース#3:メディカルアフェアーズ

社内のメディカルエキスパートをアナログなレビュープロセス、文書管理から解放する

製薬企業が医療関係者向けに行うプロモーション活動には、適正使用などの観点から薬機法、医療用医薬品プロモーションコードなど様々なルールが設けられており、確実な順守が求められています。このルールは年々厳格化しており、製薬企業が医療関係者向けに開催する講演会等で使用される発表スライドは、事前に社内レビューが実施されています。これらのレビュー業務は、メディカルアフェアーズ部門のメディカルエキスパート(医師、または医学系学位保持者)を中心に医科学的な妥当性、正確性、コンプライアンスなど複数の観点から行われています。特にコロナ禍に伴う企業主催のオンラインセミナーの増加を背景に、レビュー業務の負担が急激に増加しています。

この課題に対し、AI と機械学習を用いることで効率的なレビューを実施できる可能性があります。具体的には、スライドに記載された情報を AI が解析し、適正使用の観点から予め設定した注視すべきポイントが含まれるスライドにアラームを発し、レビューワーの確実な検証と適切な資料作成を支援するサービスが国内で展開されています。レビュー業務の生産性を大幅に改善し、社内のメディカルエキスパートがより医科学的、戦略的な活動にフォーカスできるようになります。

製薬企業が医療関係者に提供する情報の特徴の一つは、透明性が高く、説明可能な情報、参照元が明確であることです。医師や薬剤師に提供される情報は、常に医科学的に検証された“出処が明らかな内容”で回答する必要があります。一方で、外部からの問い合わせは、製品情報から疾患情報、最新論文まで非常に多岐に渡ります。そのため、担当部門では、社内外の何千もの医療情報ソースを分析し、大量の Q&A を準備する必要があります。この準備プロセスには、膨大な裏付け調査、評価、データ統合が必要になり、正確な回答を効率的に導き出す環境の構築には非常に多くの労力を要しています。この課題に対する一つの解決策として、生成系 AI を活用したチャットボットの可能性を紹介したいと思います。

医療関係者向けのチャットボットは、24 時間 365 日の問い合わせ対応を可能にし、医療従事者や患者さんなど利用者の利便性向上を図る目的として、様々な製薬企業から提供されています。厚生労働省の調べによると、平均1社当たりの問い合わせ件数は、1カ月に約 2026 件で、その 97 %以上が医療関係者からの問い合わせです。問い合わせの多い製薬企業では 1 カ月に 6000 件以上と報告されており、チャットボットは、お客様からの大量の問い合わせに対応するためには欠かせないツールと言っても過言ではないでしょう(厚生労働省, 2022 )(第一三共, 2022 )問い合わせに対しては、社内で承認、確認された内容から正確な情報をお伝えすることが重要となります。

その観点において、AWS の生成系 AI を活用したチャットボットでは、企業規模で正確な回答を合成することができます。予め準備した信頼できるデータレポジトリ(社内の参照元)に接続し、自然言語クエリを実行して、これらの信頼できるデータソースの内容に応じた回答を数秒で生成することができます。加えて、回答生成に使用されたデータ参照元をリファレンスとして表示することで、情報の正確性を検証することも可能になります。なお詳細は、後述の「責任ある AI のためのアプローチ」で記載しています。

ユースケース#4:マーケティング

生成系 AI チャットボットは、患者さんと製薬企業をつなぐエンゲージメントチャネルになるのか?

昨今、製薬企業では患者サポートプログラム( PSP : Patient Support Program )への取り組みが盛んになっています。その理由の一つとして、癌や難病といったスペシャリティ医薬品の増大に伴い、抗癌剤など外来治療(通院注射)が一般化されたことで、患者支援、副作用マネジメントの重要性が高まっているからと考えられます。加えて、新型コロナウイルス感染症による受診控えや治療中断を防ぐ手段として、PSP を通じて直接、患者にコミュニケーションを取ることで、患者の QOL やアドヒアランス改善、治療アウトカムの向上につなげたいという企業の意識変化、患者中心の企業活動が強化されている影響と考えられます。

PSP では、自社の医薬品を使用する患者さんに対し、疾患や治療に関する情報提供、注射手技の解説などの資材提供だけにとどまらず、疾患に特化した治療管理アプリ、服薬管理用のデバイスやオンライン診療など様々なデジタルサービスを組み合わせた患者支援プラットフォームとして提供されることも少なくありません。患者向けチャットボットは、これらの患者支援プラットフォーム上で、患者さんが日常生活に抱える疑問や不安を気軽に相談できるツールとして提供されるケースが増えています。

一方で、従来の AI チャットボットのコミュニケーションはまだ機械的な感じがする、あるいは質問の意図とは違った回答が表示されて回答が的を射ていないと思われる人もいるかもしれません。このような疑問に対して、カリフォルニア大学サンディエゴ校( UCSD )が、2023 年に患者向け生成系 AI チャットボットを利用した医師と患者のエンゲージメントについて、非常に興味深い研究結果を報告しています( John W. Ayers, 2023

この研究では、医療系 SNS に患者から寄せられた質問 195 件をランダムに抽出し、医師の回答と生成系 AIの回答を「回答された情報の質」「文章から受ける思いやり」の二つの観点から評価し、比較検討しています。評価は 5 段階で( 1 が最も悪く、5 が最も良い)医療専門家が行っています。

その結果、「情報の質」については、良い/非常に良い以上(≧ 4 )の割合が、チャットボット:78.5 %、医師:22.1 %で、チャットボットの割合が 3.6 倍有意に高いことが分かりました。

また、「思いやり」についても、ある/とてもある以上(≧ 4 )の割合が、チャットボット:45.1 %、医師:4.6 %で、チャットボットの割合が 9.8 倍高かったと報告されました。

この非常に興味深い結果は、生成系 AI がチャットボットを、知りたい情報を得るという単なる検索ツールから、製薬企業と患者のより良いエンゲージメントチャネルへ進化させる日も近いという可能性と示唆を与えてくれています。

次号、Part.3 では「責任ある AI 開発のためのアプローチ」について考察し、AWS が提供する生成系AIサービスについてご紹介します。

Toshiki Kameda

亀田 俊樹 (Toshiki Kameda) ヘルスケア・ライフサイエンス事業開発部 シニア事業開発マネージャー。 製薬業界で 20 年以上の経験を持ち、特にメディカルアフェアーズ、コマーシャルと製薬デジタル戦略( DTx 含む)を得意としている。慶應義塾大学で医療政策・管理学の博士号を取得し、ポスドク研究員として医療データ分析、アウトカムリサーチを学びました。趣味はドライブと BBQ。