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カヤバ株式会社における Amazon Quantum Ledger Database を活用した品質データ管理システムのモダナイゼーション

本稿では カヤバ株式会社 (以下、カヤバ)のデジタル変革推進本部が中心となり、オンプレミスに存在したシステム群を内製化によってクラウドネイティブなアーキテクチャへと移行した、モダナイゼーションの取り組みについてご紹介します。

また本活動と並行して教育の体系化・内製化を推し進めた取り組みについてはこちらでご紹介しています。

移行の背景と課題

カヤバは、四輪車や二輪車のショックアブソーバー、建設機械用油圧シリンダー、コンクリートミキサー車などの技術や製品を提供しています。これまでに予知保全システムでのクラウド利用をきっかけとして 2017 年より AWS 上でクラウドネイティブな IoT プラットフォームを構築し、社員が場所や時間の制約を受けることなく柔軟にデータを活用できる、コスト効率に優れた基盤を提供してきました。

カヤバでは社内のデジタルトランスフォーメーションを加速することを目的として 2019 年に DX推進部(現在のデジタル変革推進本部)を設立し、その活動の一環として古くから長期稼働しているシステムの次世代化を推進してきました。この活動の一環として、2021 年下期に品質データ管理システムが内製化の対象に選ばれ、検討が始まりました。品質データ管理システムは、製品のトレーサビリティを実現するものであり、工場設備や試験機から収集された製品の加工条件や試験計測値などの品質情報を保存しています。旧来のシステムはオンプレミスで運用されており、主に3つの課題に直面していました。

課題1. メンテナンスコスト

20年以上稼働する当該システムは必ずしも正しく文書化されておらず、機能の修正や追加をする際にソースコードを直接確認しなければならないケースが頻発していました。また、Oracle Database をはじめとする商用ソフトウェアのサポートサービス費用がメンテナンスコスト最適化の足枷せとなっていました。

課題2. 可用性とセキュリティ

旧来のシステムは冗長化されていないサーバーコンポーネントが存在したことでシステムダウンを招くことがあり、また DR (Disaster Recovery: 災害復旧 ) 対策の不完全さによって広域災害時に業務が停止するリスクを抱えていました。また 2018 年には従業員によるコンプライアンス上の問題が露見し、改ざんをはじめとするデータベースの不正操作を検知する仕組みの導入も急務となっていました。

課題3. パフォーマンス

品質データ管理システムで使用しているデータベースは 20 年前の設計時と比較して取り扱うデータ量が拡大しており、最低限の正規化しか行われていない大福帳型のスキーマ構造では周辺システムとのデータ連携を行う際に十分なパフォーマンスを提供することができませんでした。

以下のアーキテクチャ図は、旧来のオンプレミスシステムの主要なコンポーネントを表したものです。

Onpremise_Architecture

図: オンプレミスシステムのアーキテクチャ

前述の課題を解決するため、次のようなソリューションを検討し、適用しました。

1. サーバーレスサービスの活用

メンテナンスコストの課題への対策として、AWS の各種サーバーレスサービスの活用を推進しました。従来、ファイルサーバー上から別のサーバーへファイルを転送して処理していたアーキテクチャを、Amazon S3 や AWS Lambda を活用するアーキテクチャに変更することで、個々のサーバーに対するパッチ適用など運用工数を削減することができました。またサービスが提供するAWSリージョン内での冗長性やリージョン間のデータ連携機能等を活用することで広域災害への対応を強化することができました。リアーキテクチャにあたっては改修工数が発生しましたが、改修に要した期間はオンプレミスを前提とした予測よりも短期で完了することができました。

2. Amazon Quantum Ledger Database (Amazon QLDB) の導入

データの改ざん防止に適したフルマネージド型の台帳データベースである Amazon QLDB を導入しました。Amazon QLDB に品質データを保存することによって、完全かつ検証可能な変更履歴を長期に渡って保持し、管理者を含むあらゆる権限でのデータの変更を確実に追跡することが可能となりました。Amazon QLDB  に品質データのマスタを格納することに加え、社内ユーザーのニーズに応えるために複数の AWS サービスとの組み合わせでソリューションを提供しました。例えば、オンプレミス環境での SQL 検索の需要に応えるために、Amazon QLDB から Amazon Aurora PostgreSQL へデータを同期し、SQL 検索が可能になるようにしました。さらに、可視化の要望に応えて Tableau でダッシュボードを構築しました。SQL 検索機能に関しては、Amazon QLDB とのデータ連携に Amazon Kinesis Data Streams を使用し、データの順序保証には AWS Step Functions と AWS Lambda を利用した実装を行いました。

3. Amazon Aurora PostgreSQL の導入

周辺システムとの連携でパフォーマンスの課題が発生していたデータベースを、Amazon Aurora PostgreSQL に移行されました。また Amazon Aurora Global Database によってデータベースをリージョン間にレプリケーションすることで、今後の予定されている世界中の拠点からの利用拡大に際しても、アプリケーションからネットワーク上の距離が近い場所からデータを提供することが可能になりました。移行に際してはスキーマの正規化やコード体系の見直しも合わせて実施したことで、複数のシステム間でのデータ連携もスムーズに行うことができるようになりました。

これらの対策を取り入れ、新たに構築したシステムのアーキテクチャは以下の通りです。

cloud architecture

図: クラウド上に新たに構築したアーキテクチャ

導入効果と今後の展望

前述の三つの課題(メンテナンスコストの増加、可用性とセキュリティ、パフォーマンス)を解決し、コストの最適化、システムの信頼性の向上、パフォーマンスの向上を実現しました。2023 年 9 月からは一部の工場での本格稼働を開始し、国内外での展開を計画中です。導入効果として、コスト面では従来のオンプレミス環境と比較して 5 年間で約 80% の削減が見込まれており、この削減には Oracle Database から Amazon Aurora PostgreSQL への変更、そしてアーキテクチャのサーバーレス化が寄与しています。

次の図はオンプレミスからクラウドへの移行パターンを示しています。今回の移行では、紫色の線で表されたリファクタの戦略を採用しました。単なるリホスト(Lift and Shift、オレンジ色の線)と比べると、リファクタには多くの工程を要することに気づかれるかもしれません。特に再設計が必要な箇所は高度な知識を要し、既存の設計と実装に加えて AWS の仕様に精通していることも求められました。このプロジェクトを実質約 1 年で内製化し成功させた実績は、品質データ管理システムに留まらず、他のシステムへも応用可能であると信じており、将来的にはサーバーコストを大きく削減できると考えています。

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図: AWS への移行戦略

本稿はソリューションアーキテクト 内田、石井が担当し、カヤバ株式会社 デジタル変革推進本部 古川 輝との共同執筆です。Amazon QLDB をはじめとするAWSのマネージドサービスを活用したモダナイゼーションに取り組む方の参考となれば幸いです。

カスタマープロフィール: カヤバ株式会社 (KYB Corporation)

1919 年創業、設立1948 年。従業員数: 13,920名(2023年度・連結)四輪車や二輪車のショックアブソーバー、建設機械用油圧シリンダー、コンクリートミキサー車などの技術や製品を提供しています。