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製造現場でデータドリブンとクラフトマンシップは交わるのか?

こんにちは。元メーカー生産技術出身でAWSへ転身した、変わり種ソリューションアーキテクトの岩根と黒田です。

ものづくり白書2023では、日本の製造業について「我が国の生産現場は、高度なオペレーション・熟練技能者の存在によって、現場の最適化・高い生産性に強みを持つ」と分析しており、熟練技能者がクラフトマンシップを発揮して高い現場力を維持していることが強みという認識が示されています。一方で、「海外の先進企業は、データ連携や生産技術のデジタル化・ 標準化に強みを持ち、企業の枠を越えた最適化を実現」という表現で日本と海外先進企業の違いを分析しています。日本の製造業が今後さらに競争力を高めていくためには、高い現場力による部分最適と、データ連携によるデータドリブンなオペレーションと全体最適とを両立させることが鍵となりそうです。本ブログでは、部分最適と全体最適という一見すると相反したものを目指すデータドリブンとクラフトマンシップが交わるのか?について考察していきます。

なぜデータドリブンが必要なのか?

なぜ、今データドリブンな意思決定が必要なのでしょうか。工場オペレーションの効率化や加工精度の追求には引き続きクラフトマンシップが欠かせないでしょう。一方、若年者の減少、非正規雇用の増加、雇用流動性の高まりを考えると、これまでと同じやり方での技能伝承も課題になってくるでしょう。さらには、サプライチェーンはグローバル規模に拡大し、炭素排出量のような新たに把握が求められる情報についても増加の一途をたどっています。広範囲かつ多岐にわたる情報のトレーサビリティを求められ、個人の勘・コツで管理できる範疇を超えてきていると感じる方も多いのではないでしょうか。このような理由により、意思決定は複雑化し「現場の高度なオペレーション・熟練技能者の存在 による現場の部分最適・高い生産性」だけで競争力を保つのは困難になりつつあります。加えて、スマートプロダクトやSoftware-Defined-Vehicle(SDV)のような、「売ってから進化するプロダクト」の登場により、競争力を保つために求められる改善スピードが格段に速くなっていることも拍車をかけていると言えそうです。こうした課題に立ち向かうための武器が “データ” であると考えます。客観的なデータをもとに意思決定することで、より迅速に、説明性・再現性をもたせることが可能になります。

データドリブンを実装するためのアプローチ

ここで二つの寓話をご紹介します。「製造業と関係ない!」と感じられるかもしれませんが、まずはお読みください。

寓話1: 老舗鰻店の決断

創業100年を超える老舗鰻店のA鰻店では、コロナ禍で悪化した経営状況から、地方で飲食チェーンを展開するB社の傘下に入り営業を続けていた。A店では創業以来継ぎ足し続けた秘伝のタレが味の秘訣であり、4代続く板前に代々引き継がれてきた。ある日B社の幹部がA店を訪れ、「A鰻店の2号店を出したい。ゆくゆくはチェーン展開も考えている。自慢のタレの成分分析をして、工場で生産できるようにしたい。協力してくれないか」と持ちかけた。

寓話2: ファイターの意思決定

とある人気アニメで主人公のライバルとなる戦闘民族は、相対する相手と戦う際に、相手の強さが数値でわかるスマートグラス機器を装着している。そこで相手の強さが定量的にわかる上に、自身の強さも把握しておくことで、有利に戦闘を進めることができるようになっている。

何が言いたいのか?

2つの寓話で私は何を言いたかったのでしょうか。鰻店の話では、オーナー企業の投げかけに対してA店側がどんな反応だったか描いていませんが、ネガティブな反応が出ることは想像に難くありません。職人が辞めるかもしれません。ではB社のアプローチは間違っているのでしょうか?データをもとに味を再現可能にする、目指すこととしてなんら間違ってはいませんね。では何が間違っていたのか。私は急激に変えようとし過ぎているところに問題があると思います。熟練技能者の意向を無視して、彼らの「技」をデータソースとしてしか捉えておらず、リスペクトがありません。いずれは熟練技能者が不在でも成立する世界観を確立するにしても、現状は匠が存在している以上、彼らの意思決定を支援する方向にこそデータドリブンアプローチは向いていると言えないでしょうか。それを表現したのが寓話2です。ここに出てくる戦闘民族は、自身の強さと言う絶対的な技能を持ちつつ、データをも手中にすることで、さらにその強さに磨きをかけることに成功していそうです。要は、

  • 初めはデータを活用する主体を熟練技能者にする
    • 受益者=提供者から始める
  • そこで得られた知見を再活用できるパイプラインを整える
    • 情報を集約する

ことが重要になってくるのではないでしょうか。

データドリブンの実装アプローチ図1: 情報の集約順序と受益する順序

具体例 : 設備保全技術者の悩み

寓話が続いたので、工場の生産設備の保全技術者を主役に据えて具体例でお話します。保全業務のミッションは、設備の稼働率と製品の品質を維持・向上することです。生産設備は通常、構造物やアクチュエータなどのメカ部品と、それを制御するためのプログラマブルロジックコントローラー(PLC)、PLC上で設備の動作を制御するラダープログラムなどで構成されます。優れた保全技術者は、自身が担当する設備のメカ・制御に精通し、必要に応じてその両方を改修する必要があります。いわゆる多能工ですね。前職で彼らの動きを実際に追いかけた経験があるのですが、何か設備に異常があって止まったときの集中力やスピード感、仮説検証の速さなどは目を見張るものがあります。まさに熟練技能者と言えるでしょう。その熟練技能者である保全技術者が、最も手を焼くトラブルはなんでしょうか?いくつかありますが、ここでは2つほど挙げてみましょう。1つ目は「ダンマリ停止」という現象です。一見すると、明らかなメカの破損があったり、PLCがエラーを発報しているわけではなく、ただ「止まっている」状態です。しかも、リセットして再起動すると正常に動いたりもする。それが散発的に起きるので、原因を追いにくいと言うわけです。2つ目は、長納期部品の破損トラブルです。設備を稼働させるために重要かつ長納期のメカ部品が壊れると、復旧に時間がかかり生産の影響が大きくなります。これらを工場長目線で見る場合には、どのラインがどれだけ稼働しているか、という情報が必要ですが、保全技術者は1つ1つの設備に対してアクションが必要なため、いつ・何が・どんな理由で止まったか、といったより具体的な情報が必要です。

保全技術者

図2: 設備の保全技術者は熟練技能者

解決策は?

それでは保全技術者の悩みをどのように解決すれば良いのでしょうか?
まずはダンマリ停止のような事象を正しく捉えることが先決です。特に複合設備で構成されるラインにおいては、停止の原因も様々です。例えば前工程からのワーク(製造品)が届かない「ワーク待ち」の状態や、後工程のサイクルタイムが何らかの原因で長くなり、ワークの渋滞で払い出せないなども考えられます。また、純粋にPLCのエラー検出ロジックに抜け漏れがあり、想定していない状態により停止することもあります。それらの状態を複合的に把握して「何が起きていたのか」を正しく捉えることが重要です。そのためには、各設備のPLCの情報を集約して一元化し可視化する、ときにはカメラなども有効活用して停止時の状態を捉える、などの仕掛けが必要となります。AWS IoT SiteWise を用いると、PLC やセンサーなどの時系列情報の集約化・可視化が容易に行えます。動画の分析が必要な場合には、Kinesis Video Streams を用いることで、クラウド上でデータの分析を行うことができます。重要部品の予知保全などに向けては、Amazon Monitron を用いた回転機械の予知保全や、収集データを Amazon SageMaker で学習し独自の推論モデルをデプロイするなどの方策が考えられます。これらはもちろん、熟練技能者に還元できるデータ基盤ですし、さらにそのデータを集約することで、より上位のレイヤーでの意思決定にも使えるデータ群であるはずです。

つながる工場のリファレンスアーキテクチャ

図3: つながる工場のリファレンスアーキテクチャ

裾野から上位レイヤーへ

こうして、熟練技能者に還元できるデータ活用の基盤を整えることは、そのまま工場長レベル、経営レベルのデータドリブンな意思決定を行うための礎になります。集めたデータを集約し、Amazon QuickSight などで各レイヤーに必要な切り口で可視化することで、あらゆるレイヤーの意思決定に役立ちます。2023年の AWS Summit Tokyo で展示した製造ダッシュボードは、キャッシュフローの観点から工場の健康状態を可視化する事例として開発しました。これらのデータソースには、当然ながら先述の製造現場の情報も含まれています。詳細は別ブログに譲りますが、現場のデータと基幹システムのデータを掛け合わせて、図5のような可視化を行うことができる、という事例として好評を得ました。

製造ダッシュボードのアーキテクチャ

図4: 製造ダッシュボードの簡易アーキテクチャ図

QuickSightによる可視化の例

図5: 現場レベルのデータと基幹システムデータを合わせた意思決定のための可視化の例

まとめ

今回は保全技術者を例に挙げて説明しましたが、他にも組立作業者や設備のオペレータ、検査員など、現場レベルでデータドリブンの恩恵を受けられる人たちは大勢いると思います。その人たちに、「上位の意思決定のためにデータを集めろ!」とトップダウンで落とすのではなく、彼らに恩恵のある形でデータ基盤を整えていくと、熟練技能者のクラフトマンシップという、日本の宝を傷つけることなく、「データドリブンとクラフトマンシップが交わる」と言えるのではないでしょうか。また、それらデータを現場に還元しつつ集約するパイプラインを整えることで、より全体最適に向けたデータドリブンな経営に歩を進めることができるのではないでしょうか。それこそが、データドリブンで先を行く海外製造業との差別化要因になると思います。

著者紹介

著者

岩根 義忠 (Yoshitada Iwane)
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト

自動車メーカーの生産技術開発部門を経て AWS Japan に入社し、エンタープライズ事業本部でソリューションアーキテクトとして活動中。前職でソフトウェア開発のアジャイル/スクラムに出逢い、自部門での導入やスケールを主導したことにより、モダンな開発手法やクラウドに目覚める。
趣味はバイクの他にギター演奏、自分の部屋の飾り付けなど。二児の父だが二人とも実家を出ているため、現在は妻と気楽な二人暮らし。栃木県那須塩原市在住。

著者

黒田 雄大 (Yuta Kuroda)
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト

自動車部品サプライヤーの生産技術部門、情報システム部門、Smart Factory プロジェクトを経て AWS Japan に入社。エンタープライズ事業本部でソリューションアーキテクトとして東海圏の製造業のお客様を中心に技術支援しています。