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生成AIで製造業のスキルギャップを解消する
製造業のお客様は、しばしば人材の不足が組織の生産性に影響を与えていると話しています。このように感じているのは、あなただけではありません。製造業の事業者の興味関心事項を集めている業界団体の全米製造業協会 (U.S. National Association of Manufacturers) は、CEO に対して四半期ごとに主要な事業課題についてアンケートを実施しています。最新のアンケート(2023年第4四半期製造業の概況)では、71%を超える製造業の企業が「優秀な人材を惹きつけ、維持できない」という問題が、他のいかなる問題よりも事業に影響を与えていると回答しています。この問題は長年にわたって懸念事項のトップであり、「製造業のスキルギャップ」という独自のブランディングさえされています。簡単に言えば、30年の経験を持つ製造業の従業員が退職し、次世代が参入せず、現世代にはさまざまな考え方や期待があるため、製造現場では純粋に20%の従業員が減少している状況です。パンデミックによってこの状況はさらに悪化しています。
製造業の企業は、離職率が高い今の時代に生産性を維持するため、恒常的に新しい従業員をすばやく訓練する必要があります。また、革新の速度や必要なスキルセットの変化に対応するために、既存の従業員の能力向上や再訓練を行う必要があります。さらに、専門家の退職や離職によって既存の知識が失われるリスクを回避するため、できるだけ早期に既存の知識を収集し制度化しなければなりません( “the silver tsunami” と呼ばれることがあります)。多国籍企業にとっては、組織内の知識が一つの言語で入力されているが、別の言語で利用する必要があるなど、さらなる課題があります。
組織における隠れた知識を収集、統合し、これらを解放して簡単にアクセス可能にすることは、自然言語処理技術の最前線にある課題です。このブログでは、生成 AI の技術、特に非構造化・分散した情報を文脈化して洞察を抽出する能力が、どのように製造業の企業のスキルギャップ解消に向けた進歩に役立っているかを明らかにします。
生成AIとは
生成 AI とは、膨大な量の幅広い非構造化データセットで学習された、数十億のパラメーターを持つ機械学習 (ML) モデルの領域を指します。これらの生成 AI モデル、一般に基盤モデル (FM) または大規模言語モデル (LLM) と呼ばれるモデルは、情報の取得と要約、質問への回答、オリジナルコンテンツの生成など、幅広い文脈に適用できる複雑な要求を解釈する能力を持っています。FM には、テキストを生成する (Text-to-Text モデル)、画像を生成する (Text-to-Image)、マルチモーダル (Text-to-Image, Image-to-Text) などさまざまな種類のモデルがあります。例としては、Anthropic Claude、Meta Llama、Amazon Titan などの基盤モデルがあります。
基盤モデルは、一般的な知識タスクにおいて、そのままでも良好な性能を発揮しますが、ドメイン固有の知識は限られています。従業員のスキルギャップを埋めるために、多くの場合に企業の専有情報や機密と見なされるドメイン固有の能力こそが、製造業の顧客が必要としているものです。
データサイエンティストは、一から高度に特化したモデルを開発するよりも、むしろ既存の汎用 FM を出発点として活用し、ドメイン固有の情報にアクセスできるようにしてモデルの応答を微調整するソリューションを設計しています。よく知られた費用対効果の高いアーキテクチャパターンとして、Retrieval Augmented Generation(RAG) があります。RAG では、ドメイン固有の機密性の高い情報にスマートな検索を実行し、最も関連性の高い情報を探し出します。検索した結果は基盤モデルに渡され、その複雑な情報を解釈する能力を活用して、検索結果から意味を抽出し、ドメイン固有の知識に基づいて要約、質問回答、オリジナルコンテンツの生成を行います。この手法により、製造業のような事実を重要視する業界で最も重要なことですが、回答が正確になり、同時に機密情報を保護することができます。RAG を使えば、基盤モデル、知識ストア、スマート検索サービスを柔軟に選択することで、パフォーマンスとコストを最適化することもできます。
企業は、文書ナレッジベース、ERP(Enterprise Resource Planning)、MES(Manufacturing Execution Systems) などの企業が専有するデータソースと基盤モデルを組み合わせ、ドメイン固有で高度にパーソナライズされた技術情報を扱える学習チャットボットなどのソリューションを提供できます。
生成AIがスキルギャップの解消にどのように役立つか
RAG アーキテクチャが作業員を支援する情報をどう活用するかを理解するために、たとえばチャットボットが設備の修理技術者を支援し、問題の診断に費やす時間を短縮するケースを想像してみましょう。設備が停止すると、重要な製造ラインの稼働が妨げられる可能性があります。ラインを稼働させ続けることは、すべての製造事業者の主要な業績評価指標の要素(総合装置効率, OEE の一部である Uptime) であり、企業の収益に直接影響することがあります。診断時間の短縮は修理時間の短縮へとつながり、機器の可用性を高めます。
このチャットボットは、裏側で Retrieval Augmented Generation(RAG) を使って基盤モデルと診断マニュアル、サービスニュース、過去の原因分析、保守システムの情報などの追加情報源を組み合わせます。これらの情報は紙の書類の場合があります。紙の文書では、関連する情報をデジタルデータの形で抽出する処理が必要になります。また、スマート検索と生成 AI はコンテンツがデジタル化されていることを前提としており、特定のファイル形式を使えば、単語、概念、語意のセマンティクスや類似性を解釈する能力が高まります。そのため、デジタル化されているソースの文書でも変換が必要になる場合があります。
AWS Step Functions、Amazon Textract、AWS Lambda などの AWS のマネージドサービスを活用した自動コンテンツ処理パイプラインを構築することで、新しい情報が追加されるたびに抽出・変換が可能です。多国籍企業や多言語の従業員がいる企業では、パイプラインの中で Amazon Translate を使って、ソース言語から一つ以上のターゲット言語に翻訳する手順が加わります。 このコーパスは、基盤モデルがドメインに特化したデータソースを参照して正確な回答を行うためのものです。基盤モデルは文脈を把握しながら情報を要約して人間が理解しやすくし、既存の検索手法を超えた対話型の質問と回答を可能にします。
企業には何千件もの知識文書のコーパスがある場合があります。修理技術者がそれらをすべて読んでいるとは限らず、さらに重要なことに、重大な問題を診断する際に適切な情報を見つけるのは非常に難しいでしょう。Amazon Kendra や Amazon OpenSearch Service などの AWS サービスを使ってスマートな検索を実現すれば、技術者は数千件の知識文書を現在の問題に最も関連性の高いごく一部に絞り込むことができます。これにより数千件から数十件と技術者の認知負荷は軽くなりますが、それでも負担があります。その数十件の文書を Amazon Bedrock で実行されるマネージドな基盤モデルに渡せば、RAG プロセスを完成させ、数千件の知識文書全体を1つの段落や絞った手順に要約できます。
数千件から数十件へ、そして最終的には、修理を行う技術者が重大な生産の問題を診断し、解決するまでの時間短縮に役立つ1つの簡潔な回答へとたどり着きます。
上記のソリューションは、生成 AI 対応のアーキテクチャを製造業の課題解決に適用できる例の一つに過ぎません。このアーキテクチャには AWS のマネージドサービスが含まれています。技術的なアーキテクチャと全体的なソリューションを確認し、個別の要件を満たすために拡張、機能強化、最適化することをお勧めします。
ソリューションの概要
それでは、修理技術者の診断時間を短縮するために、診断マニュアルなどの静的で構造化されたデータと、センサーのテレメトリデータや異常検知アラートなどの動的なデータの両方にアクセスする方法を主眼としたアーキテクチャ例を見てみましょう。
既存の静的なコンテンツから知識を抽出
診断マニュアルなどの知識源はあまり変更されることがなく、修理用チャットボットで継続的に再利用するために処理して保存することは理にかなっています。これらの文書には、フォームやチャートなど、前処理が必要なコンテンツが含まれることがよくあります。Amazon Textract などのサービスを使用して、この情報を抽出することができます。複数の言語を扱う場合は、必要に応じて Amazon Translate を使用して、異なる言語間で翻訳することもできます。文書から抽出され翻訳された情報は処理されたのち、Amazon Kendra (他の選択肢も可能)などのセマンティック検索が可能なコンテンツ知識リポジトリに追加されます。RAG ベースのチャットボットは、この情報を使用して、基盤モデルに渡す関連情報を見つけ出します。
- 図面、診断マニュアル、SOP などの組織の知識源が、Amazon S3 に保存されています。
- AWS Lambda 関数がトリガーとなり、S3 の変更イベントに応じて AWS Step Functions のオーケストレーションが開始されます。
- Step Functions のワークフローは、Amazon Textract を使用してこれらのデータソースから情報を抽出し、文書の性質に応じてAmazon Translateを使用して翻訳するように構成されています。
- 処理された文書が最終的なコーパスとして Amazon S3 に保存されます。
- Amazon Kendra は、多言語の文書コーパスが保存されている Amazon S3 バケットを参照し、検索用にインデックス化します。
エンタープライズアプリケーションと設備監視システムからの知識の抽出
産業設備は、ライン上の機器に接続されたセンサーからテレメトリーデータを生成します。このデータを分析し、予測アルゴリズムを使用して異常を検出します。異常が検出されると、アラートが発報されたり、技術者による問題解決のためにワークオーダーが自動的に作成されます。アーキテクチャの例では、Amazon Monitron と Amazon Lookout for Equipment が異常を検知するサービスとして示されています。Amazon Kendra は、多くの AWS サービスや保全システムを含む業界で標準的なデータソースとネイティブで接続でき、カスタムコネクタを介して他のデータソースにもアクセスできます。
- 産業機器および製造工程からのテレメトリーデータは、さまざまなセンサーを通して収集されます。産業ゲートウェイがこれらのセンサーからデータを収集し、クラウドに送信します。
- 製造業のお客様は、Amazon SageMaker などの機械学習やアナリティクスサービスを使用して、このテレメトリーデータを処理・分析できます。
- この分析の結果に基づいて、なんらかの異常やイベントが AWS Lambda 関数をトリガーします。
- AWS Lambda 関数は、設備管理システムで保守作業依頼を作成します。Amazon Kendra は、情報源として設備管理システムを使用します。
コンテンツやアプリケーションリポジトリと生成AIを結合する
Amazon Kendra により、診断マニュアルなどの既存の静的で頻繁に更新されない知識ストアを、設備監視システムや EAM などの企業アプリケーションからのトランザクションデータと組み合わせることができます。Amazon Bedrock は、Amazon Kendra などのデータソースを利用して、ドメイン固有の情報を検索し、コンテキスト化、要約、インタラクティブな質問と回答のためにさまざまな基盤モデルに渡します。Amazon Bedrock は API 駆動型であり、チャットボットアプリケーションや内部システム (既存のメンテナンスシステムなど) に機能を埋め込むことができます。Amazon Bedrock では、修理技術者のチャットボットを企業全体で広範囲に展開する際に重要な要素となる、正確な回答を適切なコストで提供するモデルを選択できます。
- Amazon Kendra は、この例では静的コンテンツとトランザクションアプリケーションの知識ソースの両方を参照します。
- Amazon Bedrock は、ドメイン固有の検索に Amazon Kendra を使用し、コンテキスト化、要約、インタラクティブな質問への回答のために基盤モデルを実行します。
- エンドユーザーが Amazon Bedrock と接続されたチャットボットを使用します。
終わりに
数千から数十へ、最終的には従業員が使用できる 1 つの簡潔な回答へと、生成 AI と検索拡張生成 (RAG) アーキテクチャには、製造業の従業員を大いに力づけ、閉じ込められた知識を解放する可能性があります。基盤モデルと独自のデータソースを組み合わせることで、学習チャットボットなどのソリューションは、従業員のドメイン固有の質問に対して、関連性が高く理解しやすい回答を迅速に提供できます。これにより、作業員が情報検索に費やす時間が大幅に短縮され、機器の診断や修理などのプロセスが加速されます。最終的には、これが現場での生産性と効率性の向上につながります。
本ブログで紹介したソリューションはあくまで一例ですが、生成 AI によって従業員が組織内の情報へのアクセス方法を変革する可能性を示しています。アーキテクチャをカスタマイズして組織独自のデータソースを活用することで、この技術はあらゆる企業のニーズに適用できます。生成 AI が進化し続ける中で、これを活用してスキルギャップを解消し労働者を支援する絶好の機会が製造業のお客様に訪れています。
本ブログはAWS Blog の “Closing the manufacturing skills gap with generative AI” をソリューションアーキテクトの山本が翻訳しました。