Amazon Web Services ブログ
事業便益から逆算 (Working Backwards) して公共部門で生成 AI を活用していく
本記事は、2024年11月21日に公開された Working backwards from generative AI business value in the public sector を翻訳したものです。
生成 AI は、ワークフローの変革やイノベーションの推進を可能にするものとして、様々な業界の様々な組織で想像力をかきたてています。公共部門の組織がこの変革とも言える技術を導入するにあたり、大きな挑戦が浮上しています。それは、具体的な事業目標に基づいて便益の大きいユースケースを特定し、優先順位付けを行い、定量的な成果を出していくことです。
本記事では、公共部門の組織が生成 AI の導入を成功させ、生成 AI の可能性を引き出していく助けとなる Amazon Web Services (AWS) のフレームワークを紹介します。事業戦略と便益評価に基づいた体系的なプロセスに即して進めることで、チームはインパクトの大きいユースケースを優先し、関係者との調整を行い、生成 AI の取組の具体的な便益を把握することができます。
生成 AI の開発の優先付けを事業上の必要性に適合させることに加え、リーダーや技術者は生成 AI が適切なツールであるかどうかを判断するために、その能力を十分に理解する必要があります。ハーバード・ビジネス・スクールの研究者の研究によると、生成 AI の技術が適した業務では、熟練労働者のパフォーマンスを40%向上させることができます。一方、生成 AI が現時点での限界を超えて使用された場合では、労働者のパフォーマンスを平均19%低下させます。
提案されたソリューションの、技術と具体的な事業便益の両面についてしっかりと把握していなければ、イノベーションへの投資が限定的なリターンしかもたらさない、もしくはリターンが得られないという判断に至るかもしれません。
AI の導入が成功するかどうかは、組織の目的や要件によって異なる様々な要因に左右されますが、数千社のお客さまを支援する中で、共通の過程を特定しました。人工知能、機械学習、生成AI向けのAWSクラウド導入フレームワーク(AWS CAF-AI) と呼ぶものです。以下の図は、AI クラウドトランスフォーメーションのバリューチェーンを示しています。
図 1. AI クラウドトランスフォーメーションのバリューチェーン
AI 変革のステップは以下の通りです。
- AI で実現できることを理解した上で逆算する
- 長期的に期待される事業便益(アウトカム)を定義していく
- 変革の領域を特定していく
- 変革を進めていくための基礎的な能力を構築していく
以下のセクションでは、金融規制分野の公共部門組織として架空の AnyOrganization を例にして、掘り下げて解説します。
AI で実現できることを理解した上で逆算する
AnyOrganization の最高執行責任者 (COO) は最近、公共部門向けの生成 AI を取り上げた AWS のブログ投稿を読みました。COO は、生成 AI が顧客体験、プロセス改善、従業員生産性といった組織の主要な課題のいくつかに対処できる可能性があると考えています。COOは、チームと協議した上で、既存の目標管理指標の OKR の1つである「機関の審査の対象範囲の拡大」に焦点を当てた概念実証 (POC) プロジェクトの提案を準備します。
長期的に期待される事業便益を定義していく
COO は、この PoC を成功させるには、期待される事業便益とその達成方法を正確に把握する必要があることを認識しています。OKR である「機関の審査の対象範囲の改善」は、審査官の人的資源制約が背景にあります。有資格者数が限られているため、審査官は文章の一部しか審査することができません。昨今の金融市場の動向により、AnyOrganization には少ない資源でより多くの成果を上げるという、より高い期待が寄せられています。
AWS のアカウントチーム、IT、そして業務の関係者との協議を経て、COO は生成 AI の新しいソリューションの導入により期待される事業便益として、以下を決定します。
- 生成 AI を使用して、文書の審査率を20%から100%に増加させます。ただし、人間による審査は従来の20%レベルを維持します。
- 生成 AI による文書の事前審査を効果的に活用することで、人間による審査は最も関連性の高い20%の文書に絞り込むことができます。それにより、審査官の仕事に対する満足度が向上し、より高度な審査を要する調査結果が50%増加します。
変革の領域を特定していく
AnyOrganization の COO は AWS のベストプラクティスをレビューし、AI によるイノベーションから具体的な事業便益を引き出す組織の能力は、以下の4つの変革領域にしっかりと取り組むことから生まれると理解しました。
変革領域
テクノロジー – 開発チームは必要となる AI や ML のツールやサービスを利用できますか? 既存の手続きで、それらの強力なツールを評価、承認、安全に利用できるようにする用意ができていますか?
プロセス – 新しいテクノロジーを最大限に活用するために、従来からの組織プロセスを進化させる必要がありますか? 現行のデータ管理の方法は、AI や ML の原動力を生む出すのに十分ですか?
組織 – ビジネスチームとテクノロジーチームは、AIを原動力として、顧客価値を創出し、戦略的意図を達成するために、どのようにして連携して取り組みますか? 法務やコンプライアンス部門は、開発チームとの緊密に連携する必要があるでしょうか?
プロダクト – AIの能力を活用した新しいバリュープロポジション(プロダクト、サービス)や収益モデルを創出するために、ビジネスモデルをどのように再考できるでしょうか? 効率化によって生み出される新たなキャパシティをどこに割り当てるでしょうか?
これらの領域を変革し、AI を活用できるようにするには、ビジネス、人材、ガバナンス、プラットフォーム、セキュリティ、オペレーションにおける基礎的な能力が重要です。
AI ジャーニーを可能にする基礎的な能力
AWS CAF-AI は、AI の導入を成功させるために必要な能力を6つの観点から示しています。
ビジネス – この観点は、AI への投資がデジタルや AI の変革や事業便益の獲得を加速することを確かなものにしていきます。AI を組織の中心的な課題とし、リスクを軽減し、価値提供先へのアウトプットやアウトカムを増大させていく方法を示すことで、効果的な AI 戦略の策定を可能にするものです。
人材 – この観点は、AI のテクノロジーとビジネスをつなぐものであり、変化していくことを前提にして、継続的な成長や学習の文化を育むものです。AWS は生成 AI の知識を向上させる多数の手段を提供しています。AWS Skill Builder には、生成 AI の無償のオンデマンドコースが様々あります。この記事の読者が特に関心を持たれるのは、Generative AI Learning Plan for Decision Makers (意思決定者向け生成 AI 学習計画)でしょう。
ガバナンス – この観点は、変革に伴うリスクを最小化しながら組織の便益を最大化するよう、AI の取組を推進していくことに役立つものです。 リスクの性質の変化、つまり AI を開発し適用を拡大していくことに伴うリスクに対応します。 AWS CAF-AI の新しい要素として、AI の責任ある利用を導入しています。
プラットフォーム – この観点は、エンタープライズグレードのスケーラブルなクラウドプラットフォームの構築に役立つもので、AI 対応もしくは AI 搭載のサービスやプロダクトを運用していくことや、新たに独自の AI ソリューションを開発していくこを可能にするものです。AI の開発が一般的な開発とどのように異なるのか、そして開発者がその差異にどのように適応していくかを示します。
セキュリティ – この観点は、データ、そしてクラウドのワークロードの機密性、完全性、可用性を確保していくことに役立つものです。既存のセキュリティのガイダンスを拡張し、AI のシステムに影響を与える攻撃の経路やクラウドでの対応についてどのように考慮すべきかを示します。
オペレーション – この観点は、クラウドサービス、特に AI のワークロードを事業上の要件を満たす水準で提供していくことに役立ちます。AI のワークロードの運用をどのように管理し、持続し、信頼性を確保していくか、ガイダンスを示します。
AWSのアカウントチームは、AWS Cloud Maturity Assessment (CMA) 、Experience Based Acceleration (EBA) 、または生成 AI の戦略策定に焦点を当てた Executive Briefing Center (EBC) のセッションなどを通じて、現在の能力を体系的に評価する支援が可能です。
関連情報
- The transformative power of generative artificial intelligence for the public sector
- Get started with generative AI on AWS: A guide for public sector organization (eBook)
- Breaking barriers and leveraging generative AI to advance the US Federal Government: Insights from AWS executive Yvette Cesario
著者について
David Sperry
David は、Amazon Web Services (AWS) のカスタマーソリューションマネージャーで、米国の連邦政府の金融分野のお客さまを担当しています。AWS クラウドへの移行を検討しているお客さまを支援しています。また、AWS 内の生成 AI アプリケーションの開発コミュニティのアクティブなメンバーであり、公共部門のお客さまが新しいテクノロジーを活用できるよう支援することに情熱を注いでいます。
Wyatt Sullivan
Wyatt は、Amazon Web Services (AWS) のカスタマーソリューションマネージャーで、米国の連邦政府の金融分野のお客さまを担当しています。お客さまが AWS クラウドを活用して目標を達成できるよう支援しています。 Wyatt は、AI/ML や生成 AI の取組を通じて、お客さまが最先端のテクノロジーを活用できるよう支援することに情熱を注いでいます。
翻訳者について
川口 賢太郎・鈴木 香緒莉
川口と鈴木は、プロフェッショナルサービスのシニア CS&O アドバイザリーコンサルタントとアソシエイトアドバイザリーコンサルタントで、デジタル戦略立案とそれに即した組織の変革に注力しています。CCoE や AI CoE などの xCoE の組成支援などに従事しています。