AWS Startup ブログ

無駄がなく、理解のしやすい洗練されたシステム設計。「空の安全を守る」メトロウェザー社の AWS 活用

メトロウェザー株式会社は、大気中の微粒子の微細な動きをもとに、約 15km 先までの風向や風速を測定する高性能ドップラー・ライダーを開発する京都大学発スタートアップです。

ドップラー・ライダーを活用して社会課題を解決するために、複数の企業・研究機関との共同研究や実証実験を進めています。2021 年からは NASA の研究開発プロジェクトにも参画するなど、日本国内のみならず海外でもその技術力の高さを認められているのです。

今回はアマゾン ウェブ サービス ジャパン スタートアップ事業本部 スタートアップアカウントマネージャーの植本 宰壮とシニアスタートアップソリューションアーキテクト(SA)の濱 真⼀が、メトロウェザー社 技術開発本部 取締役 CTO の遠藤 善徳 氏と技術開発本部 製品開発部 データサイエンティストの森本 弦汰 氏にお話を伺いました。

「空のインフラ整備」を担うメトロウェザー社

植本:まずはメトロウェザー社の事業概要をお話しください。

遠藤:メトロウェザーは、赤外線レーダーを空中に放出し、空気中の塵に当たって戻ってくる光を観測して風の動きを測るドップラー・ライダーという機械を作っている会社です。もともとは都市の気象測定を目的としたドップラー・ライダーの開発から事業をスタートし、最近では物体検知などにもその技術を応用しています。

他社製のプロダクトと弊社のプロダクトを比較すると、メトロウェザーのドップラー・ライダーは価格がかなり安いことが利点として挙げられます。基本的には安価なハードウェアの機材を使うと観測距離が伸びないのですが、私たちはそれをソフトウェアの力で補っているのです。「安価でありつつも性能の良いドップラー・ライダー」というのが、メトロウェザーのプロダクトの特徴になります。

植本:御社のコーポレートサイトを拝見すると、「空のインフラ整備」という記載があります。この取り組みによって、どのような社会課題を解決しようとしていますか。

遠藤:「風の動きを測る」だけであれば、既にドップラー・レーダーと呼ばれる機械が普及しています。しかし、既存のドップラー・レーダーでは電波が地表に干渉してしまうため、高度が低い位置の情報を測定することができません。そのため、用途が限られてしまうのです。

たとえば、現在は世界中でドローンを活用した運送事業の実証実験や空飛ぶクルマの開発が進んでいますが、既存のドップラー・レーダーはこれらの安全性を担保するための測定には、あまり向いていません。一方、私たちの開発するドップラー・ライダーは、ドップラー・レーダーでは測定が不可能だった地表に近い位置の情報も測ることができます。

メトロウェザー社 技術開発本部 取締役 CTO 遠藤 善徳 氏

植本:複数の企業・研究機関との共同研究や実証実験を進めているそうですが、どのような事例がありますか。

遠藤:いくつか例を挙げると、2022 年 7 月に商船三井社と共同で世界初の「船上風況計測装置」の開発を始動したことを発表しました。この実験では、商船三井社が風力と水素で航行するゼロエミッション船「ウインドハンタープロジェクト」の実証試験で用いた小型ヨットを実証船として使用しています。長崎県の大村湾で、航行中の実証船周囲半径 15km 圏内における三次元空間のリアルタイムの風況測定に成功しました。

また 2025 年に開催される「未来社会の実験場」がコンセプトの大阪・関西万博では、空飛ぶクルマの運航が計画されています。この機械の安全な飛行を実現するには、飛行エリアの風向や風速を事前に計測しておくことが重要です。そこで私たちは、大阪・関西万博の会場付近にドップラー・ライダーを設置し、大阪・関西万博会場を含む大阪湾岸エリアの風況変化を測定し、分析・予測するための情報を蓄積しています。

コストパフォーマンス良く演算処理を行える Amazon EC2 Hpc6a インスタンス

濱:インフラ環境として AWS を採用された経緯についてもお聞かせください。

遠藤:かつて私たちは、他社製のクラウドを使用していました。そのクラウドのクレジットが提供されたことが、利用し始めたきっかけです。しかし、使用し続けていくなかで、開発・運用のしやすさがいまひとつであると感じるようになりました。

そこで、クラウド移行を考えるようになり、他社製のクラウドと AWS との比較検証を行いました。その結果、性能面やコスト面、使い勝手の良さなどで AWS のほうが優れていたため、移行を行いました。特に、私たちが気象予報の演算のために用いている Amazon EC2 Hpc6a インスタンスが、コストパフォーマンスに優れていました。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン スタートアップ事業本部 シニアスタートアップソリューションアーキテクト 濱 真⼀

濱:たしかに Amazon EC2 Hpc6a インスタンスは、御社のユースケースにとても適していると思います。読者の方々に向けて解説をすると、Hpc6a はその名のとおり、ハイパフォーマンスコンピューティングに最適化されたインスタンスになります。メトロウェザー社の事例で用いられているような気象シミュレーションや流体力学など、CPU 負荷の高い処理を効率的に実行するよう設計されています。また、AWS 独自の仮想化基盤 “Nitroシステム” やElastic Fabric Adaptor (EFA)によりノード間通信に 100 Gbps ネットワーク帯域幅が利用できる恩恵も大きく、HPC ワークロードを迅速かつ大規模に実行するのに役立つインスタンスタイプです。

高性能なだけならば他にもインスタンスはいくつもありますが、Amazon EC2 Hpc6a インスタンスの優位点はコストパフォーマンスが良いことです。Hpc6a インスタンスは 1 物理コアあたり $0.03 / 時間という低コストで提供しており、Intel ベースのコンピューティング最適化インスタンスと比較すると、最大で 65% も優れた料金パフォーマンスを出すことが可能です。

メトロウェザー社のシステムを支えるアーキテクチャ

濱:全体的なアーキテクチャについても、ぜひご紹介ください。

メトロウェザー社のシステムアーキテクチャ

遠藤:先ほど述べた、Amazon EC2 Hpc6a インスタンスに関する部分からご説明します。気象予報を行うためには、さまざまな観測データや地理データが必要です。その一例として、気象庁が 5 分に 1 回ほどのペースで更新する日本全国の気象データがあります。このデータを受信するために AWS Transfer Family を使いました。これはフルマネージドのサービスであるため、自分たちでインスタンスを管理する必要がありません。

AWS Transfer Family で受け取ったデータを Amazon S3 に格納します。詳細な気象予報を行うためには、高解像度で観測されたデータも必要となります。ここを弊社のドップラー・ライダーが担っております。

ドップラー・ライダーで観測しているデータも同様に Amazon S3 や Amazon RDS に格納しています。基本は MQTT で疎通している IoT Core を経由して最終的に Amazon RDS に格納し、データサイズの大きいものは直接 Amazon S3 にアップロードしています。加えて IoT DeviceManagement のセキュアトンネリング機能により SSH 接続によるトラブルシュートができるようにしています。

格納した気象データ、ドップラー・ライダーの観測データ、地形データなどを用いて Amazon EC2 Hpc6a インスタンスで気象予報のための演算を行い、その結果をまた Amazon S3 に格納します。格納された情報をトリガーにして Amazon SQS にメッセージが格納され、AWS Lambda が呼び出されてその時点の気象予報データを Amazon S3 や Amazon RDS に格納します。Amazon RDS は濱さんからおすすめしていただいた Aurora Serverless v2 を使用しているため、負荷に応じてキャパシティが自動で増減し、キャパシティ管理を委ねることができるのが利点です。

サービス側についてもご説明すると、シングルページアプリケーションの設計になっており、フロントエンドは AWS Amplify Hosting 上で Vue.js が動いています。バックエンドは AWS App Runner 上で動作する Python 製のアプリケーションです。AWS App Runner も、濱さんからおすすめしていただいたものです。データベースとしては先ほど述べた Amazon RDS に加えて、キャッシュを格納するために Amazon ElastiCache を使っています。

AWS の SA と密に連携し、スピーディーにインフラを構築

濱:このアーキテクチャを検討する際には、ソリューションアーキテクトとして私が設計のお手伝いをしてきました。インフラの検討や導入を進めるために、定期的なミーティングを設けていただき、そのミーティング内で技術的な障壁をなるべくすぐに解消し、どんどん前に進めていく形をとりました。また、私だけではなく AWS 社内の HPC や IoT など各種の技術のスペシャリストにも、必要なときにはミーティングに参加してもらいました。

設計において大切にしたのは「ビジネスロジックの開発に注力してもらうため、可能な限りマネージドサービスを使って運用の負担を軽減すること」「自動的にスケールするサービスを使ってアクセス増加に耐えられるようにすること」などです。具体例として、たとえばバックエンドで使用する技術として、既にコンテナイメージが用意されていたこともあり AWS で手早く実行でき、かつスケーラビリティを担保できる AWS App Runner を候補として挙げました。

さらに、AWS App Runner 導入の際には、メトロウェザー社とのミーティングを設定していただき、私がハンズオン形式で AWS App Runner の設定をしていったのです。その結果、わずか 30 分ほどで作業が完了し、API が利用できる状態になりました。この事例のように「コンテナや手元で動くアプリケーションを AWS 上で手早く実行したい」「メンテナンス不要で、かつスケールが容易なバックエンドの仕組みがほしい」という場合には、AWS App Runner はファーストチョイスになってくると思います。

また、協力会社に入ってもらい AWS Control Tower を用いたマルチアカウント AWS 環境のセットアップと管理を推進してもらいました。これによって、重要度の高い Amazon S3 のデータは開発者であっても絶対に消せないようになっているなど、セキュリティが向上しています。

AWS が大切にしている概念として「付加価値を生まない重労働(Undifferentiated Heavy Lifting)からの解放」があります。具体的には、スタートアップにはなるべく事業のための開発に集中してもらい、付加価値を生まない作業にかける時間を減らしていくということです。この事例のようにマネージドサービスを活用したり、協力会社に作業を依頼したりといったことは、その典型例ですね。

これはソリューションアーキテクトとしての忖度のない意見ですが、メトロウェザー社のアーキテクチャはとても美しい(やるべきことに対して無駄がなく、理解しやすい設計)と感じています。ここ数年さまざまな会社のインフラを見てきましたが、そのなかでもトップクラスに美しい設計です。このアーキテクチャではモノリシックな設計をベースとしつつも、要所要所でマイクロサービス化を行っています。

モノリシックな設計になっていることで要素を少なくして管理をしやすくし、かつ部分的にマイクロサービスにすることでスケーラビリティや可用性を高めていくという、利点の多い設計になっています。

国内のみならず海外の事業も成長させる

植本:これからの事業展開の予定について教えてください。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン スタートアップ事業本部 スタートアップアカウントマネージャー 植本 宰壮

遠藤:現在、弊社は小型のドップラー・ライダーを主力製品としていますが、これ以外にも空港向けの大型の製品や、さらに小型化して持ち運びが容易な製品なども展開していく予定です。また、昨年には弊社のドップラー・ライダーを船舶に乗せての実証実験を行ったのですが、その実験を今年もしようと考えています。

先ほど述べた NASA 以外にも北米のさまざまな企業から業務提携の声がかかっています。私たちの海外法人であるメトロウェザーアメリカを大きくして、海外の事業も拡大していきたいです。またシステムの観点では、今後さらに事業規模が大きくなったとしても、常に安定したサービスを提供していきます。

濱:森本さんからは、データサイエンティストとして取り組みたいことはありますか。

森本:これからもシステムを改善していくにあたり、データ分析だけではなく AI や機械学習などの活用も視野に入ってくると思います。その研究・開発のために、弊社では AI・機械学習エンジニアの採用も行っています。私自身もそうした技術を学び、さらに良いシステムを構築できるようになりたいです。

メトロウェザー社 技術開発本部 製品開発部 データサイエンティスト 森本 弦汰 氏

遠藤:話に出たので採用についてのご説明もすると、弊社はスキルよりもマインドを重視しています。スタートアップ企業は事業がうまくいっているときも大変なときもありますが、そうした波があるなかでもチャレンジできる人に来てほしいです。特に、今回のインタビューで触れたような、クラウド技術を用いてインフラを構築するエンジニアを積極的に募集しています。たとえ現時点ではスキル面が未熟だったとしても意欲的にキャッチアップしていける方であれば採用を検討しますので、ぜひ一緒にムーンショットを目指しましょう。

森本:メトロウェザーはまだ人数の少ないスタートアップ企業なので、メンバー一人ひとりの裁量が非常に大きいです。そのぶん大変ではありますが、特定の業務を自分の力で遂行できたときの達成感があります。仕事のゴールは示されますが、ゴールにたどり着くまでの道筋は自由なので、その方針を考えていくことが楽しいです。

遠藤:メトロウェザーはメンバーのチャレンジを応援する会社です。「世界の風を制する」というミッション実現のために頑張ってくれる方であれば、その人には積極的にさまざまな仕事をお任せしますし、投資を惜しみません。


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