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AWSが支えるCOVID-19との闘い②ー科学的知見を社会に発信ープロジェクト分析リーダ・慶應義塾大学 野村准教授に訊く舞台の裏側

全4回に渡ってお届けする連載ブログ「AWSが支えるCOVID-19との闘い」。前回に引き続き、第2回では、プロジェクト分析リーダである慶應義塾大学 野村准教授に、神奈川県を皮切りに始まったプロジェクトのローンチから、他県への展開、疫学的知見・分析手法・ノウハウを一般社会へ広く公開・還元したエピソードをご説明いただきます。

LINEアカウント「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」のローンチ

2020年3月5日、LINEを活用した新型コロナウイルスに対する個別情報提供システム「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」の運用を始めました。日本が新型コロナの感染拡大の入り口にあった当時、「今すぐ可能なアプローチで、できる限りのことがしたい」という趣旨の元、行政や民間、アカデミア等の有志が集まり、ローンチに至りました。

このプロジェクトはLINEを使って新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) のハイリスク群や潜在的罹患者のスクリーニングとフォローアップ、軽症者支援を効率的に行うためのシステムです。さらに、ユーザーが入力したデータを集積し分析することで、感染拡大や風評等二次被害の防止、及び予防・治療を含む今後の感染症対策に資する対策を検討することも目的としております。

主体は神奈川県で、行政の情報提供、相談支援業務の一環として行なっています。LINE株式会社からは、本システムの開発と維持管理を提供して頂き、Amazon Web Services(AWS)には本プロジェクトのデータ保管スペースとしてAmazon Simple Storage Service (Amazon S3)を提供頂いており、ローンチ時に迅速な判断で対応して頂きました。神奈川県顧問として本プロジェクト進行を統括する一人である宮田裕章氏が主任教授を務める慶應義塾大学医療政策管理学教室が、アカデミアで取り組むデータ処理と対応策の検討を主に担っています。筆者は当教室の特任准教授としてアカデミアチームをリードしています。

ローンチまではわずか約2週間

プロジェクト実施におけるLINEシステムの負荷や県電話窓口業務の負担のシミュレーション、感染症専門的な観点からのユーザーへのフィードバック情報の適切性の検討、そして数理統計学的な観点からのアンケート項目や配信計画の設定など、関係有志の専門性を最大限に生かす形でプロジェクトは始動しました。そこからローンチまでは昼夜を問わずオンライン上で激しい議論を交え、わずか2週間でシステムの運用が始まりました。

アカデミアチームの編成と役割

データ処理については、疫学・公衆衛生学や社会科学からのアプローチという学際的な性格を持ち、高度な統計分析とコンピュータサイエンスに関する専門知識を擁するためのアカデミアチームが必要でした。今ではメンバーは10人以上おり、皆本業の大学・民間の所属組織で実務をこなしつつ、半数以上が博士号を持ち、研究・開発、提言やコンサルティング業を中心に、データ分析に特化した若手のチームです(本項下部にリスト)。

慶應義塾大学 研究室におけるプロジェクトメンバーとのディスカッション風景

 

ユーザーが入力した情報はAWSに蓄積され、アカデミアチームはそのデータを当時は毎週の頻度で分析・集計し、神奈川県の担当者らにフィードバック、必要に応じて知事会見用の資料作成の補助や内容確認を行い、最終的に分析結果を知事が会見等で発信しながら、県の感染拡大防止策に役立てて頂きました。

例えば、令和2年3月27日(金曜)の神奈川県知事の定例会見では、手洗いうがいなど、個人で出来る基本的な感染症対策は90%以上の回答ユーザーが行っている一方で、テレワークや時差通勤など、社会システムとしての実装が求められる対策は、ほとんど進んでおらず、わずか10%程度の実施率であったことが発表されました(参考1)。

(参考1 ) 出典:https://www.pref.kanagawa.jp/chiji/press-conference/2019/0327.html

 

また、令和2年4月1日(水曜)臨時会見では、回答ユーザーにおける発熱者割合が上昇傾向にあり、警戒を要することが発表されました。これらはAWS上の回答データをアカデミアチームが分析し、結果を県に提示し、知事が会見で発信する、という一連のシステム運用の事例です(参考2)。

(参考2) 出典:https://www.pref.kanagawa.jp/chiji/press-conference/2020/0401.html

システムの他県への拡大と、データの可視化

一方で、神奈川県発祥の「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」は、そのシステム運用を今では33都道府県(11月末時点:自治体や省庁の公式アカウント一覧 )に展開しています。そしてそのほとんどが3月中にローンチされました。AWS上に収集される回答ユーザーのデータを、アカデミアチームが分析し、個別に県にフィードバックするというサイクルには限界があるため、IQVIA ジャパンにAWS上でのデータのビジュアル化を設計・実装頂きました。収集されるデータを直にビジュアル化することで、データサイエンスを専門としない都道府県の担当者によるデータ解釈を容易にすると同時に、各種会見や感染拡大・防止活動のための自由な資料作成を可能にします。アカデミアチームによる監修や、各県担当者との同時説明会を得て、4月末には実装されました。

科学的知見を社会に発信

アカデミアチームでは、本プロジェクトを通して得られた新型コロナウイルス感染症に関する疫学的知見や、分析手法・ノウハウを一般社会へ広く公開し、還元していくことに力を入れています。例えば、発熱症状と新型コロナウイルス感染には時間的、空間的に有意な相関関係があることを示し、ウイルス検査が全国的に迅速に受けられない状況では、LINEのようなSNSを活用した症状モニタリングが非常に有用であることをまとめました成果を、査読付きの国際的英字誌に発表しました(文献1,2,3)。

(文献1) 出典:https://www.thelancet.com/journals/lanwpc/article/PIIS2666-6065(20)30011-0/fulltext

(文献1) 出典:https://www.thelancet.com/journals/lanwpc/article/PIIS2666-6065(20)30011-0/fulltext

 

また、社会的距離政策を後押しするエビデンスとして、テレワークの実施と発熱症状には相関があり得ること(文献4)、上述の神奈川県知事会見で発表された予防行動に関するデータ(個人でできる予防と社会的サポートが必要なテレワークのような予防対策にはその実施率に大きな乖離があること)(文献5)、自粛要請・緊急事態宣言に伴う新型コロナウイルスの感染経路の変化について議論(文献6)、さらに、新型コロナウイルス感染症に罹患されている人が身近にいる人ほど、不安を抱えている人が多い可能性(文献7)などを発表しています。

また、英医学誌The Lancet Regional Healthの新型コロナウイルス感染症の症状モニタリングシステムに関するコメンタリー が、この日本の「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」を大規模疫学モニタリングの事例として紹介し、国際的に高い評価を得ています(参考3)。

(参考3)  https://doi.org/10.1016/j.lanwpc.2020.100024

今後に向けて

「第3波」の流行に備えて日本では何が必要なのか、何を準備すべきかという点を個別具体的に考えるための一助として、「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」から得られる知見を個人はもちろん、各自治体や政府、民間等に役立てて頂きたいと思っています。

アカデミアチームメンバー(五十音順敬称略 2020年10月現在)

瓜生真也、江口哲史、川島孝行、河村優美、史蕭逸、田上悠太、高柳慎一、野村周平、牧山幸史、松浦健太郎、宮田裕章、米岡大輔

アカデミアチーム発表論文(2020年10月現在)

1. Nomura S, Yoneoka D, Shi S, Tanoue Y, Kawashima T, Eguchi A, Matsuura K, Makiyama K, Ejima K, Taniguchi T, Sakamoto H, Kunishima H, Gilmour S, Nishiura H, Miyata H. An assessment of self-reported COVID-19 related symptoms of 227,898 users of a social networking service in Japan: Has the regional risk changed after the declaration of the state of emergency? The Lancet Regional Health – Western Pacific 2020; 1: 100011.

2. Yoneoka D, Kawashima T, Tanoue Y, Nomura S, Ejima K, Shi S, Eguchi A, Taniguchi T, Sakamoto H, Kunishima H, Gilmour S, Nishiura H, Miyata H. Early SNS-based monitoring system for the COVID-19 outbreak in Japan: a population-level observational study. J Epidemiol 2020; 30(8): 362-70.

3. Yoneoka D, Tanoue Y, Kawashima T, Nomura S, Shi S, Eguchi A, Ejima K, Taniguchi T, Sakamoto H, Kunishima H, Gilmour S, Nishiura H, Miyata H. Large-scale epidemiological monitoring of the COVID-19 epidemic in Tokyo. The Lancet Regional Health – Western Pacific 2020; 3: 100016.

4. Kawashima T, Nomura S, Tanoue Y, Yoneoka D, Eguchi A, Shi S, Miyata H. The relationship between fever rate and telework implementation as a social distancing measure against the COVID-19 pandemic in Japan. Public Health 2020.

5. Nomura S, Yoneoka D, Tanoue Y, Kawashima T, Shi S, Eguchi A, Miyata H. Time to reconsider diverse ways of working in Japan to promote social distancing measures against the COVID-19. J Urban Health 2020; 97(4): 457-60.

6. Eguchi A, Yoneoka D, Shi S, Tanoue Y, Kawashima T, Nomura S, Matsuura K, Makiyama K, Ejima K, Gilmour S, Nishiura H, Miyata H. Trend change of the transmission route of COVID-19-related symptoms in Japan. Public Health 2020; 187: 157-60.

7. Tanoue Y, Nomura S, Yoneoka D, Kawashima T, Eguchi A, Shi S, Harada N, Miyata H. Mental health of family, friends, and co-workers of COVID-19 patients in Japan. Psychiatry Res 2020; 291: 113067.

 

野村周平

昭和63年、神奈川県生まれ。2011年東京大学薬学部卒業後、2013年同大大学院医学系研究科国際保健学専攻修士課程修了。国連開発計画(UNDP)タジキスタン事務所、世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部でのインターンを経て、2016年インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院疫学統計学教室博士課程修了。同年東京大学大学院国際保健政策学教室助教に着任(2019年より非常勤)。2017年国立国際医療研究センターグローバルヘルス政策研究センター特任研究員に着任。福島原子力発電所事故直後から被災地に入り、事故からの復興支援調査・提言活動に従事。また米国ワシントン大学保健指標・保健評価研究所(IHME)との連携のもと、世界の疾病負荷(Global Burden of Disease)に従事している。専門は国際保健、保健政策、疫学、生物統計学、災害保健等。2019年慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室特任准教授に着任。

 

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いかがでしたでしょうか? LINEとAWSクラウドを活用し、まずは神奈川県から始めて、その疫学的知見、分析手法、ノウハウを、33の都道県に迅速に展開しフィードバックできたのは、まさにクラウドならではの実現方法だったと思います。

このブログは、 慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室特任准教授 野村周平氏より寄稿いただき、アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 シニアソリューションアーキテクト 益子にて執筆・公開しております。

次回のBLOG連載 第3回目では、IQVIAジャパン様より、本プロジェクトの実現にあたり、AWSクラウドをどう活用し実装したか?についてシステム詳細を交えご説明いただきます。

今後とも日本の公共部門ブログ(日本語)やウェブサイト、又AWS 公共部門ブログ(英語版)等 AWS の最新ニュース・公共事例をぜひご覧いただき、デジタル化の推進にお役立ち頂ければ幸いです。

 

AWSが支えるCOVID-19との闘い ブログシリーズ

①LINEパーソナルサポートプロジェクトは、なぜAWSクラウドでなければならなかったのか?
発案者・宮田裕章教授に訊くAWSの魅力

https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/covid-19_response1_profmiyata/

②科学的知見を社会に発信ープロジェクト分析リーダ・慶應義塾大学 野村准教授に訊く舞台の裏側

https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/covid-19_response2_profnomura/

③刻々と変わる可視化ニーズをAWSクラウドでどう実現したか?
IQVIAジャパンに訊くELT処理・BIダッシュボードの実装・運用

https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/covid-19_response3_iqvia/

④宮田裕章教授が語る「データ駆動型社会」という未来―「誰一人取りこぼさない」を実現するためのAWSの役割とは?

https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/covid-19_response4_profmiyata/

番外編 AWSとLINEが推進する3つのDX支援~企業のDX、自治体のスマートシティ、医療ICTの社会実装~

https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/covid-19_responseextra_line/

公共機関における AWS 導入のためのお役立ちサイト

https://aws.amazon.com/jp/government-education/worldwide/japan/