Amazon Web Services ブログ
サステナビリティのための生成 AI 活用に関するエグゼクティブ向けガイド
本記事は 2024年4月22日に AWS Machine Learning Blog で公開された “The executive’s guide to generative AI for sustainability” を翻訳したものです。
組織は、環境、社会、ガバナンス (ESG) の実践に加えて、持続可能性目標に対するますます高くなっていく要求に直面しています。Gartner 社の調査によると、87% のビジネスリーダーが今後 2 年間で組織の持続可能性への投資を増やすことを予想しています。この記事は、生成 AI とサステナビリティ(持続可能性)の融合点を探る経営者のための出発点となります。持続可能性と ESG イニシアチブを加速するための生成 AI の活用事例とベストプラクティスを提供し、持続可能性における生成 AI の主な運用上の課題についての洞察を示しています。このガイドは、組織の目標と調整しながら、生成 AI を効果的にサステナビリティ戦略に統合するためのロードマップとして活用できます。
持続可能性のための生成 AI へのロードマップ
以下のセクションでは、持続可能性イニシアチブへの生成AIの統合に向けたロードマップを示します。
1. 持続可能性における生成 AI の可能性を理解する
生成 AI は、大量のデータを分析し、パターンを特定し、文書を要約し、翻訳を行い、エラーを修正し、質問に答えるなどの幅広い能力を備えており、ビジネスのあらゆる部分を変革する力を持っています。これらの能力は、組織のバリューチェーン全体を通じて付加価値を提供するために活用できます。図 1 は、バリューチェーン全体における持続可能性のための生成 AI の活用事例の一部を示しています。
図 1. 生成 AI のバリューチェーン全体でのサステナビリティユースケース例
KPMG の 2024 年 ESG 組織調査によると、組織が ESG の影響、リスク、機会に関する情報開示の規制圧力に直面する中で、ESG ケイパビリティへの投資は経営陣にとって最優先事項の 1 つとなっています。このような状況において、生成 AI を活用することで、組織の ESG 目標を推進することができます。
典型的な ESG のワークフローは、それぞれが独自の課題を抱える複数のフェーズで構成されています。生成 AI はプロセス全体を通じてこれらの課題に対処する解決策を提供し、持続可能性への取り組みに貢献することができます。図 2 は、組織内の ESG ワークフローの各フェーズにおいて、生成 AI がどのような支援ができるかの例を示しています。これらの例には、市場動向分析の高速化、正確なリスク管理とコンプライアンスの確保、データ収集や報告書作成の促進が含まれます。ただし、ESG ワークフローは業種、組織の成熟度、法的枠組みによって異なる可能性があります。業界固有の規制、企業規模、地域の方針などの要因が ESG のワークフロー手順に影響を与えます。したがって、特定のニーズと状況に応じてユースケースを優先順位付けし、成功を測定するための明確な計画を策定することが、最適な効果を上げるために不可欠です。
図 2. ESG ワークフローに対する生成 AI の利点のマッピング
2. 持続可能性における生成 AI の運用上の課題を認識する
組織の持続可能性目標や ESG イニシアチブへの対応に生成 AI の可能性を活用しようとする組織にとって、生成 AI の実装における課題を理解し、適切に対処することが不可欠です。これらの対処方法には、高品質のデータの収集と管理、既存の IT システムへの生成 AI 統合、倫理的懸念への対処、スキルギャップの解消、責任あるシステム構築のため、最高情報セキュリティ責任者 (CISO) や最高財務責任者 (CFO) など主要ステークホルダーを早期に巻き込むことが含まれます。法的課題は、概念実証 (POC) から実稼働への移行を大きく妨げる要因となります。したがって、コンプライアンスを意識して構築するため、法務チームを早期に関与させることが不可欠です。図 3 は、持続可能性における生成AIの主な運用上の課題の概要を示しています。
3. 適切なデータ基盤を構築する
持続可能性の目標達成のために生成 AI を活用しようとする CEO として、データが差別化の源泉であることを覚えておく必要があります。高品質のデータにすぐにアクセスできない企業は、自社のデータで生成 AI モデルをカスタマイズできず、生成 AI の本格的なスケーリング可能性を実現し、競争優位を確保することができません。多様で高品質なデータセットの取得に投資して、ESG イニシアチブを強化・加速しましょう。Amazon Sustainability Data Initiative や AWS Data Exchange などのリソースを活用すれば、包括的なデータセットの取得と分析を簡素化・迅速化できます。外部データの取得に加え、生成 AI の可能性を最大化し、組織データの分析と新たな洞察の発見に活用するため、内部データ管理を優先することが重要です。
運用の観点から、Foundation Model Ops (FMOps) および Large Language Model Ops (LLMOps) を取り入れることで、持続可能性への取り組みがデータ主導かつスケーラブルになります。これには、データリネージの文書化、データのバージョン管理、データ処理の自動化、データ管理コストの監視が含まれます。
4. 高いインパクトが期待できる機会を特定する
サステナビリティ戦略の中で、生成 AI が大きな影響を与えられる機会を見つけるために、Amazon の Working Backwards の原則を活用できます。組織内の主要分野で即座の改善が見込めるプロジェクトを優先しましょう。ESG は持続可能性の重要な側面ですが、エネルギー、サプライチェーン、製造業、運輸、農業などの業界固有の専門知識を活用することで、ビジネスアプリケーションに合わせた多様な持続可能性のための生成 AI のユースケースを発見できます。さらに、研究開発の改善、顧客自身によるサービス利用の実現、ビルでのエネルギー使用の最適化、森林破壊の抑制などの代替手段を探ることで、持続可能なイノベーションのための大きな機会が生まれる可能性があります。
5. 適切なツールを使用する
持続可能性のための生成 AI の活用において、適切なツールを使用しないと、複雑さが増し、セキュリティが損なわれ、効果が低下する可能性があります。適切なツールは、選択肢と柔軟性を提供し、特定のニーズと要件に合わせてソリューションをカスタマイズできるようにすべきです。
図 4 は、2023 年時点での AWS の生成 AI スタックを示しています。これは、すべての層にわたって選択肢、幅広さ、深さを備えた一連の機能を提供しています。さらに、データ中心のアプローチに基づいて構築されており、セキュリティとプライバシーを考慮して設計されています。
持続可能性イニシアチブを推進するために使用できるツールの例は次のとおりです。
Amazon Bedrock – 主要 AI 企業の高性能な基盤モデル (FM) に単一の API を通じてアクセスできる、完全マネージドサービス。持続可能性のユースケースに適したモデルを選択できます。
AWS Trainium2 – FM と LLM の高性能トレーニング向けに設計された専用チップで、Trainium2 は第1世代Trainium チップと比較して最大 2 倍のエネルギー効率(性能/ワット)を実現。
Inferentia2 ベースの Amazon EC2 Inf2 インスタンス – 同等の Amazon EC2 インスタンスと比べて最大 50% の性能/ワット向上。大規模な深層学習モデルを処理するよう設計されており、エネルギー効率の改善により、超大規模モデルを展開しながら持続可能性目標を達成できます。
図 4. AWS の生成 AI スタック
生成 AI は万能の解決策ではありません。持続可能性イニシアチブへの影響を最大化するには、適切なモダリティと最適化戦略を選択し、アプローチをカスタマイズすることが不可欠です。図 5 は、生成 AI モダリティの概要を示しています。
図 5. 生成 AI のモダリティ
さらに、図 6 では、プロンプトエンジニアリング、Retrieval Augmented Generation (RAG)、ファインチューニングまたは継続的事前トレーニングなど、主な生成 AI 最適化戦略を示しています。
図 6. 生成 AI の最適化戦略
7. 生成 AI エージェントを使用してアプリケーション開発を簡素化する
生成 AI エージェントは、データ入力、顧客サポート問い合わせ、コンテンツ生成などの様々な定型的・反復的タスクを自動化する高度な機能を備えているため、持続可能性イニシアチブを前進させる独自の機会を提供します。さらに、タスクを小さな管理可能なステップに分割し、さまざまなアクションを調整し、組織内のプロセスの効率的な実行を行うことで、複雑な多段階のワークフローを調整できます。例えば、Amazon Bedrock のエージェントを使って、運用全体のエネルギー使用パターンを監視・分析し、省エネ化の機会を特定するエージェントを構成できます。あるいは、持続可能性規制のコンプライアンスをリアルタイムで監視する専用エージェントを作成することもできます。
8. 評価のための堅牢なフィードバックメカニズムを構築する
生成 AI モデルの調整や目標の再定義を行うなど、戦略的な改善のためにフィードバックから得られる洞察を活用しましょう。これにより、持続可能性の課題への機敏性とアラインメントを確保できます。以下のガイドラインを検討してください。
リアルタイムモニタリングの実装 – 効率性と環境への影響に焦点を当て、持続可能性のベンチマークに対する生成 AI のパフォーマンスを追跡するモニタリングシステムを設定します。生成 AI イニシアチブの持続可能性への貢献に関する洞察を提供するメトリクスパイプラインを構築します。
ヒューマン・イン・ザ・ループ評価のためのステークホルダーの参加 – ヒューマン・イン・ザ・ループ監査を行って、内部チーム、顧客、パートナーからの定期的なフィードバックを収集し、組織の持続可能性ベンチマークに対する生成 AI プロセスの影響を評価します。これにより、透明性が高まり、持続可能性へのコミットメントに対する信頼が醸成されます。
継続的改善のための自動テストの活用 – RAGAS や LangSmith などのツールを使えば、LLM ベースの評価を活用して不正確さやハルシネーションを特定・修正でき、持続可能性の目標に沿って生成 AI モデルを迅速に最適化できます。
9. 影響を測定し、持続可能性のための生成 AI からの投資対効果を最大化する
炭素排出量の削減などの環境への影響と コスト削減やビジネスの機敏性の向上などの経済的な利益を捉える明確な主要業績評価指標 (KPI) を確立します。この2つのフォーカスを持つことにより、自組織による投資が環境の持続可能性に関するプログラムに貢献するだけでなく、持続可能性のビジネスケースを強化し、サステナビリティの実践におけるイノベーションと競争力の強化を後押しすることができます。内外に成功事例を共有して他者に刺激を与え、組織の持続可能性リーダーシップへのコミットメントを示しましょう。
10. 生成 AI のライフサイクル全体でリソース使用量を最小限に抑える
場合によっては、生成 AI 自体のエネルギーコストが高くなる可能性があります。最大の影響を与えるために、持続可能性イニシアチブに生成 AI を活用することのメリットと、その技術自体のエネルギー効率のトレードオフを検討する必要があります。反復的な生成 AI のライフサイクルを深く理解し、各フェーズを環境に配慮して最適化することが重要です。一般的に、生成 AI への取り組みは、特定のアプリケーション要件の特定から始まります。そこからモデルをゼロから学習させるか、既存のものを使うかを選択できます。ほとんどの場合、既存のモデルを使ってカスタマイズする方が望ましいでしょう。導入前に、この手順に従い、システムの徹底的な評価を行うことが不可欠です。
最後に、継続的な監視により、継続的な改善と調整が可能になります。このライフサイクル全体を通して、AWS Well-Architected Framework のベストプラクティスを実装することが推奨されます。生成 AI のライフサイクルの概要については、図 7 を参照してください。
図 7. 生成 AI のライフサイクル
11. リスクを管理し、責任を持って実装する
生成 AI には、組織の持続可能性目標の達成に大きな可能性がありますが、有害性やハルシネーションなどの課題もあります。イノベーションと生成 AI の責任ある使用のバランスを適切に保つことが、リスクを軽減し、責任ある AI イノベーションを可能にするための基本となります。このバランスには、品質、開示、報告などの要因に関するリスクアセスメントを考慮する必要があります。そのためには、特定のツールと機能を採用し、セキュリティチームの専門家と協力してセキュリティのベストプラクティスを採用することが必要不可欠です。生成 AI を安全かつ確実に拡大するには、使用事例に合わせてカスタマイズし、責任ある AI ポリシーに沿ったガードレールを設ける必要があります。
12. チームの教育とトレーニングに投資する
チームのスキルを継続的に向上させ、組織の持続可能性目標の達成に向けてイノベーションを起こし、積極的に貢献できるような能力を高めましょう。持続可能性と生成 AI の両分野で必要なスキルを最新の状態に保つため、関連するリソースを特定してください。
まとめ
この記事では、持続可能性と ESG の目標の両面に焦点を当て、経営者が生成 AI を持続可能性戦略に統合するためのガイドを提供しました。持続可能性への取り組みにおける生成 AI の採用は、単なる技術的なイノベーションにとどまるものではありません。それは、責任、イノベーション、継続的改善の文化を育むことです。高品質データを優先し、大きな影響が期待できる機会を特定し、関係者の参加を促進することで、企業は生成 AI の変革力を活用して、持続可能性目標を達成するだけでなく、それを上回ることができるのです。
AWS による支援
AWS ソリューションライブラリを探索し、AWS 上でサステナビリティソリューションを構築する方法を発見してください。
AWS 生成 AI イノベーションセンターでは、アイデア出し、戦略的なユースケース特定、実行、本番環境への拡大について、専門家のガイダンスを得ることができます。
Amazonが 2040 年までに温室効果ガス排出実質ゼロを達成するための 気候変動対策に関する誓約 (The Climate Pledge) コミットメントに向けて AI をどのように活用しているかをご覧いただけます。AI を活用した Amazon の 7 つの持続可能な未来とビジネスの構築方法をご覧ください。
著者について
Dr. Wafae Bakkali は AWS のデータサイエンティストです。生成 AI の専門家として、Wafae は、生成 AI 技術を活用してお客様のビジネス課題を解決し、最大限の効率と持続可能性を確保するミッションの元に、お客様を支援し、生成 AI の力を存分に発揮できるよう尽力しています。
Dr. Mehdi Noori は AWS Generative AI Innovation Centerのシニアサイエンティストです。サステナビリティ分野で技術とイノベーションを橋渡しすることに情熱を持ち、AWS顧客が生成 AI の可能性を解き放ち、潜在的な課題を迅速な実験とイノベーションの機会に変えられるよう支援しています。スケーラブルで測定可能な先進 AI テクノロジーの実用的な活用に焦点を当て、本番環境への道筋を合理化することで、顧客が持続可能性の目標を達成できるよう手助けしています。
Rahul Sareen は AWS のサステナビリティソリューションおよび GTM (Go-to-Market) の GM です。Rahul は、持続可能性戦略家、GTM 専門家、テクノロジーアーキテクトから成る高いパフォーマンスを誇るチームを持っており、顧客の持続可能性目標 (二酸化炭素排出量の追跡、持続可能な包装やオペレーション、循環経済、再生可能エネルギーなど全般)に向けた優れたビジネス成果を生み出しています。Rahul のチームは、機械学習、ジェネレイティブ AI、IoT などの技術的な専門知識を提供し、持続可能性に関するユースケースの解決を支援しています。