Amazon Web Services ブログ
Amazon QuickSight で製造サプライチェーンのデータドリブンな意思決定を実現する
はじめに―眠ったデータの分析におけるお客様の課題
こんにちは。製造業のお客様を中心にクラウド活用の技術支援を行っている、ソリューションアーキテクトの岡本です。昨今、データ活用に関する相談を、多くのお客様からいただいています。製造現場を例にとってお客様の課題例を挙げてみますと、製造業のお客様の中には、世界各地の生産拠点を連携したグローバル規模のサプライチェーンを構築している事例も多く見られ、本社の経営課題や問題認識に基づいた改善が難しくなっているという声が多く聞かれます。また、後工程への影響を避けるべく、各工程が良かれと思って在庫を抱え込んでしまった結果、仕掛り品が現場に溢れかえり、実態把握ができなくなっている例や、前後工程で連携しての改善の取組が難しいという声もあります。業界やビジネスレイヤーによって直面する課題は様々ですが、社内に眠るデータを分析することで、データに基づいた業務改善の取り組みに繋げられそうなケースも多く見受けられます。本記事では、クラウドネイティブな BI ツールである Amazon QuickSight を活用して、製造サプライチェーンにおける課題をデータドリブンな意志決定により解決していくためのデモダッシュボードをご紹介します。
システム階層に応じた可視化ツールの使い分け
私達のチームでは、日本中の製造現場のお客様から日々データ活用に関するお問い合わせを頂いています。多くのお客様と製造現場のデータ活用について対話するなかで、AWS 上で活用できる各種データ可視化ツールの使い分けについて質問をいただく機会が多いことに気づきました。
AWS では、用途に応じて複数の可視化ソリューションをご利用いただけます。工場データの可視化を、ISA-95 に定義される製造関連システムの階層モデルの切り口で整理すると [図 1]、現場に近いリアルタイム・ニアリアルタイムのデータ可視化には、秒オーダーから分オーダーの更新間隔に適している AWS IoT SiteWise や Amazon Managed Grafana が有効です。一方、経営システムや設計システムなど、生産に関連する周辺システムと、製造現場のデータを組み合わせたデータ活用を行いたい場合は、複数のデータソースを統合し、多様な分析が行える Amazon QuickSight が適していることがわかります。
Amazon QuickSight について
Amazon QuickSight は、クラウドネイティブな BI ツールです。お客様による分析用サーバーのセットアップは必要なく、すぐに使いはじめて、お手元のデータを分析することが可能です。また、少人数での小規模利用から数万人規模の大規模活用まで、利用人数に応じた柔軟なスケールが可能です。AWS サービスとネイティブに統合されており、エンタープライズのお客様が必要とする、堅牢なセキュリティを備えたデータ分析環境を迅速に構築することができます。詳細は、Amazon QuickSight の特徴およびクラウドでデータ活用!BI ツールで面倒な集計作業にさようならを参照してください。
デモダッシュボード
本記事で解説するデモダッシュボードは、QuickSight Democentral にて無料・登録不要で閲覧および編集をご体験いただけます。また、解説動画にて、ダッシュボードの概要説明を確認いただけます。加えて、本ダッシュボードの開発過程を製造業向けデモダッシュボード開発で、アジャイル開発宣言の原則の重要性を再認識した話に掲載しております。こちらも合わせてご覧ください。
ユースケース
ここでご紹介するダッシュボードは,以下のようなユースケースを対象としています。ユースケースシナリオの策定方法や、シナリオからアクションにつながる可視化を行う方法については、AWS Black Belt Online Seminar Amazon QuickSight を使ったアクションにつながるビジュアルベストプラクティスをご参照ください。
ペルソナ – ダッシュボードの利用者
工場長・生産管理部門、現場の管理者
ストーリー
機械部品の組立製造を行う中堅メーカーの A 社では、近年、同社主力である W 製品のキャッシュフロー悪化が続いており、製品責任者は対応に苦慮していた。原因として、製造部品の高付加価値化が進んでおり、これまで取り扱わなかった特殊部材を使用するラインが増え、また半導体不足やレアメタル価格高騰の影響もうけ材料原価が上昇し続けているため、これまでと同量の在庫を抱えているだけでも悪化要因となってしまう状況が考えられる。さらに、各工場での在庫最適化を徹底してはいるが、世界各地の拠点がサプライチェーンを構成しており、各工程の隅々まで指導を行き渡らせることが困難な状況となっている。また、各工程やストックには適正在庫量が定められているが、ラインストップや出荷遅延を防ぐという観点から、各工程で積み上げたバッファが累積的に大きくなり、いわゆる「作りすぎの無駄」を抱えていることがわかっている。それに加えて、各工程での左記を背景にした心理的要因も手伝って、「押せ押せ」の生産になった結果、適正在庫量を超えた仕掛かり品がラインサイドやストックヤードに溢れかえっており、実態の把握も困難な状態である。このような背景から、A 社はサプライチェーン全体の在庫最適化に取り組むための方策を検討している。
仕損費に関しては、自工程完結を謳ってはいるものの、実態としては後工程で発覚する不具合も多発しており、仕損費増大の一因になっている。源流工程でのカイゼンは続けているものの、吐き出し量を優先した結果、不具合発生工程から源流改善に繋げられない事例も多く、悪さ加減を正しく可視化した上での全体最適な施策を優先度をつけて実施していくことが急務となっている。
データの分析例
データの分析例として、在庫額増加によるキャッシュフロー悪化を解消するための分析例を説明します。Overview シートの左側には、主要 KPI と分析対象ラインの概略イラストが表示されており、右側には品番ごとの在庫額や、加工不良の発生状況を、金額の大きさに連動したツリーマップで表示しています。まずは上部の「在庫金額」KPI [図 2 (1)] を確認しましょう。ストーリーに記載の通り、この工程における在庫金額は右肩上がりに上昇していることがわかります。これは、工程全体のキャッシュフロー悪化を意味しています。画面下部には、各工程における在庫数と在庫額が表示されています [図 2 (2)]。通常、製造現場から発生するデータのみでは、在庫数しか集計できませんが、本デモでは、在庫数データに ERP から取得した品番ごとの価格データを掛け合わせることで「工場のどの場所に、どのくらいのお金が眠っているのか」を可視化しています。
Overview シートからは、一番右側に表示されている製品在庫が各工程のなかで最も在庫金額が大きく、在庫金額を適正レベルに減少させるためには、優先順位を高めて検討を行うべきことが示唆されます。打ち手を決めるために、在庫状況シートを表示して、詳細分析を行います。
在庫状況シートを見ると、画面左側中央の棒グラフから、製品在庫が金額ベースで在庫全体の 58% を占めていることがわかります [図 3]。棒グラフをクリックして、製品在庫の詳細をドリルダウンします。
ドリルダウンを行うと、画面下部のパレート図には、製品在庫のうち、在庫金額が高い品番が左から順に並びます [図 4 (1)]。それぞれの品番を表すバーをクリックすることで、各品番の在庫金額トレンドを調べてみましょう。例えば、図中、金額ベースで 5 番目に多い品番をクリックすると、画面上部には、選択した品番について、これまでの在庫金額推移が表示されます [図 4 (2)]。パネル左側に表示される青色の実線が過去 1 ヶ月の実績値です。右側に表示される黄色の帯は、実績値に基づいて QuickSight の機械学習 (ML) 機能を用いて計算された未来予測値です。この製品は過去 1 ヶ月ほぼ一貫して在庫額が上昇しており、今後も対策なしでは増大しつづけることが予測されています。画面右側では、ヒートマップで過去一ヶ月の製品在庫の具体的な変動を確認することができるため [図 4 (3)]、これらの情報と、現場におけるオペレーション状況を踏まえながら、在庫増加の原因究明と対策の立案を効果的に行うことができます。
このような分析を通じて、ビジネス上の課題 (キャッシュフロー悪化) に対して、ある打ち手により期待される改善金額を定量的に検討することが可能となり、対策の優先順位をデータドリブンに意思決定していくことが可能となります。
各シートの詳細
その他のシートについて、概要を説明します。生産計画シートでは、今後 1 ヶ月の出荷予定について、発注者ごと・品番ごとに分析を行うことで、各品番ごとの傾向把握や、保有在庫の適正度の確認ができます。
入荷情報シートでは、過去 1 ヶ月の部品の入荷実績を分析できます。この工場では、部品を Commodity 部品と Critical 部品に分けて管理しており、入荷不足が生産に直接影響する Critical 部品を絞り込んでの実績モニタリングを行うことで、リスク要因を早期に発見し、回避することができます。
不良発生要因分析シートでは、各工程における不良の発生量を金額ベースで分析できます。工程ごとの個別最適に陥りがちな不良分析を金額ベースで全体最適化することができます。
出荷状況シートでは、過去の出荷ロットについて、部品ロットとの紐付けをトレースできるほか、発注者ごと・品番ごとの売上分析を行うことができます。
参考アーキテクチャ
本ユースケースの参考アーキテクチャは図 9 のとおりです。Amazon QuickSight は 20 以上のデータソースに対応しており、各種データベースから直接データを読み込むことも可能ですが、工場内やクラウドなど各所に散在するデータに対し、システムへの負荷を最小限にしながら素早く分析を行うためには、必要なデータをデータレイク (Amazon S3) に集約し、データレイク上のデータに SQL を用いたデータ分析を実行できる Amazon Athena を利用して、QuickSight 内のインメモリデータベース (SPICE) に定期的に読み込む方法をおすすめします。本参考アーキテクチャからは、工場内に設置された MES やファイルサーバのデータを、AWS DataSync を利用して定期的にデータレイクに転送している他、制御システム (PLC) からは AWS IoT Greengrass をゲートウェイとして利用し、AWS IoT SiteWise 経由でデータレイクにデータを集約しています。また、クラウド上で稼働する ERP からも、ERP の機能を利用してデータレイクにデータをエクスポートしていることがわかります。Amazon S3 には様々な方法でデータ連携できるため、各種システムの要件に応じて、適した方法でデータを収集することが可能です。
まとめ
本記事では、クラウドネイティブな BI ツールの Amazon QuickSight を利用して、製造サプライチェーンにおけるデータドリブンな意思決定を行うためのダッシュボード例をご紹介しました。現場データの活用議論では、リアルタイムの設備状況可視化から話が始まることも多いですが、製造関連システムとのデータ統合に目を向けると、皆様のビジネス価値に直結するユースケースが多数思い起こされるのではないでしょうか。また、本記事でご紹介した考え方は、製造業界に限らず、他の業界でも適用可能です。視野を広げてストーリーを練り上げることで、データドリブンな意思決定につながるデータ活用の推進に役立てていただければと思います。
著者/開発者紹介
岡本 晋太朗 (Shintaro Okamoto)アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 石化プラントの計装制御設計エンジニアを経て、プラントデジタルツインソリューションの構築に従事。現在は AWS Japan で製造業のお客様を中心に技術支援を行っています。趣味はコーヒー。美味しいコーヒー豆の通販サイトを探してネットの海をさまよっています。 |
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黒田 雄大 (Yuta Kuroda)アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 自動車部品サプライヤーの生産技術部門、情報システム部門、Smart Factory プロジェクトを経て AWS Japan に入社。エンタープライズ事業本部でソリューションアーキテクトとして東海圏の製造業のお客様を中心に技術支援しています。 |
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稲田 大陸 (Riku Inada @inariku)アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 2021 年 4 月に AWS Japan に入社し、筋トレが趣味なソリューションアーキテクトです。現在は製造業のお客様を中心にクラウド活用の技術支援を担当しています。好きな AWS のサービスは AWS Amplify と Amazon Location Service です。週末には美味しいお酒を求めてフラフラしています。 |
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岩根 義忠 (Yoshitada Iwane)アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 自動車メーカーの生産技術開発部門を経て AWS Japan に入社し、エンタープライズ事業本部でソリューションアーキテクトとして活動中。前職でソフトウェア開発のアジャイル/スクラムに出逢い、自部門での導入やスケールを主導したことにより、モダンな開発手法やクラウドに目覚める。 |