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Amazon Athena を活用したスコープ 1 のカーボンフットプリント推定方法

現在、400 を超える組織が 2040 年までに温室効果ガス排出量実質ゼロを達成することを公約した The Climate Pledgeに署名しています。 明示的な気候目標を設定する背景には、顧客の需要、現在および予測される政府関係、従業員の需要、投資家の需要、競争優位性としてのサステナビリティなどがあります。 AWS の顧客からも、サステナビリティへの取り組みを推進する方法についてますます関心が高まっています。 このブログでは、Amazon Simple Storage Service (S3) と標準 SQL を使用したデータ分析を簡単に行えるサーバーレスの対話型分析サービスである Amazon Athena を使用して、企業の既存データからスコープ 1 のカーボンフットプリントをよりよく理解し、推定する方法を解説します。

温室効果ガスプロトコル

温室効果ガスプロトコル (GHGP) は、組織の事業およびバリューチェーンからの地球温暖化への影響を測定および管理するための標準を提供しています。

GHGP が対象とする温室効果ガスは、国連気候変動枠組条約/京都議定書 (しばしば「Kyoto Basket」と呼ばれる) で要求されている 7 つの気体です。これらの気体は、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、一酸化二窒素 (N2O)、フロンガスと呼ばれる F ガス (ハイドロフルオロカーボンとパーフルオロカーボン)、六ふッ化硫黄 (SF6)、三ふッ化窒素 (NF3) です。 温室効果ガスは、それぞれ温室効果と大気中の寿命によって決定される地球温暖化係数 (GWP) によって特徴づけられます。二酸化炭素 (CO2) が人為的な温室効果ガス排出量の約76% を占めるため、温室効果ガスの地球温暖化係数は CO2 を基準に測定され、CO2 換算値 (CO2e) で表されます。GHGP は、組織の排出量を 3 つの主要なスコープに分類しています。

  • スコープ 1 – 直接的な温室効果ガスの排出 (例えば化石燃料の燃焼からの排出)
  • スコープ 2 – 購入したエネルギーからの間接的な排出 (典型的には電力)
  • スコープ 3 – サプライチェーン全体 (サプライヤーや顧客を含む) からの間接的な排出

温室効果ガスの排出量の推定方法

GHG 排出量を推定する方法には、連続排出モニタリングシステム (CEMS) 手法、支出ベース手法、消費ベース手法などがあります。

直接測定 – CEMS 手法

組織は、CEMS を用いて炭素排出量を直接測定することで、固定燃焼源からのカーボンフットプリントを推定できます。この手法を実現するためには、排出源から排出される排ガス中の物質を連続的に測定するためにガスアナライザー、ガスサンプラー、ガスコンディショニング機器 (微粒子、水蒸気、その他の汚染物質を除去する)、配管、駆動弁、プログラマブルロジックコントローラー (PLC)、その他の制御ソフトウェアやハードウェアなどの機器が必要です。このアプローチは有用な結果をもたらす可能性がありますが、CEMS は測定対象となる温室効果ガスごとに特定のセンシング機器およびハードウェアとソフトウェアのサポートが必要であり、多くの場合は中央集約型の排出源に対する環境保健安全の取り組みに適しています。CEMS の詳しい情報はこちらを参照ください。

支出ベース手法

財務会計機能は成熟しており、すでに監査を受けていることが多いため、多くの組織が財務コントロールを炭素会計の基盤として利用することを選択しています。Economic Input-Output Life Cycle Assessment (EIO LCA) 手法は、支出データと金額ベースの排出係数を組み合わせた支出ベースの方法で、推定される排出量を算出します。排出係数は、米国環境保護庁 (EPA) や他の査読付きの学術機関や政府機関によって公表されています。この方法を用いることで、事業活動に費やされた金額に排出係数を乗じることで、その活動から推定されるカーボンフットプリントを算出することができます。

たとえば、自社のトラック輸送にかかるコストを、下記のように推定される二酸化炭素換算値 (CO2e) のキログラム (KG) に換算することができます。

推定されるカーボンフットプリント = トラック輸送に費やされた金額 * 排出係数 [1]

これらの計算は、総勘定元帳やその他の財務記録から非常に簡単に行うことができますが、温室効果ガスの少量発生源を報告するための初期見積もりに最も有用です。ユーザーが入力する情報は、活動に費やした金額のみなので、EIO LCA 手法は効率性の改善をモデル化するのには適していません。 これは、EIO で計算された排出量を削減する唯一の方法は支出を削減することであるためです。 したがって、企業がそのカーボンフットプリントの効率を継続的に改善していくにつれて、カーボンフットプリントを推定するためには、他の方法の方がより望ましいことが多くあります。

消費ベース手法

報告期間中に組織が調達した燃料の量は、ERP (Enterprise Resource Planning) システムや燃料代の電子コピーから容易に判断できます。燃料ベースの排出係数は、米国環境保護庁や商用ライセンスのデータベースなど、さまざまなソースから入手できます。調達した燃料の量に排出係数を乗じると、燃焼に伴う CO2e の推定排出量を導き出せます。この方法は、固定排出源 (データセンターのバックアップ発電機や工業プロセスの化石燃料炉など) のカーボンフットプリントを推定するためによく用いられます。

特定の月に、企業が固定燃焼用に一定量のガソリンを消費した場合、ガソリンの燃焼に伴うスコープ 1 CO2e フットプリントは次のように推定できます。

推定されるカーボンフットプリント = 消費された燃料の量 * 固定燃焼の排出係数 [2]

組織は、燃料や電気料金の請求書、ERP データなどの既存のデータと、関連する排出係数を使用して自社の炭素排出量を推定し、それらをデータレイクに統合することができます。Amazon Athena や Amazon QuickSight などの既存の分析ツールを使用することで、組織は推定されたカーボンフットプリントに関する洞察を得ることができます。

以下のデータアーキテクチャ図は、AWS のサービスを使用して組織の推定されるカーボンフットプリントを算出および可視化する例を示しています。

Analytics Architecture

お客様は、ユースケースに基づいて、データパイプラインの各段階でサービスを選択する柔軟性を持ちます。たとえば、データ取り込みフェーズでは、既存のデータ要件に応じて、AWS Command Line Interface (CLI)AWS DataSyncAWS Database Migration Serviceなどを使用してデータレイクにデータを取り込むための多くのオプションがあります。

AWS サービスを使用したスコープ 1 の固定発生源排出量の計算例

100 標準立方フィート (scf) の天然ガスをオーブンで燃焼させたとします。 米国 EPA の固定発生源の排出係数を使用すると、燃焼に関連するカーボンフットプリントを推定できます。 この場合、排出係数は 0.05449555 Kg CO2e /scf です。[3]

実質的に無制限の拡張性と高い耐久性を備えている Amazon S3 は、AWS でデータレイクを構築して異種データソースを 1 つのリポジトリに格納するのに理想的です。サーバーレスの対話型クエリサービスである Athena を使用すると、データを Athena にロードしたり、複雑な抽出、変換、ロード (ETL) プロセスを実行したりすることなく、標準的な SQL を使用して直接 Amazon S3 からデータを分析できます。Amazon QuickSight は、Amazon S3 や Athena を含むさまざまなデータソースのビジュアライゼーションを作成したり、カスタム SQL を使用することで柔軟にデータのサブセットを抽出できます。QuickSight ダッシュボードを活用すると、会社の推定されるカーボンフットプリントなどの洞察をすばやく得ることができ、ビジネスとサステナビリティのユーザー向けに標準化されたレポートを生成する機能も提供します。

この例では、次のアーキテクチャ図に示すように、ファイルシステムに保存されているサンプルデータAWS Command Line Interface(CLI) を使用して Amazon S3 にアップロードします。AWS では、セキュリティ、アイデンティティ、コンプライアンスに関するベストプラクティスのガイダンスに従って、AWS リソースを作成し、CLI アクセスを管理することをおすすめします。

以下の AWS CLI コマンドは、サンプルデータのフォルダを S3 のターゲットの場所にアップロードする方法を示しています。

aws s3 cp /path/to/local/file s3://bucket-name/path/to/destination

S3 コンソールのスナップショットは、ファイルが含まれる 2 つの新しく追加されたフォルダーを示しています。

S3 Bucket Overview of Files

新しいテーブルスキーマを作成するために、まず Athena クエリエディタで Hive DDL を使用してガス利用テーブル用に以下のスクリプトを実行します。このスクリプトは、データフォーマット、列の詳細、テーブルプロパティ、そして S3 のデータの場所を定義します。

CREATE EXTERNAL TABLE `gasutilization`(
`fuel_id` int,
`month` string,
`year` int,
`usage_therms` float,
`usage_scf` float,
`g-nr1_schedule_charge` float,
`accountfee` float,
`gas_ppps` float,
`netcharge` float,
`taxpercentage` float,
`totalcharge` float)
ROW FORMAT DELIMITED
FIELDS TERMINATED BY ','
STORED AS INPUTFORMAT
'org.apache.hadoop.mapred.TextInputFormat'
OUTPUTFORMAT
'org.apache.hadoop.hive.ql.io.HiveIgnoreKeyTextOutputFormat'
LOCATION
's3:///Scope 1 Sample Data/gasutilization'
TBLPROPERTIES (
'classification'='csv',
'skip.header.line.count'='1')

Athena Hive DDL

以下のスクリプトは、Hive DDL を使用してガス排出係数データのテーブルスキーマを生成するもう 1 つの例を示しています。

CREATE EXTERNAL TABLE `gas_emission_factor`(
`fuel_id` int,
`gas_name` string,
`emission_factor` float)
ROW FORMAT DELIMITED
FIELDS TERMINATED BY ','
STORED AS INPUTFORMAT
'org.apache.hadoop.mapred.TextInputFormat'
OUTPUTFORMAT
'org.apache.hadoop.hive.ql.io.HiveIgnoreKeyTextOutputFormat'
LOCATION
's3:///Scope 1 Sample Data/gas_emission_factor'
TBLPROPERTIES (
'classification'='csv',
'skip.header.line.count'='1')

Athena でテーブルスキーマを作成した後、2020 年のガス利用量とガス公共目的プログラム付加料金 (PPPS) や税引き後の請求額などの関連請求額を示すために、ガス料金の詳細を含むガス利用テーブルに対して、以下のクエリを実行します。

SELECT * FROM "gasutilization" where year = 2020;

Athena gas utilization overview by month

スクリーンショットに示すように、さまざまな燃料タイプとそれに対応する CO2e 排出量の排出係数データを分析することもできます。

athena co2e emission factor

以下のクエリを実行し、ガス利用データと排出係数を使用することで、スコープ 1 の推定カーボンフットプリントとその他の詳細情報を取得できます。このクエリでは、ガス利用テーブルとガス排出係数テーブルを燃料 ID でジョインし、標準立方フィート (scf) で測定されたガス使用量に排出係数を乗じて、推定 CO2e インパクトを算出しました。また、顧客にとって関心のある属性である月、年、請求総額、熱量と scf で測定されたガス使用量も選択しました。

SELECT "gasutilization"."usage_scf" * "gas_emission_factor"."emission_factor" 
AS "estimated_CO2e_impact", 
"gasutilization"."month", 
"gasutilization"."year", 
"gasutilization"."totalcharge", 
"gasutilization"."usage_therms", 
"gasutilization"."usage_scf" 
FROM "gasutilization" 
JOIN "gas_emission_factor" 
on "gasutilization"."fuel_id"="gas_emission_factor"."fuel_id";

athena join

最後に、Amazon QuickSight は、Amazon S3 や Athena を含むさまざまなデータソースのビジュアライゼーションを作成したり、カスタム SQL を使用することで柔軟にデータのサブセットを抽出できます。以下は、年別のガス利用量、ガス料金、推定されたカーボンフットプリントを示す QuickSight ダッシュボードの例です。

QuickSight sample dashboard

ここでは、1 つの固定燃焼源について、スコープ 1 のカーボンフットプリントを推定しました。 すべての固定および移動排出源 (異なる排出係数を使用) について同じプロセスを行い、結果を足し合わせることができれば、ネイティブ AWS サービスと自社データのみを利用して、事業全体のスコープ 1 の炭素排出量の正確な推定値を算出することができます。同様のプロセスにより、スコープ 1 の排出係数の代わりに電力系統の炭素強度を用いて、スコープ 2 の排出量の推定値が得られます。

まとめ

このブログでは、組織が異なるソースに存在するデータを使用して、スコープ 1 の温室効果ガス排出量の可視性を向上するためのデータアーキテクチャを構築する方法について説明しました。 Athena、S3、QuickSight を使用することで、組織は消費ベースの方法を適用して燃料利用量を推定されたカーボンフットプリントに変換することにより、固定排出源からのカーボンフットプリントを繰り返し測定可能な方法で推定できるようになりました。

AWS で利用可能なその他のアプローチは、Carbon Accounting on AWSSustainability Insights FrameworkCarbon Data Lake on AWS、およびAWS Carbon Accounting ページを参照ください。

AWS を活用して組織のカーボンフットプリントの推定する方法について関心がある場合は、AWS アカウント担当に連絡を取り、AWS Sustainability Solutions をご確認ください。

参考文献

  1. Amazon’s Carbon Methodology ドキュメントの 4 ページ目の例は、この概念を示しています。 トラック輸送にかかる費用: $100,000ドル EPA 排出係数: トラック輸送 1 ドルあたり 1.556 kg CO2e 推定 CO2e 排出量: トラック輸送 $100,000ドル * 1.556 kg CO2e/トラック輸送 1 ドル = 155,600 kg の CO2e
  2. 例えば、 ガソリン消費量: 1,000 US ガロン EPA 排出係数: ガソリン 1 ガロンあたり 8.81 kg の CO2e 推定 CO2e 排出量 = 1,000 USガロン * ガソリン 1 ガロンあたり 8.81 kg のCO2e = 8,810 kg の CO2e。 ガソリンの固定排出源に対するEPA排出係数は、8.78 kg の CO2 に CH4 が 0.38 グラム、N2O が 0.08 グラムを加えたもの。 これらの排出係数を、各ガスの 100 年地球温暖化係数 (CH4:25、N2O:298) を用いて組み合わせると、合計排出係数 = 8.78 kg + 25 × 0.00038 kg + 298 × 0.00008 kg = ガソリン 1 ガロンあたり 8.81 kgの CO2e となる。
  3. 1 scf あたりの排出係数は、CO2 が 0.05444 kg、CH4 が 0.00103 g、N2O が 0.0001 g。これを CO2e で表すには、他の 2 つのガスの排出係数にそれぞれの地球温暖化係数 (GWP) を乗じる必要がある。CH4 と N2O の 100 年 GWP はそれぞれ 25 と 298。排出係数と GWP は、米国 EPAのウェブサイトから得られる。↑

著者について

Thomas Burns は、SCRCISSP の資格を持ち、Amazon Web Services でサステナビリティ戦略とプリンシパルソリューションアーキテクトを務めています。トーマス氏は、世界中の製造業や工業分野のお客様をサポートしています。トーマス氏は、クラウドを利用して、IT 内外の両方で企業の環境への影響を低減することに注力しています。

 

Aileen Zheng は、Amazon Web Services (AWS) の米国連邦政府民間科学のお客様を支援するソリューションアーキテクトです。彼女は、エンタープライズクラウドの採用と戦略について技術的なガイダンスを提供し、適切に設計されたソリューションの構築を支援するパートナーです。データアナリティクスと機械学習についても情熱があります。余暇の時間には、ピラティスをしたり、犬のムムを連れてハイキングに出かけたり、おいしい食べ物の場所を探し回ったりしています。また、多様性とテクノロジー分野の女性を支援するプロジェクトにも貢献しています。

 

この記事は 2023 年 8 月 2 日に Thomas Burns と Aileen Zheng によって投稿された「Estimating Scope 1 Carbon Footprint with Amazon Athena」をソリューションアーキテクト佐藤が翻訳したものです。

※本稿は英語版ブログの翻訳となります。翻訳版にご不明な点がある場合は英語版ブログの内容を正としてください。