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カーボンバリューモデリングの適用によるネットゼロの達成
この記事は、「 Applying carbon value modeling to achieve net-zero 」を翻訳したものです。
気候変動は現代の最も差し迫った問題の 1 つであり、温室効果ガス (二酸化炭素) 排出量を削減するために迅速な行動を取る必要があることがますます明らかになっています。2050 年までにカーボンニュートラルを実現し、地球の平均気温を産業革命前の 2°C未満に保つには、世界は今後 10 年間、年間 7.6 パーセントずつ排出量を削減する必要があります。現在の世界の排出量は年間 40 GtCO2 を超えています。2023 年 1 月、米国の気候センターであるバークレーアースの研究者たちは、地球の長期平均気温が 2033 年頃に 1.5 °C、2060 年頃に 2 °C上昇することを突き止めました。これには大幅な排出削減が必要であり、取り組みを遅らせることは最終的には (環境からの) 請求書の金額が跳ね上がるだけです。
二酸化炭素排出量の削減を推進するために注目を集めているアプローチの 1 つは、脱炭素化へのデータ主導型アプローチを含むカーボンバリューモデリング (CVM) です。
カーボンバリューモデリングとは何か、またそれがネットゼロの達成にどのように役立つのか?
CVM は、お客様が現在の排出量を分析し、脱炭素化への道筋を生成し、継続的な改善に注力するためのフレームワークおよびツールキットです。これは、資源と業務の効率化に向けた取り組みを実施し、炭素削減戦略 (再生可能エネルギーへの投資や廃棄物の削減など) を適用し、事業における燃料構成を変更することで達成できます。たとえば、ツールキットは、現在の排出量の把握、シナリオ分析の実行、将来の排出量の推移と目標達成能力の比較に役立ちます。
ネットゼロへの道筋設計における課題と複雑さ
CVM には多くの利点がありますが、克服すべき課題と制約があります。課題の一つは、考慮すべき要素が複数ある中で炭素排出量に金銭的価値を割り当てることです。もう 1 つの制約は、十分に広く実装されていないと効果が得られないことです。ネットゼロを達成するための道筋を設計することは、複雑な計画作業です。ネットゼロの達成にあたって影響を与える可能性があり、考慮に値する戦略が数多くあるからです。これらには、いくつか例を挙げるだけでも、運転/資源効率の対策 (機器の稼働時間でのアイドリング時間短縮など) 、エネルギー効率対策 (再生可能エネルギーによるエネルギー計画など) 、循環戦略 (セメント製造に鉄鋼炉スラグを使用するなど) 、低炭素プロジェクト (産業用照明を LED に変更、液化天然ガス (LNG) キットを使用するトラックへの改造、再生可能エネルギー/太陽光への投資) 、炭素回収、使用と貯留が含まれる場合があります。これらの戦略のそれぞれについて、排出量に影響を与えるさまざまな詳細な運用変数を使用して分析する必要があります。要するに、意思決定者は以下について知見を有している必要があります。
- どの技術的/物理的変数が変更可能で、何が変更できないか? 最終的に排出量にどのような影響が及ぶか?
- 排出量価値階層のさまざまな領域 (下記) について誰が責任を負うのか、そしてそれらはどのように追跡されるのか?
- 未来目標の組み合わせは、ネットゼロ目標に向けて定量的にどのような結果をもたらすか?
- 低炭素プロジェクトの売上と収益がもたらす経済的影響はどのようなものか?
- 組織の純排出量に対する炭素税負担はどれくらいか?
- 最大の経済的利益と排出量へのプラスの影響 (限界コスト削減) をもたらす低炭素プロジェクトはどれか?
- 炭素価値に影響する変数について正確なデータを入力して、企業が定期的な取り組みとして計画を維持するにはどうすればよいか?
現在の状態の分析
企業からの排出量を分析することは、排出範囲とバリューチェーン全体にわたって根底となっている技術的、物理的、経済的、財務的変数を深く理解することを意味し、最適化の機会、ボトルネック、制約を特定するのに役立ちます。また、what-if シナリオを実行してさまざまなオプションをテストするのにも役立ちます。排出量の典型的な事業階層構造は、グループレベルとユニットレベルの排出量とその下位の燃焼源を対象としています。アクティビティと効率を関連する排出係数と地球温暖化係数( GWP )に適用すると、現在の排出量が計算されます。
図 1.カーボンバリューツリー
通常、カーボンバリューツリーの最上部 (効果) は、総排出量やエネルギー強度など、経営管理に関連する変数や企業の持続可能性パフォーマンスに関連する変数で構成され、バリュードライバーツリーの下位/リーフ (原因) は通常、ツリーの上位にある変数のパフォーマンスをもたらす運用変数で構成されます。たとえば、1 時間あたりに消費される燃料に機器の稼働時間の効率を掛けたアクティビティ変数は、モバイル排出源からの排出量を算出します。下水処理、水の消費、サードパーティの車両の使用など、スコープ 3 に影響するアクティビティを含め、組織内のプロセス全体に対してこのレベルのモデリングを行うことを想像してみてください。影響分析や感度分析ダッシュボードなどのツールを使用すると、意思決定をバリューツリーの特定のレベルにローカライズできます。
未来の状態のデザイン
適切なデータ入力で現在の状態をモデル化したら、ネットゼロの計画担当者は、変数が変更されたときの影響を視覚化するための変数を使用して、さまざまなレベルで感度分析を試してみることができます。計画担当者は、単一の生産ユニットから事業ポートフォリオ全体まで、あらゆるモデルに及ぼす影響を把握できます。たとえば、アクティビティ変数が 5% 変化した場合に、排出量に最も大きな影響を与えるのはどのプロセスか、その一部が制約付きのアクティビティである場合はどうなるかなどです。その後、プランナーはさまざまなシナリオを試して、最適なアプローチと経路を特定できます。
図 2.現在の状態で実行される感度分析
現在の状態モデルも、低炭素プロジェクト変数を含むように再設計されています。たとえば、輸送トラックのグループを LNG に置き換え、稼働時間を現状と同じに保ちながら、LNG 燃料消費率と排出係数を変えた場合、1 時間あたりの燃料消費量はいくらになるでしょうか。これらのシナリオをモデル化することで、現在の状態と比較した炭素削減の様子を把握できます。未来モデルには、各低炭素プロジェクトの正味現在価値 (NPV) を計算し、限界コスト削減 (NPV/炭素削減) に関する知見を生成する財務モデルも含まれます。これにより、企業はプロジェクトをネットゼロのイニシアチブのロードマップにまとめることができます。削減戦略が目標を下回った場合には、ネットゼロの計画担当者は、生物多様性プロジェクトなどによる削減効果をモデル化し、総排出量に対する修正分として正味排出量を算出する事ができます。このようにして、脱炭素化のための包括的な枠組みが提供されます。
インパクトトラッキングの必要性
現在の排出量レベルと目標を確認したら、インパクトトラッキング (影響追跡) では、実際の排出量と計画された排出量の差異がどこで生じているかを示す必要があります。しかし、根本的な影響要因または排出体のそれぞれが特定の排出量の変動に寄与しているのはどれか、さらに重要なのはどの程度か、を正確に定量化することは組織にとって困難です。各要因が企業の排出量にどの程度影響するかを正確に把握できることは、最も効果的な結果を達成できる分野に経営陣の注意を集中させるための重要な要件です。上記の設計には、成熟した分析計画および管理ソリューションが必要です。それを念頭に置いて、従来の経営情報システム (MIS) ツールでは実現できなかった機能を実現するために、モデリング技術と業界固有の知識を統合した Wipro の脱炭素化およびカーボンバリューモデリングソリューションを提供しています。
Wipro の脱炭素化およびカーボンバリューモデリングソリューション
Wipro の脱炭素化およびカーボンバリューモデリングソリューションは、アマゾンウェブサービス (AWS) ソリューションを利用しています。AWS Carbon Data Lake を使用すると、お客様は二酸化炭素排出量データから知見を引き出し、現在の状態を分析し、将来の状態を設計し、その影響を追跡して継続的に改善することができます。
企業は、未加工の排出量データを ヒストリアン (時系列データ) 、モノのインターネット (IoT) プラットフォーム、製造システムやビジネスシステムのコンテキストデータに保存できます。その結果、同じ組織の異なる部門内であっても、温室効果ガス (GHG) 排出データがサイロ化される可能性があります。AWS Carbon Data Lake は、さまざまなソースからのデータを単一のリポジトリに統合して追跡するメカニズムを備えているため、GHG 排出量データの取り込み、標準化、変換、計算という未分化の面倒な作業をさらに軽減できます。AWS Carbon Data Lake では、計算にオープンスタンダードに基づく排出係数を使用しています。これは、データの取得、整理、標準化に関する根本的なデータ問題に関するお客様が抱える大きな課題の 1 つを克服するのに役立つだけでなく、二酸化炭素排出量の計算に一貫性がないという問題を軽減するのにも役立ちます。フレームワークに組み込まれたデータリネージは、データポイントの監査証跡をきめ細かく提供します。
AWS Carbon Data Lake のお客様は、標準的で拡張可能なカーボンデータ管理フレームワークを基盤として、ダウンストリームの視覚化、ビジネスインテリジェンス (BI) 、最適化ツール用のエンドユーザー固有の API を構築できます。これらの API から計算された温室効果ガス排出量データを取得することで、CVM ツールのユーザーインターフェース (UI) は、お客様が現在の状況を視覚化するのに役立ちます。ここでは、スコープ 1、スコープ 2、スコープ 3 の排出量とともに、組織レベルとサイトレベルの排出スコアカードが表示されます。鉱業、石油・ガス、鉄鋼、セメント、その他多くの業界向けにあらかじめ組み込まれた業界 CVM を活用することで、お客様は完全な事業構造をモデル化し、排出量を計算するための業務活動の要因をモデル化できます。排出量が多い事業担当者と一緒に影響分析を行い、その後、シナリオ分析、感度分析、シナリオ比較を実行して将来の状態をモデル化できます。顧客はこのツールを使用して、生産目標に基づく予測や、財務情報を利用した低炭素オプションによる将来の炭素モデリングを行うことができます。
顧客は独自のダッシュボードを作成することも、組み込みのダッシュボードを使用して主要業績評価指標 (KPI) を追跡することもできます。KPI は、追求すべき目標、進捗状況を測定するためのマイルストーン、組織全体の人々がより良い意思決定を行うのに役立つ知見を提供します。
ソリューションの概要
以下の図は、排出源から収集され、AWS Carbon Data Lake によって処理された排出量データからのフロー全体を示しています。AWS Well-Architected Framework の「Sustainability Pillar (持続可能性の柱) 」の設計原則とベストプラクティスを使用して構築されています。この柱は、AWS クラウドで安全で、信頼性が高く、効率的で、費用対効果が高く、持続可能なワークロードを設計および運用するためのアーキテクチャのベストプラクティスを学ぶのに役立ちます。計算された温室効果ガス排出量データは、API を通じて CVM ツールで利用でき、お客様が分析を行うことができます。
図 3. ソリューションのアーキテクチャ
図 3 に示すように、ソリューションをデプロイすると、次のアプリケーションスタックが設定されます。
- さまざまなソースから取得された顧客排出量データは、標準のCSVアップロードテンプレートにマッピングされます。CSV は、オブジェクトストレージサービスである Amazon Simple Storage Service (Amazon S3) のランディングバケットに直接アップロードされるか、UI を介してアップロードされます。
- Amazon S3 ランディングバケットは、取り込まれたすべての排出量データを 1 つのランディングゾーンにまとめます。ランディングゾーンバケットへのデータ入力により、データパイプラインが開始されます。
- ビジュアルワークフローサービスである AWS Step Functions のワークフローは、サーバーレスのイベント駆動型コンピューティングサービスである AWS Lambda の排出量計算機能を使用して、データ品質チェック、データ圧縮、変換、標準化、エンリッチメントなどのデータパイプラインを調整します。
- 新しいビジュアルデータプレパレーションツールである AWS Glue DataBrew は、データ品質監査とアラートワークフローを提供します。AWS Lambda 関数は、A2A (Application to Application) と A2P (Application to Person) を介して通知を送信する Amazon Simple Notification Service (Amazon SNS)、および AWS Amplify のウェブアプリケーションと統合します。これは、フロントエンドのウェブ開発者やモバイル開発者が AWS でフルスタックのアプリケーションを簡単に構築、デリバリー、ホストできるようにする完全なソリューションです。
- AWS Lambda 関数では、Amazon Simple Queue Service (Amazon SQS) によってキューに入れられたデータリネージ処理が行われます。これにより、ソフトウェアコンポーネント間でメッセージを送信、保存、受信できます。Amazon DynamoDB (フルマネージド、サーバーレス、キーバリュー型 NoSQL データベース) はデータ台帳用の NoSQL ポインターストレージを提供し、AWS Lambda 関数はデータリネージ監査機能を提供し、特定のレコードのすべてのデータ変換をトレースします。
- AWS Lambda 関数は、お客様から提供された排出係数を含む Amazon DynamoDB テーブルを参照して、計算された CO2 換算排出量を出力します。
- Amazon S3 エンリッチバケットは分析ワークロードのデータオブジェクトストレージを提供し、Amazon DynamoDB—計算排出量テーブルは GraphQL API (API のクエリ言語) のストレージを提供します。
- オプションで、デプロイ可能な人工知能 (AI)、機械学習 (ML)、BI スタックを利用することで、開発者は ML モデルの構築、トレーニング、デプロイに使用できる Amazon SageMaker にあらかじめ用意されたノートブックをデプロイしたり、Amazon QuickSight に構築済みのダッシュボードをデプロイしたりできます。これにより、データ主導型の組織は、拡張性が高く統一された BI を実現できます。デプロイには Amazon Athena の組み込みクエリが付属しており、これを使用してペタバイト規模のデータを分析したり、Amazon S3 に保存されているデータをクエリしたりできます。各サービスは Amazon S3 で強化されたオブジェクトストレージと事前に統合されています。
- オプションでデプロイ可能なウェブアプリケーションスタックは、サーバーレスの GraphQL と Pub/Sub API を作成する AWS AppSync を使用して、ウェブアプリケーションやその他のデータコンシューマーアプリケーションと統合するための GraphQL API バックエンドを提供します。AWS Amplify は、基本的なデータブラウジング、データ視覚化、データアップローダー、アプリケーション設定を含む、サーバーレスで事前設定された管理アプリケーションを提供します。
- AWS Lambda 関数は Amazon DynamoDB テーブルから計算された CO2 換算排出量をクエリし、API を呼び出してデータを CVM ツールに送信します。
- CVM ツールでは、フルマネージドコンテナオーケストレーションサービスである Amazon Elastic Container Service (Amazon ECS) が、トランザクションデータを一般的なオープンソースのリレーショナルデータベースである Amazon RDS for MySQL に保存し、モデル情報を Amazon DynamoDB に保存します。ユーザーがツールにアクセスすると、トラフィックは可用性が高くスケーラブルなドメインネームシステム (DNS) ウェブサービスである Amazon Route 53 を経由して、コンテンツ配信ネットワーク (CDN) である Amazon CloudFront にルーティングされます。その後、トラフィックは Elastic Load Balancing (ELB) にルーティングされます。ELB は受信トラフィックを Amazon ECS に分散し、そこでデータが保存され、データベースから取得されます。コンテンツは Amazon ElastiCache にキャッシュされます。Amazon ElastiCache は、Redis と MemCache と互換性のあるフルマネージドサービスで、すばやく取り出すことができます。
まとめ
結論として、CVM はネットゼロを達成するための有望なアプローチです。二酸化炭素排出量に金銭的価値を割り当てることで、企業や個人は排出量を削減するための金銭的インセンティブを得ることができます。課題と限界はありますが、CVM は二酸化炭素排出量を削減し、気候変動を緩和するための強力なツールとなる可能性を秘めています。
Wipro と AWS Cloud は、最終的に持続可能性のイノベーションを促進するために必要なプロセス、ツール、サービスを提供することで、ネットゼロを実現するための CVM の導入を支援できます。これらのサービスを利用することで、企業は二酸化炭素排出量を削減し、より持続可能な未来に貢献することができます。
本ブログは、ソリューションアーキテクトの橋井が翻訳しました。原文はこちらです。
参考文献
Robert Rohde, “Global Temperature Report for 2021,” Berkeley Earth, January 12, 2022, https://berkeleyearth.org/global-temperature-report-for-2021/
Amazon Web Services, “AWS がサステナビリティソリューションを実現,” 2021, https://aws.amazon.com/sustainability/
Amazon Web Services, “Customer Carbon Footprint Tool を発表,” 2022, https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/new-customer-carbon-footprint-tool/